自閉症児の母として(39):放課後等デイサービスのスタッフの皆さんとともに2017年01月07日





昨年12月の暮れも押し詰まった29日に、障害児向けデイサービスの現場で、自閉症児の母としてお話をする機会をいただきました。そのひとときが私の「仕事納め」となりました。

 

放課後等デイサービスという言葉をご存じでしょうか。

じつは、私はこの時、初めて知ったのでした。

障害のある小学生・中学生の子どもたちを放課後や休日に預かって、発達改善や社会適応を目的として、電車やバスの乗り方や買い物のしかたなどを訓練するもので、5年前に始まった制度だそうです。

長男が子どもの頃には、デイサービスなど何もありませんでしたから、世の中の変わりようを実感します。

 

私が訪ねていったのは、ボランティアを通して知り合った友人が運営する川崎市内のデイサービス。数名のスタッフは必ずしも障害の専門家ではありません。毎日、自閉症の子どもたちと関わるうえで、困ったり悩んだりされているとのこと。

とはいえ、私ももちろん専門家ではない。療育に通った自閉症専門の施設の先生方から教わった知識と、それを頼りに一人の自閉症児を育てた経験があるだけです。それらが何か解決のヒントにでもなれば、と思いました。

 

私の自閉症児の子育てを振り返ると、3つのキーワードが浮かびます。

たくさん安心させて、いろいろな経験をさせて、プライドを持って生きるように育てていくこと。

30年間の話をざっとそんなふうに総括したあとは、皆さんからの質問を聞いて、皆さんと一緒に考えてみました。

 

たとえば、こんな質問が出ました。

Q:中学生のA君は、毎日通ってくると、以前は「こんにちは」と挨拶していたのに、どこで覚えたのか、「お久しぶりです」と言うようになってしまいました。どうしたらいいでしょう。

毎日会っているのだし、昨日から一日しか経っていないから、「久しぶり」ではおかしいですね。ちょうど、今は冬休み。休み明けには皆で「お久しぶりです」と挨拶をする。翌日からはまた「こんにちは」に戻る。それを実際にやってみてはいかがでしょう。

さらに、1日だけと、冬休みの6日間との違いを、カレンダーで視覚的に見せたりすれば、理解しやすいのではないでしょうか。

 

Q:別の中学生のB君は、気に入らないことがあると、「ぶっ殺してやる」とか「やっつけに行こうぜ」などと汚い言葉が口をついて出るのです。どうやって止めさせたらいいでしょうか。

B君は、それを口にすることで、心のもやもやを解消しているように思えます。自分からは不満をうまく伝えられないから、そんなすごい言葉で表現しているのかもしれません。とはいえ、こんな言葉を吐いていたら、周りの友達からも嫌われて、B君自身がかわいそう。まずは、彼の悩みを聞いてあげて、気に入らないことを解決してあげられたらいいですね。

それが難しいようなら、汚い言葉を止めさせるのではなく、代用品を与えてみる。つまり、別の言葉……例えば、CMのキャッチコピーとか、早口言葉とか、アニメキャラクターの決め台詞とか、彼が好きな歌の一節を歌うのもいい。周りの大人が率先して、代用品を口にするのです。

なにか、B君が汚い言葉を忘れるきっかけにならないでしょうか。

イソップの「北風とお日様」の寓話のように、無理に旅人のマントをはぎ取ろうとしても失敗します。温かい安心を与えて、脱いでもらいましょう。





 

ところで、昨日のNHKニュースで、この「放課後等デイサービス」の制度について取り上げていました。(NHKニュースのサイトをご覧ください)


少しずつでも、この制度が整っていき、障害児とその家族の支援に役立っていくことを願っています。障害児を苦労して育てた、一先輩母の思いです。






自閉症児の母として(38):発達障害者支援の方がたに向けて2016年12月16日



今週14日には、昨年と同様、東京都発達障害者支援センター(TOSCA)において行われた支援者の研修のなかで、20年来の長男のママ友と二人、自閉症児の母としてお話をさせていただきました。

 

このTOSCAは、社会福祉法人「嬉泉」が、東京都の委託を受けて運営しています。私が30年間、長男を育ててこられたのも、3歳のときから一貫して、嬉泉でお世話になったからです。

そんなご縁もあり、現在の私がお話しすることで少しでもご恩返しができればと思い、機会があると、二つ返事で引き受けるのです。

 

お話しするテーマは、

【子育てを通して親が学んだこと、支援者に望むこと】

 

私が学んだことは、嬉泉のなかの「めばえ学園」に通いながら、自閉症専門の先生がたに教わったことがすべてだと言っても過言ではありません。

それらを5つの項目にまとめてみました。

 

1.

