1200字のエッセイ:「私も見つけた!」2024年10月09日


この夏は、記録的な猛暑が続きました。このまま終わらないのではと思うほどだったのに、今日は一転、11月の気温だとか。

南フランスの旅シリーズをちょっとお休みして、この夏のエッセイをアップします。

 

私も見つけた!

 

それはエッセイ仲間のMさんの作品だった。

彼女は60代になって夫と義母を相次いで亡くし、仕事も手放す。自由の身になったとたんコロナ禍になり、家にこもりがちに。そんなおり、区の広報で「水中エクササイズ募集」の記事を見つけた。やったこともないし、プールだって何十年ぶり。迷いながらも申し込む。

レッスン初日、つま先から水に入って、少しずつ体を動かしていく。歩き、体を揺らし、蹴り上げたり飛び跳ねたりするうちに、自然と笑みがこぼれてきて、思いもよらない解放感に満たされたという。

そんなMさんの感動が強く印象に残った。

 

それから何日かして、近所の友人からフィットネスジムの無料体験チケットをもらった。ジムにはプールもある。Mさんのエッセイが頭をよぎった。私も試しに行ってみようか。

若い頃は水泳が好きだった。とはいえ、最後にプールに入ってから15年がたつ。まだ泳げるのだろうか。それより水着が着られるかな……。チケットの有効期限は1週間。迷っている暇はない。水着もタオルも全部無料レンタルだから、行くだけ行ってみよう。悩むのはそれからだ。

まずはウォーキングプールで歩いてみる。そうそう、この水の抵抗感。次にフリーのレーンで思い切って泳いでみる。クロール、ちゃんと手が上がっている。ちゃんと息継ぎもできる。平泳ぎだって体が覚えている。肩も腰も痛くない。15年前と変わらずに泳げているじゃないの、私……と、うれしくなった。

とりあえず3ヵ月間のプランに申し込む。その勢いで、6年間通い続けていたカーブスを即退会。われながら素早い決断だった。


次の日には、アクアビクスのレッスンに参加する。30分ノンストップの有酸素運動だ。インストラクターはプールサイドで音楽に合わせて、ダンスのステップや腕から指先まで動かし方を指導する。水中ではたっぷりと水圧の負荷がかかって、重い、重い。体がほてっているのが水中でもわかる。水しぶきに合わせて、はい! それ! と小さく声を出しながら、リズムに乗っていく。Mさん、私も同じ、すごく楽しい! 心の中で叫んでいた。

プールから上がると、ジム内のジャグジーのお風呂でくつろぎ、さっぱりとしたところで、車で帰宅。水に入った後のけだるい爽快感、これがたまらない。子どもの頃、海水浴で思い切り遊んだ帰り道の疲労感と似ている気がする。

そういえば若い頃はよく、私の前世は魚だったのよ、とうそぶいたものだ。


今年の暮れが押し詰まった頃に、私は70の大台に乗ってしまう。体のあちこちが痛くなり、落ち込む気分になったり、眠れなかったりする日も増えた。

でも、まだまだいける。動ける。大丈夫。

プールの底で失くし物を見つけたかのように、私も小さな希望を拾い上げた。





ダイアリーエッセイ:眠れない夜には2024年10月22日


眠れない夜には

  

古希まで秒読み段階となったこの数ヵ月、眠れない夜が増えた。いよいよそういうお年頃になったらしい。

若い頃にも、カフェインの取りすぎや興奮状態から寝付けないことはあった。そんな時、私なりの方法で眠りについた。頭の中をぐるぐる回る記憶や考えごとに、大きな白いシートを被せるのだ。おでこの内側が何も映っていない白いスクリーンとなるようにイメージする。ちょっとでも浮かんでくるものがあれば、えいやっとシートを被せ続ける。そうこうするうちに、からっぽの頭の中に靄が立ち込め、夢の始まりが感じられて、いつしか眠りに落ちていくという具合だ。

 

しかし、最近の不眠は、寝つきはいいのに、3時間ほどで目が覚めてしまうと、こんどは寝つけない。悩みの種が頭の中に現れて、どんどん大きくなっていく。あのクロゼットの中を片付けなくては……とか、次男はいつまで親のすねをかじるつもりだろう……とか、昼間にはない悲壮感や深刻さを帯びて、寝ている場合じゃないと思えてくるのだ。

そうなると、かつての入眠方法は、あまり役に立たない。2時間はもんもんと寝返りを打ち続ける。専門家の話では、そういう状態を続けると、ベッドに横たわっていても眠らないことに体が慣れてしまい、ますます眠気が遠のき、逆効果だとか。むしろ体を起こして本を読んだりして、ふたたび眠くなるのを待つほうがいいらしいのだ。とはいえ、もうちょっとで眠くなる、もうちょっとで寝つける、と思うと、もったいなくてベッドを離れる気にはなれない。

 

世の中は、不眠に悩む人々のなんと多いことか。新聞を広げれば、「睡眠の質を良くする」というサプリメントの広告がやたらと目に付く。いくつか試したけれど、あまり効果はない。そんな中、これはいけるかも、と買ってみたのは、CP2305ガセリ菌という乳酸菌を含むもので、精神的ストレスを軽くして睡眠の質を高めてくれるそうだ。乳酸菌なら安心だ。1ヵ月ほど試したところ、たしかに夜中に目が覚めても悩み始める前にふたたび眠りに落ちることができている。半年ほど続けてみようと、定期購入に切り替えた。

 

ところが、その夜だけはサプリ効果が消え失せていた。猛暑のなか、連日の外出で疲れがたまっていたので、いつもより早く10時半ごろ寝たら、夜中にぱっちりと目が覚めた。まだ2時過ぎだ。自己流の入眠法も役に立たず、白いシートの隙間から、いくらでも言葉が出てくる。寝るまで直木賞受賞作『ともぐい』を読んでいたことも悪かったのだろう。猟師の物語ゆえ血の滴るシーンがある一方で哲学的な問いかけもあり、脳みそが覚醒するのも無理はなかった。4時ごろまでは寝返りを打っていただろうか。

ついに朝がきてスマホのアラームが遠慮がちに鳴った。全然寝たりないと感じつつも起きないわけにはいかない。午前中の予定をなんとか済ませてパソコンに向かう。

そして、眠れない夜に湧き出てきた言葉をつなげて、エッセイを1編したためることができた。出来はともかく、これでよしとしよう。文字どおり、転んでもただでは起きないのである。




 


copyright © 2011-2021 hitomi kawasaki