秋のエッセイ №1 「昼下がりのふたり」2011年10月10日

    
    昼下がりのふたり

 10月のある日、いつもの地下鉄を途中下車して、大きな公園まで足を伸ばした。
 空には真っ白いヒツジ雲。陽ざしは強烈なのに、木立の中は冷たいほどの風が吹く。
 ふと、ギターの音色が聞こえてきた。木立を抜けると原っぱが広がり、その向こうのベンチにギターを弾くひとの姿が見えた。切なく情熱的な旋律にいざなわれるまま、原っぱを横切って、ゆっくりと近づいた。
 ひげを生やしたギタリストは、がっちりとたくましい肩で、愛しく抱きすくめるように楽器を奏でていた。クリムトの名画「抱擁」を彷彿とさせる。さらに近づくと、彼の指先は意外に細く、曲芸師の足さばきのようなしなやかさで弦の上を動いている。
 缶ビール2本を挟んで、彼の隣には女性がいた。二人ともジーンズをラフに着こなし、年齢不詳に見える。私より年上かもしれない。
 演奏の切れ目に、思わず話しかけた。
「スペインの曲でしょうか」
「いや、オリジナルです」
 彼は低く通る声で答えた。
「プロでいらっしゃる」
「いやいや、趣味でちょっと」
 それにしてはかなりの腕前である。
 女性は何も言わず、ビールを口に運びながら微笑む。目もとに何本ものしわがきらめいて、いっそう魅力的に見えた。飼い主のそばでのびのびとくつろぐ気高い猫のようだ、と思った。
 秋の日は駆け足を始めたらしい。影が長く伸びている。もっと聴いていたかったが、礼を言って離れた。
 私にもやがて訪れる人生の秋。あの二人のように満ち足りた時を持てるのだろうか。
 公園の木立はもうすぐ色づき、華やかなフィナーレを迎えることだろう。そのころにまたひとりで来ようと思った。



              
               

エッセイクラスのご案内2011年10月10日


銀座三越1階にあるデンマーク・ザ・ロイヤルカフェをご存知ですか。
まるで「おとぎ話に彩られた小さな世界」。
月に1回、そのお店の中央にしつらえられたロングテーブルで、エッセイクラスを開いています。この秋は、10月18日、11月15日の予定です。
詳しくは、お店のブログをご覧ください。
エッセイは初めての方も、すでに楽しまれている方も、さわやかな銀座の朝、かぐわしいお茶をおともに、エッセイクラスのひと時をご一緒しませんか。

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