年賀状の正しい書き方は? ― 2020年01月04日

明けましておめでとうございます
2020年
いつも私のブログをご覧くださり、どうもありがとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今年こそは、もう少しブログの在り方を改善してみようと思います。少しずつ小さなリニューアルをしていくつもりです。
今年の目標の一つです。
今年も昨年同様、たくさんの年賀状を送り、そして頂きました。書くことをご指導する講師をしている手前、やはり頂戴する年賀状も多く、そうやすやすとメールやラインに移行していくわけにはいきません。
頂いた賀状の中には、思いがけない方が「ブログを見ていますよ」と書いてくださっていて、身の引き締まる思いがしました。
ブログを始めたころに比べたら、パソコンでのアクセスより、スマホで見てもらうほうが多いのではないでしょうか。具体的に実証できるわけではないけれど、世の中の流れからしても想像に難くありません。
とりあえずは、スマホで読みやすくすることを考えましょう。
ところで、暮れのテレビ番組で、お作法の先生が年賀状の正しい書き方を説明していました。
明けましておめでとうございます。
と書くのは、正しくないのだそうです。正しくは、このブログの一行目に書いたとおり「。」をつけない。この句点は、「文がここで終わり」という意味ですから、新年早々縁起でもない、ということになるわけです。
皆さんはご存知でしたか。
私は慣習的に、年賀状に限らず、由緒正しいお手紙には句読点が付いていないことに気づいていましたから、それに倣ってきました。しかし、
でも、昨年のブログの年頭のご挨拶にも、句点をつけてしまっていましたね。横書きのブログの文章だから、ということで、お許しいただきましょう。
ちなみに、「去年はいい年でしたね」などと使っていませんか。「去る」もやはり忌み言葉。「昨年」を使いましょう、とのことでした。
2020年が明るく良い年でありますように

「会いたい人リスト」 ― 2020年01月06日

昨年のお正月に、「会いたい人リスト」というのを作りました。
著名人とかアイドルとかではありません。文字どおり、会っておしゃべりしたい人のリストです。
年賀状をいただいて、「今年こそ会いましょう」と書いてくださる人のなんと多いことでしょう。私も、暮れにしたためる賀状に、同じように書いて送っています。
本心からそう思っているのに、そのうち何人の人と再会を果たしているでしょうか。いつのまにか社交辞令のようになってしまって、また次の年にも同じ文言を書いている……。
これではいけないと思いました。それには、わけがあります。
もう10年ほど前のこと。
高校時代の同級生が、リンパ腺のがんに侵されていました。自然療法を選び、都会を離れて空気のきれいな土地で、ご主人と暮らしていました。
「遊びに来て」
彼女は、近くの温泉場を紹介するチラシを同封して、手紙をくれました。
私たちはいつ行こうかと相談するのですが、
「3月は忙しいから」
「ゴールデンウィークが終わったらね」
などと、みんなの事情が合わず、なかなか日取りが決まりません。
そうこうしているうちに、彼女は帰らぬ人となったのでした。
自分一人でも行けばよかった。大きな悔恨は、今も私を責め立てるのです。
昨年のリストには、8人の名前を書きました。
そのうち、年内に会えたのは、4人だけ。
今年はその残りの4人に、新たに数名を加えて、リストを作りました。
なるべく早く、連絡を取りましょう。
それは、今これを読んでいるあなたかもしれませんよ。
その節はどうぞよろしく。

スマホで、どうぞ♡ ― 2020年01月18日
私がブログを始めたのは8年前。当初からブログの携帯版が用意されていましたが、これだけスマホが普及した現在でも、残念ながらその内容は改良されていません。
パソコンのウェブで見ることを前提にしたこのブログ、スマホでは見にくいですよね。それでも、毎日覗きに来てくださる皆さんには、本当に感謝です。
文章だけなら、「携帯版」をお勧めできるのです。ところが、写真は文章と一緒に見ることができず、別ページで閲覧するようになっています。さらに、ひとたびその写真を見て元に戻ろうとすると、記事のtopに戻ってしまうのです。
今スマホでお読みくださっている方、ためしに「携帯版」をご覧ください。
写真よりも文章が読みやすいほうがいいと思われたら、今後は携帯版をどうぞご覧ください。
私も、写真をたくさん掲載する旅行エッセイなどは、なるべく細かく分けてアップしていくようにします。また、飾りのイラストも控えるようにします。

