自閉症児の母として(74):映画『梅切らぬバカ』を見て来ました!2021年11月15日

 


この写真は先週金曜のNHK「あさイチ」に出演した加賀まりこさん。

まず、とても77歳には見えないはつらつとした美しさにびっくり。

さらに、久しぶりの主演映画『梅切らぬバカ』で、自閉症児の母親役になると知ってびっくり。彼女自身のパートナーも、自閉症児の父親なのだそうです。

 

この映画、ぜひ見てみたいけど、忙しくていつ行かれることやら、と思っていたところに、友人からの誘いが! 「一緒に行くはずの人が行かれなくなったチケットがあるから」と私を誘ってくれたのでした。しかも、出演者の舞台挨拶がある回だとのこと。これはもう、行くしかない。万難を排して、昨日、銀座まで行ってきました。





息子役の塚地武雅さんの横で、加賀さんは小さく見えました。それでも、いつもの歯切れのよい挨拶。「映画を見て、息子を好きになって帰ってください」。

 

監督の和島香太郎氏は、背の高いイケメン。山形出身の彼は、高校時代のこと、ある映画をどうしても見たいと思ったけれど、東京でしか上映していなかったので、わざわざ山形から日帰りで見に来たことがあった。その映画館というのが、今回のシネスイッチ銀座だったそうです。それから20年後に、まさか自分が舞台挨拶に立つなんて思ってもみなかった、というわけです。

「あなた、横にも大きかったら、今ごろ相撲部屋に入れられてたかもしれないのにね」と加賀さんらしいジョークが。ちなみに彼は、元横綱北の富士の甥御さんなのですね。

この映画、最初は上映してくれる映画館が3つしか決まっていなかったのに、今では70越えにまでなっているそうです。監督も出演者も、テレビや新聞で紹介してきたおかげなのでしょう。

 

さて映画が始まりました。自閉症のチュウさんは、障害者の職場で働く50歳。母親とふたり暮らしです。塚地さんはとても自然に、自閉症特有のしぐさを交えて演じています。

母親役の加賀さんも、ちょっと気の強そうな占い師をコミカルに演じて、笑いを誘います。

ふたりは梅の木のある一軒家で穏やかな日々を送っているのですが、チュウさん50歳の誕生日に、ケーキのろうそくを吹き消そうとして、親子でぎっくり腰になってしまいます。このままでは共倒れになるのでは……と心配がよぎる。ついにグループホームに入る決心をするのです。

 

グループホームというのは、障害者が支援を受けながら、地域で暮らす家。それぞれ個室に住み、共同生活をします。そのために、近所の理解も必要になります。

この映画では、近隣とのトラブルや偏見も描かれて、ストーリーが展開していきます。

 

年齢も環境も違うけれど、チュウさんはわが家の長男とダブるところがたくさんありました。

例えば、チュウさんは気持ちがいらいらして、つい扇風機を倒してしまう。うちの息子も、よく扇風機に八つ当たりをしては壊したものです。

それでも、職場ではチュウさん同様、まじめに、几帳面な仕事をしています。

チュウさんは、ホームの利用者間のトラブルや「近所迷惑」を理由に、ホームを退去することになってしまう。これも息子と同じ。

 

結局、チュウさんは母親のもとに戻ります。そして、穏やかな生活がふたたび始まるのですが……。本当にこのままで、いいの? 私は、疑問に思いました。

このままでは、元のもくあみです。また同じことが起きて、いよいよという時に困ったことにならないでしょうか。

でも、別の思いもわいてきました。最後は少しずつご近所の偏見も薄れ、理解が広まっていくことを感じさせて終わります。そこに希望が見えます。このまま地域に支えられて暮らすことができれば理想的なのかもしれないなあ、と。

 

息子の新しいグループホームは、近所の方がたにも内部を見ていただいたりして、理解を深める努力をしています。

チュウさん親子が自宅で幸せに暮らしていくように、息子はグループホームで自立して充実した生活が送れたら、と願っています。

 

最近のグループホームでは、映画の中のホームのように、全員そろってご飯を食べるようなことはしなくなっているようです。もちろん、コロナの影響もあるのですが、それ以前に、なにも家族のようになる必要はないのではないか、個人の意思を尊重して、団体行動はとらなくてもいいのではないか、という考えも出てきているようです。

