24年目の1.172019年01月17日



24年前の早朝、「淡路島で大きな地震が起きたらしい」とその一報を聞いたのは、市内の病院のベッドの上だった。空腹と、点滴の針の痛みと、ニュースの恐怖とで、一瞬ふらっと貧血状態になったのを今でも覚えている。

予定日を10日近く過ぎて、陣痛が始まって夜中に入院。結局、次男が生まれたのは翌18日だった。

 

入院中、どのテレビからも、地震のすさまじさを物語る映像ばかりが映し出されていた。

6人部屋の病室には、横倒しになった高速道路のすぐそばに実家がある、という人がいて、「里帰り出産していたら、今ごろどうなっていたか……」と話していた。

退院してからは、次男に母乳を飲ませながらも、泣きながらテレビ報道を見続けた。

阪神淡路大震災。6434人が亡くなり、私は一つの命を授かった。その現実をかみしめていた。

 

毎年のように、この日のエッセイを書く。震災が起きたことと、次男出産の記憶とは、私のなかでしっかりとリンクしている。それを書かずにはいられない。

 

今年は、前日に『BRIDGE はじまりは1995.1.17神戸』というドラマを見た。関西出身の友人がFacebookにアップした記事で知ったものだ。

震災で分断された鉄道を復旧させるため、技術者たちは崩れかけた駅舎を復元しなければならなかった。2年以上はかかると言われた工事を74日で成し遂げた男たちの物語だ。たくましく誠実に難工事に立ち向かう姿も感動的だが、その駅を取り巻く人びとの温かな人情や、犠牲者への悲しみも描かれ、丁寧に作られた見ごたえのあるドラマだった。

 

私がどうも気になったのは、春日という少年。震災当時、世をすねて盗みを働くようなワルだった。23年たった2018年の彼も語り部として登場するのだが、なんとも得体のしれない人物である。彼は罪を償わないまま、大人になった。そのことが彼の心の傷になっているらしい。それぞれ野村周平と椎名桔平が好演している。




春日のような悪さをしたわけではないのに、次男が春日にダブって見えた。

明日24歳になる次男は、大学に入ってから挫折を味わい、卒業の見とおしも持たずに、人生に迷子になっているように思える。

いつも、彼の誕生日が近づくと、世の中はあの大震災を振り返り、犠牲者を悼むとともに、災害への備えを話題にする。それに呼応するように、私の気持ちのなか、次男の誕生日には暗い影が落ちる。明るく素直に喜べない気がするのだ。それは震災のせいばかりではないのかもしれないが……

 


自閉症児の母として(55):800字のエッセイ「奇跡のメガネ」2019年01月12日



     奇跡のメガネ

 

 インターネットで、アメリカ発のこんな動画を見た。

クリスマスツリーが飾られた室内で、ティーンエイジャーの男の子が、プレゼントを開けている。出てきたのはサングラス。かけたとたん、「違う!」とびっくり。かけては外し、笑い転げている。

次のシーンは屋外。誕生日プレゼントにもらったサングラスをかけた男性は、言葉も出ないまま、まるで赤ちゃんのように、両手を握りしめて喜びを表している。左右を眺めてはまた両手を振るばかり。動画を撮る側のうれしそうな笑い声が聞こえる。

3人目の少女は、メガネをかけるなり、

「何これ。これが本当の世界? こんなふうに見えてるの?」とつぶやく。それ以後は泣いてしまって言葉が続かない。

 次の男性は、このメガネが何なのか知っていて、初めてかけてみる。すぐに外して、両目を押えて泣き始める。

 この動画に登場する7名の男女は皆、カラーブラインド、つまり色盲なのである。初めて補正メガネをかけた瞬間の感動が、見る者の胸をも熱くする。誰もが「オー、マイゴッド!」を繰り返し、誰もが涙なしではいられない。泣いている彼らに、かならず誰かが近寄って優しくハグをするのも、印象的だった。

 動画を見て、息子のことを思った。色盲の世界を知るには、カラー写真をモノクロで見ることで、ある程度理解できるだろう。でも、自閉症の息子は、相手の胸中が見えないコミュニケーションの障害だ。あげる・もらう・くれるなどの言葉が正しく使えないのは、自分と他人の区別や、その関係性が把握できないのである。彼が見ている世界は、一体どうなっているのだろう。想像するしかない。

それが見えるメガネがあったら、どなたか母親の私にプレゼントしてくださいな。 





 

