旅のフォトエッセイ:世界遺産の五島列島めぐり③頭ヶ島教会 ― 2018年12月02日

2018年7月に、世界文化遺産に登録された正式なタイトルは、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」です。
17世紀から19世紀の200年以上にわたるキリスト教を禁ずる政策の下で、長崎と天草地方において、ひそかに信仰を伝えた人々がいました。それが「潜伏キリシタン」です。
彼らが「潜伏」したきっかけに始まり、信仰の実践と共同体の維持のために日本の伝統的宗教や一般社会と関わりながらも、ひそかに行ったさまざまな試み、そして宣教師と接触することで転機を迎え、「潜伏」が終わるまでを、12の構成資産によって表したもの――それがこの世界遺産の内容です。
ブログのこのシリーズ①で紹介した青砂ヶ浦教会は、国の重要文化財としては登録されていますが、12の構成資産には入りませんでした。
今回の頭ヶ島教会は、構成資産の一つ「頭ヶ島の集落」の中にあります。

五島列島の最東端に位置する頭ヶ島は、かつては無人島だったそうです。そこに19世紀になって信徒が渡来し、わずかな平地を切り開いて集落を作ります。
その後も迫害を受けて、信徒たちは島を出ますが、キリスト教の禁が解けると島に戻り、念願の教会堂を建てることができました。
とはいえ、鉄川与助という建築家が手掛けた、日本でも数少ない石造りの教会は、完成までに10年もの歳月がかかっています。途中で資金が足りなくなったのです。それでも信徒たちは諦めずに、つましい生活をさらに切り詰めて費用を捻出し、五島石と呼ばれる砂岩を石切り場から運び出すなどの労働に従事して、ようやく完成に至ったそうです。教会は信徒たちの信仰の証そのものといっても過言ではないでしょう。
教会は、小さいながらも重厚な造りで、その勇壮なイメージには信徒たちの誇りが感じられました。
ところが、一歩中に入ると、がらりと違った印象です。白壁にはパステルカラーの花や葉のモチーフがあしらわれて、天国もかくやと思わせるようなやさしさに満ちています。柱はなく、天井は船底の形をした折上げ式というものだそうです。

▲教会内部は撮影禁止なので、この写真は絵はがきを撮ったもの。
外観と内部の印象の違いがお分かりいただけるでしょうか。

教会を出て、海へ向かいます。
途中、キリシタン墓地がありました。たくさんの石の十字架が、海を見つめて立っています。せめて近くで撮りたかったけれど、なにしろ時間がありません。先へ先へと急ぐ駆け足旅行です。


浜辺に着いたとたん、遠い記憶がよみがえりました。
次男の修学旅行の一枚の写真。制服を脱いで、ワイシャツの袖もズボンのすそも捲し上げ、無邪気に遊んでいる生徒たち。
あの写真はここで撮った。なぜかぴんときたのでした。
私たちが訪れた時は曇っていましたが、それでも海は少し緑がかった青さでおだやかに空を写していました。
息子たちの旅行中は晴れて暑かったと、のちに先生方から聞きました。晴れていれば、海は青く輝いていたことでしょう。生徒たちも、教会巡りが続いてやれやれ、波打ち際ではしゃぐひとときは、楽しかったにちがいありません。
9年前、息子はこの海を見ていた……そう思うと、不思議な気持ちになるのでした。
帰ってから、自分の写真と、学校通信に載ったモノクロ写真とを、見比べてみました。
遠くの島影も水辺の岩も、ぴたりと一致しました。


次回、「④旧五輪教会」に続きます。

自閉症児の母として(54):ワイモバイルの通信障害に思う ― 2018年12月06日
わが家の長男、仕事から帰宅するなり、
「朝、駅の発車時刻が書かれていなかったよー!」と、嘆くように報告がありました。いつもと違うことが苦手なのです。
確かに今日は朝から、車両故障や何やら、あちこちの路線で不測の事態が起きて、ダイヤが混乱したようです。
それでも、理由がわかれば、何とか納得して気持ちを落ち着かせることができるようになっています。
ところが今度は、自分の部屋に入ってしばらくすると、
「インターネットが繋がらない!!」と大声で騒ぎ立てています。

たまにあることなので、お天気が悪いからねーなどと言ってはぐらかしたり、再起動をさせたりしましたが、一向に繋がらない。
私はご飯作りの忙しいときだったので、ちょっといらいら……。
がその時、テレビのニュースでソフトバンクの通信障害が報じられました。うちはドコモだから、と思ったけれど、息子の部屋だけはポケットWi-Fiを使っていて、それがソフトバンクのワイモバイルだったのです。
私がどんなに説得しても、なかなか聞く耳を持たないのに、「圏外」になってしまう理由がテレビからのニュースで明らかになると、息子は初めてほっとする。「順次復旧」の言葉に、安心して待っていられるのです。
子どもの頃は、こうした不測の事態に遭遇すると、どんなになだめてもすかしても、涙を流して悲嘆にくれたりしたものです。
ずいぶん成長したなぁ、と思う今日の出来事でした。
旅のフォトエッセイ:世界遺産の五島列島めぐり④キリシタン洞窟へ ― 2018年12月14日
前回、「次は、『④旧五輪教会』に続きます」と書きましたが、その教会の前に立ち寄ったキリシタン洞窟についてお伝えすることにします。


