後発白内障のレーザー治療 ― 2026年09月11日
白内障の手術からようやく5ヵ月、左目が後発白内障になりました。
診断から10日目、YAGレーザーによる治療を受けました。
治療の予定時刻の30分前から、瞳孔を開く点眼薬をさしてもらいます。10分おきに3回。
「白内障の手術を受けた人なら、なんてことないですよ」と、ドクター。
いつもの、患者を怖がらせないためのセリフです。
それを信じて、機械の前にドクターと向かい合わせに座ります。
あごを載せて、おでこをバーにくっつけて……。そのあと、頭もぐるりとベルトで固定されてしまいます。もうじたばたできません。手は両サイドのグリップを握らされます。これがまた、小柄な私のサイズに合わないのか、とても窮屈で……。
固定された左目で覗くと、まぶしい赤いライトが縦に二つ並んでいます。他にも水色の光の幕のようなものが見えます。
プツン、プツン……。レーザー光を照射している音だと思います。その衝撃で袋の後ろ側の濁りを散らしているのですね。痛みはまったくありません。
プツンの音に呼応するように、顕微鏡を覗き込むドクターの息遣いまで聞こえてきて、やっぱりこちらまで緊張してしまう。
「瞬きをちょっと減らして」とドクターの指示。そうはいっても、つい瞬きをしたくなる。フリーの右目だけに意識を向けて、右目を閉じたり開けたりしてみる。
まだかな……と思っているうちに、ストン、と機械の音が消えて、
「はい、終わり」と言われました。
長―い10分間の施術でした。
その後、1ヵ月後の診察日を予約して、瞳孔は開いたままで帰宅しましたが、まぶしくて左目の視界がどうなのか、まったくわかりません。朝から曇天だったので、うかつにもサングラスを持たずに来てしまったことが悔やまれました。
ふつうなら4、5時間もすれば瞳孔は元どおりになるそうですが、なかなか回復しません。夜になっても、家の中でサングラスをかけていました。
左目だけで見ると、普段は見ることのない、光源からのグレアと呼ばれる幻の輝きが見られました。例えば、スマホを手に持つと、光背のように四角く白い光の幕が見える。窓から街灯を見ると、その周りに直径2メートルほどの丸い光の輪がくっきりと見える、といった具合でした。
結局瞳孔は、寝るまで元通りになりませんでした。
今朝起きて、鏡を覗き込み、両目の瞳孔が同じサイズになっているのを見て、ようやくほっとしました。
で、視界は?
う~ん、スマホは読めなくもない。遠くはまあまあ。
それよりも、白い幕のような薄いものがぐるぐると動いている感じがして、落ち着かない。
そんなにすぐには、目も脳みそも、新しい状況に順応できないはず。1ヵ月もちぐはぐな視力だったのだから。
そう自分に言い聞かせている、後発白内障のレーザー治療一日後の私であります。

秋の長雨が上がったら、この子たち連れて、愛車でドライブに行こ~!
