〈生もの〉エッセイ 「ウクライナの悲劇」2022年04月07日

 

新型コロナのパンデミックのように、日々刻々と変化していくものを題材にエッセイを書くことを、エッセイ仲間では「生もの」を書くという言い方をします。

ある程度、状況が落ち着いたら、また見方も変わってくるかもしれませんが、今しか書けないこと、現在の状況を記しておくことも、必要ではないかと思うのです。

このエッセイもその一つ。報道を知るにつけ、胸の内に膨らむ思いを吐き出さずにはいられません。43日の時点で、ひとまず書いてみました。



     ウクライナの悲劇

                        

2022224日、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、日本のテレビ報道は、この戦い一色になってしまった。それ以前は新型コロナとの闘いだったはずだが、まん延防止措置に緊張感はなく、日本社会にはウィズコロナが穏やかに浸透しつつある。そんな今、現実とは思えない砲撃の様子や、逃げ惑う人々の姿が、報道番組のトップになり、スタジオには医学博士と入れ替わって、軍事や国際関係の専門家が居並ぶ。

 

ウクライナ情勢を知れば知るほど、憤りとともに救いのない絶望的な思いにとらわれる。21世紀の世界に、隣国がでっち上げの理由をかざして攻め入るような暴挙が起きるとは。プーチン大統領がそこまで倫理観を持たない人間だったとは。それを世界の誰にも止めることができないとは……。

 

短期的な戦争だという大方の予想に反して、すでにひと月がたち、事態は泥沼化している。ウクライナも士気高く反撃し、その間にも犠牲者は増えているというのに、ロシアに対抗する西側諸国はウクライナを支持して武器を送り込む。経済制裁がどこまで効果を上げているのだろう。親ロシア派の中国やインドは、ロシアとの友好関係を保つために、制裁にも仲裁にも消極的だ。

 

さらに、現代の戦争は情報戦でもあると言われる。プーチン大統領は化学兵器や核兵器の使用までほのめかす一方で、情報を制御してロシア国民には偽の情報を信じ込ませ、みずからの支持率を上げていく。

西側の大国アメリカの大統領も、負けじとロシアの劣勢を報じる。プーチンが誤情報を受けているとまで伝えるのだが、それもまた情報戦の一端ではないのか。嘘が飛び交う混とんとした報道のなか、いったい何を信用したらいいのだろうか。

 

焼け落ちて障子の桟のようになった団地が続くマリウポリの惨状。凍った地面を掘り起こして遺体を埋める男たち。暖房のない地下室で病気の子どもを抱きしめる母親の涙……。それらの映像に嘘はないはずだ。戦争の理由が何であれ、犠牲になる人々は、かけがえのない人生をすべて壊されてしまうのだ。

ある映像では、爆撃を受けた室内で、逃げる間際の若い女性が、残されていたピアノのほこりを払い、ショパンを弾く。哀しすぎる最後の調べが、荒れ果てた部屋に流れていた。

 

今回のウクライナ情勢は、彼らの悲劇が日本でも現実に起こりうることを示唆している。他人事ではないのだ。

その事実に、恐怖を抱かずにはいられない。




旅のフォトエッセイ:奇跡を呼ぶ4人の仲間2022年04月30日


コロナ禍の世の中になって、緊急事態宣言の出ていないゴールデンウィークは、3年ぶりだという。そう言われれば、たしかにそのとおり。ようやく解放されたかのように、人出はかなり増えている。もちろん、感染防止には注意を払ってのことだろう。

そこで私も、旅のエッセイを解禁としたい。じつは、感染拡大の大波をかいくぐっては、小さな旅行に出かけてきた。いろいろと忖度もあり、それをブログに書くことだけは自粛してきたのだった。

  

私には、同じマンションで一緒に子育てをしながら家族ぐるみの付き合いをしてきた仲間がいる。今では酒好き旅好きの気の合うオバサン4人グループとなった。

これまでに、北は北海道の雪まつり、南は沖縄まで、ヨーロッパへも遠征して、いったい何回旅行をしたことだろう。

何といっても記憶に残るのは、2008年と2017年の2度の弘前城公園や、2014年の京都・奈良のお花見ツアーだ。いつも晴天に恵まれ、満開の桜が迎えてくれた。

一説によると、日本三大桜の名所とは、吉野山、弘前城、高遠の桜だという。

となれば、残すは長野県の高遠の桜。ぜひともいつものメンバーで見に行きたいと思っていた。そして、ついにこの春、実現したのである。

 

車で出かけることも考えたけれど、バスツアーに参加して、欲張って信州のあちこちの桜名所を回ろうと思った。開花予報によれば、高遠の桜は411日が満開。そこで見つけたのが、13日出発の12日のツアー。忙しいスケジュールの私たちには打ってつけの日程だ。

気になるのは天気予報。初日は晴れるようだが、二日目は雨マークが消えないままだった。

 

出発当日は、予報どおりの快晴、初夏のような気温だ。

小諸の草笛という名物信州そばのお店で昼食をとる。食べるのが遅い私には、ちょっと時間が足りない。慌てて食べ終え、すぐ隣の小諸城址の懐古園を見て歩く。▼

 


その後、須坂市の臥竜公園へ。大きな池の周囲800mに、ぐるりと桜が並ぶ。満開の染井吉野はもちろんのこと、枝垂れ桜や黄緑色の八重桜など、種類も豊富で楽しめた。▼


 



夕方近くなると、長野県を北上し、県境を越えて新潟県へ。高田城址公園の夜桜を見物する。

バスを降りて歩き出すと、小ぬか雨が降ってくる。まあまあ、黄昏時の雨にかすんだ夜桜も風情があっていいのでは……? とプラス思考の私たち。

どんなに強がっても、明日の高遠は雨だろうなあ、と半分諦めの心境だった。

 



翌朝も、雨はやんでいたけれど、今にも泣きそうな空。天気予報は、ずばり雨。それでも私たちは晴れ女を自認しているのだ。雨が降っては沽券に関わるというもの。何とか4人のパワーを結集して、雨を吹き飛ばしたい……。しかし、その願いもむなしく、道中、バスのワイパーは動き続けていた。


伊那市の六道堤の桜という名所も、きれいだった。が、この曇天。▼


ところが、高遠城址公園にもうすぐ到着という頃になると、雨が止んだのである。しかも、園内の桜は、これ以上のつぼみは一輪もないくらいの100%満開! 

ここの桜はコヒガンザクラという濃いピンクでやや小ぶりの花が愛らしい。








さらにさらに、私たちが園内で桜をめでて、そろそろ帰るころになると、今度は風もないのに急に桜が散り始め、紅白のトリの紙吹雪か、宝塚のグランドフィナーレか、というほどの豪華な桜吹雪となったのだ。

明日までひとひらも残さないで、今日の私たちのために、桜の力を振り絞ってもてなしてくれているかのようだった……。

 

この日の桜のことを、私たちは高遠の奇跡と呼ぶことにした。




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