自閉症児の母として(18):ジェットコースターに乗せられて④2013年11月07日

 

 手術は予定どおり、1時間半で終わった。
 主治医の先生は、
「年季の入ったヘルニアでしたよ」と言われた。ずいぶん前から出ていたのではないか、と。
 もっと早く気がついてあげればよかった。かわいそうに……と一瞬思った。
 いやいや、そんなこと言ったって、いくら知的障害があるからって、27歳の息子のコカンをチェックする母親なんてどこにいるものか。それは無理というもの。父親だって、そうそう観察することもないだろうし。
 運が悪かった、ということにしよう。とにかく、腸がはみ出さない処置をきちんとやってもらったのだ。もう大丈夫。
 とはいえ、再発の可能性はゼロではない。右側が治ったとしても、左側に起こることもありうるそうだ。あとは、本人が今回の異変をよく覚えておいて、おかしいと思ったら、すぐ教えてくれることだ。その点も、もう心配ないだろう。

酸素マスクをつけながら、しゃべるモト。

 酸素マスクをつけて、病室に戻ってきた。
 麻酔から覚めて、少し興奮状態にあるようで、何やらよくしゃべる。
「ステラは、買ってきた?」
 ああ、ステラね。

 NHK
出版の「週刊ステラ」は、毎週水曜発行のテレビ番組のガイドブックだ。
 小学校に上がるころには、彼の愛読書の一つになっていて、発売日の朝一番にこれを買わないと落ち着かなかった。自閉症児のこだわりである。
 ところが、「ザ・テレビジョン」や「週刊テレビガイド」に比べたらマイナーな雑誌なので、どこの本屋にもあるというわけではない。彼を安心させるために、私が買って学校に届けたり、旅先では売られている本屋を何軒も探し回ったり、ずいぶんと苦労してきた。
 今では、毎週水曜日の朝、自分で駅の売店に買いに行く。震災の直後は発売が遅れて、親はひやひやしたが、彼は状況を理解し、落ち着いて待つことができた。成長を感じたものだ。

 この日の朝も、病院内はもちろん、近くのコンビニも探してみたが、やはり置いてなかった。夜になったら、私が買ってくるという約束をしておいた。
「あとで、いちど家に帰ったときに、駅で買ってきてあげるから、待っててね」 
 聞き分けよく、納得してくれた。本当に偉くなったと思う。

 その夜。
 息子は、翌朝の回診まで、寝たままの状態でいなければならなかった。半身を起こすことも許されず、トイレは尿瓶だった。
 1回目は、看護師さんが手際よく処理してくれた。室内のトイレに流せばいいだけのこと。2回目は私が同じようにやっておいた。わざわざ看護師さんを呼ぶまでもない、と思ったのだ。
 それが、悪夢の始まりだった。
 昨夜の台風で寝不足だった私は、消灯時間とともに深い眠りに落ちた。……が、2時間後には、モトに起こされた。どうやら点滴のせいで、尿意を催すらしい。やれやれ、と処理をして、また爆睡。また起こされる。その次は1時間後だった。
 よほどナースコールのボタンを押そうかと迷った。でも、付き添いの母親のプライドが眠たい脳裏をちらりとかすめて、それを拒むのだ。
 とうとうその夜は、一晩で7回、おしもの世話をするはめになってしまった。出産直後の夜中の授乳を思い出していた。寝たと思うと赤ちゃんの泣き声で目を覚ます。そんな昔もあったっけ。
 翌朝、看護師さんにそれを愚痴っても、笑って相手にしてくれなかった。
 あらら、何か変。あなた方のお仕事ではなかったのかしら。入院費用に含まれているはず。患者本人が、付き添いの母親でなくては用が足せないというならいざ知らず、私は夜勤の看護師ではないんだけどな……。
〈呼んでくれたらよかったのに、お母さん〉と、その一言がほしかっただけなのかもしれない。それとも、付き添っておきながら、やはり私の勝手な言いぐさかしら。
 モトは、看護師さんのほうがよかったと思うけど、ね……

 回診の結果、特に異状もなく、トイレに行ってよいという許可が下りた。
 朝ごはんも食べてよし。最初は全粥食だと聞いていたのに、出てきたのはリッチなパン食。白米大好きな彼は、ちょっと不服そうだったが、きれいにたいらげた。もう心配ない。
スープにはウインナも入っていた。撮る前に食べられた。


 私はといえば、夜も眠れない2日間の付き添いで、心身ともに疲れ果て、限界だった。今夜からは泊まらないことを決意する。
「母さんは、家に帰って寝てきてもいい?」
 ちょっと考えてから、彼の返事。
「じゃあママは、おひらきだ!」


退院!

 その後の経過も順調で、当初の予定どおりに45日で退院することができた。
 最後は、看護師さんに手首のネームバンドを切ってもらう。

 ママ業がお開きとなる日も、そう遠くはなさそうだ。


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 皆さま、お見舞いの言葉、励ましの言葉をありがとうございました。
 ジェットコースターは、少し高くなったところで静かに停止したようです。


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