おススメの本、ソン・ウォンピョン著『アーモンド』 ― 2020年06月05日
推薦の言葉は本屋さんにお任せするとして、私の個人的な興味をお話ししましょう。
主人公の少年ユンジェは、生まれつき脳のアーモンドと呼ばれる扁桃体の部分が通常より小さい。それは感情がわからないという障害を意味するのです。家族が通り魔に襲われる事件に巻き込まれても、顔色ひとつ変えませんでした。
はじめに新聞広告でその内容を知った時、すぐに読もうと思いました。私には二つのことが頭に浮かんだのです。
まず一つ目は、脳の障害を持つわが子のこと。感情がわからないというわけではないし、不幸な事件も起きずにこれまで成長してくれました。
それでも、相手の心が読めないという同じような特質はありそうです。
子どものころ、絵本の文字が読めないと、「これはなあに」と聞いてくるのですが、本は自分に向けたまま、私からは見ることができませんでした。
今でも、電話での会話で、「今日は何を買ったの」のような質問に、
「これ」と答えることもしばしば。相手には見えていないということがわからないのです。
ユンジェのお母さんが、彼を専門家に診てもらったところ、自閉症のような発達障害ではない、という診断でした。それでも、わが子のために猛特訓。人の感情を学ばせようと、必死にあれこれ教える場面では、わが身とダブりました。少しでも困らないように、世の中で通用するように、生きるすべを身に着けてほしい。障害児の母の一途な思いは、どこの国でもどんな障害でも同じなのですね。
もう一つ思い出したのは、天童荒太著『ペインレス』という小説。体の痛みを失った男と、心の痛みを感じない女、どちらも文字どおりの意味です。
まるで官能小説かと思いきや、医学的見地というメスでスパッと切られ、哲学的見地という問いかけに苦しめられる。とにかく衝撃的で、エネルギーを吸い取られるような小説でした。
これまで優しいまなざしを持った『永遠の仔』や『悼む人』と同じ作者だとは、どうしても思えませんでした。
話を『アーモンド』に戻しましょう。
ユンジェの語り口は、感情がわからない分、無駄がなく、透明な水の流れのように読む者の胸にしみてきます。彼の純粋さが感じられるのです。
私は、二つの関心事などは忘れて、ユンジェの成長を見守り続けました。
「感動のラスト」には、あえて触れないでおきましょう。
皆さんにぜひともおススメしたい今年一押しの本です。
そして、作者にはぜひとも続編を読ませてほしいと願っています。
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