後発白内障ですって ― 2026年08月31日
白内障の手術からようやく5ヵ月ですが、またも《白内障問題》です。
私の手術の場合、挿入する人工レンズは、遠くに焦点を合わせたもの。手元を見るには老眼鏡が必要となる。それが新しい見え方になったのでした。
ですから、手術直後は、車の運転でも、タブレットサイズのナビなので不自由なく読めて、裸眼で運転ができるようになりました。
ところが、あれほどよく見えていた運転席からの視界が、最近になってぼやけ始めたのです。
それと並行して、スマホが裸眼でも見えるようになってきました。これは便利とばかりに、メガネを用いないで、新聞まで読むようになりました。
でも、ちょっとおかしい。変化は両目ではなく左目だけ。近くがよく見えるぶん、遠くは以前のように二重に見えたりしてぼやけています。
どうやら、左目だけ近視になってしまった。右目は以前の遠視(老眼)のまま。なんとも左右ちぐはぐ。頭も痛くなったり、目も疲れたり……。こんな不安定な状態ではメガネも新調できません。
そして、数日前に外来で診てもらいました。
診断結果は、左目の「後発白内障」でした。水晶体を包んでいた袋の後ろ側がふたたび濁ってくる病気で、10人中2、3人の人がなるとのこと。早ければ術後数ヵ月で、遅い人では数年後だそうです。
「若い人ほど、早くなりやすいんですよ」という医師の言葉に、ちょっと気をよくした愚かな私です。
近眼になったのは、
「袋の後ろ側に濁りが入って、レンズを前に押し出している。だから近くにピントが合うようになって、近くがよく見えるというわけ」と先生。
視力の変化のからくりが納得できました。
治療は、「YAGレーザー」というレーザー光を使って、濁りを散らす方法が一般的で、10分程度で終わってしまう簡単なものだとか。
来週、その治療を受ける予定です。果たしてどこまで治るのか、楽しみにしています。またご報告したいと思います。

▲レンズを入れ換えて、生まれ変わるのを待っている私のメガネたち。
白内障手術後1ヵ月~これから手術を考えている方へ~ ― 2026年04月29日
両目の手術を終えてから4週間がたちました。
今回は、いわば反省項目を書きます。
これから手術を受ける方に、少しでも参考になれば、と思います。
■入院
私が診察を受けた病院は、自宅から電車で15分ほどの駅。便利ではあるけれど、当日眼帯をして片目で帰宅し、翌朝もまた同じ状態で受診に出かけていくことを考えたら、安心の1泊入院を希望しました。
ちなみに、義母が受けた病院の眼科では、通常3泊の入院です。
昨今は、近所のクリニックで日帰り手術が当たり前のようですが、万一のことを考えると、入院は安心、安全ではあります。もちろん事情が許せば、ですが。
■術後の目薬
2、3種類の感染予防のための目薬を、1日4回点眼します。しかもそれぞれ5分の間隔をあけて。これはけっこう面倒です。
朝昼晩の食事の前後と、就寝前。さいわい規則的な生活を送っているので、それに合わせて毎日スマホのアラームを鳴らし、点眼すると5分のタイマーをかけ、その時刻を手作りのカレンダーに記録。ほぼ完ぺきに点眼してきました。
そして、おととい4週間後の診察の時に、医師からは目薬終了宣言が出ました。スマホのアラームは解除。残ったのは朝起きる時刻だけ。
「けっこう面倒」などと言いながら、まじめに取り組んだ私は、終了がちょっと寂しくもあり……。

■禁忌事項
いとも簡単といわれる手術に、こんなにやってはいけないことが多いとは。甘く見ていました。
まず、手術当日は、大きな絆創膏を眼帯の上から貼られて、洗顔もシャンプーも入浴もできません。ま、一日ぐらいは我慢しましょう。
しかし、化粧も洗顔もシャンプーも、1週間禁止です。しかも、顔の片面だけ解禁というわけにもいかないので、結局2週間は禁止が続くことになる。
シャンプーは、ドライシャンプーを買ってきて地肌にスプレーして、なんとか爽やかさを保ちました。真夏だったら、こうはいかないでしょう。
洗顔のかわりには、硬く絞ったガーゼなどで顔を拭きました。
むしろ、一番こたえたのは、ノーメイク問題。普段は身だしなみとしてのメイクが欠かせないのに、マスクをしても隠せるのは下半分。伊達メガネも持っていない。以前に使っていたサングラスは遠近両用の度付き。視力が上がった眼には合わない。