これから、車の通れる道もないような所へ向かうのです。
船は、観光用というより釣り人のための船のようで、ガソリンの匂いがして悪酔いしそうです。ここで酔っては一大事……と緊張していました。

船を操縦する男性が、ときどきガイドを兼ねてマイクで説明してくれるのですが、窓も汚れていてよく外が見えません。

30分ぐらい揺られていると、速度を落とし始め、操縦士さんはやおらドアを開けました。
岸壁が見えてきたのです。

五島を訪ねたかったもう一つの理由は、大学生の頃に見た映画『沈黙』が、ずっと忘れられなかったからでもあります。
『沈黙』の原作は、遠藤周作のキリシタンを題材にした小説で、篠田正浩監督が1971年に最初に映画化しました。
キリスト教が禁じられた時代に、キリシタンは踏み絵を強いられ、拷問を受け、それでも隠れて信仰を保ち続け、ポルトガルから来る宣教師を待ち焦がれる。そんなキリシタンの生きざまが鮮烈で、頭から離れなかったのです。▼



前作とは国籍も違う監督が、切り口を替えて映像化したとは思うのですが、本質的なところで、私の印象はあまり変わりませんでした。新作は役者のうまさもあって、私をがっちり捉えました。そして同じ疑問がわいてきます。
なぜ、キリシタンはあれほど強く信仰を持ち続けることができたのだろうか、と。

岩場に降りられるかどうかは、行ってみなければわからない。そう聞いていました。操縦士さんはしばらく状況を見ていたようですが、やがて船を近づけ、私たちを降ろしてくれました。

明治時代になってから弾圧が厳しくなり、3家族12名のキリシタンがここに逃げ込んだのですが、4ヵ月後、煮炊きの煙が見つかってしまい、捕らえられ、拷問を受けました。
彼らの強い信仰をたたえて、昭和42年に像が立てられました。そして、今なお毎年秋には、この岩場でミサが行われるそうです。とはいえ、天候や潮の影響で、今年は3年ぶりのミサだったとか。
信仰を許されず、家を追われ、最後の場所に逃げ込んでも、やがて捕まってしまう。それでも、神は”沈黙“したまま、救ってはくれない……。
キリシタンの人々がどのような思いを抱いていたのか、その岩場に降り立っても、私にはわかりませんでした。
神はなぜ沈黙するのかという、小説と映画の問いかけにも、答えは見つかりませんでした。
足元の不安もあり、洞窟にもキリスト像にもこれ以上近づけません。▼

旅からひと月たった今、少しずつ、私なりのシンプルな答えが見えてきた気がします。
キリシタンは、生き延びたとしても貧しい暮らしが続き、逃れようのない過酷な現実のなかで、苦しい日々に耐えるしかない。唯一の希望は、死んだら天国に行って神様のそばで幸福になれるということ。それしか残されていなかったのではないか。
現代に生きる私には、彼らの信仰の純粋さがまぶしく思えるのでした。

*映画『沈黙』の画像は、アマゾンのサイトからお借りしました。

ダイアリーエッセイ:クリスマスリースの思い出 ― 2018年12月25日


クリスマスリースを23日になってようやく飾りました。
思い出すのは、地方の社宅のアパートに住んでいた30年も前の昔のこと。
玄関のドアの外に、ちょっと奮発して、銀座のソニープラザで買ってきた綺麗なリースを飾りました。
ところが、2、3日して気付いたら消えていたのです。あちこち捜しましたが、どこにもありませんでした。
あれ、盗まれた? それとも誰かのいたずら?
いずれにしても、クリスマスに他人の物を? それを自分の家に飾ってうれしいの?
その誰かの心の中を想像すると、背中が寒くなるようでした。
それ以来、リースはいつも屋内に飾ります。飾るたびに、今でもその誰かのことを思います。
せめて、いっときでも私のリースが誰かの心を温めたのだったらそれでいいわと思ったり、もしかしたらサンタさんが、恵まれない子どもたちのためのプレゼントが足りなくなって、持って行ってしまったのかも……などと、絵本のお話のようなことを空想したりするのです。
昨晩は長男を連れて、夜半のクリスマスミサに行ってきました。
北風が吹いてとても寒かったけれど、リースのように丸い月が美しく輝いていました。
皆さん、メリークリスマス☆☆☆❣
