ダイアリーエッセイ:彼岸花に出会って2023年09月23日


 

脳卒中で倒れた77歳の義姉と、突然一人になった102歳の義母。二人の心配を抱えていることは、8月24日に書いたとおりです。

2か月たった今なお、夫の実家とリハビリ病院に車を走らせる日も多い。記録的な猛暑に負けないようにいつも以上に気をつけながら、ぎっくり腰の治療にも通いながら、仕事も休まないようにと、目の回る毎日です。

 

昨日は、稲城教室の日でした。残暑厳しい強烈な日差しを浴びながら、車で向かいました。軽い昼食をとろうと、稲城市内のスタバの駐車場に車を入れたとき、その奥の梨畑に目が留まり、思わず声が出ました。

「ああー、咲いてる!」

フェンス越しに、オレンジがかった赤色の彼岸花がたくさん咲いていたのです。

そうだ、彼岸花の季節だ。明日は秋分の日だもの。

あでやかな彼岸花に思いがけず出会ったことよりも、この花のことをすっかり忘れていた自分に、驚きました。

彼岸花は、毎年この日を忘れずに、ちゃんと開花する。今年は例年にない日照り続きで、お米も野菜も不作のニュースばかり見ていたのに……。彼岸花はすごい。強い日差しを受けて、輝いて見えました。

 

季節の移ろいさえも、うわの空だったこの夏、ひと群れの彼岸花が、秋の訪れに気づかせてくれた。もうすぐ涼しい季節が、間違いなくやってくる。

そんな当たり前のことがうれしくて、もう少しがんばれそうな気がしてきたのでした。




旅のフォトアルバム:京都の旅のハイライト2022年10月26日

 

前回の投稿記事が924日。もう1ヵ月以上もご無沙汰でした。

どうかしたのかなと覗いて心配してくださった皆さま、どうもありがとうございます。〈旅の秋〉を忙しく満喫中です。

 

前回の投稿を書いた翌週、京都に行きました。

テーマは「秋の味覚を楽しむ」。

と言いながら、洋菓子のモンブラン。

抹茶のお菓子で有名な、マールブランシュの本店で、この季節ならではの栗を使ったプレミアムなモンブランをいただきました。


 

まず、3種類のブランデーから一つチョイスします。味に詳しくはないので、いちばん高そうなVSOPにしました。


それを目の前で刻んだ栗に混ぜ、さらにマロンクリームを絞ってくれるのです。(動画でお見せできないのが残念!)



お味のほどは、言わずもがな。ほっぺたを落としてきました。

 

 

夜には、この季節最後の川床料理を堪能しました。

この日は、昼間は暑いほどだったけれど、京都でも奥深い貴船神社の辺りは涼しく、さらに川の流れるその上に床を設けているのですから、天然のクーラーです。




料理には氷の器が使われていたり、盆の上に塩を粉にして流れる水の絵を描き、焼いた鮎を泳がせたりと、涼を呼ぶ演出も見事です。

クーラーのない時代から昔の人たちは、こんなふうに涼しさを味わう工夫をしていたのだ、と実感しました。

終盤になると、熱燗も冷え、ひざ掛けをお借りしたほどでしたが、こちらのお味も舌鼓を打ちました。

 


さて、今月の旅は二回。

すでに大阪・神戸の旅は終わり、もう一つ、瀬戸内海の直島へ。

明日から、行ってきま~す!





映画『ヴェルサイユの宮廷庭師』を観る2015年10月13日


連休が明けて、今日は私の完全オフ。おだやかな秋の日の昼下がり、映画を観てきました。



 

『ヴェルサイユの宮廷庭師』

監督のアラン・リックマンは、ご存じハリー・ポッターのスネイプ先生です。ルイ14世を演じる俳優としても登場しています。

ヒロイン役のケイト・ウィンスレットは、『タイタニック』よりはるかに落ち着いて、『愛を読むひと』よりさらに成熟して、存在感がありました。

 