この現実にはすっかり落ち込んで、スーパーの買い物ぐらいなら何とか行けても、いくつかの集まりは欠席せざるをえませんでした。
家にいても、鏡を見ると、70代の老婆がいる。これが私。シミもしわもはっきりくっきり見えてしまう。せっかくよく目が見えるようになったのに、このQOLの低下は何なの。日にちがたつのを指折り数えるしかありませんでした。
手術の日程については、よくよく考えるべきでした。
■メガネ
私がおススメしたいのは、老眼が進んで役に立たなくなった、以前に使っていたメガネを、白内障の手術が終わるまで残しておくことです。
ちなみに、私の手術では、遠くに焦点を合わせた単焦点レンズを入れました。
かつては2.0まで視力があった遠視気味の私には、術後も遠くがよく見えるようにして、手元はメガネで調整するというのが最善の方法だ、と主治医に言われたのです。
手術が終わってみると、二重に見えていた視界は消え、室内から窓の外の景色まではっきりと見えます。家事も、ドライブも、メガネは不要! 新聞やスマホなどの細かい文字を読む時と、字を書く時だけはメガネが必要です。
ちょうど、40代半ばで老眼が始まり、初めてメガネを作った頃の見え方に戻った感じです。
つまりこれからは、メガネのレンズの上半分は度なし、下半分には老眼を補う軽い度付きのメガネが必要なのですが、メガネを作るのは、術後1ヵ月ぐらいして視力が安定した頃がいいのだそうです。
今持っているのは、60代以降に作った比較的新しいメガネで、遠くも近くも補うための遠近両用ばかり。もう、それらのメガネでは遠くがぼやけて使えません。手元近くの細かい文字を読むのならなんとか使えそうです。
術後2週間ほどたったある日、しかたなく、その中でもゆるめのメガネを使って、電車の中で本を読んでいた時のこと。下車駅であわてて降りようと、メガネをかけたまま立ち上がってしまい、視界が揺らいで足元がふらついたのでした。
そんなこともあって、40代半ばの頃のメガネが手元にあれば、少しは役に立ったのにと、処分してしまったことが悔まれるのです。
とにかく、視力が安定するのを待たずに、一刻も早く、使えるメガネ作ろうと決心してメガネ屋さんへ。いつものように、ていねいな検眼。それから、遠くと近くの見える部分を、レンズ面のどのくらいの割合にするかもよくよく検討して、慎重にあつらえたつもりでした。
ところが、1週間後に出来上がったメガネは、どうも今一つ。手元はちょうどよく見えるけれど、近くから遠くにかけての中間は、うまくピントが合わず、不自然な見え方です。
40代半ばの頃の目と、術後の今の目と、見るための動きが少し違うのかもしれない……というのが、医師の忠告を無視した私の自己診断(自己弁護?)です。
■脳の問題
〈見る〉という機能は、文字どおり目先のことではなく、脳が支配しているわけで、これからは脳にも新たな働き方をしてもらわなくてはならない。
残念ながら、瞳のレンズのように、古くなったからといって脳みその入れ替えはできません。
だからこそ、がんばれ、私の脳みそ!
続・白内障手術を終えて ― 2026年04月01日
先週の23日に左目の手術、そして1週間後のおととい、右目も無事に終えました。今回の手術直後のテーピングは容赦なく、右目の周囲を覆いつくし、口の真横まで。たださえ片目の食事はままならないのに、口を開けるのも難しく、やっとの思いでした。
そんな時、テレビも見にくいので、イヤホンでポッドキャストを聴くことにしました。
たまたま、以前チェックした番組が、画面にありました。このブログでも著書を紹介した石井健介さんと、ジェーン・スーさんとの対談です。
聴いているうちに、またまた目からうろこの落ちる心境になりました。たかが一昼夜の片目状態、たかが1週間の不便に対して、不平ばかり言い募っている自分を恥じました。彼はそれを、新しく誰かとつながるための便利な道具のようにとらえている。頭が下がります。
👁右目の手術で
手術中のドクターは、私に言葉をかけるだけでなく、後輩のドクターがその場にいるので、指導のため、そちらとも話をしています。
「クリスマスツリー○○があって……」
たしかにそう聞こえました。
クリスマスツリー?? 何のこと……?