800字のエッセイ:「4人きょうだい」2019年01月08日

 


     4人きょうだい

 

 身内の集まりで、甥や姪たちと、おしゃべりをしていた。男2人に女2人の4人きょうだいで、今では子どももいる30代、40代の4人だ。私も同じ構成の4人きょうだいだったので、話が通じておもしろい。

  子どもの頃、お菓子は何でも母親が4つに分けたという話題になった。

「ひとりで全部食べたいって、いつも思ってたよね」

「そうそう!」

「メロンもスイカも、丸ごと抱えて大きなスプーンでほじくって食べたいと思ったよね」

「そうそう!」

 私も同じ思いだったけれど、おとなになったら忘れていた。しかし、彼らは違った。

「自分で自由になるお金が出来たら、絶対にひとりで食べようと思って……」

「やったの?」

「やった」

「私も」

「ぼくも。かまぼこも丸ごと1本、恵方巻みたいにかじったこともあったよ」 

「あと、ビエネッタも!」と一番下の姪っ子が言うと、

「えー、お前もか!」

「お兄ちゃんも?」

 みんなで大笑い。兄妹そろって、すごい執念だ。ちなみに、ビエネッタとは、森永製菓の四角いケーキのようなアイスクリーム。チョコレートと白いアイスが波のように折りたたまれていて、子どもにはごちそうだった。

「満足できた?」

「うーん、夢は叶った瞬間、色あせるよね」

 誰ともなく、ちょっと切ない大人の顔に戻っている。

 一人っ子がうらやましいと思ったあの頃、そしてそれをみんなで笑い合える今。きょうだいの絆は色あせることがない。


 

ところで、ビエネッタはご存じだったでしょうか。年齢がわかるかも……?
(私は知りませんでした)

1980年代に生まれたお菓子で、つい最近、マツコ・デラックスさんの番組で紹介され、ふたたび脚光を浴びているそうです。

 

 



ダイアリーエッセイ:クリスマスリースの思い出2018年12月25日

 


クリスマスリースを23日になってようやく飾りました。

 

思い出すのは、地方の社宅のアパートに住んでいた30年も前の昔のこと。

玄関のドアの外に、ちょっと奮発して、銀座のソニープラザで買ってきた綺麗なリースを飾りました。

ところが、23日して気付いたら消えていたのです。あちこち捜しましたが、どこにもありませんでした。

あれ、盗まれた? それとも誰かのいたずら?

いずれにしても、クリスマスに他人の物を? それを自分の家に飾ってうれしいの?

その誰かの心の中を想像すると、背中が寒くなるようでした。

 

それ以来、リースはいつも屋内に飾ります。飾るたびに、今でもその誰かのことを思います。

せめて、いっときでも私のリースが誰かの心を温めたのだったらそれでいいわと思ったり、もしかしたらサンタさんが、恵まれない子どもたちのためのプレゼントが足りなくなって、持って行ってしまったのかも……などと、絵本のお話のようなことを空想したりするのです。


 

昨晩は長男を連れて、夜半のクリスマスミサに行ってきました。

北風が吹いてとても寒かったけれど、リースのように丸い月が美しく輝いていました。


皆さん、メリークリスマス☆☆☆❣





  


旅のフォトエッセイ:世界遺産の五島列島めぐり④キリシタン洞窟へ2018年12月14日


前回、「次は、『④旧五輪教会』に続きます」と書きましたが、その教会の前に立ち寄ったキリシタン洞窟についてお伝えすることにします。




▲ バスを降りて、郷ノ首港からチャーター船に乗ります。ここで、とてもよく説明をしてくれたガイドさんともお別れです。

これから、車の通れる道もないような所へ向かうのです。

船は、観光用というより釣り人のための船のようで、ガソリンの匂いがして悪酔いしそうです。ここで酔っては一大事……と緊張していました。


 

船を操縦する男性が、ときどきガイドを兼ねてマイクで説明してくれるのですが、窓も汚れていてよく外が見えません。



30分ぐらい揺られていると、速度を落とし始め、操縦士さんはやおらドアを開けました。

岸壁が見えてきたのです。




 

五島を訪ねたかったもう一つの理由は、大学生の頃に見た映画『沈黙』が、ずっと忘れられなかったからでもあります。

『沈黙』の原作は、遠藤周作のキリシタンを題材にした小説で、篠田正浩監督が1971年に最初に映画化しました。

キリスト教が禁じられた時代に、キリシタンは踏み絵を強いられ、拷問を受け、それでも隠れて信仰を保ち続け、ポルトガルから来る宣教師を待ち焦がれる。そんなキリシタンの生きざまが鮮烈で、頭から離れなかったのです。▼




