映画『ヴェルサイユの宮廷庭師』を観る2015年10月13日


連休が明けて、今日は私の完全オフ。おだやかな秋の日の昼下がり、映画を観てきました。



 

『ヴェルサイユの宮廷庭師』

監督のアラン・リックマンは、ご存じハリー・ポッターのスネイプ先生です。ルイ14世を演じる俳優としても登場しています。

ヒロイン役のケイト・ウィンスレットは、『タイタニック』よりはるかに落ち着いて、『愛を読むひと』よりさらに成熟して、存在感がありました。

 

私は、フランスには何度か訪れていても、ヴェルサイユ宮殿にはまだ行ったことがありません。が、そんなことはどうでもよかったのでした。

舞台は17世紀フランス。これからヴェルサイユ宮殿を造ろうというルイ14世の時代です。登場するル・ノートルという国王お抱えの造園師も、実在の人物です。

 

ヒロインのサビーヌは、植物を愛し、庭園造りに打ち込むひたむきな女性。その豊かな感性と素直さゆえに、同僚の男性たちからも人望を得て、妃を亡くした国王の心を慰め、やがて、敬愛する師であるル・ノートルと結ばれる、という物語です。


しかしながら、そんな時代に、一介の女性が庭師として自立して生きていけるはずはない。そこが、リックマン監督のフィクションなのだそうです。

現代社会にも通じる女性の強さは魅力的です。一方で暗い過去に苦しむ母親としての姿や、恋に落ちていく表情には、やはり胸がふるえます。


きらびやかな王宮の世界と、緑あふれる映像。しばしスクリーンの中に引き込まれ、日常を忘れました。

 

情熱と静けさと……。今の季節にぴったりの映画でした。

おススメです。

 

 







ダイアリーエッセイ:敬老の日、来年こそは2015年09月21日



母の庭には、毎年彼岸花が咲く。

その年の夏が、暑かろうと涼しかろうと、日照りが続こうが、長雨が続こうが、律儀にこの時期になると、こつ然と姿を現す。赤くにぎにぎしい花弁やしべを反り返らせて、窮屈そうに寄り固まって咲いている。


 

こんなに長生きしても、しょうがないねぇ。

一人じゃ何にもできないし、迷惑かけるばっかりで、だれの役にも、何の役にも立てなくて……。

 

92歳の母に、そんなふうにこぼされて、とっさに返事ができなかった。

そんなことないでしょ……とは言うものの、その先が出てこない。

 

〈ここにいて、そうやって息をしているだけで、私はうれしいわ〉

そう言ってあげるんだった。何も言えなかったことが、悲しくなる。

来年こそは、言ってあげよう。

だから、もう一年、長生きしてね。

 

私には、毎日が敬老の日。



 



ダイアリー・フォトエッセイ:鎌倉へ2013年11月16日

今日は、所用があって、家族と鎌倉へ。
用事をすませて、ちょこっと散策。

裏道の塀の上に、ピラカンサスの枝が。
まるで真っ赤なノラ猫が塀を乗り越えようとしているみたい。




長谷駅の近くに、オリーブオイル専門店Fresh Oliveがオープン。
オリーブジェラートは、さわやかなおいしさ。



住宅街のなかに発見、レストラン・マンナ。
次回はここでディナーがいいかな……。





 てくてく歩いて、由比ガ浜へ。
 「わ、海が見えた!」 この瞬間が好き。




穏やかすぎる海。
サーフィンは無理でしょ。



  ♪砂に書いた名前消して 波はどこへ帰るのか……
  大好きな歌が口をついて出る。




地震を感じたのは、この写真を撮った6時間後だった。





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梨が実るころ、『なしのはな』が咲いて2013年10月07日

「なしのはな」の表紙は、梨の実と同じ色で……


東京・稲城市のエッセイクラブ稲城では、この夏の猛暑のさなか、作品集の編集を続けてきました。
9月になって、ついに『なしのはな』第5号が完成。
選りすぐりの作品をさらに磨きあげて、お一人2編のエッセイを載せました。
講師の私も「大曲浜にて」という東松島の旅のエッセイを寄稿しています。

購読ご希望の方は、コメント欄にお申し出ください。
冊子代200円にてお送りします。

このクラブとは、発足以来13年のお付き合いです。
公民館主催のエッセイ講座から始まって、すぐ自主運営のサークルになりました。
会員の入れ替わりもありますが、当初から在籍の方も2名ほど。現在は6名のグループです。

