モトのエッセイ№1「息子の手をとって」2012年02月07日

  息子の手をとって

 わが家の長男モトは、今年25歳。3年前から公民館の中にある喫茶室で働き始めた。障害者が働く職場である。彼は、大相撲とスーパーマリオとサザンオールスターズが大好きな、明るい自閉症者なのだ。
 お金の計算ができること、家では毎日欠かさず食器洗いや掃除の手伝いをしていることが決め手となって、おおぜいの希望者の中から採用してもらった。
 予想どおり、レジの扱いもすぐ覚え、お金の計算も正確だという。でも、人との会話がうまくできないので、接客は苦手。最初のころ、コーヒーをトレイに載せてお客さんのところまで運び、テーブルに置かずに手渡ししようとして、お客さんをびっくりさせたこともある。
 だから、見知らぬお客さんに応対するレジ係より、食器洗いをやりたがる。自分だけの世界に浸れるからだ。ていねいな仕事ぶりは、「皿洗いの達人」と異名をとるほどになった。
 ある晩のこと、お風呂上がりの息子が、「しもやけか?」と、自分の手を見ている。外遊びをする子どもじゃあるまいし、平気平気、とそのときは取り合わなかった。
 翌日、お店のチーフから電話があった。
「手が痒いと言うのですが、ゴム手袋をしてもらいましょうか」
 そこでハッと気がついた。洗い物からくる「主婦湿疹」ではないだろうか。
 メガネをかけて、息子の手をとってよく見てみる。たしかに、右手の指の関節や付け根のあたり、赤いプツプツが痒そうだ。塗り薬を少しずつすり込んでやる。
「しみる!」と息子。
♪母さんのーあかぎれ痛いー、生みーそをすり込むー♪
と、古い歌を口ずさんで、思わず苦笑い。
「モト君のーあかぎれ痛いー」だよね。
 現代の主婦は、食器洗いも洗濯もみんな機械がやってくれる。伸ばした爪にネイルアートがきらきら光り、手荒れもなくなった。息子の手は、だいぶごつくなってはきたけれど、相変わらずすべすべ。これじゃ強い洗剤には負けてしまうよね……。

 息子はがんばっているのだ。その手をさすりながら、ちょっとだけ、いとおしく思った。
モトの手

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