自閉症児の母として(60):シチリアのお皿のように2019年03月30日

 


この地域の桜が、今日にも満開を迎えようとしています。


3日前の千鳥ヶ淵。まだ五分咲きから七分咲きでした。)

 

ちょうど1年前の今ごろは、長男の問題に悩み、人知れず涙の日々が続いていました。(いずれ書く日も来るとは思いますが、今はまだ書かないでおきます)

それでも、いつもの友人たちと連れ立って、目黒川のお花見に行きました。



 

川沿いの道に、シチリア島の陶器を扱う小さなお店があります。

そこで目をとめたのが、このお皿。引き寄せられました。


 

思わず手に取って、思ったのです。

息子もこんなふうに明るく笑うお母さんが好きなのだろうな……。

もちろん買って帰りました。

 

それから1年、息子は家を出ました。

この1年間、宿泊訓練を積んで、息子なりにがんばってきました。

私はこのお皿のような笑顔になれたのでしょうか。まだわかりません。泣き笑いの顔をしているかもしれません。

少なくとも息子の問題は解消したように思います。

「長男の巣立ち」の記念として、今日、このお皿を飾りました。

 

どんなに障害を持っていても、成長しない子どもはいない。

私はいつでもそう思っています。

平成が終わって元号が新しくなるこの時に、私の子育ても一つの区切りを迎えて、新しい次のステージに移っていきます。

だから今、子育てに悩むお母さんたち、諦めないで。

かならず笑顔になれる日が来ますから。 

 

 



自閉症児の母として(59):グループホーム入所から1週間。2019年03月14日

 




一時帰宅の土曜日がやってきました。

8時半からのエレクトーンレッスンに間に合うように、平日よりも早く朝食を用意してもらって、ホームを出てきます。レッスンが終わるとその足で、自宅に戻ることになっています。


(ホームから駅へ向かう坂道。植え込みや並木があり、夏には木陰を作ってくれることでしょう。



「新生活は順調かい?」とは、誰あろう息子本人のセリフ。オーム返しは自閉症の得意技ですが、こんなふうに質問形式で自分の言いたいことを発することもあります。

「お洗濯、したの?」と、私が聞くと、「お洗濯した」とちょっと得意そう。お世話人の方に教わって、やっているとか。

表情も柔らかく、何の問題もなさそうな雰囲気で、まずはホッとしました。


(息子のエレクトーン。きれいに掃除をして、ヘッドホンも用意しました。▲)

 

先週、家を出た息子の後を追うように、3日後には息子の部屋のこのエレクトーンも、専門の運送屋さんのトラックで行ってしまいました。そして、エレクトーンの置かれていた場所にクリーナーをかけながら、突然ぽろぽろと涙がこぼれたのです。

息子は、毎日、家じゅうクリーナーをかけてくれていた。私が仕事でくたくたになって帰ってくると、玄関のドアの外までクリーナーの音が聞こえてきて、「ありがとう、モト君」と、感謝しながらドアを開けたものでした。

もう二度とあの日々は戻ってこない……そう思うと、たまらない喪失感に襲われたのです。

べつに、掃除をしてくれる人がいなくなったから悲しいのではありません。

思えば、31年間続けてきたあの子との暮らしを、たったの1ヵ月半で、あれよあれよという間に、あっけなく終わりにしてしまった。その日のために頑張ってきたはずなのに、なんともったいないことをしたのかと、悔やまれました。もっともっと別れを惜しめばよかった。もっともっと自立を喜んであげればよかった。もっともっと時間をかけて……。いえいえ、彼のためには、不安な時間を長引かせるより、早く新生活を始めるほうがいい、と考えての急な旅立ちだったはず……。

理屈はどうであれ、息子が出ていった日から、しんとした家にいると、朝な夕なに、何度となく涙がこみ上げます。私は自他ともに認める「人の10倍泣き虫」。ひさびさに寝た子を起こしてしまったのでした。

