800字のエッセイ:はるか遠くから2021年10月26日


     

 

はるか遠くから

 

母が亡くなって半月ほどたったころ、珍しくイギリスから手紙が届く。ミセス・マローズという差出人に覚えはない。開けてみると、やさしい花の写真のカードが出てきた。

「悲しいお知らせです。グレンダ・グラントさんが癌で亡くなりました」

 とたんに涙がこみ上げる。母の喪に服す私に、訃報を吸い寄せる力でもあるのだろうか。

 

 話は40年以上前にさかのぼる。グラント一家は、従兄がロンドンに駐在していた頃に家族ぐるみで仲良くしていたイギリス人家庭で、30代の夫婦に女の子と男の子がいた。彼の帰国と入れ替わるように、ロンドンにひとりで滞在することになった私に、従兄が彼らを紹介してくれたのである。

「とにかくいい人たちだから、頼りにしてね」

従兄の太鼓判どおり、一家を訪ねると、とても温かいもてなしを受けた。近くに住む高齢のご両親もやって来て、遅くまでダーツに興じる。気難しそうなおじいさんだったけれど、一緒に遊んだダーツの矢をプレゼントしてくれた。その夜はいかにも英国調の愛らしいゲストルームに泊まらせてもらった。

グレンダは表情豊かな明るい女性で、英語学校の教師としても働いていた。

帰国後もクリスマスカードのやり取りを続けたが、私は子育てに忙しくなり、何度か転居を繰り返すうちに、交流は途絶えてしまった。とはいえ、ロンドンの日々は青春のかけがえのない思い出。彼女を忘れたことはない。

 

 手紙の主は、グレンダの同僚だった。仲良しだったに違いない。亡くなった彼女の住所録に、私の住所を見つけたからと、わざわざ知らせてくれたのである。

 グレンダの訃報に悲しみながらも、マローズさんの心遣いに胸を打たれた。友の死に寄り添う時、大切なことは何か、教えてもらった気がする。


     






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