最初に学んだのが「受容的交流方法」。あるがままを受け入れて、心を通わせていくという子育てのやり方は、私の基本でした。

キーワードは3つ。「安心」をさせて、「経験」をさせて、自分の意思で行動できるように、ひいては「プライド」を持って生きていけるようになることが目標です。

 

2.

子育ては自分ひとりではできません。みんなに助けてもらうことが大切です。

家族だけではなく、親戚、ご近所、学校、地域の人々……みんなに理解してもらい、見守ってもらい、助けてもらいました。

本当に感謝してもしきれないほど、温かい人々に支えられた歳月でした。

 

3.

うちの子に限って、どうして……と私もずいぶん思いました。子どもたちにも見えないように、台所の片隅にうずくまって泣いたこともありました。

そんなおり、園長先生は私たちにこう言われました。

「現在、自閉症児は1000人に1人の割合で生まれると言われています。皆さんが苦労してお子さんを育てているからこそ、ほかの999人のお母さんはフツウの子育てを楽しんでいられる。つまり、皆さんは、1000人の代表として自閉症児を育てているんですよ」

ああ、私たちは選ばれたんだ、神様に。そう思えました。

その時から、私は「うちの子に限ってなぜ」と思うことはなくなりました。

神さまに選ばれたプライドで、前を向いてひたすらがんばることができたのです。

 

4.

もうひとつ、私がうれしかった園長先生の言葉は、

「子どもの犠牲にはならないで、自分の人生も大切に」ということでした。

どれだけ気持ちが軽くなったことでしょう。

今でも私のモットーです。

おかげで、ちょっとばかり自己チューな母になってしまったかな??

 

5.

こうやって長男を育てていくなかで、自閉症児の子育てにこそ、すべての子育ての基本があることに気がつきました。

自閉症は、いわば相手の心が見えないというコミュニケーションの障害です。だからこそこちらが子どもの気持ちに寄り添う必要がある。それは、どんな子どもにも必要なことです。そして、子どもに限らず、どんな人に対しても社会において大切なことではないか、と思えるようになりました。

長男を育てることで、親も人として育ってくることができた、といっては不遜かもしれませんが、神さまはダメな親だからこそこの子を授けてくれたのだ、とつくづく思わずにはいられません。

 

今後、障害者支援に望むことは?

・障害がわかった時点からずっと、一貫した支援のシステムがあるといい。

・母親ばかりではなく、きょうだいや、父親に対する支援の充実も望む。

二人の母の一致した願いです。

 

参加者17名の方がたは、支援の現場でいろいろと悩み、ご苦労されていることでしょう。この日の私たちの思いが伝わって、少しでもより良い支援に結びつけてもらえたら、うれしいかぎりです。




おみやげ自閉症者のアーティストグループAUTOS〉のカレンダー。




 

 



自閉症児の母として(37):保育士や教諭を目指す学生さんに向けて2016年11月22日




昨日は、千葉県松戸市の聖徳大学に出向きました。

「障害児教育」の講義の中で、テキストの一つとして私の著書『歌おうか、モト君。』を読んでもらい、障がい児の母として、お話をさせてもらいます。

年に1度か2度、ここに来るようになって、もう10年近くなります。


今回も、5時限目の時間帯、3クラス合同の100名ほどの女子学生さんが、新館の階段教室で、教壇に立ってマイクに向かう私を見下ろしていました。

学生さんたちは、初めは長男と同じ年頃だったのに、だんだんと若い「女の子」になってきて、同じ話をしても、以前はもっと受けたはず……と思うことも増えました。年齢だけでなく、若い世代の状況も変化しているのかもしれません。

 

それでも、現在の長男の仕事ぶりを、写真を使って説明し、

「時給いくらでしょう?」

という質問をすると、700円かな、800円かな……と興味しんしん。

「正解は、438円です」と言うと、安過ぎ!とびっくり。

 