涙を止めるすべはないものか。このままでは、朝には私のまぶたがお岩さん状態になってしまう。なんとかしなくては。

とにかく週末になれば息子が帰ってくる。その時には、きっといつもの、こだわりの強い息子の吐く息が、あっという間に家じゅうに充満するだろう。その中で、私の感傷なんて嘘のようにかき消されてしまうにちがいない。

そうそう、きっと大丈夫。

 

案の定、息子は今までの土曜日と変わらずに、ルーティンをこなしていきます。みんなの食器を洗い、家じゅうにクリーナーをかけ、今日の新聞を私の部屋に届け、ソファにどかんとすわり、ゲームを始めます。

その合間にも、私の言葉づかいにチェックを入れたり、外出中の家族の行き先を確かめたり、天気予報の開始時刻になればパチンとテレビを付けたり、Jリーグの勝敗や対戦予定をいちいちアナウンスしてくれたり……。わが家は一転、賑やかなこと。一週間居なかったら、自閉症の息子のこだわりの多さが浮き彫りにされることに気づきました。

ちょうど、一匹のクモが見事な造形の巣を張って、その中でじっとしているように、息子もこだわりのネットを張り巡らせることで、安定して生活できるのです。長く一緒に暮らしてきた家族は、彼のネットにすっかり慣れて、気にならなくなっていたのでした。


 

息子は自分の部屋に入って、エレクトーンのあった場所ががらんとなっていることに、ちょっと感慨深そうに目をとめて、「エレクトーンは?」と言いました。これもまた、彼特有の表現。グループホームの自分の部屋に運ばれたことを再確認するかのように、質問してみるのです。

 

お風呂に入るとき、「週末用のパジャマはどこ?」と、息子が聞いてきました。

週末用と平日用。生活すべてをきちんと二つの枠組みに分けることで、新生活はつまずくことなくスタートできたようです。これから少しずつ新しい〈こだわりネット〉を作っていくのかもしれません。

 

私も見習わなくては。

あなたのいない平日の静かな時間をありがたく感じながら、有意義に過ごすことにしましょう。その代わり、掃除と食器洗いは、また私の仕事になりました。


 


自閉症児の母として(58):本日グループホームに入居しました!2019年03月03日

 


冷たい雨の中、自宅から車で30分、息子はグループホームに引っ越していきました。自立への大きな第一歩です。

雨降って地固まる。それを信じています。

 

このホームに決めた理由のひとつは、お世話をしてくださるスタッフに、障害児の保護者の方がたがとても多いことです。

今日も、いろいろ息子の生活習慣やこだわり、好き嫌いなどを伝えてきました。そのたびに、「そうそう、うちの子も」と分かってくれるのです。

きっとこの私の代わりを、実の母親以上に上手にこなしてくれるにちがいない。そんな安心感がありました。

 

夫と私とで、テレビを運び入れ、ゲーム機器を整え、インターネットに接続し、衣類もクローゼットに収納。息子はようやく落ち着きました。これで、第二のマイルームの完成です。しかも、これまでのマイルームより、微妙に広い!

まだ、エレクトーンだけは運んでいないので、ちょっと心配そう。今、業者の手配を急いでいるところです。


 

お仲間は、10代から30代までの6名。ご挨拶代わりの小さなプレゼントも用意して、それを入れる袋には、息子にひとこと書かせました。


 

私が選んだ品は、シャーペンです。なぜって?

「隣の部屋の住人」とかけて、「シャーペン」とときます。そのこころは?

「ノックすれば、出てきます」

おあとがよろしいようで……



不思議な照明の置いてある玄関▲

 

いよいよ私たちがホームを立ち去るとき、玄関ホールで見送ってくれた息子は、片手をあげて、ちょっと迷ってから、

「いってらっしゃーい!」

〈ただいま〉と〈いってらっしゃい〉、〈あげる〉〈もらう〉〈くれる〉は、自閉症の彼の一番苦手な日本語です。自他との区別や、互いの関係性が把握できないのです。


息子に、不安な表情は見られませんでした。

しばらくの間は、土曜の朝、エレクトーンのレッスンに行き、その足で自宅に戻ります。そして日曜の夕方、ホームに向かうことに決めました。毎晩8時に自宅に電話をする約束もしました。

