白内障手術後1ヵ月~これから手術を考えている方へ~2026年04月29日

 

両目の手術を終えてから4週間がたちました。

今回は、いわば反省項目を書きます。

これから手術を受ける方に、少しでも参考になれば、と思います。

 

■入院

私が診察を受けた病院は、自宅から電車で15分ほどの駅。便利ではあるけれど、当日眼帯をして片目で帰宅し、翌朝もまた同じ状態で受診に出かけていくことを考えたら、安心の1泊入院を希望しました。

ちなみに、義母が受けた病院の眼科では、通常3泊の入院です。

昨今は、近所のクリニックで日帰り手術が当たり前のようですが、万一のことを考えると、入院は安心、安全ではあります。もちろん事情が許せば、ですが。

 

■術後の目薬

23種類の感染予防のための目薬を、14回点眼します。しかもそれぞれ5分の間隔をあけて。これはけっこう面倒です。

朝昼晩の食事の前後と、就寝前。さいわい規則的な生活を送っているので、それに合わせて毎日スマホのアラームを鳴らし、点眼すると5分のタイマーをかけ、その時刻を手作りのカレンダーに記録。ほぼ完ぺきに点眼してきました。

そして、おととい4週間後の診察の時に、医師からは目薬終了宣言が出ました。スマホのアラームは解除。残ったのは朝起きる時刻だけ。

「けっこう面倒」などと言いながら、まじめに取り組んだ私は、終了がちょっと寂しくもあり……。



■禁忌事項

いとも簡単といわれる手術に、こんなにやってはいけないことが多いとは。甘く見ていました。

まず、手術当日は、大きな絆創膏を眼帯の上から貼られて、洗顔もシャンプーも入浴もできません。ま、一日ぐらいは我慢しましょう。

しかし、化粧も洗顔もシャンプーも、1週間禁止です。しかも、顔の片面だけ解禁というわけにもいかないので、結局2週間は禁止が続くことになる。

シャンプーは、ドライシャンプーを買ってきて地肌にスプレーして、なんとか爽やかさを保ちました。真夏だったら、こうはいかないでしょう。

洗顔のかわりには、硬く絞ったガーゼなどで顔を拭きました。

 

むしろ、一番こたえたのは、ノーメイク問題。普段は身だしなみとしてのメイクが欠かせないのに、マスクをしても隠せるのは下半分。伊達メガネも持っていない。以前に使っていたサングラスは遠近両用の度付き。視力が上がった眼には合わない。

この現実にはすっかり落ち込んで、スーパーの買い物ぐらいなら何とか行けても、いくつかの集まりは欠席せざるをえませんでした。

家にいても、鏡を見ると、70代の老婆がいる。これが私。シミもしわもはっきりくっきり見えてしまう。せっかくよく目が見えるようになったのに、このQOLの低下は何なの。日にちがたつのを指折り数えるしかありませんでした。

手術の日程については、よくよく考えるべきでした。

 

■メガネ

私がおススメしたいのは、老眼が進んで役に立たなくなった、以前に使っていたメガネを、白内障の手術が終わるまで残しておくことです。

 

ちなみに、私の手術では、遠くに焦点を合わせた単焦点レンズを入れました。

かつては2.0まで視力があった遠視気味の私には、術後も遠くがよく見えるようにして、手元はメガネで調整するというのが最善の方法だ、と主治医に言われたのです。

手術が終わってみると、二重に見えていた視界は消え、室内から窓の外の景色まではっきりと見えます。家事も、ドライブも、メガネは不要! 新聞やスマホなどの細かい文字を読む時と、字を書く時だけはメガネが必要です。

ちょうど、40代半ばで老眼が始まり、初めてメガネを作った頃の見え方に戻った感じです。

つまりこれからは、メガネのレンズの上半分は度なし、下半分には老眼を補う軽い度付きのメガネが必要なのですが、メガネを作るのは、術後1ヵ月ぐらいして視力が安定した頃がいいのだそうです。

今持っているのは、60代以降に作った比較的新しいメガネで、遠くも近くも補うための遠近両用ばかり。もう、それらのメガネでは遠くがぼやけて使えません。手元近くの細かい文字を読むのならなんとか使えそうです。

術後2週間ほどたったある日、しかたなく、その中でもゆるめのメガネを使って、電車の中で本を読んでいた時のこと。下車駅であわてて降りようと、メガネをかけたまま立ち上がってしまい、視界が揺らいで足元がふらついたのでした。

そんなこともあって、40代半ばの頃のメガネが手元にあれば、少しは役に立ったのにと、処分してしまったことが悔まれるのです。

 

とにかく、視力が安定するのを待たずに、一刻も早く、使えるメガネ作ろうと決心してメガネ屋さんへ。いつものように、ていねいな検眼。それから、遠くと近くの見える部分を、レンズ面のどのくらいの割合にするかもよくよく検討して、慎重にあつらえたつもりでした。

ところが、1週間後に出来上がったメガネは、どうも今一つ。手元はちょうどよく見えるけれど、近くから遠くにかけての中間は、うまくピントが合わず、不自然な見え方です。

40代半ばの頃の目と、術後の今の目と、見るための動きが少し違うのかもしれない……というのが、医師の忠告を無視した私の自己診断(自己弁護?)です。

 

■脳の問題

〈見る〉という機能は、文字どおり目先のことではなく、脳が支配しているわけで、これからは脳にも新たな働き方をしてもらわなくてはならない。

残念ながら、瞳のレンズのように、古くなったからといって脳みその入れ替えはできません。

だからこそ、がんばれ、私の脳みそ!

