ロンドン旅のフォトエッセイ ① 地下鉄に乗って ― 2026年07月03日

帰国してようやく半月がたちました。
ロンドンの旅も、毎度おとくいの欲張りハードな旅でした。その疲労からなかなか抜け出せないまま、夜中のワールドカップ応援という時差ボケの「延長戦」が加わってしまいました。
でも、日本代表の戦いぶりから、元気が湧いてきました。ブログに向かわなくては、とやる気も出ました。
まずは初日のエピソードから。
ホテルは、地下鉄グロースター・ロード駅から徒歩2分。地下鉄の3つの路線が通っていて、ここから3駅目には大きなビクトリア駅もあって、旅行者にはとても便利。ビクトリア駅は日本でいえば新宿駅のような感じで、たくさんの長距離電車の発着駅でもあり、長距離バスなどのターミナルもあるのです。
出発前に、いろいろと娘に相談しました。
「ヒースロー空港からホテルまで、大きなスーツケースを転がしていくのは大変だから、タクシーで行こうかな」
「タクシーは高いからやめときなさい」
その娘によれば、ロンドンの地下鉄のサイトで、グロースター・ロード駅を調べたら、「バリアフリーではない」とは書いてないから大丈夫、とのこと。「空港からピカデリー線一本で行けるから、それが便利よ」と言います。
50年近く前、私は数ヵ月だけロンドンで暮らしたことがあります。その頃のロンドンが頭を過り、50年程度でそれほど便利な駅になっているとは思えない……。半信半疑でしたが、娘のアドバイスに従うことにしました。
大丈夫、と確信がありました。

始発のヒースロー・ターミナル5駅からピカデリー線に乗ります。さすがに、空港の駅は大きなリフト(エレベーターのことをイギリスではこう呼びます)があって、ホームに立ちました。
乗り込んだ電車は昔ながらの小さな列車。それはそうでしょう、日本がまだ江戸時代だったころに、ロンドンに生まれた世界初の地下鉄です。最小限に掘ればすむようにと、土を円形にくり抜いて作ったから、まるで細長いチューブの形。駅の構内もチューブ状なら、電車もまるい。正式にはunderground(アンダーグラウンド)という名前だけれど、tube(チューブ)という愛称で親しまれているのです。
乗り込むと、同じようにスーツケースを携えた乗客が多い。シートに腰かけても、向かいの人の膝が触れそう。天井も低く、こぢんまりとかわいらしい列車です。
地下鉄ですが、地上を走る区間も多く、昔ながらの長屋づくりの建物が続きます。私は懐かしい思いで見ていましたが、初めて見る夫は、面白そうに見ています。
そう言えば、私もこのロンドンの住宅街を初めて見た時には、「メリー・ポピンズの世界だわ!」と胸躍ったものでした。
40分ほどで、グロースター・ロード駅に到着。
案の定、バリアフリーだと聞いていたのに、エレベーターを降りると、さらに10段以上の階段がありました。
まず、夫が自分のスーツケースを持って上がっていきました。夫が戻ってくるのを下で待っていると、すぐに男性が近づいてきて、私の荷物を持とうとする。見れば、夫より年配らしき背中の丸くなったご老人です。
「夫がすぐに下りてきますから」と指さして丁重にお断りしました。
すると、また別の男性も声をかけてくれる。そこへ夫が降りてきたので、私のスーツケースはふたりの男性が仲良く運ぶ形になったのでした。
夫は、「みんな親切だねえ」と感慨深く驚いていたけれど、私は驚きませんでした。やっぱり、と思ったのです。きっと大丈夫、と思っていたのです。
50年前、ロンドンからパリへ、ひとりで旅行をしたことがありました。ホームステイ先のお宅で、四角くて重くて古めかしいトランクを借りて行きましたが、困ったことは一度もなかった。階段の前で立ち止まると、すぐに誰かが声をかけて、当たり前のように運んでくれました。
イギリスの人びとは昔と変わっていない。そのことが何よりうれしく思えたのでした。
▼グロースター・ロード駅を出ると、駅舎は100年以上の古さを感じます。



▼大通りの向こうは高級住宅街のマンションが立ち並んでいます。
ロンドンは快晴の空が迎えてくれました。この時はまだ午後6時前でしたが、日の入りは午後9時を過ぎます。