彼いわく、「グループホームは平日用、マンションは週末用だ」。

さあ、新しい生活のスタートです。

 

雨の中を運転して帰ってきた私は、ほっとしたとたん、緊張がほぐれ、涙腺も緩んでしまいました。さみしい? いえいえ、そんなシンプルなことではなく、もっと大きな思いがこみ上げてきます。

思い起こせば、

「あなたのお子さんは自閉症です」

と診断を下されたのが平成元年のこと。そして、ちょうど平成が終わる今年、息子は巣立ちました。カレンダーをこよなく愛する自閉症の息子らしい……と、思わず泣き笑い。

でも、けっしてこれで終わりではありません。

私の自閉症児の子育ても、次の時代に移っていくのですね。



 

 


自閉症児の母として(57):グループホームに入所します!2019年02月27日

 


自閉症の長男は、ついに家を出て、グループホームに入所することになりました。自立への大きな第一歩を踏み出します。

 

息子が30歳の誕生日を迎えるころ、これから先の10年間はグループホームを目指してがんばろう、と目標を立てました。

私たち両親は高齢者の仲間入りも近い。いずれは年老いて自分たちこそ誰かの世話になりながら暮らしていくようになるかもしれません。いつまでもそんな両親のもとで過ごしていては、いよいよというときに、一番困るのは本人。親亡きあとの息子の暮らしを考えるのに、早すぎることはありません。

障害の状況や程度からして、いきなり自立と言うのは、やはり難しい。家を離れても、社会の支援は必要です。

 

そこで、このころからグループホームの見学を始めました。「百聞は一見に如かず」です。

また、ショートステイのできる場所を探し、宿泊体験を始めました。

20173月、障害者支援施設「桜の風」で、初めての1泊体験。その半年後には、「陽光ホーム」というグループホームで、そこに泊まりながら職場に通うという実地体験もしてきました。

両方を組み合わせて月に一度、1泊か2泊。それを2年間、続けてきたのです。大きな体験を積んで、彼にはたしかな自信になったはずです。息子にとっては、どれほど詳しく説明するよりも、体験が大きくものをいうことを、子育ての中でつかんできましたから。

 

それでは、どこのグループホームに入所できるのか。これもまた簡単ではなく、需要はあっても、まだまだ数は少ないようです。

支援センターの担当者にお願いして、どこかに空きが出ると知らせてもらい、何ヵ所か見てきましたが、どこも帯に短したすきに長し。ここぞというホームには出会えず、気長に構えていました。焦ることはありません。10年がかりの自立が目標です。

 

また、自立に向けて歩き始めたころは、ちょうど私の母が病気やけがで入退院を繰り返した時期と重なりました。午前中に息子のためのグループホームを見て、午後からは母の老人介護施設を見に行く、ということもありました。

私自身も、毎年インフルエンザにかかったり、骨粗しょう症の薬の副作用で体調を崩したりして、なんとも慌ただしい時期でした。

 

そんな日々のなか、息子が小学生のときから東京都世田谷区の施設で一緒に療育を受けてきたお仲間のうち、たまたま同じ川崎市内に住む二人が、同じグループホームに入ったのです。男性6名のためのオシャレできれいなホームで、厳しいルールもなく、楽しく過ごしているということでした。

息子にはまだハードルが高いだろうか。見学だけでもさせてもらおうか。

ためらったり迷ったり……。


▲玄関ホール。


みんなで食事をするダイニング▲と、その食器棚▼

 

私の背中を押してくれたのは、主治医の精神科のドクターでした。障害者福祉にも詳しく、20歳のときからお世話になっている先生です。

息子がいま抱えている問題を解消するためにも、まずは家を離れて生活環境を大きく変えること。課題があっても、できることできないこといろいろとあっても、それをひっくるめて社会に託していけばいい、戻れる家があるうちに。そう言ってドクターは励ましてくれました。

 