私は、フランスには何度か訪れていても、ヴェルサイユ宮殿にはまだ行ったことがありません。が、そんなことはどうでもよかったのでした。

舞台は17世紀フランス。これからヴェルサイユ宮殿を造ろうというルイ14世の時代です。登場するル・ノートルという国王お抱えの造園師も、実在の人物です。

 

ヒロインのサビーヌは、植物を愛し、庭園造りに打ち込むひたむきな女性。その豊かな感性と素直さゆえに、同僚の男性たちからも人望を得て、妃を亡くした国王の心を慰め、やがて、敬愛する師であるル・ノートルと結ばれる、という物語です。


しかしながら、そんな時代に、一介の女性が庭師として自立して生きていけるはずはない。そこが、リックマン監督のフィクションなのだそうです。

現代社会にも通じる女性の強さは魅力的です。一方で暗い過去に苦しむ母親としての姿や、恋に落ちていく表情には、やはり胸がふるえます。


きらびやかな王宮の世界と、緑あふれる映像。しばしスクリーンの中に引き込まれ、日常を忘れました。

 

情熱と静けさと……。今の季節にぴったりの映画でした。

おススメです。

 

 







ダイアリーエッセイ:敬老の日、来年こそは2015年09月21日



母の庭には、毎年彼岸花が咲く。

その年の夏が、暑かろうと涼しかろうと、日照りが続こうが、長雨が続こうが、律儀にこの時期になると、こつ然と姿を現す。赤くにぎにぎしい花弁やしべを反り返らせて、窮屈そうに寄り固まって咲いている。


 

こんなに長生きしても、しょうがないねぇ。

一人じゃ何にもできないし、迷惑かけるばっかりで、だれの役にも、何の役にも立てなくて……。

 

92歳の母に、そんなふうにこぼされて、とっさに返事ができなかった。

そんなことないでしょ……とは言うものの、その先が出てこない。

 

〈ここにいて、そうやって息をしているだけで、私はうれしいわ〉

そう言ってあげるんだった。何も言えなかったことが、悲しくなる。

来年こそは、言ってあげよう。

だから、もう一年、長生きしてね。

 

私には、毎日が敬老の日。



 



ダイアリー・フォトエッセイ:鎌倉へ2013年11月16日

今日は、所用があって、家族と鎌倉へ。
用事をすませて、ちょこっと散策。

裏道の塀の上に、ピラカンサスの枝が。
まるで真っ赤なノラ猫が塀を乗り越えようとしているみたい。




長谷駅の近くに、オリーブオイル専門店Fresh Oliveがオープン。
オリーブジェラートは、さわやかなおいしさ。



住宅街のなかに発見、レストラン・マンナ。
次回はここでディナーがいいかな……。





 てくてく歩いて、由比ガ浜へ。
 「わ、海が見えた!」 この瞬間が好き。




穏やかすぎる海。
サーフィンは無理でしょ。



  ♪砂に書いた名前消して 波はどこへ帰るのか……
  大好きな歌が口をついて出る。




地震を感じたのは、この写真を撮った6時間後だった。





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梨が実るころ、『なしのはな』が咲いて2013年10月07日

「なしのはな」の表紙は、梨の実と同じ色で……


東京・稲城市のエッセイクラブ稲城では、この夏の猛暑のさなか、作品集の編集を続けてきました。
9月になって、ついに『なしのはな』第5号が完成。
選りすぐりの作品をさらに磨きあげて、お一人2編のエッセイを載せました。
講師の私も「大曲浜にて」という東松島の旅のエッセイを寄稿しています。

購読ご希望の方は、コメント欄にお申し出ください。
冊子代200円にてお送りします。

このクラブとは、発足以来13年のお付き合いです。
公民館主催のエッセイ講座から始まって、すぐ自主運営のサークルになりました。
会員の入れ替わりもありますが、当初から在籍の方も2名ほど。現在は6名のグループです。

当クラブでは、お仲間を募集中です。
市民でなくてかまいません。稲城市中央公民館に通える方であれば、どなたでも。
例会は、毎月第1・第3金曜の午後。
いつでも見学にいらしてください。
新しい方もすぐになじんで、楽しい時間を過ごされます。
今年は「エッセイの秋」、いかがでしょうか。

写真の梨は、稲城市特産の「菊水」という品種です。
栽培が難しいそうで、市内100戸ほどある梨農家のうちでも、今では数戸の農家で栽培されるのみになってしまったとか。そんな貴重な梨を、メンバーからのお土産にいただいて帰りました。
みずみずしくて、しっとりと甘くて、夏バテも吹き飛ぶ美味しさです。
ごちそうさまでした!


