2000字エッセイ:「一等賞を読もう」2015年11月29日

 

一等賞を読もう

 

油絵を習っているという友人に聞いた話だ。彼女の絵の先生は、

「本物を見なさい。展覧会に行ったら、一等賞の絵だけ見ればよい」とのたまうのだそうだ。

絵に限らず、文章も同じではないか。優れた文章を読みたい、できれば面白いものを、といつも思っている。そこで、はたとひらめいた。一等賞の文章を読もう。そうだ、直木賞受賞作がいい。大衆文学の一等賞だ。エッセイを追求する私には、古典文学や芥川賞のような純文学ではなく、わかりやすくて現代的な文体のほうが向いている。できれば最近の作品から読みたい。

そこで、柄にもなく目標を打ち立てた。

《西暦2000年から現在までの直木賞受賞作を読破する》

というノルマを自分に課したのである。

 この賞は、毎年7月と1月、その半年間に発表された小説の中から1作ないし2作品に与えられる。該当なしのこともある。一覧表をざっと数えると、金城一紀著『GO』に始まって、40冊足らず。すでに半分ぐらいは読んでいるから、すぐに読み終わるだろう、と高をくくったのは3年ほど前のことだった。

私は一字一句もらさず読みたい性分で、読むスピードは遅い。目が悪くなってますます時間がかかる。ベッドでの至福の読書タイムは睡魔に負けてばかり。外出どきに持ち歩くには勇気がいるほど分厚い本もある。そうやすやすとは読み進めない。ときにはノルマ以外の本も読む。気がつくと、あっという間に半年がたち、新しい受賞作が増えている。

これまで私の読書傾向といえば、同年代の女性作家の作品、舞台は現代、硬い話ではなく恋愛がテーマで……といった具合。共感しやすいからだ。もちろんそれ以外でも、評判になり面白そうだと思えば、読んでみる。

つまり裏を返せば、ノルマの作品群には、この15年間、私の興味から外れていた受賞作がずらっと並んでいるわけだ。男性作家の時代小説、ヤクザの話まである。とにかく目標達成を目指して、安価な文庫本や電子本を事務的に購入してはページを繰った。

直木賞作品は、たしかに面白い。そして、ずしりとくる読後感がある。そこには、かならずと言っていいほど、人生が浮き彫りにされている。人の命の意味が問いかけられている。それこそが推理小説やSF小説などとは一線を画す一等賞の価値ではないか、と思える。

 文字どおり『生きる』というタイトルの小説がある。著者である乙川優三郎という名も知らなかった。切腹が武士の最高の美学という世の中で、あえて生き抜く道を選んだ侍の物語。現代のサラリーマン社会とダブって見えて、武士たちの苦悩が興味深かった。

 逆に、葉室麟著『蜩ノ記』では、主人公は切腹を心に決めたまま、穏やかに生きて静かに果てる。これほど美しい武士を描いた小説があったとは……。切ないほどの凛々しさに感動して泣いた。受賞は当然と思えた。

 これまでの読書の食わず嫌いを悔いた。そして、我ながらなんとすばらしい目標を思いついたことか。自画自賛しながら、次々と読んでいく。これまで背中を向けてきた小説が、私を揺さぶるように魅了する。

例えば、熊谷達也著『邂逅の森』。マタギと呼ばれる熊猟師の話である。以前、男性から薦められたが、食指が動かなかった。私がマタギという言葉を知ったのは、子どものころ兄が読んでいた少年雑誌の漫画だった。毛皮をまとって、黒い鉄砲を持った狩人。相手は何倍もありそうな巨大な熊。血なまぐさい狩猟……。しかし、本を読み進むにつれ、ぐいぐいと引き込まれた。マタギたちの自然を崇拝する敬虔な生き方も、人間らしい率直な生と性への欲求も、じつにいとおしい。熊との命を賭けた戦いは、神と人とが触れ合った瞬間のように感じられ、圧倒された。いい本を読んだと思った。直木賞読破を思い立たなければ、この本との邂逅は永遠になかったのだ。

例えば、船戸与一著『虹の谷の五月』。舞台はフィリピンのセブ島。主人公は日本人とのハーフの少年。ゲリラ戦士も登場する物語で、残虐な殺害の場面も少なくなかったが、未知の世界へ、正義感あふれる少年の独白に誘われるように読んでいった。いつの時代にも、どこの世界でも、人は生きる。そう思えたとき、読書のだいご味を感じるのである。

それにしても、男性作家の作品はなぜにこうも暴力や殺人のシーンが多いのだろう。死によって生を表すといえばそれまでだ。しかし、攻撃や戦いへの執着は男性の特質なのだろうか。だとすれば、女性作家には、愛と平和を訴える作品をもっと書いてほしいと願わずにはいられない。

最後は、西加奈子著『サラバ!』の上下巻の大作を読了し、ついに目標達成。この本の感動がひとしおだったのは言うまでもない。

さて次は、何の一等賞を読んでみようか。



こちらはリアル本。今手元に残っているのはこれぐらい。いずれ処分するつもりですが。

 

iPadminiのライブラリの一部。電子本で読んだ直木賞受賞作以外のものも並んでいます。






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