著書『歌おうか、モト君。』より エッセイ「おにいちゃんのこと」(後半)2012年01月30日


昨日は娘についてつづった前半を載せました。
今日はその続き、8歳年下の弟についてのエピソードです。
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   おにいちゃんのこと

   
    ◇『光とともに』とともに

さて、つぎは次男の番……と身構えるまでもなく、あっというまに、小学校四年生の彼は〈告知〉というハードルを飛び越えてしまった。
「あのさ、自閉症って知ってるよね」
 おやつを食べながら、次男のほうからそう言ってきたのである。
 内心びっくり仰天の私の返事を待たずに、彼は続けた。
「『光(ひかる)とともに…』って知ってるよね」

「ああ、あのドラマね」
 主人公は6歳になる光という名の自閉症児。母親の奮闘ぶりや、教師との関わりなどが描かれていて、幼いころの望人を思い出しては、泣きながら見ていた。その原作のコミック本が、教室の文庫にあるのだそうだ。
「自閉症っていうのは、ことばが遅いとか、触られるのを嫌がるとか、危険を察知できないとかの特徴がある」
 次男は得意そうに覚えたての知識を教えてくれた。
 それで?

「うん、まだ続きがあるんだけど、誰かが借りちゃってて、まだ読んでない」
 思い切って言ってみた。
「モト君って、自閉症なのよ」
 ふうん……とたいして驚くでもなく、わかっていた、というふうでもなく。私の言葉の意味がよく理解できず、頭の中で、虫眼鏡を上下させてピントを合わせるような作業をしているのかもしれない。
 自閉症の光君のことは理解できても、その症状を兄と同じだ、とは気づかないでいたらしい。
 3年くらい前に、一度だけ、
「うちのおにいちゃんはさぁ、普通の人と違う気がする。あんまりしゃべらないところとか」
と言ったことがあった。
 それにしても、自分のただ一人の兄が、よもや、今夢中になって読んでいるコミックのなかの、自閉症という新鮮な言葉に当てはまるなんてこと、想像もつかなかったのだ。
 それから何日か、次男は光君のことを話題にし続けた。それはあくまでもコミックの話であり、おにいちゃんの話には結びついていかなかった。
 そうそう、それでもかまわない。おにいちゃんはおにいちゃん、だものね。


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次男も高校2年生になりました。
自閉症というのは、こだわりが強いという特質があります。言い換えれば、とても几帳面。ところが、兄弟とは思えないほど、弟はだらしがないのです。
「おなかの中にあった〈几帳面〉を、おにいちゃんが全部持って生まれちゃったから、僕には残ってなかったんだ」というのが、弟の言い分です。

戸部けいこ作『光とともに…』


ところで、『光とともに…』の原作者、戸部けいこさんは、2年前、52歳の若さで亡くなりました。連絡先がわかったので私の本を送って、このエッセイを読んでもらおうと思っていたところだったのです。何か月もメモのままで、さっさと実行に移さなかったことが、とても悔やまれました。
命日は、128日。
おととい、聖徳大学の「障害児保育」の授業でお話をしたその日でした。学生さんたちが、このエッセイを一番印象に残るものとして取り上げてくれたのも、何か戸部さんの励ましをいただいたような、不思議な偶然でした。
ご冥福をお祈りいたします。



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