お酒のエッセイ №1 「女友達」2011年10月15日


   女友達

 C子と初めて会ったのは、大学1年の春、入部したサークルの新人歓迎会だった。少女のようにスリムな体に細身のジーンズ。抜けるような白い肌。あまり笑わず、たばこを吸う仕草もさまになっている。同じ1年なのに、ずいぶんクールで大人に見えた。でも、話してみると妙に気が合って仲良くなった。
 午後からのフランス語の授業がつまらないと言っては、どちらからともなく、サテンしようか、と言い出して門を出ていく。コーヒーを飲んだあとは、なんとなく渋谷に出る。
 ハチ公前の交差点からNHKに向かう坂道の途中に、最初のパルコができたのはちょうどそのころだ。そのパルコの向かいに、「丘」という名の小さなパブがあった。ドアを開けるとカランコロンとベルが鳴る。テーブルには赤いチェックのクロス。そこが部員のたまり場だった。NHKに近いからか、西城秀樹がインタビューを受けていたり、ジュリーが飲んでいたりすることもあった。
 この店の魅力は、ダルマが原価で飲めること。ボトルの形からダルマと呼ばれていたサントリーオールドがたしか1150円だった。
 とはいえ3時半から飲みに来るような客はもちろんいない。でも、私たちはお構いなしにボトルを入れ、水割りを飲む。あきれたボーイたちがカウンターの奥で笑っていたこともある。それでも、へっちゃらだった。
 つまみはチキンサラダ。セロリとくるみと蒸し鶏をマヨネーズで和えたサラダは安くておいしかった。それもなくなれば、つまみなんかいらない、お水も氷もいらない、ストレートでいいわ……となる。
 夜のとばりが降りるころ、店の地下にある居酒屋が開店する。大きく「剣菱」と書かれた一抱えもありそうな提灯が、窓の外、揺れながら姿を現す。そこで二人はようやく腰を上げるのだ。
 そのうちに、サークル内にまことしやかなうわさが広まった。――C子と私が、明るいうちから丘で飲んでいる。C子がテーブルの端に両手をあてて「男なんてさあ」と身を乗り出せば、向かいの私がテーブルを受け手で支え持つようにして「そうよそうよ」と、おだを上げている、というのだ。
 私たちを見てきたような描写がおかしくて、肯定も否定もせずに、笑い飛ばしたものだった。
 やがて、パルコの道は公園通りと呼ばれるようになり、渋谷の街はにぎわいを増した。丘はいつのまにか消えていた。
 けれど、30年以上たっても、私たちは相変わらず二人で飲みに行く。さすがに夜を待って飲み始める。テーブルの上には、ダルマではなくワインとおいしい料理のかずかず。C子の細身は変わらず、私も当時より痩せているのだが、二人の舌だけは肥えたようだ。
 男なんてさあ。
 そうよそうよ……。
 30年の歳月で、男を見る目も肥えただろうか。語り飽きることなく、女同士の夜は更けてゆく。


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