思い切って、くだんのホームに電話を入れてみると、なんと2名の空きがあると言うではありませんか。事はとんとん拍子に進み、すぐに見学、そして34日の体験をさせてもらい、晴れて本日、契約を交わしてきました。数日後には、入居です。

電話をかけた日から一ヵ月半の早さですが、ご縁とはそんなものかもしれません。機は熟していたのでしょう。


▲息子が入ることになった部屋。家具付きです。

オシャレなラグやクッションまで置いてあります▼


 

息子本人は、「ぼくは自立しますよ」と言ったり、「3月から新生活のスタートです」とテレビのCMまがいの言葉を口にしたり、心躍らせているようで、ほっとしています。

もちろん、手放しで喜んでばかりもいられません。うまくいかなくて戻ってくることも視野に入れて、家から巣立つのです。親は、社会の支援と手を組んで、これからの自立を見守っていくという、新体制のスタートです。

息子にも、親にも、新しい春がやって来ます。

 

このホームの良さは、見かけだけではありません。

それは、また後日、ご報告したいと思います。お楽しみに。





 



自閉症児の母として(56):「うちの子に限って、どうして……」2019年02月06日

 


今日は、東京都の発達障害者支援センターで行われた支援員のための研修会で、障害児の母として、お話をさせていただきました。

この支援センターは、息子がお世話になっている社会福祉法人「嬉泉」が都の委託を受けて運営しており、その関係で、毎年私にお呼びがかかります。

 

おもに子どもたちの支援をしている方がたが対象なので、長男が幼いころの子育てを振り返ります。話す時間は40分。話したいことは山とあって、全部話したら明日の朝までかかるでしょう。

毎年、少しずつ変えてみたり、最近気づいたことを加えたりしますが、いつも必ず話していることがあります。

 

息子が3歳から通った「めばえ学園」の女性の園長先生は、いわば母親たちの教育係で、たくさんのことを教えてくれました。

息子の障害がわかった頃は、「うちの子に限って、どうして……」と私もずいぶん思いました。子どもたちから見えないように、台所の片隅にうずくまって泣くこともありました。

ある日、園長先生が私たちにこんな話をしてくれたのです。

「現在、自閉症児は1000人に1人の割合で生まれると言われています。皆さんが苦労して自閉症のお子さんを育てているからこそ、ほかの999人のお母さんはフツウの子育てを楽しんでいられる。つまり、皆さんは、1000人の代表となって自閉症児を育てているんですよ」

ああ、私たちは代表なんだ。選ばれたんだ、神様に。そう思えました。

その時から、私は吹っ切れたのです。「うちの子に限ってなぜ」と思うことはなくなったのでした。

神さまに選ばれたプライドを心に抱くことで、今でいうポジティブシンキング、前を向いてひたすらがんばることができたのです。

 

涙をふきながらのところもありましたが、無事話し終えて帰宅すると、さっそく参加者のアンケートに書かれたコメントが、メールで届いていました。

皆さんは私の思いをまっすぐに受け止めてくれたようで、ほっとしました。

その中に、こんな言葉がありました。

「涙が出た。まさに1000人に1人の代表だと思った」

またまた私も涙……。

障害児を授かって、苦労が多い分、私の人生は豊かになった。それを改めて感じた瞬間でした。

 



自閉症児の母として(55):800字のエッセイ「奇跡のメガネ」2019年01月12日



     奇跡のメガネ

 

 インターネットで、アメリカ発のこんな動画を見た。

クリスマスツリーが飾られた室内で、ティーンエイジャーの男の子が、プレゼントを開けている。出てきたのはサングラス。かけたとたん、「違う!」とびっくり。かけては外し、笑い転げている。

次のシーンは屋外。誕生日プレゼントにもらったサングラスをかけた男性は、言葉も出ないまま、まるで赤ちゃんのように、両手を握りしめて喜びを表している。左右を眺めてはまた両手を振るばかり。動画を撮る側のうれしそうな笑い声が聞こえる。

