ダイアリーエッセイ: お帰り! ― 2022年02月17日
今月の初め、上海に単身赴任していた娘が、1年ぶりに帰国した。もちろん、一時帰国。まだ数年は今の職場に勤務する。
コロナの隔離期間が国内でも短縮されたばかりで、帰国者の娘も、自宅で8日間だけ隔離となった。不要不急の外出さえしなければ、食品の買い出しなどは自由だという。会社からもその間はリモートワーク中として認められ、同様にリモートワークの夫と、久しぶりの「共働き」という水入らずを楽しんでいたことだろう。
そんなわけで、娘と会えたのは、帰国して10日目のことだった。
都内の地上40階のレストランで、あいにくの雨の夜景を眺めながら、ちょっと豪勢なディナーを楽しんだ。上海では、住まいは21階、職場も40階だそうで、わが娘ながら、高層ビルが似合っているような気がしてくる。
本来なら、まずは実家に帰ってきてもらって、わが家の手料理をご馳走したいところなのだが、あいにく次男が卒論と格闘中。提出期限を目前にしてナーバスになっているので、やむなく外食にしたのだった。
娘が帰宅したらみんなで飲もうと、大事にとっておいた美味しいお酒を手みやげにして行ったのに、なんと上海みやげを東京の自宅に忘れてきたというのだから、相変わらずの娘だ。かえってちょっとホッとする。
思えばこの1年、娘の不在の間に、母を見送ることになった。その時にも娘がいなくて寂しいと感じることはなかったのに、ほかの人から「娘がそばにいない」ということを指摘されて初めて、孤独を意識して辛くなったものだ。
この晩の食事の席は、どちらも夫婦連れだったので、母娘の親密な会話ができず、心残りではあった。
さて、昨日のこと、もう一人帰ってきた。長男である。
グループホームの利用者の一人が、通所先に陽性者が出て、濃厚接触者になってしまった。抗体検査では陰性だったけれど、5日間は隔離の必要があり、グループホームに滞在することになるという。
連絡を受け、その間、長男は自宅に戻ることにした。何の準備もないまま、職場から急きょ自宅に帰ってきたのである。
よりによって、次男の卒論提出日に、にぎやかな長男のご帰還とは……。次男はあと数時間で締め切りだというのに、まだ最後の詰めに取り組んでいる最中だ。
長男は、今回の帰宅の事情をきちんと理解できているようで、次男のことも「大事な勉強中だから」と言うと、いつもの大きな声を出さないように努力してくれた。
弟のほうも、急な帰宅の兄に、いやな顔ひとつしない。それどころか、長男がゲーム機の充電器がなくて困っていると、卒論執筆を中断して、自分の充電器をきれいに拭いて貸してくれた。やさしい弟だ。
いつもはめったに会話もしないような兄弟でも、やっぱり血のつながった家族なのだ、と思うと、つかの間のほっこり気分を味わった。ナーバスになっているのは、この私だけかも。
さてさて、そんなふうに誰からも大事にされてきた次男は、大学8年目にようやく卒論に手が届いた。幼い頃から、なんでも時間のかかる子ではあった。
コロナ感染が広まると、大学はリモート授業になり、朝寝坊、宵っ張りが当たり前になる。コロナ禍の弊害で、そういうケースが多いとは聞くが、息子もご多分に漏れず、すっかり昼夜逆転していた。
しかし、この1週間ほどは、提出締め切り時刻が文字どおり秒読みになってくると、数時間の仮眠をとるだけで、パソコンに向かい続けた。彼の得意とするラストスパートだ。
提出当日。締め切り時刻の17時が過ぎてしまうと、気が気でない私は、息子の部屋の前でただおろおろ。ついに、30分も過ぎた頃、ようやく卒論のアップロードが終わった、と知らされる。それでも私は、大丈夫だろうか、ちゃんと受け入れてもらえるのだろうかと、安心できないまま今日を迎えた。
本日、リモートでの発表も無事に終え、及第点をもらったという。
やれやれ……。親としても感無量だ。長い長い8年間の忍耐が、ようやく報われようとしている。ひとまず大きな節目を迎えられそうだ。
もっとも、次男の社会人としての人生は、これから始まるのだ。手放しで喜ぶわけにはいかない。
この子も、いつか「お帰り!」と出迎える日が来るまで、もうしばらく親の心配は続きそうである。
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