そして、10年前と変わらない、彼女たちに共通する思いの一つに、

「もし、生まれてきた自分の子どもが障害を持っていたら、どうしよう。落ち込んでしまうかも……」という心配があります。

「ぜったい大丈夫。母親になれば、この子は自分が何とかしなくちゃ、という気持ちが自然と湧いてきて、がんばれるものですよ」

先輩母としての私の言葉に、ちょっぴり安心した表情を見せてくれて、私もほっとするのです。私だって、どれだけ涙を流したか知れません。それでも、前を見て立ち上がれる強さが、母親には備わっているのだと信じています。

 

私の書いた本と、この日の私の体験談が、いつの日か、彼女たちの仕事や子育てのなかで、ほんのひとかけらの支えにでもなれば、と願いを新たにして、小雨の夜道を帰ってきました。

 


 






自閉症児の母として(36):30回目の誕生日2016年10月10日

 

「ボクは、あと10日で三十路(みそじ)です」

例によって、カウントダウンが始まりました。

毎日、「あと○日」を宣言して、当日はいたって冷静に迎えていました。

 

自閉症の息子モトは、子どもの頃から、予定変更や予測のつかない状態をとても嫌いました。だからこそ、24時間たてば予定どおりに翌日がやってくる、というカレンダーが大好きなのです。

もっとも、世の中には予定どおりにいかない場合がたくさんあるのだということを学んできた30年でもありました。最近では、変更の理由が明らかならば、納得できるようになっています。

けっして彼の心の中のこだわりがなくなっているわけではない。折り合いをつける強さを身につけてきたのです。


 


929日の誕生日には、家族4人のスケジュールが合い、近くのイタリアンレストランで食事をすることにしました。

両親からのプレゼントは、職場でタイムキーパーを務めている彼にふさわしく、G-Shockのデジタル腕時計です。それまで使っていた時計のバンドが切れてしまい、1ヵ月前の29日に贈呈式だけ行いました。

 

30歳になった抱負は?」と尋ねます。

「就職に向けてがんばります」

「それより先に、やることがあるでしょ。『桜の風』にお泊りとか」

「それより先にやることがありますよ……」とモトはオーム返し。

 

先日、見学した障害者支援施設「桜の風」に泊まってみようというばかりで、私は忙しさを理由に、申し込みを先延ばしにしていました。

数日後、リビングのテレビでサッカーJリーグの試合中継を見ていたときのこと。川崎フロンターレの大久保選手がレッドカードをもらった、その刹那、モトはひさびさの大パニックを起こしたのです。独りで見ていたので、詳しい状況はわからないのですが、おそらく中継画面の選手たちの怒りや抗議など、緊迫した負の感情をそのまま自分の中に流し込んでしまったらしい。これまでにも、何度かそういうことがありました。彼の中にもルールがあって、負の感情の高まりが限界に来たら大声を上げて扇風機を投げつける、と決めているようです。

「じゃ、ボクは『桜の風』には絶対行かない!!」

大声で叫んだのは、それでした。レッドカードうんぬんではなく、彼の心の中の不満が吐き出されたのです。

宿泊の予定すら立たない状態が、彼の不安と拒絶感を膨らませていることに、うかつにも気がつかなかった。しまった、と悔やんでも後の祭り。

扇風機がまた一つ壊れてしまいました。

 

30歳になっても、まだまだ課題が山積みです。

社会に出ていく親離れももちろんですが、家庭内だけで爆発するパニックのことは、親にとっても大きな課題の一つです。


 



娘は、職場の忙しい時期だから諦めていたのに、遅れて駆けつけてくれました。

 

モト君、30歳のお誕生日おめでとう!



 


自閉症児の母として(35):障害者支援施設を見学2016年09月15日





 

今日は、市内の障害者支援施設「桜の風」を訪れました。

身体障害者、精神障害者にも対応し、自立訓練や通所支援などを行っている施設です。いずれは地域での生活をめざした支援をしていく、いわば、通過型の施設というわけです。

息子は、短期入所(ショートステイ)を体験する目的で、見学させてもらいました。


息子はこれまで、社会人として働く訓練を受け、がんばってきました。とはいえ、家庭においては、ついつい過保護だったかもしれません。

息子ももうすぐ三十路。両親は高齢者の仲間入りも近いのです。いつまでも子どものように家庭で過ごしていては、いざというときに困るのは目に見えています。親亡きあとの息子の暮らしを考えるのに、早すぎることはないでしょう。