そんな違和感もちょっぴりありましたが、全体的には、温かい目線で障害者を見つめ、ユーモラスに描き、肩ひじ張らないわかりやすい映画だったと思います。

ぜひ、ご覧になってください。 

 



自閉症児の母として(71):『52ヘルツのクジラたち』を読んで2021年05月02日


町田そのこ著『52ヘルツのクジラたち』は、今年の本屋大賞に選ばれ、今話題を呼んでいるようです。新聞広告や書評欄でも何度も目にし、朝日新聞のコラム「天声人語」でも取り上げられました。

私も興味を持ち、書店で購入。読み始めたら止まりませんでした。

子どもに対する虐待や育児放棄、さらには耳新しいヤングケアラー、トランスジェンダー、自殺などの社会問題が詰め込まれています。

とはいえ、著者のたしかな文章力で、登場人物はキャラクターがくっきりと立ち上がり、主人公を取り巻く愛すべき人々が織りなすドラマを見ているようなわくわく感も味わえます。

 

424日の「天声人語」によると、本のタイトルになっているのは、米国の西海岸に生息すると信じられてきた一頭のクジラ。仲間には届かない超高音の52ヘルツで歌い続け、「世界一孤独なクジラ」と呼ばれるのだとか。

この小説の中では、親からたばこの火を舌に押し付けられるという虐待を受け、そのショックから言葉が発せなくなった少年のことを指しています。

 

私がこの物語のクライマックスを読んだのは、前回のブログ記事で書いた『僕が跳びはねる理由』の映画を見に行く前夜でした。本を読んで、久しぶりに涙腺全開、滂沱の涙。翌朝の瞼の腫れ具合を思うと、これ以上先へは進めない。結末を読まずにそこで本を閉じたのでした。

 

そして、映画を見て、思ったのです。

自閉症の息子たちもまた、52ヘルツのクジラなのだと。

言葉を発することがなかったり、たとえ話せたとしても、自分の感情や本当の思いを伝えることができなかったりする。そんな自閉症者も同じだと思いました。

小説のヒロインのように、52ヘルツのクジラの声を聞こう。息子の本当の心の叫びに耳を傾けなければ。初心に返った瞬間でした。

これからも、息子の代弁者として、彼の声を世の中に伝えていきます。親亡き後も、息子を支援してくださる人々に、息子の声が正しく届きますように。母としての願いです。


ところで、物語の少年はどうなったか。声なき声は届いたのか。

それは、ぜひご自身で読んで、お確かめくださいね。

本屋さんがいちばん売りたい本として、一押しのこの一冊、もちろん文句なしに私からもおススメの本です。




自閉症児の母として(70):映画『僕が飛びはねる理由』を観てきました!2021年04月24日

320日の記事で紹介した映画を、ようやく昨日、観ることができました。

横浜駅の繁華街から少し外れた所にあるジャック&ベティというミニシアターへ。時間は午前9時からの1回のみ。いつもより早起きして出かけました。



 

これは、イギリスで作られたドキュメンタリー映画で、5人の自閉症の若者とその家族の日常を映し出していきます。

そして、おそらく彼らの目にはこんなふうに見えているだろう映像や、こんなふうに聞こえているだろう音声が、ふんだんに盛り込まれます。きらきら、ひらひら、ジージー……。無垢であり、美しくさえ感じられます。

ドキュメンタリーとしての自閉症の世界が、繰り広げられていくのです。

 

あえて説明のない部分もありますが、そこに、自閉症者である東田さんの文章が、英文の字幕になり、ナレーションとしても挿入されています。

彼の著作は以前にも読んだことがあるのに、改めて明晰な文章であることに驚き、感動します。

具体的な内容を私がここに書き記すことは、あまりに僭越だと思えました。私の言葉からではなく、ぜひ、東田さんの著書をお手に取って読んでください。機会があれば、この映画を見てください。驚嘆とともに自閉症の理解が深まることと思います。

 

