ダイアリーエッセイ:母のプライド ― 2015年01月30日
朝からの雪も午後から雨になったので、夕方、母を乗せて病院へ。
昨年の暮れに、リウマチの薬で薬疹を発症し、人生初の入院をした母も、少しずつステロイド系の薬を減らしながら、順調に快復してきている。
初めて皮膚科外来を訪れたときのことは、今でも忘れられない。
診察室にいた女性の先生が、ポニーテールを揺らして振り向いたとたん、母と私は、テレパシーのように心の中で顔を見合わせていた。
メガネの奥の、きれいな南の海のように青いアイシャドウ。そして、バサバサと音を立てそうな長いつけまつげ。そりゃもう、びっくりした。
白い肌で、何もしなくても十分若くてきれいだろうに。とはいっても、これでは素顔がよくわからない。細身の体に、白衣を小粋に着こなしている。
話しっぷりもシャキシャキと早口、てきぱきと処理をして、頭の回転も速そう。お世辞も言わないし、愛想笑いもなくて、カッコいい女医さんである。
「このまま入院してもらいます」
と言われても、従うしかなかった。
慣れてくると、無駄のないこの先生の評価が、私の中でだんだん上がってくる。(無駄なのは、まつげの長さだけ)
質問には的確に答えてくれるし、希望に沿うよう配慮もしてくれる。
先生に合わせて、こちらもちょっと早口になっている。
今日が最後の受診かと期待して行ったので、そう伝えると、
「もう来たくない?」と、ニコリともせずに冗談ともつかないことを言う。「1週間、最後の薬を呑んでください。呑み終わってから1週間後、様子を見せに来てください」
納得のいく説明である。私がスケジュール表を見ながら日程を相談すると、快く応えて、希望の時間に予約を入れてくれた。
母は、かなり耳が遠くて、先生と私のやりとりにはついていけない。
私は先生のスピードに合わせようと、母に通訳も解説もしなかった。母の代わりに症状を述べて、今後の見通しを聞いた。
大事なことは、あとでゆっくり説明すればいいと思ってのことだ。
診察の後、会計を待っているときに、母が言った。
「全部あなたにしゃべってもらって、何にも話さなくて、このお母さんはずいぶん認知症が進んでいると、先生は思ってるでしょうね……」
「そーんなことないわよ! 薬の管理はすべて自分でやっています、って言ってあるじゃないの」
私はあわてて否定した。
「そうね、先生の話は聞こえないしねぇ」とわかったように言いながらも、母は寂しそうだった。
いけない、いけない。母を、母のプライドを置き去りにしていた。
耳は遠くてもボケてはいない。母はみんなにそれをわかってほしいのだ。
母の代わりを務めることが私の役目ではない。
母は、自分で生きている。それを最小限で支えることが私のすべきことだ。
〇
〇
花屋の店先には、あたたかな微笑みのような花、花、花……。
母は、赤、黄、白のプリムラの鉢植えを選んで買った。
隣の店でカフェラテを飲み、向かいの店では和菓子をあれこれ買って帰ってきた。
コメント
_ SACHI ― 2015/02/01 21:55
_ hitomi ― 2015/02/02 09:30
共感していただけてうれしく思います。
いずれ誰もがたどる道、私も娘に助けられながら生きていく日々があるかもしれません。その時にこれを読み返してみて、どう思うのでしょうね。あるいは、娘が読んでくれて、なんと感じるでしょうか。
今はただ、今のことを書き残しておかなくては、と突き動かされるように書くばかりですが。
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