 





続・白内障手術を終えて2026年04月01日


先週の23日に左目の手術、そして1週間後のおととい、右目も無事に終えました。今回の手術直後のテーピングは容赦なく、右目の周囲を覆いつくし、口の真横まで。たださえ片目の食事はままならないのに、口を開けるのも難しく、やっとの思いでした。

そんな時、テレビも見にくいので、イヤホンでポッドキャストを聴くことにしました。

たまたま、以前チェックした番組が、画面にありました。このブログでも著書を紹介した石井健介さんと、ジェーン・スーさんとの対談です。

聴いているうちに、またまた目からうろこの落ちる心境になりました。たかが一昼夜の片目状態、たかが1週間の不便に対して、不平ばかり言い募っている自分を恥じました。彼はそれを、新しく誰かとつながるための便利な道具のようにとらえている。頭が下がります。

 

👁右目の手術で

 

手術中のドクターは、私に言葉をかけるだけでなく、後輩のドクターがその場にいるので、指導のため、そちらとも話をしています。

「クリスマスツリー○○があって……」

たしかにそう聞こえました。

クリスマスツリー?? 何のこと……? 

私の聞き違いだと、また笑われてしまうから、退院してから検索して調べてみようと思いました。

確信を持てたので、今日の診察で、思い切って尋ねました。

「先生、手術中にクリスマスツリーなんとか、っておっしゃいましたよね」

「ああ、クリスマスツリー白内障ね。ツリーみたいにきらきら光って見えるの。僕は好きなんだよ」

顕微鏡で見ると、さまざまな色と形で輝いていて、まさにクリスマスツリーのようだとか。よくこんなものがあって見にくくならないと思うほどだけれど、残念ながら本人には何も見えない。100人に1人あるかないかという珍しいものらしい。ああ、やっぱり。ネットの情報どおりでした。

ひとみの瞳の中にクリスマスツリーがあったなんて、ステキすぎる!

「でも、もうないけどね」と、ドクターは笑います。そう、超音波で砕かれて吸い出されてしまって、そこに新しい人工レンズが入ったというわけです。

代わりに授かった瞳で、今年のクリスマスツリーは、くっきりキラキラと美しく見えることでしょう。

 

私は子どもの頃からキラキラ光るものが大好きでした。ダイヤやサファイヤの付いた(もちろんおもちゃの)ブローチやネックレスをたくさん集めていたっけ。

その趣味は今でも変わりません。クリスタルのアクセサリー、スパンコールやラメ入りの服など、好んで着ています。加齢でみすぼらしくなった部分をキラキラで補いたいから、と自分では思っていたけれど、じつは目の中のキラキラを感じていたからかも。それとも、あまりキラキラを見すぎて、瞳の中にその映像がたまってしまったのかな……などと想い巡らしてみるだけでも楽しい。

 

さらに言えること。私の「ひとみ」という名前は、正真正銘のキラキラネームだったのですね。

 

▲本日午前中、1週間前と同じ大学のキャンパスで、桜を見てきました。降りだしそうな空の下、風に吹かれて花びらがたくさん舞っていました。


白内障手術を終えて2026年03月31日


先週の23日(月)に左目の手術、そして1週間後の昨日、右目を終えました。やっと、まともに文字が書けるようになりました。

この1週間は、左目だけよくなっても、右目をつぶっているわけにもいかないし、右目にはメガネが必要なわけで、本当に不便でした。ようやく新しい「ひとみの瞳」が二つとも揃いました。

まだ、本調子ではないけれど、さっそく読んだり書いたりしています。

「どんどん目を使ってもいいですか」とドクターに聞くと、

「どうぞ。減るもんじゃないし、どんどん使って」とのお答えでしたから。

 

👁最初の手術

手術着に着替えて、手術室に向かいます。

手術は過去3回ほど経験があるのですが、今回は局所麻酔なので緊張します。怖いです。

室内にはドクターや看護師さんたち、青い手術着と手袋をして待ち構えていました。リラックス効果でしょうか、軽快なポップスが流れています。

 

手術台に横たわると、周りから手が伸びてきて、左目だけを残して、べたべたとテープが貼られて、シートがかぶせられました。

目の周りには円い枠が固定されて、目を閉じることができない。そこに液体がかけられ、視界がぼやける。光るシートのような天井と、青い光が三つ。まるで、手塚治虫のヒョウタンツギのように見えて、ちょっと気がまぎれます。

「動かないで、光をじっと見てて」とドクター。指示のとおりにヒョウタンツギを見つめていると、

「そうそう、上手だよ。みんなそんなふうに上手にしてくれるといいんだけどね」

とほめてくれるので、思わず、

「私、ひとみという名前ですから……」と呟く。

「あ、そうか。うまいこと言うね」とドクターは笑い、「患者さんの緊張をほぐすためにおかしなこと言うけど、自分が笑わせられたのは初めてだ。一本とられたなー」。

手術台の上のやり取りで、私もちょっとだけ緊張が解けました。

 

最後に、「終わったよ」と、べりべりと顔のテープをはがします。

「いたたたた!」

「これが手術で一番痛いんだよ」

開始から7分、手際のよい、あっという間の手術でした。

 

聞くところによると、この日の午後、ドクターは12人の白内障手術をほぼ時間どおりにこなしました。ちなみに私は9番目だったとか。

いやはや、お疲れさまでございました。



▲手術の翌日、退院した帰り、近くの大学のキャンパスで桜を見てきました。瞳孔を開く目薬がまだ効いており、眩しくて眩しくて、新しい目はついつい閉じていました。

 


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