旅のエッセイ:Vacance en France 6 「パリのプチ盗っ人」 ― 2014年08月17日
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写真の列挙はしばし中断して、ブログ本来のエッセイをお届けします。
どうぞお読みください。
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パリのプチ盗っ人
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リムジンバスはシャルル・ド・ゴール空港から1時間足らずでパリ市内に入った。
土砂降りの雨だ。傘を持っている人でさえ、軒下で雨宿りをしている。が、バスがオペラ座の横の降車地点まで来ると、雨はぴたりとやんだ。
雲の切れ間に、旅の神さまのウインクが見えるような気がした。
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この7月、娘とフランスへ出かけた。1週間のバカンスだ。社会人3年目の娘が、せっかく早めの夏休みが取れるのに、早すぎて一緒に行く友達がいない、とさびしいことを言うので、じゃ私が、と手を挙げた。新婚旅行以来32年ぶりとなる。
娘は初めてのフランスだが、ヨーロッパは3回目。初回のときはやはり母娘でロンドンとバルセロナの2都市を旅した。私には娘を守らなければ、という緊張感があったのに、娘は意外と平常心。夜にホテルが停電したときも、あわてたのは私だけだった。
娘はそれ以来、毎年のようにアメリカや東南アジアを旅行している。だいぶ旅慣れて自信をつけたころかもしれない。
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でも、旅慣れたころの油断が思わぬ失敗のもと。観光客が多いところは、それを狙ったワルも多いから、気をつけていこうね……。
そう言いながら、ホテルに荷物を置くと、すぐ街にくり出した。ホテルもオペラ座の近くにあり、観光の中心地で便利な地域だ。
さっそく、そのオペラ座へ。オペラを鑑賞する余裕はないので、入場券を買って建物の見学だけにする。それにしても絢爛豪華。床も柱も壁も照明も天井も、あらゆる美を注ぎ込んで装飾の限りを尽くしている。19世紀、文化が花開き、パリが元気だった時代に、富裕層のための社交場だったのだから、うなずけるというものだ。
まだ、あのごみごみとした日本を出てからたったの10数時間しかたっていない。それなのに、とんでもない別世界にいる。圧倒されそうな美の洪水のなか、目くるめく感覚にしばし酔いしれる。
オペラ座を出て、次はオランジュリー美術館に向かおうと、オペラ広場を歩いた。歩道はたくさんの人であふれていた。バスの中から見た雨が嘘だったかのように、青空が広がり、夏の日が差している。浮き立つような気分だ。
娘は歩きながら、斜め掛けにしたショルダーバッグから日焼け止めクリームを取り出し、白い液を手に付ける。
「いる?」と聞くので、私も手を出した。
すると、横から「私にも!」と手が伸びてきた。ちょっと背の高い若い女の子。フランス人だろうか、イタリアあたりの観光客かもしれない。その隣の子も手を出した。
娘は、え?と戸惑いながらも、二人の手に少量付けてあげる。
「これは何なの?」と聞かれ、
「フォー・サンシャイン!」と娘。
えー、そのブロークン、違いすぎない?と思ったが、相手には通じたらしく、
「オー、サンシャイン!」と納得して、もっと、と手を出す。もう一度付けてあげたら、次の瞬間、娘のクリームをさっと取り上げ、
「サンキュ、サンキュー! フォー・マイ・ベイビー!」
と、自分のお腹をさすって見せた。ポコリと妊婦のお腹をしている。
娘も私もあっけにとられているうちに、彼女たちはふたたびサンキューと手を振って、人混みに紛れていってしまった。
それ、お腹の子にはよくないわよ、とかなんとか、追っかけて取り返すこともできたかもしれない。でも、ふっと抑制がかかった。
こちらのスリは巧妙なグループで、役割を決めて相手の気をそらし、まんまと盗みを働く、と聞いていた。そのことが一瞬頭に浮かんだのだ。深追いしてはかえって大ごとになる。日焼け止めクリーム1本でそれを免れることができたら安いものだ、と直感的に思ったのだった。
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たぶん、なれなれしくてずうずうしいどこかの国のヤンママだったに違いないけれど、人前で目につくような行動をした娘にも責任はある。用心するに越したことはない。ここは東京ではないのだ。
ともあれ、厄払い代わりの施しをした、と割り切ることにした。クリームは余分に持ってきていたし、曇り空の涼しい時間が長く、あまり必要とも感じなかった。
それも、旅の神さまの思いやりだったのだろう。
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