 

小高い丘に建つ4年目の施設は、木材の温もりとカラフルな色づかいが明るい雰囲気を醸し出していました。

どの部屋も廊下も広くとってあり、ミストシャワーで全身浴できる設備も、保温と冷蔵の両方を備えた配膳車も、目をみはるばかりです。





個室には、ベッドや布団のほか、テレビやクロゼットがあり、さらに窓の外には、家々の屋根とこんもりした緑の木々が遠くまで見渡せる。

「じつは、これ全部、桜の木なんです」

案内してくれる男性支援員が教えてくれました。

なるほど、それで「桜の風」という名前……。

「じゃあ、桜の咲く頃、お世話になれるといいですね」

私が泊まるわけでもないのに、思わず口にしてしまいました。

今日はあいにくの曇天だったからなおのこと、この窓から桜の風を感じてみたい……、そう思ったのかもしれません。


まずは、区役所の障害課で利用登録の手続きをして、それが完了すると、体験入所ができるそうです。

自立に向け、一歩を踏み出します。





 

 


自閉症児の母として(30):「津久井やまゆり園」の事件に思う2016年07月31日


 

726日の朝のニュースで、戦慄が走りました。

ドイツのミュンヘンや、フランスのニースで起きた最近のテロ事件が頭をかすめます。今度は日本かと……。

しかも、わが家にとっては身近な、地元神奈川県の〈障害者施設〉での殺傷事件と聞いて、大きなショックでした。

 

それから毎日、報道を目にしない日はありません。この5日間で、事件の詳細や、容疑者のこと、社会の反応など、いろいろとわかってきました。

私の心の中には、あいかわらず最初のショックがもやもやと居座っています。

 

容疑者は、以前はこの施設の従業員であったけれど、精神障害で、しかも薬物反応が見られたという。いったんは措置入院させられても、また野放しになって、経過観察されていなかった。つまり、不幸が重なったような、きわめて特殊な犯罪です。

だからといって、今後はめったに起きることはないだろう、とは言い切れません。模倣犯罪が起きる可能性もあるだろうし、不安はぬぐえません。

ネットでの書き込みなど、容疑者を英雄視する声もあると聞いて、暗澹たる気持ちになります。

 

今朝のNHK「日曜討論」の番組のなかで、映画監督の森達也氏が、

「どんな事件にも特異性と普遍性がある」と述べていました。

今回の事件も、特殊ではあっても、容疑者の偏った思想を助長するような土壌が、社会の中に普遍的にあるのでは、と思うのです。

障害者も一人の人間であり、かけがえのない尊い命を持ち、幸せに暮らす権利を持っている。理屈ではわかっていても、社会にとっての邪魔者だという気持ちが、どこかに潜んでいるのではないでしょうか。

 

今月半ば、出生前診断で胎児に異常が認められた妊婦の94%が中絶を選択したという新聞記事がありました。それぞれに事情があるのはわかります。しかし、おおざっぱな言い方が許されるなら、障害児は不要という選択でもある。残念な結果です。

 

また、今回の事件で特殊な点は、犠牲者の氏名が公表されないことです。

事件後すぐに私は、長男を通して知り合った障害者はいないだろうかと、心配になりました。が、公表されないことを知り、がっかりしました。

もちろん、それは、この施設で生活していた障害者、その家族への配慮だということは納得できます。知られたくない、報道されたくない。そう思う家族もおられるでしょう。でも、その配慮は、健常者が残忍な事件に巻き込まれた場合も同じはず。けれども健常者は公表し、障害者は伏せておく。それこそ偏見につながるような気がして、違和感を覚えます。

 

どんなに重度の障害者であっても、家族にとってはかけがえのない子どもであり、身内であったことでしょう。それは、実名の報道に応じた家族の思いを読んでもわかります。

「〇田〇男さんが、被害に遭いました。ここで穏やかに暮らしていました」

私はそういう報道をしてほしい。被害者の体温が感じられるように、障害者といえども、かけがえのない人生を送っていたことが伝わるように。

 

しかし、理想はそうであっても、まだまだ世間に対して身内が障害者であることを隠さなくてはならない、恥じなくてはならない。それゆえ、障害者はひっそり暮らさねばならないという常識が根強いのも、わからないではありません。