ロンドン旅のフォトエッセイ ② さっそくパブへ ― 2026年07月08日

イギリスといったら、何はさておき、パブでビールでしょう。
着いた日の夕方6時ごろ、長旅の疲れをいやすべく、ホテル近くのパブに行きました。
お店の外にはきれいに花鉢が飾ってあり、歩道には白い椅子とテーブル。窓ガラスの模様も美しい。懐かしい雰囲気のおしゃれなパブ、The Stanhope Arms(スタンホープ・アームズ)です。
中に入ると、所狭しと並んだ椅子やテーブル、お客さんでいっぱいで、空席には予約のプレート。カウンターの隅っこにでも腰かけようか……と思っていると、そばのテーブルで食事をしていた男性が、声をかけてくれました。
「もうすぐ家族が迎えに来て、僕は出かけるから、この席、どうぞ!」
なんとやさしいこと。夫の白髪が功を奏したのかも。

まずは、カウンターへ行き、サーバーからついでもらうのは、私はラガー、夫は黒ビールのギネス。
さすがにすっきりと美味しい。日本の黒ビールはちょっと敬遠気味の私も、一口飲ませてもらって、その雑味のない美味しさに驚きました。場所が変われば、味覚も変わる、のかもしれませんね。


そして、定番のフィッシュ&チップス!
揚げたてで、タルタルソースもとても美味しい。
レモンはなぜか焼いてあります。
付け合わせの、軽くクラッシュしたグリーンピースは、少々青臭さが気になりましたが、夫は「イケる」と言いながら、きれいに食べました。慣れればクセになる味かも。
この一皿で、19.95ポンド。約4500円!
私は、かつて毎晩のように通ったパブを思い出し、当時と変わらない、と思ったのでした。がしかし、ひとつ大きく変わったのは、まずその値段。以前はカウンターでビールを受け取る時に、たしか中グラス1杯分のハーフパイントが日本円で200円もしなかったと思うのですが、この日は900円ほどしていました。
さらに、もうひとつ変わったことは、支払いはレジへ行って、タッチ決済で済ませること。現金のやり取りはなくなり、便利になりましたね。

店内に2台もあるテレビは、ライブスポーツの観戦用です。
この日はまだ、サッカーワールドカップの開幕直前でしたが、今頃は大盛り上がりで、賑わっていることでしょう。そうそう、発祥の地イギリスでは、サッカーではなく、フットボールと呼ぶのでした。
イングランドは、準々決勝であのハーランドを擁するノルウェーと対決します。ロンドンでは11日(土)の夜10時キックオフ。ロンドンの街中のパブが、ビール片手に熱狂する人々であふれかえるにちがいありません。
日本時間は日曜朝6時。私も早起きをして、コーヒー片手に応援したいと思っています!
ロンドン旅のフォトエッセイ ③ ストーンヘンジへ ― 2026年07月20日
昨日の朝は早起きをして……というより、朝早く目を覚ましてしまう残念なお年頃なので、4時半ごろには目覚め、思い切ってそのまま起床。テレビをつけました。サッカーワールドカップの3位決定戦が、日本時間の午前6時から始まります。
今回のW杯は、順当に世界ランク1位から4位までのチームが準決勝まで勝ち残りました。
準決勝で敗れた世界ランク3位のフランスと4位のイングランドが、3位決定戦で対決するのです。すっかりイギリスびいきの私、もちろんイングランドを応援しました。
結果はもうご存じのとおり、イングランドが6対4で勝ちましたが、高得点の試合運びはじつにおもしろかった! 前半で4点を獲得したイングランドが後半で1点差まで追い込まれ、どうなることかとはらはらしたり、それでもフランスのエムバペ選手の卓抜したプレーには、ほれぼれしたり。
そんなわけで、今朝も午前4時に起きて決勝を観戦。アルゼンチン対スペイン戦です。
ところが、前日の試合のおもしろさに比べ、何かすっきりしません。互いにゴールが決まらないだけではなく、ボールを保持すると、当然のように背中から倒される。かと思えば自分から相手を背負うようにして見せかけのファウルを誘う。どこまでが許され、どこからがファウルなのか、にわかファンには判別がつかない。これが、こんな姑息な手段で勝ちに行くのが、ワールドカップの頂上決戦なのだろうか……、と落胆にも似た気持ちで眠気をこらえて見ていました。