旅のフォトエッセイPortugal 2018(9)リスボンの手袋屋さん ― 2020年01月30日
ちょうど2年前の今頃、娘と二人でポルトガルの旅をしました。
ブログのシリーズは、(8)まで終わっていますが、本当はまだ途中。あえて冬を待って続きを書きました。
スマホの読者は、先に写真だけこちらで見て、最後にスマホ用のリンクがありますから、そこから文章をお読みくだされば、と思います。


旅行の前にリスボンのガイドブックを見ていたら、この小さな手袋屋さんのことが載っていた。
ルヴァリア・ウリセス。1925年創業。
「ここに行きたい! このお店で、絶対に手袋を買いたい!」
なぜか強い気持ちがわいたのだった。

近づいて狭い店内を覗くと、まじめな銀行員風の男性が、奥から現れた。
「この手袋が欲しいんです」と、ショーウィンドウの中の一つを指さす。
真冬に着る焦げ茶色のコートに合わせて選んだのは、焦げ茶色のスエードで、指の側面とベルトなどのトリミングはネイビーがあしらわれている一品。
「では、片手をここに置いてください」
穏やかに彼は言った。
左利きの私は、いつも左手が出る。私の左手、小さいのに指は太くて短くてごつい手を、遠慮がちにカウンターの上に置いた。
「OK」
彼は、ほんの一瞬、0.5秒間、私の手をちらりと見ただけ。すぐに奥に入っていき、壁にびっしり並んだ引き出しを一つ、持ち出してきた。
そして、カウンターの上の小さなクッションに、肘を載せるようにと言う。彼が私の手に、手袋をはめてくれるのだ。ちょっときつそう、と心配するまでもなかった。まずは木製の大きなピンセットのような道具を、指の一本一本に入れて革を伸ばす。それを私の手に、す、す、す、と被せ、指の根元がきちんと合うように着けてくれた。▼

Just fit! ぴ~ったりだわ! というわけで迷わず即決。
お店のポスターと同じ紙袋に入れてもらい、クレジットカードの控えも手にして、ご満悦で店を出たのだった。


帰国してから、はたと思いだした。もう何十年も前、昭和の頃のこと。
母は、国際学会に出席する父にくっついて、ときどき海外旅行をしていた。いつだったかヨーロッパ旅行から帰ったとき、どこかの国のどこかの店で手袋を買ったという話を聞いたことがあった。英語もできない母だったのに、
「店員さんがね、ぴったりサイズのものを選んで、こうやって手に着けてくれたのよ」
と話しながら、母が指先から手首までなでおろす仕草をした記憶があるのだ。もしかしたら、リスボンの同じ手袋屋さんだったのかもしれない……。
もちろん確証はないし、今では母に尋ねても、何にも覚えてはいない。
でも、時を経て、母と娘が偶然同じ店で同じ物を買った。そう思うだけでも楽しいではないか。
旅行前にガイドブックの記事で「ここに行きたい!」と強く思ったのは、眠っていた記憶とともに、母のみやげ話に憧れた気持ちが、目を覚ましたからに違いない。私がヨーロッパの旅がどこより好きなのは、母の影響であることだけは確かなのだから。
今年は暖冬で、なかなかこの手袋の出番がない。手袋をはめる時間も惜しんで、着けやすい普段用をつかんではバタバタと飛び出していってしまう。
それでも、先日、珍しい柄のコートを試着したとき、この手袋が脳裏をかすめ、思いきって買った。茶色とネイビーの複雑な縞模様のそのコート、リスボンの手袋とコラボさせて着てみたい。大事にしすぎて、春が来ないうちに。