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ダイアリー・エッセイ:月を見上げて2013年09月17日

とうとう、リフォームの全工程が終了した。
40日間の暑い熱い日々だった。
荷物もまだまだ片付かないし、工事の小さなやり残しはあるが、まずは一段落だ。

ほっとひと息……と行きたいところだが、今朝、夫が形成外科で背中のこぶを取り去る小さな手術を受けている。どうしただろうか。
何も連絡がないということは、無事に終わったのだろう。

夕方、最後のワックスがけが終わると、子どもたちに夕飯を食べさせて、長男と二人、夫の入院する病院へ。面会時間ぎりぎりに飛び込んだ。
痛みもさほどではないらしく、普通食の夕飯を食べて、思った以上に元気そうだ。最初から何の心配もない手術ではあったけれど……。
わが家のリフォームも終わり、夫の背中のリフォームも無事終了、というわけだ。
やれやれ。

帰り道、3月まで長男が働いていた高層ビルの上に、月が出ていた。
「あさっては、中秋の名月だよ」
“歩くカレンダー”のモトが教えてくれた。

時間は、どんな時でも均等に過ぎていく。
大きな山を越えたとき、いつでもそう思う。



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新年のご挨拶~2012年を振り返って~2013年01月03日

皆さま、明けましておめでとうございます。

2012
年は本当にあっという間の1年でした。
写真とともに、ちょっと振り返ってみます。

まず、エッセイに関わることから……

☆新しくエッセイ教室を開講。
横浜市磯子区の区民センターで10回の講座の後、「磯の綴り会」という自主グループが生まれました。30代から80代までの生徒さんで、いつも笑いの絶えない2時間です。
磯子の生徒さんと



☆銀座のエッセイサロンも充実していました。
毎回、常連さんと新しくご参加の方がたとの出会いが生まれ、講師としてうれしいひと時です。
私もまた新しいエッセイ教室のご縁をいただきました。今年の春から横浜南部にも、もう一つ開講の運びとなりました。

11月のエッセイサロン



☆著書をオンデマンドで再版することになりました。
在庫がいつの間にかなくなってしまった……ということは、まだまだ皆さんがご購読くださっているからにほかなりません。改めて御礼申し上げます。
また、時流に乗って、電子本にもしてみました。
新しいものにはなかなか飛びつけない性格なのですが、ここにも新しいご縁があり、その方のお勧めでした。



OFFの時間も充実していました。
まるで向こうからやって来たような、思いがけない体験がたくさんあった年でした。

2月にチーム東松島に加えていただき、初めてのボランティアに参加したことは、私の人生でも大きな出来事です。
たくさんの方がたとの出会いが広がりました。

ばんざ~い! がんばったね!



7月には湘南の海でセイリング~~~!!
船酔いするかと思いきや、潮風に吹かれていると、まるで波の一つになったような心地よさ……! これも初体験です。
ヨットの上で飲むビールの美味しさと言ったら……! 

葉山マリーナ

葉山沖

江の島と、ウィンドサーファーと……

海の男たちが、タコを生け捕った。

潮風に乾杯!