3人目の少女は、メガネをかけるなり、

「何これ。これが本当の世界? こんなふうに見えてるの?」とつぶやく。それ以後は泣いてしまって言葉が続かない。

 次の男性は、このメガネが何なのか知っていて、初めてかけてみる。すぐに外して、両目を押えて泣き始める。

 この動画に登場する7名の男女は皆、カラーブラインド、つまり色盲なのである。初めて補正メガネをかけた瞬間の感動が、見る者の胸をも熱くする。誰もが「オー、マイゴッド!」を繰り返し、誰もが涙なしではいられない。泣いている彼らに、かならず誰かが近寄って優しくハグをするのも、印象的だった。

 動画を見て、息子のことを思った。色盲の世界を知るには、カラー写真をモノクロで見ることで、ある程度理解できるだろう。でも、自閉症の息子は、相手の胸中が見えないコミュニケーションの障害だ。あげる・もらう・くれるなどの言葉が正しく使えないのは、自分と他人の区別や、その関係性が把握できないのである。彼が見ている世界は、一体どうなっているのだろう。想像するしかない。

それが見えるメガネがあったら、どなたか母親の私にプレゼントしてくださいな。 





 

自閉症児の母として(54):ワイモバイルの通信障害に思う2018年12月06日


わが家の長男、仕事から帰宅するなり、

「朝、駅の発車時刻が書かれていなかったよー!」と、嘆くように報告がありました。いつもと違うことが苦手なのです。

確かに今日は朝から、車両故障や何やら、あちこちの路線で不測の事態が起きて、ダイヤが混乱したようです。

それでも、理由がわかれば、何とか納得して気持ちを落ち着かせることができるようになっています。

 

ところが今度は、自分の部屋に入ってしばらくすると、

「インターネットが繋がらない!!」と大声で騒ぎ立てています。



たまにあることなので、お天気が悪いからねーなどと言ってはぐらかしたり、再起動をさせたりしましたが、一向に繋がらない。

私はご飯作りの忙しいときだったので、ちょっといらいら……。

がその時、テレビのニュースでソフトバンクの通信障害が報じられました。うちはドコモだから、と思ったけれど、息子の部屋だけはポケットWi-Fiを使っていて、それがソフトバンクのワイモバイルだったのです。

私がどんなに説得しても、なかなか聞く耳を持たないのに、「圏外」になってしまう理由がテレビからのニュースで明らかになると、息子は初めてほっとする。「順次復旧」の言葉に、安心して待っていられるのです。

 

子どもの頃は、こうした不測の事態に遭遇すると、どんなになだめてもすかしても、涙を流して悲嘆にくれたりしたものです。

ずいぶん成長したなぁ、と思う今日の出来事でした。

 


自閉症児の母として(53):「息子の頭が……」の後日談。2018年10月29日

 




息子は、坊主頭にした1週間後、「のどが痛い」と言い、37度台の熱を出して、仕事を休みました。頭が涼しくなりすぎて風邪を引いたようです。

大したことはなく、薬を飲んで翌日には平熱になり、元気よく出勤していきました。

 

その5日後、私も同様の風邪をひいてダウン。まだ治りません。

 

その3日後、次男ものどの痛みを訴えて、風邪がうつったようです。

 

明日あたり、夫が危ない……?

 

坊主頭を疫病神のように言うつもりはありません。

むしろ、坊主頭になった息子にショックを受けたこと自体が、偏見だったかもしれない。そのバチが当たったかな、と思っています。

仏の教えを説くお坊さんにしても、元気いっぱいの高校球児にしても、スタイリッシュなスキンヘアで活躍する人々にしても、受刑者とは無縁の存在です。たまたま刑務所の話を聞いた直後だったので、悪いイメージが先行してしまいました。ごめんなさい。

 

朝晩冷え込むこの時期、風邪が流行っているようです。

皆さんも、くれぐれもご用心くださいね。

 




自閉症児の母として(52):ショックです! 息子の頭が……2018年10月16日

 

朝、息子は出かけるときに、「今日は髪を切ります」と言っていました。

帰宅した息子を見て、絶句。坊主頭になっていたのです。ショックで息が止まりそうでした。

 

