フォトエッセイ:花嫁の母として① ― 2017年01月27日
前日は雪のちらつく曇天だったのに、翌朝目覚めると、抜けるような空に日の光が満ちていた。
横浜の馬車道駅から地上に出れば、みなとみらい地区は、真っ青な空と海と、踊るような風。
すべてが祝福してくれているようで、私も心が浮き立つ。

私が人の十倍泣き虫なのを知っている親しい友人からは、
「絶対泣いたらダメ。新婦の母は意外と注目されているのだから、泣いてメイクが落ちたりしないように。気持ちを強く持っていれば、大丈夫」
と、くぎを刺されていた。
彼女の言いつけを守り、泣かないという強い強い決意のもと、式場に足を運んだのだった。
とにかく、新婦の母は忙しい。
メイクとヘアブローは、鏡の前で同時進行。それが済むと、狭い個室で留袖の着付け。これも二人がかりだ。どのスタッフからも「本日はおめでとうございます」の挨拶を受ける。にこやかに丁寧にお礼を言う。もう、それだけで非日常の世界である。
打ち合わせはいっさい二人に任せていたので、前日や当日になって段取りを聞かされることも多かった。
私の支度が整うと、まず新郎新婦の控室へ。娘は、長いウェディングドレスのすそを丸め込むようにして、鏡の前に腰かけていた。ドレスは試着のときに見ているのだが、それでも、この日の晴れ姿を一目見ただけで、ぐっとくる。
涙は、ぐっとこらえる。
幸い、プロのカメラマンがいて、パシパシと撮り続けている。ビデオカメラも回っている。気持ちが緩むことはない。
「とても綺麗よ」と私が言うと、
「お母様に似て」とカメラマン。
「はい、そうですね!」と返して、笑いを買う。
泣かないためには、お笑いモードでいるしかない。
そして、私が紅筆を持ち、娘の唇に仕上げの紅を置く。
カメラを意識しながらも、緊張と、感激と……。二度とない、貴重なひとときだった。
新婦が父親にエスコートされてバージンロードを歩み始める前に、母親が新婦のベールを顔にかけるという小さな儀式がある。それはずいぶん前に娘に言われ、何でもやるわよ、と喜んで引き受けていた。
ところが、リハーサルのときに、スタッフから、
「その際、ひとことお声をかけてあげてください」
と言われたのである。
さて何と言おうか。頭の中には言葉がぐるぐる、胸ドキドキで考える。

(何を言ったかは、ヒミツ……)
もう感動で胸がいっぱい。お役目がすんで、列席者の最前列に座ると、早くも涙がこぼれてしまった。
それでも、二人の「人前(じんぜん)結婚式」をきちんと見届けなくては、と思いながら、涙をふいた。
〈続く〉