エッセイ「娘のスマイル」2012年03月28日

おととい、娘の大学の卒業式に出席してきました。
理科系の大学なので、卒業してもそのまま大学院に進む学生がほとんどですが、娘の専攻した経営システム工学科では、卒業生の大半が実社会に出るとのこと。娘も、震災直後の混乱のなか、就活の日々を乗り越えて、企業に就職しました。
娘の大学に行くのもこれが最後。近頃の女子お決まりの袴の衣装を整えてやり、謝恩会用のお色直しのドレスが入ったカバンをゴロゴロと引いて、私も娘と一緒に出かけました。
同じ高校から一緒に進学した仲間と。理系女子の艶姿

「おしとやか」という言葉は、娘の辞書にはありません。草履でもすたすたと走り、アップした髪の毛を木の枝にひっかける。私はひやひやしながら、風を切るようにキャンパスを闊歩していく娘の後をついていくばかりです。
すれ違いざま、友達に声をかけたり、かけられたり。式の後に集まる約束をあちらでもこちらでも交わしている。いったいどれだけのサークルに出入りしていたのやら。
女子は10分の1ほどの人数だから当然ではあるけれど、「男まさり」とか「女だてらに」とかという言葉こそが彼女にはぴったり……。
以前から、DVD2倍速で見ては「ああ、おもしろかった!」などというような娘でした。しみじみと余韻を味わい、感動の涙を流す文系の私とは、明らかに違うなあと、思ってはいたのです。
男女の隔ても、昼夜の区別もさして気にせず、24時間たくさんの人と関わり、やりたいことをやり、食べたいものを食べ、行きたいところに行く。スケジュールをびっしり組んで、密度の濃い彼女流の生き方が、この4年のうちにすっかり出来上がっていました。
家庭では口数の少ない理由もよくわかりました。外で、全エネルギーを使い果たしていたのですね。

もう娘においての子育ては終わりです。
これからは、人としての成長を、近くで見守っていこうと思います。


これは、2年前に書いた作品です。

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   娘のスマイル

「お龍(りょう)殿、海と言うてみいや。うーみ」
「うーみ……」
「その顔じゃ! それだけで笑顔に見える」
 NHK大河ドラマ「龍馬伝」のワンシーン。客商売だというのに無愛想なお龍に、龍馬が笑顔を教えている。口角を引くようにして何度も「うーみ」とつぶやくうちに、ぎこちなかった彼女も、自然に微笑むことができるようになる。そうやって龍馬への思いも募っていったのだろう。やがて夫婦になる二人である。

 お龍を見ていたら、娘の七五三の記念撮影を思い出した。7歳のとき、写真館に連れていき、派手な振袖やイブニングドレスを着せて、何枚も写真を撮った。
 娘はいいかげん疲れたのか、カメラマンが「笑って」というのに、口元がひきつるばかりでちっとも笑みがこぼれない。そのうちに「もっと自然に!」というカメラマンの声がいらついてくる。娘はますます笑えなくなるのだった。
七五三の写真。笑顔もひきつって……
 

 昨年、成人式の写真を撮ったとき、七五三のときのことが話題になった。
「あなたの顔、ますますこわばってたわね」
「いやだった。あのドレス着るのも、写真撮られるのも」
 さらりと言った娘の言葉に、はっとした。
 娘は、知的障害を持つ長男の下に生まれた。てんてこまいの母親のそばで、駄々をこねたりすることはなかった。自分はいい子でいなくては、と子ども心に感じていたのかもしれない。聞きわけのいい子でいるために、どれだけの我慢をさせてきたのだろう。
 気がつくと娘は、あまり自分の思いを口にしない子どもになっていた。当時、長男の子育てに追われながらも、子どもたちの節目の祝いごとだけはきちんとやりたかった。七五三はいやだと言われたところで、止めたりはしなかっただろう。それでも娘は、そのときの気持ちを大人になるまで抱え続け、このときようやく口にしたのである。そう思うと、胸がつまった。 
 お龍は、父親を亡くし、病気の母親と四人の弟妹のために、食いぶちを稼がなくてはならなかった。龍馬が初めて会ったときも、気丈なだけの暗い女性だった。不幸な境遇を背負って笑わなかったお龍とは比べようもないはずなのに、私には七五三のときの娘が重なって見えた。娘への負い目が、そうさせたのかもしれない。

 娘は大学3年になった。今の彼女なら、私の負い目など一笑に付してしまうにちがいない。青春真っ盛りの毎日だ。勉強は要領よくこなし、部活で午前様の日もあれば、友達と旅行にも出かける。もちろん、アルバイトにも余念がない。
 最近は、大学のそばのカフェで、週に3日ほど早朝のバイトに精を出す。高校時代、寝坊しては遅刻の常習犯だった娘が、ひとりで起きて6時前に家を出るのである。
 ある日、近くまで出かけたついでに、お店を覗いてみた。娘はカウンターでお客さんの注文を聞いているところだった。
 その表情を見て、私はドキドキしてしまった。きらきらした微笑みがこぼれるようだ。いつのまに、あんな笑顔を覚えたのだろう。娘にも龍馬が現れた……?
 いや、たった一人の龍馬ではない。これまでのすべての出会いが、彼女のきらめくスマイルを作り出してくれたのだろう。
 家では見せたこともないような娘の笑顔に、ちょっぴり寂しさも味わいながら、朝のカフェテラスで、娘の淹れたコーヒーを飲んだ。


                            (2010年作品)

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コメント

_ 村上 好 ― 2014/11/13 08:16

hitomi さん

お嬢様の大学卒業、おめでとうございます。
四年遅れのご祝詞を申し上げます。

<もう娘においての子育ては終わりです。
これからは、人としての成長を、近くで見守っていこうと思います。>

<その表情を見て、私はドキドキしてしまった。きらきらした微笑みがこぼれるようだ。>

若く、健康的で、かしこく、きらめくようなお嬢様のように感じられます。
こころから満足し、よろこんでいるお母さんもすばらしい。
お嬢様を書くとき、つねによろこびを抑えた表現をしているような印象を受けています。その多少抑制した語り口が、このお母さんの喜びが実に深いものであることを伝えています。私にはそう感じられます。

神さまからのギフトですね。

お嬢様のエッセイ、期待しています。

ありがとうございます。

村上 好

_ hitomi ― 2014/11/13 20:41

村上さん、
2年半前の娘の卒業に、お祝いの言葉をありがとうございます。
相変わらず男まさりで、家族ともあまり顔を合わせない多忙な毎日を送っていますが、なにかネタを見つけて、娘のこともまた書いてみたいと思います。

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