私の聞き違いだと、また笑われてしまうから、退院してから検索して調べてみようと思いました。
確信を持てたので、今日の診察で、思い切って尋ねました。
「先生、手術中にクリスマスツリーなんとか、っておっしゃいましたよね」
「ああ、クリスマスツリー白内障ね。ツリーみたいにきらきら光って見えるの。僕は好きなんだよ」
顕微鏡で見ると、さまざまな色と形で輝いていて、まさにクリスマスツリーのようだとか。よくこんなものがあって見にくくならないと思うほどだけれど、残念ながら本人には何も見えない。100人に1人あるかないかという珍しいものらしい。ああ、やっぱり。ネットの情報どおりでした。
ひとみの瞳の中にクリスマスツリーがあったなんて、ステキすぎる!
「でも、もうないけどね」と、ドクターは笑います。そう、超音波で砕かれて吸い出されてしまって、そこに新しい人工レンズが入ったというわけです。
代わりに授かった瞳で、今年のクリスマスツリーは、くっきりキラキラと美しく見えることでしょう。
私は子どもの頃からキラキラ光るものが大好きでした。ダイヤやサファイヤの付いた(もちろんおもちゃの)ブローチやネックレスをたくさん集めていたっけ。
その趣味は今でも変わりません。クリスタルのアクセサリー、スパンコールやラメ入りの服など、好んで着ています。加齢でみすぼらしくなった部分をキラキラで補いたいから、と自分では思っていたけれど、じつは目の中のキラキラを感じていたからかも。それとも、あまりキラキラを見すぎて、瞳の中にその映像がたまってしまったのかな……などと想い巡らしてみるだけでも楽しい。
さらに言えること。私の「ひとみ」という名前は、正真正銘のキラキラネームだったのですね。

▲本日午前中、1週間前と同じ大学のキャンパスで、桜を見てきました。降りだしそうな空の下、風に吹かれて花びらがたくさん舞っていました。
白内障手術を終えて ― 2026年03月31日
先週の23日(月)に左目の手術、そして1週間後の昨日、右目を終えました。やっと、まともに文字が書けるようになりました。
この1週間は、左目だけよくなっても、右目をつぶっているわけにもいかないし、右目にはメガネが必要なわけで、本当に不便でした。ようやく新しい「ひとみの瞳」が二つとも揃いました。
まだ、本調子ではないけれど、さっそく読んだり書いたりしています。
「どんどん目を使ってもいいですか」とドクターに聞くと、
「どうぞ。減るもんじゃないし、どんどん使って」とのお答えでしたから。
👁最初の手術
手術着に着替えて、手術室に向かいます。
手術は過去3回ほど経験があるのですが、今回は局所麻酔なので緊張します。怖いです。
室内にはドクターや看護師さんたち、青い手術着と手袋をして待ち構えていました。リラックス効果でしょうか、軽快なポップスが流れています。
手術台に横たわると、周りから手が伸びてきて、左目だけを残して、べたべたとテープが貼られて、シートがかぶせられました。
目の周りには円い枠が固定されて、目を閉じることができない。そこに液体がかけられ、視界がぼやける。光るシートのような天井と、青い光が三つ。まるで、手塚治虫のヒョウタンツギのように見えて、ちょっと気がまぎれます。
「動かないで、光をじっと見てて」とドクター。指示のとおりにヒョウタンツギを見つめていると、
「そうそう、上手だよ。みんなそんなふうに上手にしてくれるといいんだけどね」
とほめてくれるので、思わず、
「私、ひとみという名前ですから……」と呟く。
「あ、そうか。うまいこと言うね」とドクターは笑い、「患者さんの緊張をほぐすためにおかしなこと言うけど、自分が笑わせられたのは初めてだ。一本とられたなー」。
手術台の上のやり取りで、私もちょっとだけ緊張が解けました。
最後に、「終わったよ」と、べりべりと顔のテープをはがします。
「いたたたた!」
「これが手術で一番痛いんだよ」
開始から7分、手際のよい、あっという間の手術でした。
聞くところによると、この日の午後、ドクターは12人の白内障手術をほぼ時間どおりにこなしました。ちなみに私は9番目だったとか。
いやはや、お疲れさまでございました。

▲手術の翌日、退院した帰り、近くの大学のキャンパスで桜を見てきました。瞳孔を開く目薬がまだ効いており、眩しくて眩しくて、新しい目はついつい閉じていました。