これまでの歴史の中で、自閉症者は普通ではない変わった人、何も理解できない人、知能の低い人として、扱われてきました。

この映画のインド人の女性、言葉は持たずとも、こだわるように絵を描き続け、見る人を魅了する芸術作品を生み出すようになりました。それが彼女の自己表現であったのです。

言語療法だけでは改善を見られなかった重い自閉症者であっても、言葉で表出することができないだけで、内なる意思や、秘めたる能力はけっして劣るものではないことがわかります。


映画に登場するイギリス人の青年は、言葉による会話はできませんが、ひとたびアルファベットの表を持てば、一つずつ指さすことでスペルをつづり、自分の考えを伝える文章を作り上げます。言語能力がないと評価されることについてどう思ったか、という質問には、「人権が拒否された」というような文言で回答。そこには普通の同年代の若者と変わらない知性がうかがえました。

彼は東田さんと同じです。東田さんは子どもの頃に、ひらがな表を持たされて初めて、みずからの気持ちを伝えることができました。

 

彼らは、健常者の子どもたちと同様に、学ぶ権利がある。知的能力の有無ではなく、自閉症の思考回路は、平凡な私たちのそれとは大きく違っている。たったそれだけのことなのです。そのことに気がつくまで、いわゆる健常者の集まりであるこの社会は、長い年月が必要だったのですね。

 

私もまた、ひとりの自閉症者の親として、息子を理解するのに、ずいぶん時間がかかりました。今でも、新しい発見があります。

映画が始まってすぐから、涙が止まりませんでした。母親として初心に返る時、途方に暮れた30年前の記憶がよみがえるのです。

 

映画の中で、一人のお父さんが息子について語っていた時、「そして私は……、そして私は……、そして……、そして……」と、途中で次の言葉が出てこなくなりました。必死で込み上げるものをこらえている。ようやく言えたのは、「彼の将来が心配でならない」。

親亡き後、息子は一人ぼっちになってしまう。お父さんの思いが、痛いほど伝わってきます。私はマスクを濡らして一緒に泣きます。

大丈夫、お父さん。今の社会は、彼らをほったらかしにはしませんよ。かならず、理解者が支援の手を差し伸べてくれますよ。それを信じてがんばりましょう。

彼にも私自身にもエールを送って、明るい春の陽射しの街に出ていきました。




 



自閉症児の母として(69):映画『僕が飛びはねる理由』を観てください!2021年03月20日

東田直樹さんをご存じでしょうか。

言葉をあやつる会話はできないのに、文章を書くことはできる。その奇跡のような、稀有な才能を生かして、中学生のときに書いたのが、

『自閉症の僕が跳びはねる理由』 ()エスコアール出版部発行

という本です。

 

201411月に、彼の著書についての詳しい記事を書いています。よかったら、そちらもお読みくださいね。

自閉症児の母として(21):東田直樹さんのこと

 

本は世界中で117万部も売れ、ついに、その本を原作としたドキュメンタリー映画がイギリスで誕生しました。


 

 映画についての詳しい説明は、映画.comのサイトでお読みください。サイトはこちらです。

ポスターの写真もそちらからお借りしています。

 

公開日の42日(金)は、世界自閉症啓発デーです。

ぜひ、ご覧になってくださいね。

私も今からとても楽しみにしています。






映画『感謝離 ずっと一緒に』本日公開!2020年11月06日

 

これまでにもたびたびご紹介してきました、エッセイ仲間の河崎啓一さん。

新聞に投稿した一編のエッセイが、日本中に大きな感動の渦を広げました。

亡くなった奥さまの遺品に感謝しながら別れを告げるとき、それを「感謝離」と言ったのでした。「断捨離」をもじった言葉が、共感を呼んだのでしょう。

反響は収まらず、さらなる記事になったり、テレビに出演したり、著名人と会談したりして、やがて大手の出版社からは「本を出しませんか」とオファーを受けました。

そして、この世に出たのが、『感謝離 ずっと一緒に』という一冊の本でした。(今年の322日に、紹介記事を書いていますので、ご興味のある方はお読みください)

 

今度は、その本を原作とした映画が誕生したのです。

本日、イオンシネマなどで全国公開されました。

映画の公式サイトはこちらです。


▼新聞に掲載された映画広告です。

 