当クラブでは、お仲間を募集中です。
市民でなくてかまいません。稲城市中央公民館に通える方であれば、どなたでも。
例会は、毎月第1・第3金曜の午後。
いつでも見学にいらしてください。
新しい方もすぐになじんで、楽しい時間を過ごされます。
今年は「エッセイの秋」、いかがでしょうか。

写真の梨は、稲城市特産の「菊水」という品種です。
栽培が難しいそうで、市内100戸ほどある梨農家のうちでも、今では数戸の農家で栽培されるのみになってしまったとか。そんな貴重な梨を、メンバーからのお土産にいただいて帰りました。
みずみずしくて、しっとりと甘くて、夏バテも吹き飛ぶ美味しさです。
ごちそうさまでした!


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ダイアリー・エッセイ:月を見上げて2013年09月17日

とうとう、リフォームの全工程が終了した。
40日間の暑い熱い日々だった。
荷物もまだまだ片付かないし、工事の小さなやり残しはあるが、まずは一段落だ。

ほっとひと息……と行きたいところだが、今朝、夫が形成外科で背中のこぶを取り去る小さな手術を受けている。どうしただろうか。
何も連絡がないということは、無事に終わったのだろう。

夕方、最後のワックスがけが終わると、子どもたちに夕飯を食べさせて、長男と二人、夫の入院する病院へ。面会時間ぎりぎりに飛び込んだ。
痛みもさほどではないらしく、普通食の夕飯を食べて、思った以上に元気そうだ。最初から何の心配もない手術ではあったけれど……。
わが家のリフォームも終わり、夫の背中のリフォームも無事終了、というわけだ。
やれやれ。

帰り道、3月まで長男が働いていた高層ビルの上に、月が出ていた。
「あさっては、中秋の名月だよ」
“歩くカレンダー”のモトが教えてくれた。

時間は、どんな時でも均等に過ぎていく。
大きな山を越えたとき、いつでもそう思う。



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新年のご挨拶~2012年を振り返って~2013年01月03日

皆さま、明けましておめでとうございます。

2012
年は本当にあっという間の1年でした。
写真とともに、ちょっと振り返ってみます。

まず、エッセイに関わることから……

☆新しくエッセイ教室を開講。
横浜市磯子区の区民センターで10回の講座の後、「磯の綴り会」という自主グループが生まれました。30代から80代までの生徒さんで、いつも笑いの絶えない2時間です。
磯子の生徒さんと



☆銀座のエッセイサロンも充実していました。
毎回、常連さんと新しくご参加の方がたとの出会いが生まれ、講師としてうれしいひと時です。
私もまた新しいエッセイ教室のご縁をいただきました。今年の春から横浜南部にも、もう一つ開講の運びとなりました。

11月のエッセイサロン



☆著書をオンデマンドで再版することになりました。
在庫がいつの間にかなくなってしまった……ということは、まだまだ皆さんがご購読くださっているからにほかなりません。改めて御礼申し上げます。
また、時流に乗って、電子本にもしてみました。
新しいものにはなかなか飛びつけない性格なのですが、ここにも新しいご縁があり、その方のお勧めでした。



OFFの時間も充実していました。
まるで向こうからやって来たような、思いがけない体験がたくさんあった年でした。

2月にチーム東松島に加えていただき、初めてのボランティアに参加したことは、私の人生でも大きな出来事です。
たくさんの方がたとの出会いが広がりました。

ばんざ~い! がんばったね!



7月には湘南の海でセイリング~~~!!
船酔いするかと思いきや、潮風に吹かれていると、まるで波の一つになったような心地よさ……! これも初体験です。
ヨットの上で飲むビールの美味しさと言ったら……! 

葉山マリーナ

葉山沖

江の島と、ウィンドサーファーと……

海の男たちが、タコを生け捕った。

潮風に乾杯!



