秋のエッセイ №2 「ハロウィーンの夜に」 ― 2011年10月11日
ハロウィーンの夜に
今年も風が冷たくなって、店先に黒とオレンジ色の飾りが目につくようになった。この時期になると、忘れられない思い出がよみがえる。
ハロウィーンという言葉さえ日本では知られていなかった30年前の話である。
大学卒業後、英語の勉強を名目に、新学期の始まる9月半ば、ロンドンへ飛んだ。一度旅行をしたこともあるし、英語学校もホストファミリーも日本から決めてきた。万全のはずだった。が、予期せぬ事態発生。着いて2日目、強烈なホームシックにかかってしまったのである。
ホストファミリーは部屋の家具も食事も予想以上に質素だった。お客さんじゃないのだからとわかってはいても、涙が止まらなくなった。腫れあがったまぶたを隠すようにして街に出れば、ゴミが舞う商店街、臭気のする地下鉄……。何を望み、何に憧れてここにやってきたのか、わからなくなっていた。
その日の夕方、私と同じ学校に通うという女性が、スイスから到着した。
「マリスです、よろしくね」
身を屈めるように手を差し出してきた。すらりと背が高く、くりくりした目と金髪のウェーブ。私よりひとつ年下だけれど、英語ははるかに上手だ。私のつたない言葉をよく理解して、おしゃべりをつないでくれるのだった。
私は午後のクラスに通い始めた。生徒数50名ほどの学校は、郊外の閑静な住宅街の中にあり、片道30分の徒歩通学だ。
学校に着くとまず、半地下にある食堂へ。そこで午前の授業を終えたマリスと落ち合う。社交的な彼女の周りには、たくさんの仲間がいた。ヨーロッパ各国の生徒たちである。
10月になると、食堂の入口に顔をくりぬいたランタンが置かれた。そういえば、子どものころ教会学校でもらってくる外国の冊子に、お化けと子どもたちの漫画が載っていた。そこで見たランタンと同じだ。私は今、あの漫画の子どもたちと同じ世界にいるのだ……。
ハロウィーン。11月1日はカトリックの聖人たちの祝日で、その前夜は邪悪なる者たちがお祭りをするのである。英語学校でもその夜は仮装パーティーが開かれるという。
でも、最小限の服しか持ってきていないし……とあきらめていたら、「大丈夫、私に任せて」と、ホストファミリーの奥さんが、近所を駆け回って衣装をそろえてくれた。
マリスにはグリーンのジャンパースカートに白いブラウス。私には同じ色のブレザーにネクタイ。この地域の小学生の制服だそうだ。ふたりとも、赤い頬紅をまるくさし、目の下には大きなそばかすをたくさん描きこむ。マリスはリボンで髪を束ね、私は男の子っぽくキャップを斜にかぶった。こうして出来上がったノッポとチビの小学生カップルは、ペロペロキャンディを片手になかよく手をつないで、夕暮れのなか、学校へと向かった。
いつもの通学路に、白いチュチュを着た無精ひげのバレリーナが通る。笑い転げていると、血を滴らせたドラキュラがマントをひるがえして追いかけてくる。悲鳴をあげて逃げると本当に怖くて、ドキドキしながら大笑い!
パーティー会場の食堂も、今宵はかぼちゃのランタンに火がともり、薄暗いディスコになっていて、ダンスパーティーが始まる。先生も生徒も、狭いフロアでダンスに興じる。
やがて魔法使いのおばあさんが登場して……。じつは校長先生、男の子と女の子ひとりずつに仮装大賞を贈ります、と発表した。
「女の子の賞は、キュートな宇宙人に……」
銀色のぴったりしたコスチューム、揺れる2本の触角をつけたドイツ人の女の子だった。
「次に、男の子のベストワンは、日本から来た小さくてかわいらしい小学生に!」
私のことだった。なんと、男の子の賞をもらってしまったのである。
その夜、私の頬には祝福のキスの雨が降り注いだ。描きこんだそばかすはかき消され、ホームシックも嘘のように消え去っていた。
コメント
_ 村上 好 ― 2014/11/05 03:45
_ hitomi ― 2014/11/06 10:59
おわかりいただけましたでしょうか。それはうれしいです。
毎年この時期になると、鮮やかにあのロンドンの秋のことを思い出します。
かけがえのない思い出です。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://hitomis-essay.asablo.jp/blog/2011/10/11/6147050/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
イギリスの英語学校留学、ハロウィーン。いずれも私にはまったく未知の世界。正確でわかりやすい文章で様子がわかりました。
ホームシックが消えてよかったですね。
村上 好