エッセイ「車内で出会った少年」2012年08月26日

 

 もうすぐ子どもたちの夏休みも終わろうとしています。
 市営地下鉄の車内は、それほど混んではいませんでした。ちらほら空席もあるくらいに。
 私の真向かいの席には、白いポロシャツを着た少年がいました。「バスケットボール部」と書かれたショルダーバッグを膝に置いている。たぶん、部活帰りの中学生なのでしょうけど、どう見ても少年と呼ぶのがふさわしいような男の子です。さっきから、熱心に文庫本を読んでいます。

 駅に止まると、お母さんと小学生ぐらいの女の子が乗ってきました。ちょうど私の隣が空いていたので、お母さんが座り、
「ほら、そこ空いてるわ」と女の子には、向かいの少年の隣を指さしました。
 女の子は、「うん」とうれしそうに座りました。
 すると今度は、少年がひょいと立ち上がってこちらにやって来ました。
「あっちへどうぞ」と、私の隣のお母さんに、自分が座っていた席を譲ったのでした。「あら、ありがとう!」
 お母さんと女の子は、一緒に座ることができました。少年は私の隣の席へ。

 えらいのね……と、少年に声をかけたかったけれど、言葉を呑みこみました。彼はなにごともなかったように、また本を開いて続きを読んでいます。じゃまをしないでおこうと思いました。
 お年寄りがいたら席を譲る。それはできるかもしれない。でも、乗り込んできた親子連れが隣同士に座れるように、さっと席を譲ってあげられるなんて……。しかも、当たり前のように、ごく自然に席を立った少年。
 どうしたら、こんなふうに相手の気持ちがわかる少年に育つのかしら。
 彼自身がかわいがられて育ったから?
 両親や周りの大人たちが、そうやって生活しているから?
 たぶんどちらも正解でしょう。
 ふと秋風を感じたような、小さな出来事でした。



コメント

_ ブーちゃん ― 2012/08/27 08:57

「秋風」のところで、思わず目が止まりました。「○○○な秋風」とか、「秋風のような○○○」なら意味がはっきりしますが、あえて書かないところがミソなのでしょう。私は「爽やかな秋風」を思い浮かべました。

_ hitomi ― 2012/08/28 20:34

「ブーちゃん」さん、おっしゃるとおりです。どんな秋風だったかは、言わずもがな。読んでくださった方にお任せしたいと思います。

_ あけにし ― 2012/09/05 17:08

私もエレベーターの中で似た思いをしました。小さな少年と一緒になったのですが、「何階ですか?」と声をかけられました。大人でもしないようなスマートさ。
この国はまだまだすてたもんじゃないですね。

_ hitomi ― 2012/09/06 09:48

あけにしさん、コメントありがとうございます。
愛すべきスマートな少年たち。きっと、素敵な紳士になることでしょうね。

_ 村上 好 ― 2014/11/27 20:23


<じゃまをしないでおこうと思いました>

いい風景です。

村上 好

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