 それから45年後、再び映画になりました。マーティン・スコセッシ監督が2016年に映画化。映画館で見る勇気がないまま、五島を旅することが決まってから、テレビ録画しておいたものを見ました。

前作とは国籍も違う監督が、切り口を替えて映像化したとは思うのですが、本質的なところで、私の印象はあまり変わりませんでした。新作は役者のうまさもあって、私をがっちり捉えました。そして同じ疑問がわいてきます。

なぜ、キリシタンはあれほど強く信仰を持ち続けることができたのだろうか、と。



 映画の中にも出てきたような海辺の洞窟が、目の前にありました。

岩場に降りられるかどうかは、行ってみなければわからない。そう聞いていました。操縦士さんはしばらく状況を見ていたようですが、やがて船を近づけ、私たちを降ろしてくれました。



▲白い十字架とキリストの像が、遠くからも目立ちました。像の下方には、キリシタン洞窟と呼ばれる場所があります。

明治時代になってから弾圧が厳しくなり、3家族12名のキリシタンがここに逃げ込んだのですが、4ヵ月後、煮炊きの煙が見つかってしまい、捕らえられ、拷問を受けました。

彼らの強い信仰をたたえて、昭和42年に像が立てられました。そして、今なお毎年秋には、この岩場でミサが行われるそうです。とはいえ、天候や潮の影響で、今年は3年ぶりのミサだったとか。

 

信仰を許されず、家を追われ、最後の場所に逃げ込んでも、やがて捕まってしまう。それでも、神は”沈黙“したまま、救ってはくれない……。

キリシタンの人々がどのような思いを抱いていたのか、その岩場に降り立っても、私にはわかりませんでした。

神はなぜ沈黙するのかという、小説と映画の問いかけにも、答えは見つかりませんでした。

 

足元の不安もあり、洞窟にもキリスト像にもこれ以上近づけません。▼



 

旅からひと月たった今、少しずつ、私なりのシンプルな答えが見えてきた気がします。

キリシタンは、生き延びたとしても貧しい暮らしが続き、逃れようのない過酷な現実のなかで、苦しい日々に耐えるしかない。唯一の希望は、死んだら天国に行って神様のそばで幸福になれるということ。それしか残されていなかったのではないか。

現代に生きる私には、彼らの信仰の純粋さがまぶしく思えるのでした。

 

 

*映画『沈黙』の画像は、アマゾンのサイトからお借りしました。




自閉症児の母として(54):ワイモバイルの通信障害に思う2018年12月06日


わが家の長男、仕事から帰宅するなり、

「朝、駅の発車時刻が書かれていなかったよー!」と、嘆くように報告がありました。いつもと違うことが苦手なのです。

確かに今日は朝から、車両故障や何やら、あちこちの路線で不測の事態が起きて、ダイヤが混乱したようです。

それでも、理由がわかれば、何とか納得して気持ちを落ち着かせることができるようになっています。

 

ところが今度は、自分の部屋に入ってしばらくすると、

「インターネットが繋がらない!!」と大声で騒ぎ立てています。



たまにあることなので、お天気が悪いからねーなどと言ってはぐらかしたり、再起動をさせたりしましたが、一向に繋がらない。

私はご飯作りの忙しいときだったので、ちょっといらいら……。

がその時、テレビのニュースでソフトバンクの通信障害が報じられました。うちはドコモだから、と思ったけれど、息子の部屋だけはポケットWi-Fiを使っていて、それがソフトバンクのワイモバイルだったのです。

私がどんなに説得しても、なかなか聞く耳を持たないのに、「圏外」になってしまう理由がテレビからのニュースで明らかになると、息子は初めてほっとする。「順次復旧」の言葉に、安心して待っていられるのです。

 

子どもの頃は、こうした不測の事態に遭遇すると、どんなになだめてもすかしても、涙を流して悲嘆にくれたりしたものです。

ずいぶん成長したなぁ、と思う今日の出来事でした。

 


旅のフォトエッセイ:世界遺産の五島列島めぐり③頭ヶ島教会2018年12月02日



20187月に、世界文化遺産に登録された正式なタイトルは、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」です。

