自閉症児の母として(75):お金のこと2022年01月26日

 

そう、大事なお金の問題です。

皆さんのお子さんはどうしていらっしゃるでしょうか。

 

わが家の息子は、10年ほど前、障害者が働く喫茶室で、レジをやらせてもらったことがあるほど、お金の計算はきちんとできるのです。

でも問題はそこではない。自分のお金は自分で大切に守らなくてはいけない、という観念がなかなか育ちません。

街頭募金などで、私が下の子に小銭を渡している間に、さっさと自分の財布から500円玉を出して、募金箱に入れてしまう。募金の意味もどこまでわかっているのか、親としては心配でした。

作業所で働いて賃金をいただいていた頃、お給料袋をその辺にふらふらと置きっぱなしにして、行方不明になったことがありました。同僚を疑うつもりはないのですが、万一だれかに持っていかれたのだとしても、失くした息子自身の責任です。結局見つかりませんでしたが、その時は作業所から再度1万円、実際の半額程度をいただいたように記憶しています。

こんな調子では、「ちょっとお金貸して」と言われたら、平気で貸してしまうかもしれない。返ってこなくても気にしないかもしれない……。不安は今なお尽きません。

 

それでも、銀行のATMに連れていき、預けてあるお金を一緒におろしては通帳を確認させたり、給与明細を説明したりして、自分の働いたお金で生活するのだ、と自立に向けて少しずつ理解させてきたつもりです。

また、必要経費ばかりでなく、せめて収入の10分の1ぐらい、好きなことに使わせてあげたい。ゲームが趣味の息子が、高額なゲーム機器やゲームソフトを自分で買えるように、毎月3000円の積み立てをしています。

 

そして、3年前にグループホームで暮らすようになってからは、生活費として彼の銀行口座から2万円を渡して、使ったお金をきちんと記録するようにさせました。交通費は定期券を買ってあげているので、使うのはほとんど、毎日の昼食代と、毎週、毎月購入する雑誌類。ルーティンの買い物だけで、買い食いなどはしません。

几帳面な彼には、小遣い帳をつけることなど朝飯前。レシートを確認しながら小さな文字で商品名を書き、1円単位まで記入して、財布の中身の小銭を積み上げては数えるのです。

よしよし、これで無駄遣いもせずに、お金を大事に使っていく習慣ができた。そう安心していたのですが……。

 

世の中は、IT化が推し進められて、今やキャッシュレス時代。カード決済よりも一歩進んでスマホ決済へと突き進んでいる。この先、息子はこの波に乗らないまま、不便な現金主義で生きていけるでしょうか。

気になりながらも、私自身は乗り遅れまいと、カードや○○ペイに手を染めていました。

そんなある日、アッと思うような落とし穴に出くわしたのです。

 

息子は、以前から交通系ICカードのPASMOの定期券を利用しています。通勤範囲を超えて電車を利用することもあるので、便利です。残金が足りなくなると、自分でチャージすることもとっくに覚えました。

何しろ、趣味はゲームにエレクトーン。機械には強いので、一度教えればたいていのことはできるようになるのです。

毎日コンビニでお弁当を買う時に、カードやスマホ決済もやらせてみようかと思ったこともありましたが、そうすると、小遣い帳をつけるときに不便になるのではと思い、まだ思案中です。

 

息子は、PASMOにチャージをした時には「チャージ」と記しています。ときどき私も目を通すのですが、先月と今月で、その「チャージ」が1万円以上にもなっていることに気がついたのです。

遠出をしたわけでもないのに、なぜ?? 

PASMOを買い物に使っている? では何を買った?