さっそく見てきました。

河崎さんと、奥さまの和子さんを演じているのは、往年のアイドル、尾藤イサオさんと中尾ミエさん。私たちの世代には、なんとも懐かしい二人です。

90歳になった河崎さんよりは少し若い感じですが、仲良く寄り添う老夫婦を明るく演じて、好感が持てました。

そして、なにより、尾藤さんは本物の河崎さんによく似ています。ハスキーボイスなところも、笑顔で受け答えをするソフトな雰囲気も。

 

私は、河崎さんとはもう10年以上のお付き合いになります。奥さまとのなれそめも、病気になられた時のことも、さらにそのお世話に毎日通っていたことも、彼のたくさんのエッセイを通して、よく知っていました。

だからこそ、和子さんが亡くなって泣き崩れる尾藤さんの姿には、河崎さんもどれほど悲しかったことかと今更ながらに感じられて、一緒に泣きました。

 

いえいえ、河崎さんをご存じなくても、同じ思いをされた方には、きっとその悲しみがわかるはずです。そして、彼が「感謝離」を通して、悲しみを少しずつ手放していったように、映画を見ることで、気持ちの折り合いをつけるすべを見つけることができるのではないでしょうか。

ぜひ、ご覧になってください。

 

お二人は本当に仲が良く、支え合って暮らしていました。
たとえこれほど仲良しではなくても、やはり長年連れ添った夫婦の別れは、耐えがたいものがあるに違いない……と思わず自分の来たるべき日を考えていました。先に逝くか残されるか、神のみぞ知る、ではあるけれど、せいぜい悔いのないように日々暮らしていかなくては、と反省しています。

もうすぐ1122日「いい夫婦の日」がやってきます。

 




映画『男と女 人生最良の日々』を見て2020年02月08日

 

       (スマホの方は、こちらで)


私にとって、フランス映画の代表作と言えば、クロード・ルルーシュ監督の『男と女』だった。

あまりにも有名な音楽と、シックな映像と、フランスの風景。

作られたのは、半世紀も前。私は大人になってから見たのだけれど、すっかり魅了された。

まさかその映画に、スピンオフのような映画が作られるとは。それも、52年もたって、同じ俳優が別れた二人を演じて、再会を果たすなんて……!

 

二人はすでに80代。若かりし頃レーサーだった男は、今では車いすで、高齢者のホームで暮らしている。記憶力が低下しているのに、難しい詩を暗唱する。

女が目の前に現れても、それがかつての恋の相手だとは気づかずに、その彼女の思い出話を口にする。

 

二人が出会ったドーヴィルの浜辺。夜明けのパリ市街を疾走する車からの映像。何よりも52年の年を重ねた男と女。二人の人生。老いた男のペーソス……。

現在の二人の映像と、過去の映像とが交互に現れては、その波のような繰り返しに、52年という時が満ちてきて、胸がいっぱいになる。

映画の観客もまた、同じ流れのなかで生きて、年老いていく。それでも人生は美しいのだと肯定する監督のやさしい思いが感じられる。

かえって哀しくなって、涙が出た。




 

6年前に、ドーヴィルを訪ねました。そのブログ記事もよかったらどうぞ。

 



自閉症児の母として(50):映画のご紹介2018年09月08日


とても興味深い映画が、昨日から全国で上映されています。

私も先ほど知ったばかりで、まだ見てもいないのですが、ご紹介させてください。


 

500ページの夢の束』という映画。

公式サイトの紹介文は、次のように始まります。

 

大好きな『スター・トレック』の脚本コンテストのためにハリウッドを目指す、自閉症のウェンディ。初めての一人旅には、誰にも明かしていないホントの目的が秘められていた―

 

これだけで、見てみたいと思いませんか。

 

ウェンディを演じるダコタ・ファニングという女優さんは、子役の頃からその愛くるしい名演技で注目されていたようです。そんな彼女が、どんな自閉症者を演じて見せてくれるのかも、興味がふくらみます。

 

映画の公式サイトはこちら


おススメのアニメ映画『未来のミライ』2018年08月15日


わが町で家族と過ごす夏休み第2弾です。

 

夫の第二の職場は、熱帯環境植物館。つまり、生き物相手の仕事なので、職員は一年365日、交代で彼らの世話をします。世間の人々と同じ日に、休暇をとれるとは限りません。

逆に長男は、世間並みに夏休みがあるので、半分だけでも一緒に休めるように、夫が調整します。そして、毎年行くことにしているのは映画。



 