17世紀から19世紀の200年以上にわたるキリスト教を禁ずる政策の下で、長崎と天草地方において、ひそかに信仰を伝えた人々がいました。それが「潜伏キリシタン」です。

彼らが「潜伏」したきっかけに始まり、信仰の実践と共同体の維持のために日本の伝統的宗教や一般社会と関わりながらも、ひそかに行ったさまざまな試み、そして宣教師と接触することで転機を迎え、「潜伏」が終わるまでを、12の構成資産によって表したもの――それがこの世界遺産の内容です。

 

ブログのこのシリーズ①で紹介した青砂ヶ浦教会は、国の重要文化財としては登録されていますが、12の構成資産には入りませんでした。

今回の頭ヶ島教会は、構成資産の一つ「頭ヶ島の集落」の中にあります。



五島列島の最東端に位置する頭ヶ島は、かつては無人島だったそうです。そこに19世紀になって信徒が渡来し、わずかな平地を切り開いて集落を作ります。

その後も迫害を受けて、信徒たちは島を出ますが、キリスト教の禁が解けると島に戻り、念願の教会堂を建てることができました。

 

とはいえ、鉄川与助という建築家が手掛けた、日本でも数少ない石造りの教会は、完成までに10年もの歳月がかかっています。途中で資金が足りなくなったのです。それでも信徒たちは諦めずに、つましい生活をさらに切り詰めて費用を捻出し、五島石と呼ばれる砂岩を石切り場から運び出すなどの労働に従事して、ようやく完成に至ったそうです。教会は信徒たちの信仰の証そのものといっても過言ではないでしょう。

 

教会は、小さいながらも重厚な造りで、その勇壮なイメージには信徒たちの誇りが感じられました。

ところが、一歩中に入ると、がらりと違った印象です。白壁にはパステルカラーの花や葉のモチーフがあしらわれて、天国もかくやと思わせるようなやさしさに満ちています。柱はなく、天井は船底の形をした折上げ式というものだそうです。



▲教会内部は撮影禁止なので、この写真は絵はがきを撮ったもの。

外観と内部の印象の違いがお分かりいただけるでしょうか。


 

教会を出て、海へ向かいます。

途中、キリシタン墓地がありました。たくさんの石の十字架が、海を見つめて立っています。せめて近くで撮りたかったけれど、なにしろ時間がありません。先へ先へと急ぐ駆け足旅行です。



 

浜辺に着いたとたん、遠い記憶がよみがえりました。

次男の修学旅行の一枚の写真。制服を脱いで、ワイシャツの袖もズボンのすそも捲し上げ、無邪気に遊んでいる生徒たち。

あの写真はここで撮った。なぜかぴんときたのでした。

 

私たちが訪れた時は曇っていましたが、それでも海は少し緑がかった青さでおだやかに空を写していました。

息子たちの旅行中は晴れて暑かったと、のちに先生方から聞きました。晴れていれば、海は青く輝いていたことでしょう。生徒たちも、教会巡りが続いてやれやれ、波打ち際ではしゃぐひとときは、楽しかったにちがいありません。

9年前、息子はこの海を見ていた……そう思うと、不思議な気持ちになるのでした。

 

帰ってから、自分の写真と、学校通信に載ったモノクロ写真とを、見比べてみました。

遠くの島影も水辺の岩も、ぴたりと一致しました。





 

次回、「④旧五輪教会」に続きます。

 



旅のフォトエッセイ:世界遺産の五島列島めぐり②「心に残る」2018年11月30日


五島に行きたいと思うようになったのは、9年前にさかのぼります。
次男の忘れられない出来事にあるのです。

当時、それをエッセイにつづりました。まずはお読みいただきましょう。

 

 

    「心に残る」――母バージョン

 

ゴールデンウィークが明けた日、ひさしぶりに一人の静けさを味わっていると、次男の中学校から電話がかかってきた。

385分のお熱がありまして、今保健室で休んでいるのですが……」

車を飛ばして20分後、保健室には青い顔の息子がいた。

 

