自閉症児の母として(36):30回目の誕生日 ― 2016年10月10日
「ボクは、あと10日で三十路(みそじ)です」
例によって、カウントダウンが始まりました。
毎日、「あと○日」を宣言して、当日はいたって冷静に迎えていました。
自閉症の息子モトは、子どもの頃から、予定変更や予測のつかない状態をとても嫌いました。だからこそ、24時間たてば予定どおりに翌日がやってくる、というカレンダーが大好きなのです。
もっとも、世の中には予定どおりにいかない場合がたくさんあるのだということを学んできた30年でもありました。最近では、変更の理由が明らかならば、納得できるようになっています。
けっして彼の心の中のこだわりがなくなっているわけではない。折り合いをつける強さを身につけてきたのです。

9月29日の誕生日には、家族4人のスケジュールが合い、近くのイタリアンレストランで食事をすることにしました。
両親からのプレゼントは、職場でタイムキーパーを務めている彼にふさわしく、G-Shockのデジタル腕時計です。それまで使っていた時計のバンドが切れてしまい、1ヵ月前の29日に贈呈式だけ行いました。
「30歳になった抱負は?」と尋ねます。
「就職に向けてがんばります」
「それより先に、やることがあるでしょ。『桜の風』にお泊りとか」
「それより先にやることがありますよ……」とモトはオーム返し。
先日、見学した障害者支援施設「桜の風」に泊まってみようというばかりで、私は忙しさを理由に、申し込みを先延ばしにしていました。
数日後、リビングのテレビでサッカーJリーグの試合中継を見ていたときのこと。川崎フロンターレの大久保選手がレッドカードをもらった、その刹那、モトはひさびさの大パニックを起こしたのです。独りで見ていたので、詳しい状況はわからないのですが、おそらく中継画面の選手たちの怒りや抗議など、緊迫した負の感情をそのまま自分の中に流し込んでしまったらしい。これまでにも、何度かそういうことがありました。彼の中にもルールがあって、負の感情の高まりが限界に来たら大声を上げて扇風機を投げつける、と決めているようです。
「じゃ、ボクは『桜の風』には絶対行かない!!」
大声で叫んだのは、それでした。レッドカードうんぬんではなく、彼の心の中の不満が吐き出されたのです。
宿泊の予定すら立たない状態が、彼の不安と拒絶感を膨らませていることに、うかつにも気がつかなかった。しまった、と悔やんでも後の祭り。
扇風機がまた一つ壊れてしまいました。
30歳になっても、まだまだ課題が山積みです。
社会に出ていく親離れももちろんですが、家庭内だけで爆発するパニックのことは、親にとっても大きな課題の一つです。

娘は、職場の忙しい時期だから諦めていたのに、遅れて駆けつけてくれました。
モト君、30歳のお誕生日おめでとう!