☆夏の北海道の旅は、ブログにも詳しく書いたとおり、次男が受験生だから、旅行はしないつもりでした。が、ひょんなことから行くことになってしまった。
レンタカーのドライブ旅行も初めてでしたが、改めて北海道の素晴らしさを実感してきました。



☆京都で紅葉狩り。
障害児の母として講演するというありがたいお話を頂戴して、大阪まで出向き、その帰りには京都であでやかな紅葉を楽しむことができました。
前年訪れたときは11月の初めで紅葉には少し早く、今回は11月下旬。まさに紅葉絶頂期でした。

東福寺の紅葉

嵐山祇王寺の紅葉

嵐山の化野念仏寺

高台寺のライトアップと月と



☆クリスマスのゴスペルライブ。
横浜の商業施設が募集した「100人で歌うゴスペルライブ」。
コーラス仲間で受験生の母3人が、祈りを込めて歌いました。
イルミネーションの灯った大きなツリーの前で、おなかの底から出した声が、夜空の下に響き渡っていく快感。これもまた初めてでした。病み付きになりそうです。

友人が撮影



☆何といっても最後を締めくくったのは、7年ぶりの横浜アリーナ!
桑田君の年越しライブです。
チケットは、ファンクラブに入っていても「抽選」の狭き門。もちろん、自閉症の長男と二人で行ってきました。
13000人のファンとともに、2013年の到来をカウントダウン。0時の瞬間には花火の代わりに銀色のテープが放たれた。舞い降りてきたそのテープを、息子は大事に持ち帰ってきました。
サザンとの出会いは、13年前に彼がもたらしてくれたものなのです。著書に詳しく書きましたので、お読みいただければ幸いです。

横浜アリーナ入口

ライブで舞った記念のテープ




そして、今年もまた、皆さんに支えていただきながら、ぼちぼちとブログを続けていきたい、と思っています。
明るく楽しいことばかりではないけれど、心のなかには闇もたくさん抱えているけれど……
私の言葉を皆さんのハートに、生き生きと届けられたら、うれしいです。

今年も、~HITOMI'S ESSAY COLLECTION~をどうぞよろしくお願いいたします。



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秋のエッセイ:ハロウィーンの夜に2012年10月31日

毎年、今日のこの日、宝物を取り出しては懐かしんでいます。
宝物。それはこのエッセイです。

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   ハロウィーンの夜に

 今年も風が冷たくなって、店先に黒とオレンジ色の飾りが目につくようになった。この時期になると、忘れられない思い出がよみがえる。

 ハロウィーンという言葉さえ日本では知られていなかった30年前の話である。
 大学卒業後、英語の勉強を名目に、新学期の始まる9月半ば、ロンドンへ飛んだ。一度旅行をしたこともあるし、英語学校もホストファミリーも日本から決めてきた。万全のはずだった。が、予期せぬ事態発生。着いて2日目、強烈なホームシックにかかってしまったのである。
 ホストファミリーは部屋の家具も食事も予想以上に質素だった。お客さんじゃないのだからとわかってはいても、涙が止まらなくなった。腫れあがったまぶたを隠すようにして街に出れば、ゴミが舞う商店街、臭気のする地下鉄……。何を望み、何に憧れてここにやってきたのか、わからなくなっていた。
 その日の夕方、私と同じ学校に通うという女性が、スイスから到着した。
「マリスです、よろしくね」
 身を屈めるように手を差し出してきた。すらりと背が高く、くりくりした目と金髪のウェーブ。私よりひとつ年下だけれど、英語ははるかに上手だ。私のつたない言葉をよく理解して、おしゃべりをつないでくれるのだった。