ちょうど、アメリカ帰りの大阪の高校生が、重症になりやすい新型インフルエンザで隔離された、というニュースが日本列島を不安に陥らせていた頃だ。

保健室の先生の話では、息子のクラスにもインフルエンザの生徒が数名出ているという。

私も青くなった。中3の息子たちは、5日後に長崎への修学旅行を控えていたのである。

「でもご安心ください、B型ですから」と、先生はにこっと笑った。

恐怖の新型はA型で、学校では安心のB型というわけだ。おそらく息子もその菌をもらったのだろう。

「発熱して1日たたないと菌が出ないことがあるので、検査は明日のほうが確実かもしれませんね」

とりあえず息子を連れて帰って寝かせる。夜には40度になり、解熱剤を飲ませた。大丈夫、出発まで5日ある。諦めるにはまだ早い。

あいにく私は、翌日の午前中は自分の習い事、午後からは仕事先の年に一度の総会が控えていた。しかたがない。午前中は休むことにして、医者に連れて行こう。総会では大事なお役目もあるから休むわけにはいかない。薬を飲んで眠っているうちに出かけてこよう。

 

翌日、午前中にかかりつけの小児科に連れて行く。検査の結果は予想どおりのインフルB型。

「ほうっておいても寝てれば自然に治るんだけどね」と医者は前置きして、「一刻も早く治したい事情があるということなので、特効薬を処方しましょう」。

薬はリレンザ。従来のタミフルは、副作用でまれに幻覚や妄想が起こるとされている。子どもの患者が異常行動で亡くなって以来、未成年には許可されなくなった。

「リレンザでも同様の副作用があるという報告もあります。服用したら24時間、目を離しちゃだめですよ」

大声を上げて外へ飛び出したり、窓から飛び降りたりする可能性もあるというのだ。

 

万事休す。午後からの総会もあきらめ、急きょ欠席のお詫びを入れて、代理を頼んだ。

吸飲式のリレンザは、簡単な器具に薬のパックを装てんして投与する。息子はやがて眠りについた。1時間おきに部屋をのぞいても、いつも死んだように眠っていた。

結局その日は、夜まで息子の爆睡を見守っただけだった。総会に出かけても大丈夫だったのに、と思う。でもそれは結果論だ。

わが家にはもう一人保護者がいるのだが、夫の育児への協力は土日祝日限定である。育児のために仕事を犠牲にするのはいつだって私。収入の多寡だと言われればそれまでだけれど、仕事である以上、私にも社会的な責任はあるんだけどな……。

 

翌日には息子の熱も下がり、リレンザのおかげで快方に向かった。2日間平熱が続けば完治とみなされる。旅行の前日には医者の診断書をもらって、午後からは登校できた。なんとか修学旅行に間に合ったのだ。

さて旅行当日の朝、最後のリレンザを吸いこんで、いざ出発……のはずが、トイレに入ったきり出てこない。薬の副作用から下痢を起こしたようだ。今度は下痢止めを飲ませる。ぎりぎりの時刻まで待って、集合場所の羽田へ向かわせた。中学生にとって、修学旅行に行かれないことぐらい悲しいことはない。そんな私の信念が、息子を送り出したのだった。

 


34日の旅を終え、元気に帰ってきた息子は、開口一番、こう言った。

「ありがとう、母さん!」

初日は辛かったけれど、2日目からは食欲も出たという。五島の海の青さ、班長として班別行動をとった思い出……口下手な息子の話でも、楽しかった様子が想像できた。

母さんが治してあげたわけではないけど、でもよかったね、みんなと行けて。

 

1ヵ月後、さらにおまけがつく。

国語の苦手な息子が書いた「心に残る」というタイトルの修学旅行記が、学校通信に載ったのである。

「仕事を休んでまで看病してくれた親のためにも、楽しめなければ悪いという気がした」

旅行記は、私の心に残る“最高傑作だった。




 ぎりぎりセーフの病み上がりで出かけ、元気になって帰ってきた息子。彼が見た海を、いつか私も見てみたい。願いは9年目にかなったのでした。

次回、「③頭ヶ島教会」に続きます。

 

 

旅のフォトエッセイ:世界遺産の五島列島めぐり①青砂ヶ浦教会2018年11月18日




ずっと以前から行きたかったのです。長崎県の五島列島、キリシタンの聖地。

今年7月、世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」には、五島列島の中の4つの集落が含まれています。

 

今回の旅は、なるべく効率よく回れるようにと、一般のツアーに参加。キリシタン関連で訪れたのは、4つの教会とキリシタン洞窟だけでしたが、それでも念願の五島の地を踏んで、感慨もひとしおでした。

 

まずはハイライトから――



 

▲最初に訪れた青砂ヶ浦(あおさがうら)教会。

中通島の海を見下ろす丘の中腹にたたずむレンガ造りの聖堂です。

 