長い前置きでした。
イギリス南部の広大な草原の中にある遺跡、巨大な石を円形に並べたり、積み上げたりした構造物です。紀元前3000年から2200年にかけて造られたと考えられており、1986年に世界文化遺産に登録されています。
現在、イングリッシュ・ヘリテージという英国政府の団体が保護管理をしているので、そのサイトのアプリから、日本語で解説を聞くこともできます。
イギリスに着いた翌日、ロンドンから車で2時間ほど、現地のバスツアーに参加しました。
大型バスにはヨーロッパ各地からの観光客(たぶん)がほとんど。バスの半分ぐらいを占めているでしょうか。日本人はいません。
ドライバー兼ガイドのジョンさん、なまりの強い巻き舌英語で話してくれるのですが、なかなか聞き取れず、それでも集合時間の「5時5分前」だけはキャッチ。さらに、「10分以上遅れたら、置いていく」と言うのも聞き逃しませんでした。
バスを降りた所で、彼にもう一度確認すると、「大丈夫、あなたのことは待っていますよ」と、ニコッと笑ってくれたので、ひと安心。東洋の小さなおばさんを置いていかないでね。
道中、あいにくと雨が降り出して、フロントグラスにたたきつけていましたが、到着する頃には止んでくれました。

バスが停まった場所は、ビジターセンターの近く。レストランやショップ、遺跡解説のパネル展示や、出土品の展示コーナーなどもあります。
まずは、真っ先に遺跡を目指します。
歩くと20分はかかり、シャトルバスもあるそうですが、360度見渡す限りの牧草地が広がって、気持ちの良い風が吹いているので、歩いていくことにしました。まっすぐな道が、木立に向かって続いています。

地平線には牛の群れ。





真っ青な空を背景に、ダイナミックな雲と、微動だにしない石の列。
誰が、何のために、どうやって。謎はまだまだ残されています。
石の重さは30トンを超えるものもあるとか。最も高い石は地上7メートル以上あり、しかも2.5メートルが地中に埋まっているそうです。
さらに驚くのは、この巨石が20キロメートル以上離れた場所から運ばれているというのです。小さな石でも、240キロも離れた場所から来ているそうです。
大勢の人々が関わる、大掛かりなプロジェクトだったのでしょう。
それらは、長い時代を経て、さまざまな民族によって行われたということなのかもしれません。
これまでの発掘調査でわかっているのは、火葬された人骨があることから、墓地としての役割があったこと。
明らかに、夏至の太陽を意識した配置になっていることから、天文学的な知識、暦のようなものを持っていたこと。夏至や冬至にここで祭りや儀式を行っていたのではないか、ということ。

▲この石はヒール・ストーンと呼ばれ、太陽の動きに合わせて配置されています。夏至の日、ストーンサークルの中からは、この石の方向に日の出が見えるそうで、そのための目印になっているといえます。
世界遺産に登録されてからも、ふだんはサークルの内側には進入禁止ですが、夏至の日だけは無料開放されて、大勢の人々が集まり、中に入り、巨石に触れ、日の出を見ることができるのだそうです。
アプリのガイドに従って歩いていたら、なぜか柵の外側に導かれ、また引き返してきて近寄りました。そんなこともあって、時間がかかってしまったので、帰りはシャトルバスに乗り、ビジターセンターまで戻りました。
無事に定刻にジョンさんのバスに乗り込むことができました。
帰りの車中では、ロンドンの見るべき観光地の情報も教えてくれましたが、そのたびに、
「私の名前はジョンです。ぜひツアーのコメントをよろしく!」を繰り返していました。
ふと、私がストーンヘンジの存在を知ったのはいつだったのかと、思い巡らせました。
思い当たったのが、イギリス映画「テス」。ナスターシャ・キンスキー演じる主人公のテスが、不幸な運命に翻弄され、思い余って人を刺し殺してしまう。その部屋から逃げ出した後、階下の天井の赤黒い血のしみが少しずつ広がっていく映像をなぜか覚えているのです。そして、最後のシーンに石の立ち並ぶ不思議な遺跡が出てきました。それが初めて見たストーンヘンジでした。
半世紀もたって、私は実物を目の当たりにしました。
日本からイギリスへと向かった旅は、時間を遡る太古への旅でもありました。