小遣い帳をつけさせていて良かった、とは思ったのですが、本人に尋ねてもよくわからず、らちがあきません。ゲーム攻略本は読めるし、理解もできる。でも、こういう説明はできません。

私の想像は、誰かにそそのかされたか、だまされたか……?と、悪いほうにばかり膨らんでいきます。

私も最近は、私のアドレスを悪用して、様々な企業をかたる詐欺メールが舞い込まない日はありません。彼のスマホがそんなメールを受信して、彼が言われるままに動いてしまっているのでは……? 不安と猜疑心で胸がドキドキします。

 

駅の券売機で、彼のPASMOの利用履歴を調べて、駅員さんに尋ねてみました。

鉄道駅の「入」と「出」で、駅の改札を通っていることがわかる。その他に、「現金 ○○駅」という種別がチャージに当たること、「物販」とあるのがPASMOで買い物の支払いをしていることだ、と説明してもらいました。けれども、それ以上、どこで何を買ったかはわからないとのことでした。

 

もう一度、息子と向き合いました。まずは、リラックスさせます。詰問は絶対にNG。履歴の紙を見せて、

「ほら、ここ見て。16日に高津駅で5000円チャージしたのね」

「うん」

「それから、その日、チャージした後で5000円何か買ってるよね。何だろう」

「えーと、えーと……」と、いつもの口ぐせ。その後はたいてい、わかんない! と続くのですが、そうはならずに、一瞬ひらめいた表情を見せました。

「ニンテンドーショップ」

ああ、そうなの。ちょっとホッとしたのもつかの間、ショップの店員が何かした……? とまたもや疑心暗鬼に陥ります。

「何を買ったの。ゲームソフト?」

「ニコ動」

ニコニコ動画というYouTubeのサイトです。それって有料なの?

息子はニンテンドーの最新ゲーム機器であるSwitchを使ってYouTubeを見ていることは知っていましたが、有料会員になっていたとは知りませんでした。プレミアム会員になればすべて視聴できる、とかなんとか画面に誘導されるままにクリックしていったのでしょう。これまでにもゲームソフトなどは、ショップのプリペイドカードを買い、それを利用して買っていましたから、その感覚で会員料金も払ったのでしょう。

そこで、ニンテンドーのホームページで調べたところ、有料サイトの視聴料は、PASMOで支払いができることがわかりました。ショップの店員さんに教わったのかもしれません。疑ってごめんなさい。少しずつ彼のチャージの理由が見えてきて、猜疑心も少しずつ溶けていきました。

 

ニンテンドーのゲーム機器は、親も子もが安心して楽しめるよう、親を介して契約するシステムになっています。息子が初めてSwitchを購入したときは、保護者として、夫がアカウントを登録したり、制限を設けたりしたのでした。

ですからこれまでは息子が何か購入すると、夫にメールが届いていました。今回は、購入というより、年会費を支払ったので、メールが届かなかったのでしょうか。これはまだ謎です。

ゲームで遊ぶぶんには、特に心配はないだろうと安心して本人の好きにさせていたのに、いつの間にか、ゲーム機器はYouTubeと紐づけされ、年間5000円ほどの視聴料を取るようになっていました。

改めて、Switchのアカウントを調べると、そこに残金として1万円以上の額が入っているのを確認できました。彼はこのお金の流れがわかっていたように思えてきました。

 

それにしても、息子は親の心配をよそに、自分からデジタルの世界に入り込んで、ちゃんと楽しんでいるのです。現金支払いだろうと、キャッシュレスだろうと、彼にとってはハードルなどないのかもしれません。

いやはや、やっぱり彼は宇宙人。日本語は上手く操れなくても、人間関係は大の苦手でも、機械相手ならお手のもの、ということなのでしょうか。

 

これからのITからさらにDXへと進んでいく世の中を、果たして彼は生きていけるだろうか。今回は一件落着したけれど、この先どんな悪の手が障害者に伸びてくるかわからない……という心配が結びになるはずでした。

でもこうして書いてくると、それは高齢者である親の私たちの心配であり、ダイバーシティの将来を生きる彼には、案外付き合いやすい世界になっていくのかもしれませんね。

そう、彼は宇宙人ではなくて、未来人。

ちょっと気持ちが軽くなりました。




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