今年は、細田守監督の『未来のミライ』を観ました。

じつは、夫の職場がクレジットされているのです。どうやら、植物館がモデルになっているシーンがあるらしい。そんな興味からみんなで見に行こうということになりました。

細田監督の前作『バケモノの子』がとてもよかったという友人もいたので、それなら、という期待もありました。その程度の予備知識だけで、出かけて行ったのです。

 

主人公のくんちゃん。まだ3歳か4歳ぐらいでしょうか。お母さんが二人目の子を出産して、退院してきます。

留守宅で、くんちゃんの世話をしているのは、若々しいおばあちゃんでした。お母さんの帰宅と同時に、おばあちゃんはひいおばあちゃんの介護もあるらしく、そそくさと帰って行ってしまいます。

さて、久しぶりに帰ってきたお母さんに甘えたいくんちゃん。でもお母さんは赤ちゃんにつきっきりで、お兄ちゃんのやきもちが始まります。大好きな鉄道のおもちゃを部屋中にぶちまけたり、食べるのにもわがままを言ったりして両親を困らせます。

ここで、お父さんは自分もがんばらなくては、とやさしい。(あら、どこかで聞いたような声。もしかして、星野源さんかな……??)

仕事に復帰するお母さんと、自分の仕事を自宅に持ちこんで、育児や家事をしょい込むお父さん。夫婦それぞれに、うまくいかない部分や気持ちのずれがあって、今どきの家族をリアルに描いているなあ、と思いました。

 

そんなある時、くんちゃんは、高校生になっている未来の妹、ミライちゃんに出会うのです。その場所が、熱帯植物園なのでした。ミントグリーンの色をしたヒスイカズラが、藤の花のように垂れ下がって咲いている美しいシーンです。

アニメお得意の、時空を超えた旅ではありますが、子どもたちにわかるのかなと、一瞬思いました。いえいえどうして、むしろ子どものほうが、柔かな脳みそで理解するのかもしれませんね。

タイムスリップの行き先は、時には過去。子どものころのお母さんや、戦後間もないひいおじいちゃんにも出会います。このひいおじいちゃんは言葉少なで、くんちゃんをバイクや馬に乗せてくれる、何ともかっこいい青年です。

くんちゃんは、彼らの様子を見たり、彼らの言葉をかみしめたりすることで、少しずつ成長していきます。

 

夏休み公開のこのアニメ映画は、家族連れをターゲットに、大人も子どもも楽しめる作品になっています。くんちゃんの年頃の子どもばかりではなく、若いお父さんもお母さんも、おじいちゃんおばあちゃんも、それぞれの視点から、家族のありようや、互いの気持ちを考えるきっかけになるのではないでしょうか。

猛暑の夏休み、涼しい映画館にこもってアニメを観るのも悪くないですね。

 


ところで、あとから映画の公式サイトをのぞいてみたら、やっぱりお父さんの声は、源ちゃんでした。

そして、お母さんは麻生久美子さんで、おばあちゃんは宮崎美子さんで……おやまあ、そう言われてみれば、キャラクターのお顔もよく似ていました。

ひいおじいちゃんの若かりし頃は、なんと!福山雅治さんではないですか。どうりでかっこいいと思いました。私にとって、彼の声は男性の美声ナンバーワン。いつも、カーナビの女性の声が気に入らなくて、「福山君みたいな声ならいいのに……」と独りごちているのです。それなのに、映画を見ながら、彼だとは気が付かなかったなんて。われながら、情けない。声ファン失格でしょうか……。



今日は終戦記念日です。

このひいおじいちゃんは、戦争で負傷したため、足を引きずるようにして歩きます。彼が戦死していたら、くんちゃんもミライちゃんも、この世には存在していなかった。この映画にそれ以上の押しつけがましさはありません。だからこそ、映画を見たら、平和の意味をお子さんと一緒に考えてほしい。くんちゃんのおばあちゃん世代の私は願っています。




