ダイアリーエッセイ:眠れない夜には ― 2024年10月22日
眠れない夜には
古希まで秒読み段階となったこの数ヵ月、眠れない夜が増えた。いよいよそういうお年頃になったらしい。
若い頃にも、カフェインの取りすぎや興奮状態から寝付けないことはあった。そんな時、私なりの方法で眠りについた。頭の中をぐるぐる回る記憶や考えごとに、大きな白いシートを被せるのだ。おでこの内側が何も映っていない白いスクリーンとなるようにイメージする。ちょっとでも浮かんでくるものがあれば、えいやっとシートを被せ続ける。そうこうするうちに、からっぽの頭の中に靄が立ち込め、夢の始まりが感じられて、いつしか眠りに落ちていくという具合だ。
しかし、最近の不眠は、寝つきはいいのに、3時間ほどで目が覚めてしまうと、こんどは寝つけない。悩みの種が頭の中に現れて、どんどん大きくなっていく。あのクロゼットの中を片付けなくては……とか、次男はいつまで親のすねをかじるつもりだろう……とか、昼間にはない悲壮感や深刻さを帯びて、寝ている場合じゃないと思えてくるのだ。
そうなると、かつての入眠方法は、あまり役に立たない。2時間はもんもんと寝返りを打ち続ける。専門家の話では、そういう状態を続けると、ベッドに横たわっていても眠らないことに体が慣れてしまい、ますます眠気が遠のき、逆効果だとか。むしろ体を起こして本を読んだりして、ふたたび眠くなるのを待つほうがいいらしいのだ。とはいえ、もうちょっとで眠くなる、もうちょっとで寝つける、と思うと、もったいなくてベッドを離れる気にはなれない。
世の中は、不眠に悩む人々のなんと多いことか。新聞を広げれば、「睡眠の質を良くする」というサプリメントの広告がやたらと目に付く。いくつか試したけれど、あまり効果はない。そんな中、これはいけるかも、と買ってみたのは、CP2305ガセリ菌という乳酸菌を含むもので、精神的ストレスを軽くして睡眠の質を高めてくれるそうだ。乳酸菌なら安心だ。1ヵ月ほど試したところ、たしかに夜中に目が覚めても悩み始める前にふたたび眠りに落ちることができている。半年ほど続けてみようと、定期購入に切り替えた。
ところが、その夜だけはサプリ効果が消え失せていた。猛暑のなか、連日の外出で疲れがたまっていたので、いつもより早く10時半ごろ寝たら、夜中にぱっちりと目が覚めた。まだ2時過ぎだ。自己流の入眠法も役に立たず、白いシートの隙間から、いくらでも言葉が出てくる。寝るまで直木賞受賞作『ともぐい』を読んでいたことも悪かったのだろう。猟師の物語ゆえ血の滴るシーンがある一方で哲学的な問いかけもあり、脳みそが覚醒するのも無理はなかった。4時ごろまでは寝返りを打っていただろうか。
ついに朝がきてスマホのアラームが遠慮がちに鳴った。全然寝たりないと感じつつも起きないわけにはいかない。午前中の予定をなんとか済ませてパソコンに向かう。
そして、眠れない夜に湧き出てきた言葉をつなげて、エッセイを1編したためることができた。出来はともかく、これでよしとしよう。文字どおり、転んでもただでは起きないのである。
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