少しずつその偏見が薄れていき、障害者に対する理解が深まることを望んでいます。この津久井やまゆり園では地域の人々との交流があるという記事に、少なからずほっとできました。

 

そもそも社会というものは、必ず障害者が存在するのが当たり前の姿です。その人たちを否定し、排除しようとする思想は、あまりに独善的で、社会人としての意識が低いのでは、と思います。

だからこそ、今回の事件には悲しみとともに、怒りを感じます。

 

亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りします。

障害の二文字は地上に残したまま、空の上では自由に安らかに過ごすことができますように。

残された家族の方がたの悲しみが、少しでも癒される日が来ますように。




 


自閉症児の母として(29):グループホームを訪ねて2016年05月10日

 


長男も、この秋には30歳になります。

それに比例して、親も年をとっていきます。

障がい者といえども、社会で自立していかなくては、親はいずれいなくなってしまうのですから。

というわけで今日は、かねてから希望していた障がい者のためのグループホームの見学をさせてもらうことができました。

入居のあかつきには、支援者の助けを借りながら、そこで寝泊まりし、そこから職場に通い、週末だけ自宅に帰る。当分はそういう生活になるのです。

 

見せてもらったのは、社会福祉法人が運営する男性4名のためのホームで、JRの駅から徒歩5分。生活には便利な住宅街にありました。

普通の木造二階建ての民家を借りて、4人が個室を持って暮らせるようにしてあります。

支援者が1名、早番・遅番で、利用者の世話をしてくれます。

共有スペースは、食堂、風呂、トイレなど。個室は原則として利用者個人の自由な空間です。造りが民家なので、押入れのある部屋もあれば、収納スペースのない部屋もある。ベッドだったり、和室に布団だったり、利用者が各自でベッドやタンスなどの家具やテレビなどを持ち込んでいました。

食事は原則として、食材をケータリングして、おもに支援者が料理し、利用者は一緒にとることになっているそうです。

昭和の匂いがしそうな家ですが、支援者の方がずいぶん手を入れて、住みやすい工夫がされているようでした。

古いこと自体は気になりませんが、熊本地震で木造家屋が軒並み破壊されている映像を見たばかり。耐震については少々神経質になっています。

 



ところで、4年前の母の日に、次男から聞いたちょっといい話。

なぜ、家族のことを FAMILY というのでしょうか。


 Father And Mother I Love You の頭文字を並べたら……


ひとつ屋根の下に暮らしていなくたって、家族は家族なのですね。



 

今年の母の日には、長男がユリの花を買ってくれました。

ご丁寧に、そのレシートまでくれましたけど……

 






自閉症児の母として(28):雛人形を飾りながら2016年03月03日

 



今日は、3月3日、桃の節句。

娘は去年の夏に家を出たので、娘のいない初めての雛祭りです。そのせいか、いつもより早く雛人形を飾りました。

昨年3月に飾ったとき、長男のパニックに巻き込まれ、人形は無残にも床に転がりました。よく見ると、お内裏様の烏帽子は曲がり、横に突き出た細い棒の部分が欠けています。屏風にも小さな穴が開きました。顔が傷にならなかったことがせめてもの幸いでした。

雛人形は娘の身代わりになったような気がしました。


  * * * * * * * *


先日、エッセイ通信教室の受講生の方が、「きょうだいの会」の話を書かれました。この “きょうだい”というのは、障がい者をきょうだいに持つ人のことを表す特別な言葉だそうです。

その女性は、弟さんが知的障がい児でした。子どもの頃は、両親の気持ちが弟ばかりに向けられているようで複雑な思いでしたが、大人になってからはきちんと理解を深めていきました。今では親の代わりとなって弟を見守る頼もしいお姉さんとなったのです。

そして、「きょうだいの会」にも入りました。”きょうだい”には、たとえば就職のとき、結婚のとき、さまざまな困難があるといいます。同じ境遇の立場で、互いに不安や悩みを相談したり、慰め合ったり、ときには明るい話題で希望を持ったり……と交流を続けているとのことでした。