 私は午後のクラスに通い始めた。生徒数50名ほどの学校は、郊外の閑静な住宅街の中にあり、片道30分の徒歩通学だ。
 学校に着くとまず、半地下にある食堂へ。そこで午前の授業を終えたマリスと落ち合う。社交的な彼女の周りには、たくさんの仲間がいた。ヨーロッパ各国の生徒たちである。
 10月になると、食堂の入口に顔をくりぬいたランタンが置かれた。そういえば、子どものころ教会学校でもらってくる外国の冊子に、お化けと子どもたちの漫画が載っていた。そこで見たランタンと同じだ。私は今、あの漫画の子どもたちと同じ世界にいるのだ……。
 ハロウィーン。111日はカトリックの聖人たちの祝日で、その前夜は邪悪なる者たちがお祭りをするのである。英語学校でもその夜は仮装パーティーが開かれるという。
 でも、最小限の服しか持ってきていないし……とあきらめていたら、「大丈夫、私に任せて」と、ホストファミリーの奥さんが、近所を駆け回って衣装をそろえてくれた。
 マリスにはグリーンのジャンパースカートに白いブラウス。私には同じ色のブレザーにネクタイ。この地域の小学生の制服だそうだ。ふたりとも、赤い頬紅をまるくさし、目の下には大きなそばかすをたくさん描きこむ。マリスはリボンで髪を束ね、私は男の子っぽくキャップを斜にかぶった。こうして出来上がったノッポとチビの小学生カップルは、ペロペロキャンディを片手になかよく手をつないで、夕暮れのなか、学校へと向かった。
 いつもの通学路に、白いチュチュを着た無精ひげのバレリーナが通る。笑い転げていると、血を滴らせたドラキュラがマントをひるがえして追いかけてくる。悲鳴をあげて逃げると本当に怖くて、ドキドキしながら大笑い!
 パーティー会場の食堂も、今宵はかぼちゃのランタンに火がともり、薄暗いディスコになっていて、ダンスパーティーが始まる。先生も生徒も、狭いフロアでダンスに興じる。
 やがて魔法使いのおばあさんが登場して……。じつは校長先生、男の子と女の子ひとりずつに仮装大賞を贈ります、と発表した。
「女の子の賞は、キュートな宇宙人に……」
 銀色のぴったりしたコスチューム、揺れる2本の触角をつけたドイツ人の女の子だった。
「次に、男の子のベストワンは、日本から来た小さくてかわいらしい小学生に!」
 私のことだった。なんと、男の子の賞をもらってしまったのである。
 その夜、私の頬には祝福のキスの雨が降り注いだ。描きこんだそばかすはかき消され、ホームシックも嘘のように消え去っていた。

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このエッセイ、読んだことがある、と言われる方、そのとおりです。
1年前にもアップしています。
ところで、この夜の写真があるはずなのですが、どうしても見つかりませんでした。
来年までに探し出しておきましょう。お楽しみに。

わが家の子どもたちも、小学生のころは「お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ」と言って、お菓子をもらい歩いていました。
また、近ごろはハロウィーンではなく、ハロウィンと書くようになっていますね。
そんなことにも時の流れを感じます。


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エッセイ「車内で出会った少年」2012年08月26日

 

 もうすぐ子どもたちの夏休みも終わろうとしています。
 市営地下鉄の車内は、それほど混んではいませんでした。ちらほら空席もあるくらいに。
 私の真向かいの席には、白いポロシャツを着た少年がいました。「バスケットボール部」と書かれたショルダーバッグを膝に置いている。たぶん、部活帰りの中学生なのでしょうけど、どう見ても少年と呼ぶのがふさわしいような男の子です。さっきから、熱心に文庫本を読んでいます。

 駅に止まると、お母さんと小学生ぐらいの女の子が乗ってきました。ちょうど私の隣が空いていたので、お母さんが座り、
「ほら、そこ空いてるわ」と女の子には、向かいの少年の隣を指さしました。
 女の子は、「うん」とうれしそうに座りました。
 すると今度は、少年がひょいと立ち上がってこちらにやって来ました。
「あっちへどうぞ」と、私の隣のお母さんに、自分が座っていた席を譲ったのでした。「あら、ありがとう!」
 お母さんと女の子は、一緒に座ることができました。少年は私の隣の席へ。

 えらいのね……と、少年に声をかけたかったけれど、言葉を呑みこみました。彼はなにごともなかったように、また本を開いて続きを読んでいます。じゃまをしないでおこうと思いました。
 お年寄りがいたら席を譲る。それはできるかもしれない。でも、乗り込んできた親子連れが隣同士に座れるように、さっと席を譲ってあげられるなんて……。しかも、当たり前のように、ごく自然に席を立った少年。
 どうしたら、こんなふうに相手の気持ちがわかる少年に育つのかしら。
 彼自身がかわいがられて育ったから?
 両親や周りの大人たちが、そうやって生活しているから?
 たぶんどちらも正解でしょう。
 ふと秋風を感じたような、小さな出来事でした。



秋の旅2011年11月09日


大阪城も菊祭りも雨にけぶって……

関西に行ってきました。
初めて降り立った大阪、4年ぶりの京都、どちらも小雨が降り、紅葉には一足早い感じでした。
写真上は、雨にけぶる大阪城と菊祭り。
写真下は、京都・嵯峨野で一番紅葉が美しいといわれる常寂光寺。まだまだしっとり緑のたたずまいでした。

