エッセイ「義父の遺した宿題」2012年06月19日

 

   義父の遺した宿題  


 1年前の6月、義父は93歳で亡くなった。
 家族を何よりも大切にした義父は、最期のお別れの日も、家族のために日曜日を選んだに違いない。遠く秋田から自分の娘が上京するのを待って、危篤に陥った。

 朝早く、知らせを受けて夫と病院に駆けつける。
 苦しげな浅い息の下でも意識があった。しばらくその場で言葉をかけ続けていたが、余裕がありそうなので、いったん家に戻り、次男を連れてくることにした。
 ふたたび病院に向かう途中の電話では、「安定しているから大丈夫」と言われたのに、その直後に容体が急変したらしい。
 20分後、病室に近づくと義姉たちの叫ぶ声が聞こえてきた。
「お父さん、がんばって!」
 駆け込むと、モニターの心電図はほぼ直線になりかけていた。
「お父さん、ヒロ君が来ましたよ!」
 次男が義父の顔の上で「おはよー」と言うと、モニターの直線にふたたび山が生まれた。義父は小さく目を開き、「あー」と声を上げたのである。
 最年少の孫の到着を待って、息を吹き返したのだ。次の瞬間、閉ざされたまぶたからポロリと涙がこぼれた。それが最期だった。

 その夜、遅い夕飯を食べながら、無口な次男がぽつりと呟いた。
「おじいちゃんはあの時、いったい何を考えてたんだろう……」
 いい人生だった、ありがとう、かな……。
 一生の思い出が巡ってくる、っていうわね。
 ……などと、私の口からいくらでも言うことはできる。
 でも、私はあえて黙った。
 そして、ちょっと考えてから、返事をした。
「その答えは、これから生きていくなかで、あなた自身が見つけるのね」






copyright © 2011-2021 hitomi kawasaki