1200字のエッセイ:「招かれて」2025年02月07日

「夫が出張なので、来月の20日か21日に、拙宅にいらしていただこうかな」

と、カヨさんからラインが来た。昨年の11月のことだ。

「わー、うれし過ぎるわ♡ だって1221日は、私の誕生日。それも70の大台に乗っちゃうのよ。きっと神様のプレゼントね」

「わーい、ばっちりね。ぜひいらして。なんと、私は今日が誕生日!」

偶然が重なるお招きに、鳥肌が立った。

 

カヨさんとはもう5年以上のお付き合いなのに、なにかと共通点があることがわかってきたのは、ごく最近になってからだ。はじめは、地域の小さな集いで顔を合わせて仲良くなった。年の頃もほぼ同じ。スリムな体にジーンズ姿が似合って、雰囲気はおだやかでおっとりとしている。

ひょんなことから、私がエッセイを書いていることがばれ、彼女も出版社に勤めるライターだったというので、おしゃべりが弾んだ。

さらに、私がアートを見にあちこち旅行する話をすると、カヨさんが言った。

「私の母がずっと画廊をやっていたの。もう高齢になって、6年前に店を閉じたのよ」

それも、おもにミュシャを扱う画廊だったという。女性をきらびやかに装飾した絵が、世紀末のパリで人気を博したアーティストで、私は若い頃から大好きだったのだ。聞いただけで気絶しそうだった。

「まあ、そうだったのね。じゃあこんどわが家にいらして。いっぱいあるから」

そして、私の誕生日にお呼ばれは実現した。

 

カヨさんの住まいは、わが家から車で10分のマンションの6階。リビングに通されると、富士山も見えるというテラスからは、太陽の光があふれんばかりに注いでいる。

真っ白な壁にかかった絵に、まず目が留まった。意外にもミュシャではなく、シャガールだった。人魚と花束と、そして、カーブを描いたニースの青い海岸線。

私が歓声をあげると、カヨさんが言う。

「いいでしょう! さすがヒトミさんね」

私はこの夏、ニースに行ったばかり。すっかり魅了されて、「また行きたい」と、言い続けている。

カヨさんも、母上がアートの買い付けにパリに出かける時には、たいていお供でついていった。ひと仕事終えてニースで骨休めをしたことはあったけれど、まだよく知らないので、「ぜひまた行きたいの」と言う。

シャガールが手がけたその絵は、ニースの観光局が発足した当時、ポスターとして描かれたものだ。

「ニース、太陽、花」というフランス語も、シャガールの手書きの文字が躍っている。

シャガールが、私たちを招いている気がして、また鳥肌が立った。





娘の一時帰国2025年02月25日

 

上海に赴任中の娘が、人間ドックを受診するために帰国した。どこかが悪いわけではなく、会社からの指示。よって往復の搭乗券は会社が負担。赴任してもう丸4年がたっている。

仕事の合間を縫って、1週間わが家に滞在し、今朝、ふたたび上海に戻った。

 

久しぶりというわけではない。これまでにも、ロンドン駐在の夫と二人で、お正月に来てくれたこともあったし、数ヵ月前には、私たち夫婦が上海を訪ねたばかりだ。

でも、これまでの帰国では、なかなか母娘二人だけの時間が取れなかったし、普段のラインや電話では、あまりおしゃべりな娘ではないので、娘の本心が覗けない歯がゆさがあった。やはり今回は、一緒の時間のなかで、母と娘の会話もできて、何よりそれがうれしかった。

 

近くで見ると、頬の赤い吹き出物が気になる。髪の毛も傷んでいて、水や空気があまりよくないらしい。

食事も外食ばかりだと、中国料理はどうしても脂っこいので、健康が心配になるから、忙しい日々でも、要領よく自炊するようにしているという。果物や野菜は新鮮で安く手に入るけれど、便利な冷凍野菜は質が悪い。日本からのフリーズドライなどの食材を使って工夫しているというので、帰る時には、おにぎり用の美味しい海苔や即席みそ汁などをたくさん持たせた。

 

娘は、日本にいる間に、人間ドックだけでなく、歯科検診やら、運転免許の更新やら、美容院やら、銀行の手続きやら、免税での買い物やら、たくさんの用事をこなしていた。外国に2年以上住んでいると、店舗によっては消費税が免税になるそうだ。

もちろん、たくさんの友人たちとも会った。30代半ばの娘たちは、すでに離職、転職した人、離婚した人、家を買った人、それぞれに人生を切り開いているという。娘もいろいろと感じるところがあったことだろう。

 

最後の夜は、たまたま招待されていた、ホテルの牛肉尽くしのスペシャルディナーコースを二人で堪能した。何杯もワインや日本酒を飲みながら、私の食べきれないお肉も余分に食べながら、いつになく饒舌な娘となって、胸の内を見せてくれたように思う。今は離れ離れになっている夫との暮らしも、将来の設計図も、上海での仕事内容も、少しだけではあったけれど、私には新しい発見があった。わが子ながら誇らしく思えた。

(もちろん、企業秘密や、口外したら怒られそうなことだから、ここには書けないのが残念)

 

そして、中国ではなかなか食べられない日本の美味しいものたち。握り寿司、たこ焼き、もんじゃ焼き、あんこの美味しい和菓子、母親、父親の手料理……などなど、彼女の好物を連日食べつくして帰っていった。

 

また、いつでも帰っておいで。

中国駐在は、まだあと1年か、長くても2年か……。そして、そのあとは???

娘の成長と、生活の変化と、見守りながら楽しんでいこう。


 

写真を撮られるのを好まない娘。今朝の出発間際にやっと一枚撮らせてくれた。娘を歓迎しようと、4年ぶりに飾ったお雛様の前で。




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