▲ヒスイカズラの花。板橋区立熱帯環境植物館Facebookページから写真をお借りしました。

こちらは、花博記念公園のサイトからお借りしました。▼








映画『修道士は沈黙する』を観て2018年03月21日



イタリア人の監督が、カトリック神父を主人公にした映画を作りました。それも極上の社会派ミステリーと聞くと、ぜひとも観たくなります。

原題を直訳すれば、「告解」。カトリック信徒が、司祭を通して自らの罪を明かし、神の許しを得る行為のこと。司祭には守秘義務があります。そこで「沈黙する」というわけです。




 

舞台はドイツ北部の海沿いに建つ高級リゾートホテル。表向きは国際通貨基金のロシェ専務理事の誕生日パ-ティという名目で、8ヵ国の財務大臣が集まります。そこで秘密会議が開かれることになっているらしい。

なぜかそこに招かれてやって来たのが、サルス神父。世界中のマネーを手玉に取っているような現代人の中でひとり、まるで中世の修道院から抜け出たような白い生成りの衣装で現れます。

その夜、ロシェは彼に告解をしてほしいと頼みます。

 

そして翌朝、ロシェの死体が自室で発見されました。それも、ビニール袋を頭からかぶった姿で。

自殺か、他殺か。ホテルに足止めされた人々の攻防が始まります。

「何か機密情報を知っているのだろう」と、問い詰められても、神父は表情一つ変えずに、沈黙を守ります。

 

抑制された美しい映像と、静かなピアノの音色とともに、ミステリーは進展します。金の亡者になった人々と、修道士との対比を感じさせながら。

酒をあおり、薬を飲み、プールで泳ぐ権力者たち。

鳥の声に耳を傾け、海で泳ぎ、犬に慕われる修道士。

やがて、エコノミストたちの秘密の企みも、ロシェの告解の内容も、少しずつ明らかになって……。

 

奇跡のようなファンタスティックなシーンもありながら、その一方では、リーマンショックやギリシャの経済的破綻といった言葉が取りざたされたり、巨額の資産を預けたときの暗証番号を忘れた認知症の老人が一役買ったりしている。社会的なリアリティもあり、どこか皮肉でユーモラスでもあるのです。

また、サルスは一見無垢な修道士のようでも、実は数学者として著書もある知的な神父。その微妙な役をひょうひょうと演じるトニ・セルヴィッロという俳優がすばらしい。

上質な映画だと思いました。

 

ぜひ、ご覧になってはいかがでしょうか。おススメです。



映画「修道士は沈黙する」公式サイトはこちらです


 

 


映画『シェイプ・オブ・ウォーター』を観て2018年03月06日



今日は、本当は美術展に行くつもりでした。会期終了間近になると混んでくるから、一日も早く観に行かなくてはと思っていたところに、ひょいと空いたスケジュール。午前中にいそいそと出かけました。

が、見事に定休日のシャッターに阻止されたのでした。

 

そこで向かったのは、映画館。アカデミー賞に輝いたばかりの『シェイプ・オブ・ウォーター』を観てきました。



「美女と野獣」のようなラブストーリーです。口の利けない障害を持った孤独な女性と、エラとウロコに覆われた両生類のような不思議な生物との恋。

それはそれで、ファンタスティックでロマンティックでユーモラスです。

 

でも、舞台は米ソが冷戦状態だったころのアメリカの秘密研究施設。そこにはソ連のスパイが潜んでいた。生物をめぐって両国の対立が起こり、スパイと言えば生きるか死ぬかのバイオレンスが繰り広げられるのがお決まりのようです。

どんな映画でも暴力シーンが苦手な私は、何度客席から飛び上がったことか。

 

R15指定です。年齢的には十分すぎるほどなんですけど……。映画の余韻に浸るよりも、暴力シーンのショックから立ち直るのに、時間がかかりました。

この映画に、これほどの暴力シーンが、本当に必要でしょうか。

二人の愛の純粋さを際立たせるためにも、愚かな人間の血なまぐさいシーンが必要なのでしょうか。

 

ただ一つ印象に残ったのは、彼女が〈彼〉のことを手話で表現したこの言葉です。

「不完全な私じゃなく、ありのままの私を見てくれる」

愛の本質を言い得ているではありませんか。

そして、愛する〈彼〉のために、身の危険をかえりみず、〈彼〉を逃がそうと手を尽くします。

「何もしないなら、私たちも人間じゃないわ」



ご興味のある方は、映画のサイトで予告編をどうぞ。



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