ダイアリーエッセイ:環八沿いのレストランで2014年12月13日

 

長男モトは、3歳のとき、東京都世田谷区の自閉症専門の療育施設に通うようになった。

教育テレビの療育番組を見ていたら、この施設の様子が映り、ここに通わせれば何とかなるだろう、と期待を抱いて、この地に越してきたのだった。

最初は幼稚園代わりに、毎日通園。就学してからは週に一度、やがて月に一度になり、さらに2ヵ月に一度のコースになった。頻度は減っても、25年たった今なお通い続けている。

 

今日も療育の日、車で出かけた。

息子の療育中はいつも、母親だけ別室に集まって担当の先生とグループ面談がある。

が、今日は日程を変更してもらったので、面談はなかった。

空いた2時間、久しぶりに環八沿いのレストランで、コーヒーを飲んだ。

 

店は25年前と少しも変わらない造りだ。白いタイル貼りで、内部は天井が高く、中2階がある。道路に面した大きなガラス窓が店内を明るくしている。

道路の向かいの農地も今なお健在だ。夕刻には木々の向こうに夕日が沈んでいくのが見える日もある。

 

初めてこの店を訪れたのは、静岡から世田谷に越してきて間もなくのこと。独身時代の友人が近くに住んでおり、私たちの到来を楽しみにしてくれていた。

その日、お互い二人の幼い子どもたちを連れて会うことになった。

今でも忘れない。フロアの角の半円の席。奥に子どもたちを座らせれば、シートから外に出ることはないはずだった。

ところが、食事が終わって母親同士がおしゃべりを続けていたら、じっとしていられない長男がさっそく席を離れようとした。ほかの子どもたちは持ってきたお絵かき道具で遊んでいるのに、彼だけは実力行使に出て、テーブルの下にもぐって脱出してしまう。あわてて連れ戻して、なだめすかしていると、事情をわかっている友人が、ため息をつくように言った。

「まだしばらく、たいへんねぇ……」

 

この店は、焼き立てパンや食事が美味しく、駐車場も広いので、その後もたびたび利用した。

とはいえ、あまり子どもを連れてきた記憶はない。

子どもたちの療育中に、母親同士でやってきて、ケーキを3つずつ食べたこともあった。そんなことがささやかな息抜きだったのだ。

世田谷から今のマンションに引っ越してくるときには、荷造りの合間に体中のほこりを払って、一人で遅いランチを食べに来たこともあった。なぜ私一人だったのかはよく覚えていないのだが、重労働の空腹を満たそうと、一人でゆっくり、たっぷりと食べたことだけは覚えている。

 

長男が大きくなっても、施設に来て時間があるときは、ここに立ち寄る。

息子の自閉症はけっして治るものではない。

それでも、最初の日と比べたら、息子がどれだけ成長したか、自分がどれだけ楽になったか、それを確認するようにやって来る。

今日も、25年前と変わらない店で、25年前の息子を思いだし、彼の成長ぶりを実感できた気がする。

 

そして帰りには、息子と二人で、一日早く衆議院議員選挙の不在者投票を済ませた。

ほら、投票所にいる息子の姿なんて、あのころには想像もつかなかったものね……

 





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