1549年、フランシスコ・ザビエルが来日してキリスト教宣教が始まりますが、その約30年後には早くもバテレン追放令が出て、信者たちは弾圧を受けるようになります。それでも彼らは、仏教徒を装ったり、神道の習慣に従ったりしながら、密かに信仰を守り続けたのでした。

300年の時を経て、明治6年、ついにキリスト教が許されるようになると、信者たちは、彼らの信仰の証として、自分たちの教会の建立に力を注ぎます。ただでさえ貧しい暮らしのなか、さらに生活を切り詰めて資金をつくる。自らの手で海辺の砂岩を切り出し、船で運ばれてくる資材を肩に担いで丘に運び上げる。血と汗のにじむような努力の結果、明治43年、この教会は出来上がりました。

ついに自分たちの教会堂を建てることができた! その喜びはいかばかりであったでしょう。

 

この日のガイドさんは、言葉遣いも丁寧で、知識も豊富、素晴らしい語り口に、感心して聞きほれていました。

彼女は、内部の見学を終えて外に出ると、「もう一度玄関の上の方を見上げてください」と言いました。


「『天主堂』と書いてありますね。教会堂という意味ですが、わざわざ書かなくてもわかるのに……。今の教会には、このようなものはあまりありません。でも、当時の信者たちの気持ちを思ってみてください。長い迫害の時代を経て、ようやく自分たちの手で神様の家を作り上げた。皆で祈りを捧げる場所ができた。その喜びが、『天主堂』という文字の中に表れていると思いませんか」

私はガイドさんの言葉に、本当に彼らの気持ちが伝わってくる気がしました。

信者さんですかと尋ねると、「私は仏教徒ですよ」と笑うガイドさん。だからこそわからないことも多く、もっと知りたいと思うのだそうです。この地に生まれ育った彼女の郷土愛なのかもしれません。熱心に学んで伝えようとする真摯な態度には、ガイドとしての誇りを感じました。


 ▼白い手袋がガイドさん。


 


▲この写真は、バスの中で、ガイドさんが見せてくれたもの。観光客には、教会内部の写真撮影が許可されていません。

 

私たちは教会の椅子に掛けて、ガイドさんの説明を聞きました。

ゴシック様式のアーチ型の天井や、骨組みも柱も木造りであること。

美しい花をかたどったステンドグラスは、フランスから運ばれたこと。

その花弁が5枚ではなく4枚なのは、十字架を表していること……。

ヨーロッパの教会は、伝統的に玄関が西で、祭壇が東側。この教会も同様で、真西から日が差し込むと、その光が祭壇を照らします。祭壇左に置かれた聖テレジア像と右の聖フランシスコ・ザビエル像が、玄関上の左右のバラ窓から差し込む光によって見事に浮かび上がるのだそうです。

その日はあいにくの曇り空でしたが、話を聞いている最中に、急に日の光が差し込んできました。察知したガイドさんがすぐに電気の照明を消しました。

赤、黄色、オレンジ、緑。カラフルなステンドグラスを通して入ってきた陽光が、教会内部の空間に満ちていきます。その明るさ、美しさといったら……!

神様が私たちを喜んで迎えてくださった。そんなふうに思えました。

奇跡のような、ほんの一瞬の出来事でした。




自閉症児の母として(53):「息子の頭が……」の後日談。2018年10月29日

 




息子は、坊主頭にした1週間後、「のどが痛い」と言い、37度台の熱を出して、仕事を休みました。頭が涼しくなりすぎて風邪を引いたようです。

大したことはなく、薬を飲んで翌日には平熱になり、元気よく出勤していきました。

 

その5日後、私も同様の風邪をひいてダウン。まだ治りません。

 

その3日後、次男ものどの痛みを訴えて、風邪がうつったようです。

 

明日あたり、夫が危ない……?

 

坊主頭を疫病神のように言うつもりはありません。

むしろ、坊主頭になった息子にショックを受けたこと自体が、偏見だったかもしれない。そのバチが当たったかな、と思っています。

仏の教えを説くお坊さんにしても、元気いっぱいの高校球児にしても、スタイリッシュなスキンヘアで活躍する人々にしても、受刑者とは無縁の存在です。たまたま刑務所の話を聞いた直後だったので、悪いイメージが先行してしまいました。ごめんなさい。

 

朝晩冷え込むこの時期、風邪が流行っているようです。

皆さんも、くれぐれもご用心くださいね。

 




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