旅のエッセイ:「ランスを訪ねて 前編」& ランスのフォトアルバム ― 2025年10月31日
ランスを訪ねて 前編
画家の藤田嗣治は、古き良き時代のパリで活躍した。第二次世界大戦を経て、晩年にはフランスに帰化して永住。さらにカトリックの洗礼を受ける。
彼の名前を知ったのは、私が子どもの頃だ。白髪頭に大きな鼻と口、ロイド眼鏡の奥の鋭い眼光が、私の父によく似ていた。さらに父は絵が好きだったこともあって、私は藤田になんとなく親近感を抱いてきた。
藤田は最晩年、自らの集大成として、設計から壁画まで手がけた小さなチャペルを造った。今はその場所に眠っている。それがフランス北東部のランスという古い町だった。
コロナ禍が明けたら、いつかランスを訪ねてみたい。ずっとそう願っていたら、今年の夏、チャンスが訪れた。パリから日帰りでランスへ行こう。TGV(フランスの新幹線)なら片道1時間で行ける。とはいえ、初めてのTGVだし、1人旅だし、駅の周辺は危ないという情報ばかり気になるし、心配は募る。
ネットで調べているうちに、「ロコタビ」という旅行者に対するサービスを提供する会社を見つけた。海外に住む日本人が登録し、通訳、運転、案内などなど自分にできることを提示して、有料で提供するものだ。旅行者がその中から自分に合うサービスや人物を選び出し、そのサイトを通して交渉し、料金を支払う。サービス提供者はロコさんと呼ばれる。
最初は駅から同行してもらうつもりだった。しかし、ロコさんの分の移動費も食費もこちらが負担しなくてはならず、なんだかばかばかしい気がした。「ひとみさん」という名の女性にご縁を感じたのだが、日程の折り合いがつかず、やめた。
TGVは諦めて、専用車でパリのホテルからランスまで連れて行ってもらうサービスを利用することにした。ドライバー兼ガイドのロコさんは、サトカさんという日本人。私と同年代で経験豊富な人のようだ。メールのやり取りをして、こちらの希望を伝えておいた。
一番の目的は、フジタ礼拝堂と、彼が洗礼を受けたランスの大聖堂。そして、ランスといえはシャンパーニュ地方の中心地なので、有名なワイナリーも覗いてみたい……。
6月25日、朝8時。さとかさんはホテルのロビーで待っていた。私と同じぐらい小柄で、年齢不詳に見える。大きなワンボックスカーの運転も、どこかおっとりしている。彼女は東北出身で、ご主人は日本通のフランス人だという。

私の希望をよく理解したうえで、彼女がアドバイスをくれた。有名な大手のワイナリーでは、高い見学料を払っても、フランス語の説明だけだったり、試飲できるのはほんのグラス一杯だけだったりするそうだ。
「それよりも、私が懇意にしているワイン農家にご案内させていただくのはいかがでしょうか。家族ぐるみでワイナリーを経営していて、毎年のように優秀賞を受賞しているのです。間違いなくおいしいシャンパンが試飲できますよ、もちろんすべて無料で」
この地に詳しいサトカさんにお任せするのが一番だと思い、連れて行ってもらった。
聞いていたとおり、シャンパーニュ地方は本当に心が洗われるような地域だった。白い雲が浮かぶ空と、なだらかな丘には緑色のワイン畑が広がっている。畑の脇に咲く赤いバラは、良質なブドウが実る土壌の証だそうだ。ときどき「シャンパーニュ」と書かれたブドウの絵のおしゃれな看板に出合うけれど、道路には車も人影も少ない。






そんな一角にある広い敷地のワイン農家シャルパンティエ家の中庭に到着。四十代ぐらいの女性が現れて、大きな倉庫に案内してくれた。中は寒いほどで、たくさんの装置や機械が並んでいる。ここでシャンパンが作られるのだ。彼女はこの家のお嫁さん。フランス語でひとつひとつ丁寧に工程を説明し、それをサトカさんが通訳してくれる。私1人のために。
解説を聞いた後は、明るい部屋に通され、お待ちかねのシャンパンの試飲タイムだ。辛口のブリュット、甘口のセック、ドゥミセック、アッサンプラージュ……などの言葉も教わって、いっぱしのシャンパン通になった気分を味わう。どれもこれもおいしく、至福のひとときだった。



その後、ランスのノートルダム大聖堂を訪ねた。パリの大聖堂をまねて作られたというが、パリより一回りも大きく圧巻だった。思いがけずシャガールのステンドグラスがあって感激する。堂々として美しかった。


昼食は、セレブなレストランのテラス席。雄大なブドウ畑が見渡せる。その名もベルヴュー(美しい眺め)というレストラン。料理はおいしかったはずだが、とにかく快晴の空の下、テラスのパラソルも役に立たないぐらい暑くて、アスパラガスの前菜も、魚料理の濃厚なソースも、その味をよく覚えていない。サトカさんは遠慮してか、お豆のポタージュしか注文しなかった。
このレストランがあるのは、国王やナポレオンも滞在したという由緒あるホテルだったが、7年前にリニューアルされて、ラグジュアリーホテルに生まれ変わったとか。一流のシェフの手による料理だったのに、とても残念。




街中には、ポメリー、ヴーヴ・クリコなど、有名なシャンパンの会社が建ち並び、お城のような建物が目を引く。


▲ポメリー社の門を抜けると、子どもの遊園地のような公園や、おとぎの国の建物が見えてくる。ワインの瓶で作った大きなタワー、その後方、背丈よりも高いビーター(料理用の撹拌機)、巨大じょうろなど、大人でも楽しい。浜松のスイーツバンクを思い出した。
夕方、最後に向かったのが、G.H.マム社。以前から藤田と親交があったそうで、その敷地内に、フジタ礼拝堂はあった。
▼G.H.マムの中庭。


(後編に続く)