☆夏の北海道の旅は、ブログにも詳しく書いたとおり、次男が受験生だから、旅行はしないつもりでした。が、ひょんなことから行くことになってしまった。
レンタカーのドライブ旅行も初めてでしたが、改めて北海道の素晴らしさを実感してきました。



☆京都で紅葉狩り。
障害児の母として講演するというありがたいお話を頂戴して、大阪まで出向き、その帰りには京都であでやかな紅葉を楽しむことができました。
前年訪れたときは11月の初めで紅葉には少し早く、今回は11月下旬。まさに紅葉絶頂期でした。

東福寺の紅葉

嵐山祇王寺の紅葉

嵐山の化野念仏寺

高台寺のライトアップと月と



☆クリスマスのゴスペルライブ。
横浜の商業施設が募集した「100人で歌うゴスペルライブ」。
コーラス仲間で受験生の母3人が、祈りを込めて歌いました。
イルミネーションの灯った大きなツリーの前で、おなかの底から出した声が、夜空の下に響き渡っていく快感。これもまた初めてでした。病み付きになりそうです。

友人が撮影



☆何といっても最後を締めくくったのは、7年ぶりの横浜アリーナ!
桑田君の年越しライブです。
チケットは、ファンクラブに入っていても「抽選」の狭き門。もちろん、自閉症の長男と二人で行ってきました。
13000人のファンとともに、2013年の到来をカウントダウン。0時の瞬間には花火の代わりに銀色のテープが放たれた。舞い降りてきたそのテープを、息子は大事に持ち帰ってきました。
サザンとの出会いは、13年前に彼がもたらしてくれたものなのです。著書に詳しく書きましたので、お読みいただければ幸いです。

横浜アリーナ入口

ライブで舞った記念のテープ




そして、今年もまた、皆さんに支えていただきながら、ぼちぼちとブログを続けていきたい、と思っています。
明るく楽しいことばかりではないけれど、心のなかには闇もたくさん抱えているけれど……
私の言葉を皆さんのハートに、生き生きと届けられたら、うれしいです。

今年も、~HITOMI'S ESSAY COLLECTION~をどうぞよろしくお願いいたします。



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秋のエッセイ:ハロウィーンの夜に2012年10月31日

毎年、今日のこの日、宝物を取り出しては懐かしんでいます。
宝物。それはこのエッセイです。

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   ハロウィーンの夜に

 今年も風が冷たくなって、店先に黒とオレンジ色の飾りが目につくようになった。この時期になると、忘れられない思い出がよみがえる。

 ハロウィーンという言葉さえ日本では知られていなかった30年前の話である。
 大学卒業後、英語の勉強を名目に、新学期の始まる9月半ば、ロンドンへ飛んだ。一度旅行をしたこともあるし、英語学校もホストファミリーも日本から決めてきた。万全のはずだった。が、予期せぬ事態発生。着いて2日目、強烈なホームシックにかかってしまったのである。
 ホストファミリーは部屋の家具も食事も予想以上に質素だった。お客さんじゃないのだからとわかってはいても、涙が止まらなくなった。腫れあがったまぶたを隠すようにして街に出れば、ゴミが舞う商店街、臭気のする地下鉄……。何を望み、何に憧れてここにやってきたのか、わからなくなっていた。
 その日の夕方、私と同じ学校に通うという女性が、スイスから到着した。
「マリスです、よろしくね」
 身を屈めるように手を差し出してきた。すらりと背が高く、くりくりした目と金髪のウェーブ。私よりひとつ年下だけれど、英語ははるかに上手だ。私のつたない言葉をよく理解して、おしゃべりをつないでくれるのだった。