もう何年も前から、駅なかの1000円ぐらいで簡単にカットしてくれる床屋さんにお世話になっていました。最初は私がついていきましたが、すぐにチケットを買うやり方も覚えて、一人で行かれるようになりました。

その店が閉店になっても、隣駅や商店街などで、別の床屋を見つけてはそこで散髪していました。コミュニケーション障害のある彼が、理容師さんとどんなやり取りをしているのかと、ちょっと心配ではありましたが、いつもこざっぱりとして帰ってくるので、理容師さんにも何とか理解してもらえているのだろう、床屋に関してはすっかり自立した、と安心しきっていたのです。

 

息子は、私が驚いても、さほど悪びれるでもなく、「バリカンで??」などとおどけている。「床屋さんには何と言ったの」と聞いても、そういう説明は彼には無理なのです。あまり突っ込んで尋ねても、息子が傷ついても困るし、坊主頭が悪いと思い違いをされても困るので、あまり悲しい顔はできません。

おそらくは、「短くしてください」と頼んだら、「バリカンで?」と理容師さんに聞かれた。わけもわからず「はい」と答えた……といったところなのではないか。憶測するばかりです。

 

今日はたまたま、刑務所の話を聞いてきたのです。服役を終え出所した人の社会復帰を支援しているシスターの講話でした。なぜか、息子が受刑者のように見えてしまい……、ショックです。

話が通じているようでも、見かけと違って、息子の理解能力はかなり低い。そのことを改めて思い知らされたこの一件。いえいえ、行き違いがこの程度のことですんでよかった。そう思っておきましょうか。

髪が伸びるまでの1ヵ月、母は反省しながらじっと我慢の毎日です。

 


東国原さんみたいで、とても正面からの写真はお見せできません。

ただひとつ、頭の撫で心地だけは快感ですけどね。

息子は今夜も、何事もなかったように、ルーティンの食器洗いをしています。



自閉症児の母として(51):自閉症児を抱えた若いお母さんたちへ2018年09月28日


今日は、長男が3歳から通ってお世話になった療育施設で恩返しをしてきました。

現在、そこに通園している自閉症児のお母さんたちに、先輩母として、お話をさせてもらったのです。十数名の若いお母さんたちは、話を始める前から、もう目が潤んでいる。人の十倍泣き虫の私も、それを見ただけで早くももらい泣き……。

それでも、将来に対する不安や、兄弟間の問題など、困っていることを少しでも軽くしてあげたいという思いで、体験をお話ししました。

 

この施設では、母親ももちろん勉強でした。わかりにくい自閉症児の育て方を学びます。最初に教わったのが「受容的交流方法」。それは、あるがままを受け入れて、心を通わせていくという子育ての基本でした。

キーワードは3つ。「安心」をさせて、「経験」をさせて、自分の意思で行動できるように、ひいては「プライド」を持って生きていけるようになることが目標です。

 

子育ては自分ひとりではできません。みんなに助けてもらいましょう。

家族だけではなく、親戚、ご近所、学校、地域の人々……みんなに理解してもらい、見守ってもらい、助けてもらいましょう。

そう教わってきました。

私たち親子も、思い出すまでもなく、感謝してもしきれないほど、温かい人々に支えられた歳月でした。

 

「私も、『うちに子に限って、どうして?』ってずいぶん思いましたよ」

と、私が口にしたとたん、ほぼ全員がハンカチを取り出していました。そう思わなかったお母さんは一人もいないのです。

当時の園長先生は、私たちにこう言いました。

「自閉症児は、1000人に一人の割合で生まれると言われています。皆さんが大変な思いをして育てているからこそ、他の999人のおかあさんがフツウの子育てを楽しんでいられる。つまり、皆さんは、1000人の代表として自閉症児を育てているんですよ」

ああ、私たちは神様に選ばれたんだ、と思えた。代表としてのプライドを持って、この子のために前を向いてがんばろう、と思えたのです。

さて、何人のお母さんにわかってもらえたでしょうね。

 

写真はおみやげにいただいた、自閉症者のアーティストの絵はがき。

非凡な才能がほとばしっていて、惹かれる絵です。




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