ダイアリーエッセイ:歩道に横たわる人 ― 2014年10月13日
せっかくの三連休だというのに、風邪を引いた。
めずらしく何の予定もなく、台風が来そうだし……、なんて思っていたら、気が緩んだのだ。疲れた体から「休め」の指令が出た。
それでも、毎週月曜は、母をデイサービスまで送迎する「アッシー君」になる日だ。
熱もないし、なにより愛車を運転すれば、多少の気分の悪さは吹き飛ぶというもの。
いつもどおりに10時前に家を出て、20分ほど走って送り届けた。
帰りは、ちょっと寄り道して、パン屋さんへ。桜並木の路上に駐車して、歩道を行きかけた。
とそのとき、桜の木の下、きれいなレンガ造りの歩道の上に、人が寝ているのが目に入った。
横向きで顔だけうつぶせるようにして、動かない。紺色の服、パンツ姿の女性だ。
降り出した小雨に、透明なビニール傘もさすように置いてある。ふと見ると、その横には寄り添う男性がいる。膝をついて、心配そうに見ている。声をかけるでもなく、誰かに助けを求めるでもなく。同じ傘をさしていたから、なんとなく連れなのだろうと感じた。どちらも30代だろうか。
人通りもある。すぐそばには工事の車両も止まっていて、その従業員も二人を見ていた。
だれもあわてる様子がないから、交通事故ではなさそうだ。
横を通りながら、じろじろとそれだけを観察して、パン屋に向かった。
戻ってきても、まだ二人はそのままだった。
大丈夫ですか、と声をかけようかと思った。
いや、私のほうこそ大丈夫ではないのだ。その声さえ出ないかもしれないほどの喉の痛みと頭痛が、自分を制した。
彼女が本当に大丈夫でなかったら、かたわらの彼が何とかする。
それにしても、どんな状況だろうと、冷たい歩道の上に横たわっていていいはずがない。
何とかしてあげたら、という気持ちを込めて、女性に目をやり、彼を見つめた。
女性の白い手に、プラチナの指輪が鈍く光っていた。
ふたたびハンドルを握りながらも、ざわざわと心が騒いでいた。
やはり声をかけるべきだったか。いつもの元気な私だったら、きっとそうしていただろうけれど……。
私鉄沿線の小さな駅前。春には見事な桜のトンネルになる通称「桜坂」。ときどき駐車違反を取り締まる緑のオジサンたちが目障りだけれど、いつものどかで、のんびりとしている。
都内から引っ越してきて25年、子どもたちがさまざまな教室に通ったり、医者にかかったりしてきた。パン屋、本屋、コーヒーショップ、銀行……、なにかと暮らしをともにしている街なのである。
その、ほんの一か所が、ぺろりと皮がむけたような感じを味わった。
この坂道で初めて出会った〈非日常〉だった。