紅葉の名所、常寂光寺の楓はまだ緑。


それでも、関西在住の旧友たちと会って、ゆったりはんなりの休暇を楽しんできました。
この旅が、私のなかで熟成したら、エッセイが生まれてくるかもしれません。
 


秋のエッセイ №2 「ハロウィーンの夜に」2011年10月11日

 
    ハロウィーンの夜に

 今年も風が冷たくなって、店先に黒とオレンジ色の飾りが目につくようになった。この時期になると、忘れられない思い出がよみがえる。

 ハロウィーンという言葉さえ日本では知られていなかった30年前の話である。
 大学卒業後、英語の勉強を名目に、新学期の始まる9月半ば、ロンドンへ飛んだ。一度旅行をしたこともあるし、英語学校もホストファミリーも日本から決めてきた。万全のはずだった。が、予期せぬ事態発生。着いて2日目、強烈なホームシックにかかってしまったのである。
 ホストファミリーは部屋の家具も食事も予想以上に質素だった。お客さんじゃないのだからとわかってはいても、涙が止まらなくなった。腫れあがったまぶたを隠すようにして街に出れば、ゴミが舞う商店街、臭気のする地下鉄……。何を望み、何に憧れてここにやってきたのか、わからなくなっていた。
 その日の夕方、私と同じ学校に通うという女性が、スイスから到着した。
「マリスです、よろしくね」
 身を屈めるように手を差し出してきた。すらりと背が高く、くりくりした目と金髪のウェーブ。私よりひとつ年下だけれど、英語ははるかに上手だ。私のつたない言葉をよく理解して、おしゃべりをつないでくれるのだった。
 私は午後のクラスに通い始めた。生徒数50名ほどの学校は、郊外の閑静な住宅街の中にあり、片道30分の徒歩通学だ。
 学校に着くとまず、半地下にある食堂へ。そこで午前の授業を終えたマリスと落ち合う。社交的な彼女の周りには、たくさんの仲間がいた。ヨーロッパ各国の生徒たちである。
 10月になると、食堂の入口に顔をくりぬいたランタンが置かれた。そういえば、子どものころ教会学校でもらってくる外国の冊子に、お化けと子どもたちの漫画が載っていた。そこで見たランタンと同じだ。私は今、あの漫画の子どもたちと同じ世界にいるのだ……。
 ハロウィーン。111日はカトリックの聖人たちの祝日で、その前夜は邪悪なる者たちがお祭りをするのである。英語学校でもその夜は仮装パーティーが開かれるという。
 でも、最小限の服しか持ってきていないし……とあきらめていたら、「大丈夫、私に任せて」と、ホストファミリーの奥さんが、近所を駆け回って衣装をそろえてくれた。
 マリスにはグリーンのジャンパースカートに白いブラウス。私には同じ色のブレザーにネクタイ。この地域の小学生の制服だそうだ。ふたりとも、赤い頬紅をまるくさし、目の下には大きなそばかすをたくさん描きこむ。マリスはリボンで髪を束ね、私は男の子っぽくキャップを斜にかぶった。こうして出来上がったノッポとチビの小学生カップルは、ペロペロキャンディを片手になかよく手をつないで、夕暮れのなか、学校へと向かった。
 いつもの通学路に、白いチュチュを着た無精ひげのバレリーナが通る。笑い転げていると、血を滴らせたドラキュラがマントをひるがえして追いかけてくる。悲鳴をあげて逃げると本当に怖くて、ドキドキしながら大笑い!
 パーティー会場の食堂も、今宵はかぼちゃのランタンに火がともり、薄暗いディスコになっていて、ダンスパーティーが始まる。先生も生徒も、狭いフロアでダンスに興じる。
 やがて魔法使いのおばあさんが登場して……。じつは校長先生、男の子と女の子ひとりずつに仮装大賞を贈ります、と発表した。
「女の子の賞は、キュートな宇宙人に……」
 銀色のぴったりしたコスチューム、揺れる2本の触角をつけたドイツ人の女の子だった。
「次に、男の子のベストワンは、日本から来た小さくてかわいらしい小学生に!」
 私のことだった。なんと、男の子の賞をもらってしまったのである。
 その夜、私の頬には祝福のキスの雨が降り注いだ。描きこんだそばかすはかき消され、ホームシックも嘘のように消え去っていた。


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