彼女は関西在住の方ですが、この会は全国的な組織だということを私は初めて知りました。

「きょうだいの会」は、障がい児の親としては、本当にありがたい存在です。親とはまた違った立場の”きょうだい”を支えてくれるだけでなく、社会に向けて発信をすることで、偏見をなくし、正しい理解を深めていく大きな力にもなるでしょう。彼女のエッセイは、その意味からも、大きな意義を持っていると思いました。


障がい者にとっても、その”きょうだい”にとっても、もっともっと社会的なバリアフリーが実現していくことを願わずにはいられません。


  * * * * * * * *


そういえば、思い出しました。

去年は、雛祭りから1週間たっても、雛人形を片付けなかったのでした。

自閉症の長男にとって、この世のすべての物事が、スケジュールどおり、カレンダーどおり滞りなくしゅくしゅくと行われていくことは、何より心の安らぎを得る基本なのです。

そのとき、長男がパニックを起こしたきっかけはもう忘れてしまいましたが、目の前のお雛様のせいで、彼のいらだちは大きく膨らんでいたにちがいありません。

今年は彼の心の平安のため、明日の朝にはしまっておきましょう。もちろん、娘が行き遅れないためにも……。


 



自閉症児の母として(27):母の思いを伝える2015年12月18日


今月は「師走」という名のとおりに、忙しく走り回っています。

自閉症児の母としても、講演の機会が2度ありました。




 

1210日には、千葉県松戸市の聖徳大学の「障害児保育」の講義の中で、100名ほどの学生さんに向けて、お話をしました。講師である准教授の津留先生は、長男が中学生の頃に、療育でお世話になったのです。先生が『歌おうか、モト君。』の本に目を留めてくれたのがご縁となりました。学生さんの課題図書として私の本を利用してくださり、著書の私も年に1度は大学に出向いて話をさせてもらうのです。

 

いつもの私のエッセイの生徒さんはほとんどがご年配の方がたですが、大学には次男と同じぐらいの女の子ばかり! 私も若さに触れて、ちょっぴりアンチエイジング?? 

 

保育士や教諭を目指す学生さんたちの感想文には、可愛らしいアイデアがいっぱいです。




「自分の子どもが障害児だったら、こんなふうに強くなれないと思う」

いつも、同じように不安な気持ちをつづった文章が多いのですが、何の経験もない彼女たちには自然な思いかもしれません。

でも、大丈夫。母となったときには、それだけで強くなっていますからね!

 



1216日には、東京都発達障害者支援センター(TOSCA)の支援者の研修のなかで、20年来の長男のママ友と二人、自閉症児の母としてお話をさせていただきました。



 

29年間、長男をなんとか育ててこられたのは、3歳のときからずっと、今もお世話になっている療育の場、「嬉泉」という社会福祉法人のおかげです。

そこで最初に学んだのが「受容的交流方法」。あるがままを受け入れて、心を通わせていくという子育てのやり方は、29年間私の基本だったと思います。

キーワードは3つ。「安心」をさせて、「経験」をさせて、人として「プライド」を持って生きていくこと。

そして、私のモットーは、園長先生の言われた、

「子どもの犠牲にはならないで、自分の人生も大切に」でした。

 

今後、障害者支援に望むことは?

・障害がわかった時点からずっと、一貫した支援のシステムがあるといい。

・母親ばかりではなく、父親に対する支援の充実も望む。

二人の母の一致した願いです。

 

参加者14名の方がたの感想は、さすがに支援の現場での体験からくるもので、確かな手ごたえがありました。この日の私たちの思いが伝わって、少しでもより良い支援に結びついていったら、うれしいかぎりです。

 

 

 




自閉症児の母として(26):おススメの映画『海洋天堂』2015年10月22日


中国の映画『海洋天堂』を、数年前に映画館で見たとき、私は初めから泣きっぱなしでした。

自閉症の息子と二人暮らしの父親が、余命わずかだと宣告され、息子に一人で生きていくすべを教えるという、哀しくも心打たれる映画です。

主人公は自閉症の親子ではありますが、そこに描かれているのは、海のように深く包み込むような普遍的な親の愛情ではないでしょうか。

自閉症児を抱えているご家族だけでなく、すべての方にお薦めしたい素晴らしい作品です。


明日1023日(金)午後1145123 

NHKBSプレミアムで放映されます。




 

タオル片手に、ぜひご覧になってください。

予告編だけでも泣けてきます。

(「予告編」をクリックすると、YouTubeのサイトにリンクします)







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