 私は午後のクラスに通い始めた。生徒数50名ほどの学校は、郊外の閑静な住宅街の中にあり、片道30分の徒歩通学だ。
 学校に着くとまず、半地下にある食堂へ。そこで午前の授業を終えたマリスと落ち合う。社交的な彼女の周りには、たくさんの仲間がいた。ヨーロッパ各国の生徒たちである。
 10月になると、食堂の入口に顔をくりぬいたランタンが置かれた。そういえば、子どものころ教会学校でもらってくる外国の冊子に、お化けと子どもたちの漫画が載っていた。そこで見たランタンと同じだ。私は今、あの漫画の子どもたちと同じ世界にいるのだ……。
 ハロウィーン。111日はカトリックの聖人たちの祝日で、その前夜は邪悪なる者たちがお祭りをするのである。英語学校でもその夜は仮装パーティーが開かれるという。
 でも、最小限の服しか持ってきていないし……とあきらめていたら、「大丈夫、私に任せて」と、ホストファミリーの奥さんが、近所を駆け回って衣装をそろえてくれた。
 マリスにはグリーンのジャンパースカートに白いブラウス。私には同じ色のブレザーにネクタイ。この地域の小学生の制服だそうだ。ふたりとも、赤い頬紅をまるくさし、目の下には大きなそばかすをたくさん描きこむ。マリスはリボンで髪を束ね、私は男の子っぽくキャップを斜にかぶった。こうして出来上がったノッポとチビの小学生カップルは、ペロペロキャンディを片手になかよく手をつないで、夕暮れのなか、学校へと向かった。
 いつもの通学路に、白いチュチュを着た無精ひげのバレリーナが通る。笑い転げていると、血を滴らせたドラキュラがマントをひるがえして追いかけてくる。悲鳴をあげて逃げると本当に怖くて、ドキドキしながら大笑い!
 パーティー会場の食堂も、今宵はかぼちゃのランタンに火がともり、薄暗いディスコになっていて、ダンスパーティーが始まる。先生も生徒も、狭いフロアでダンスに興じる。
 やがて魔法使いのおばあさんが登場して……。じつは校長先生、男の子と女の子ひとりずつに仮装大賞を贈ります、と発表した。
「女の子の賞は、キュートな宇宙人に……」
 銀色のぴったりしたコスチューム、揺れる2本の触角をつけたドイツ人の女の子だった。
「次に、男の子のベストワンは、日本から来た小さくてかわいらしい小学生に!」
 私のことだった。なんと、男の子の賞をもらってしまったのである。
 その夜、私の頬には祝福のキスの雨が降り注いだ。描きこんだそばかすはかき消され、ホームシックも嘘のように消え去っていた。

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このエッセイ、読んだことがある、と言われる方、そのとおりです。
1年前にもアップしています。
ところで、この夜の写真があるはずなのですが、どうしても見つかりませんでした。
来年までに探し出しておきましょう。お楽しみに。

わが家の子どもたちも、小学生のころは「お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ」と言って、お菓子をもらい歩いていました。
また、近ごろはハロウィーンではなく、ハロウィンと書くようになっていますね。
そんなことにも時の流れを感じます。


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エッセイ「車内で出会った少年」2012年08月26日

 

 もうすぐ子どもたちの夏休みも終わろうとしています。
 市営地下鉄の車内は、それほど混んではいませんでした。ちらほら空席もあるくらいに。
 私の真向かいの席には、白いポロシャツを着た少年がいました。「バスケットボール部」と書かれたショルダーバッグを膝に置いている。たぶん、部活帰りの中学生なのでしょうけど、どう見ても少年と呼ぶのがふさわしいような男の子です。さっきから、熱心に文庫本を読んでいます。

 駅に止まると、お母さんと小学生ぐらいの女の子が乗ってきました。ちょうど私の隣が空いていたので、お母さんが座り、
「ほら、そこ空いてるわ」と女の子には、向かいの少年の隣を指さしました。
 女の子は、「うん」とうれしそうに座りました。
 すると今度は、少年がひょいと立ち上がってこちらにやって来ました。
「あっちへどうぞ」と、私の隣のお母さんに、自分が座っていた席を譲ったのでした。「あら、ありがとう!」
 お母さんと女の子は、一緒に座ることができました。少年は私の隣の席へ。

 えらいのね……と、少年に声をかけたかったけれど、言葉を呑みこみました。彼はなにごともなかったように、また本を開いて続きを読んでいます。じゃまをしないでおこうと思いました。
 お年寄りがいたら席を譲る。それはできるかもしれない。でも、乗り込んできた親子連れが隣同士に座れるように、さっと席を譲ってあげられるなんて……。しかも、当たり前のように、ごく自然に席を立った少年。
 どうしたら、こんなふうに相手の気持ちがわかる少年に育つのかしら。
 彼自身がかわいがられて育ったから?
 両親や周りの大人たちが、そうやって生活しているから?
 たぶんどちらも正解でしょう。
 ふと秋風を感じたような、小さな出来事でした。



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