800字エッセイ:「ですよねぇ」2019年08月14日

 

東京メトロの表参道駅に、オシャレなフードコートがあり、時々利用している。そこにはおいしいエッグタルトだけを扱っているブースがあるのだ。とくに出来立ては、本場ポルトガルで食べた味に近いので、懐かしさもひとしおだ。

ショーケースの向こうの若い女性店員さんに声をかけた。オバサンとしては本物を食べた自慢話のひとつもしたくなる。

「これ、おいしいのよね」

すると、明るい笑顔で、

「ですよねぇ」と返ってきた。

え? 私の笑顔が固まった。

共感してくれるのはうれしい。でも、私は客で、あなたは学生アルバイトかもしれないけれどお店側の人。ここはひとまず、「ありがとうございます」でしょ。

従業員の教育ができていないと思ってしまうのは、私だけ?

 

つい先日、息子がスマホを買い替えたいというので、二人で買いに出かけた。若手販売員君の流ちょうな説明に聞き入っていたが、ここでも、え? と耳を疑った。

「お返しスマホ」という料金割引があるという。それまでのスマホを返却した場合のことらしいのだが、客が返すのに、へりくだって「お返しします」と言わせるわけ? 

それとも販売側が「お返し!」と命令口調なわけ? 

どっちにしてもなんだか変なネーミング……。

「その言葉、おかしくないかしら」と、販売員君には言ってみたけれど、アハハと笑ってスルーされてしまった。

「ですよねぇ。上司に伝えておきます」と、ここでは答えてほしかったなぁ。




 


「手元不如意」という言葉2019年08月24日



ご存じでしょうか、この言葉。

私が初めて知ったのは1年前、ある生徒さんの「詐欺にご注意」というエッセイの中に出てきたのです。

 

――高齢者を狙った振り込め詐欺が横行している。テレビニュースなどで、何百万もの額を取られたと聞くたびに、よくもまあそんな大金をお持ちで……と驚くばかり。わが家は高齢者の二人暮らしなのに、ちっとも電話がかかって来ない。きっと、お手元不如意が看過されているのだろう――

 

というものでした。

「不如意」なら知っています。思いのままにならないこと。

そして、「手元」とはつまり、お金のこと。手元のお金が思うようにならない、言い換えれば、懐が寂しいとか、持ち金が少ない、という意味だそうです。

わが家はお金持ちではなかったけれど、この言葉を両親から聞いたこともありませんでした。やはり、60代以下の世代ではあまり使われていないようです。

 

気をつけていたところ、80歳に近い女性がこう言うのを聞きました。

「手元不如意につき、受講をやめさせていただきます」

「お金がないので」などとあからさまに言わず、奥ゆかしさを感じました。

 

三浦しをんさんの小説『あの家に暮らす四人の女』の中にもありました。

 

――私は手もと不如意でカメラを持っておらず、悔しい思いをしました。――

 

離婚した父親が、わが子見たさにこっそり運動会を覗いた時のことを回想する。とはいえ、その後この父親は死んでしまい、現在はカラスとなってこの世に現れ、長々と独白するというユーモラスな内容です。そんな小説にはぴたりとくる雰囲気です。

 

若い人の間ではすでに知られていなくとも、何かの拍子にブレイクしそうな言葉だとは思いませんか。

2年ほど前に、「生まれる言葉、消える言葉」と題して、ブログ記事を書きました。その時に取り上げた「ほぼほぼ」は、ほぼほぼ定着した感があります。

この「手元不如意」も、「よみがえる言葉」となったら楽しいかもしれませんね。

 



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