800字のエッセイ:「おめでとうございます!」2023年01月09日



昨年の春のこと、コロナが下火になったころ、友人たちと三島に1泊し、三島大社を訪れた。

社殿のそばに、錦の打掛姿の新婦と、紋付き袴の新郎がいた。でも結婚式ではなさそうだ。二人のほかに、地味なスタイルのカメラマンと助手らしき女性だけ。ああ、前撮りだ。

 

6年ほど前、娘夫婦も結婚披露宴とは別の日に、都内の公園で和装姿の写真を撮ってもらった。紅葉真っ盛りの季節で、赤い着物の娘はもみじの精のようだった。

通りすがりの人たちから声がかかる。

「きれいですね。おめでとうございます」

娘の幸せを願ってくれているのだ。「ありがとうございます」と答えながら、思わず涙ぐんだものだった。

その時から、どこかで新郎新婦に出会ったら私も祝福の言葉をかけてあげよう、と思っていた。

 

三島大社の慣れない衣装の二人は緊張しながらも、幸せそうに見えた。

「長引くコロナで結婚式もできなかったのね、きっと」

「やっと披露宴ができるようになったかな」

「記念写真だけですませるのかもね」

私たちオバサン組は、コロナ禍に愛をはぐくんできた見知らぬカップルについて、あれこれおせっかいな詮索に余念がない。

 

言葉をかけそびれているうちに、彼らは場所を替えるのか、どこかへ行ってしまった。

ホテルに戻ってくると、フロントにも和装の新郎新婦がいる。カウンターの背後の大きなガラス窓越しに、富士山がよく見えるのだ。

「あら、富士山をバックに前撮りね?」

 今度こそチャンスを逃すまいと、去りぎわの新郎に声をかけた。

「おめでとうございます!」

「ありがとうございます」と、事務的な返事。

すかさず隣にいた友人に突っつかれた。

「本物じゃないってば。モデルの撮影よ」

「……あ!」



 


▲このホテル14階の大浴場からの眺め。こんなふうに新幹線のホームの向こうに街が広がり、その向こうに富士山が姿を見せています。

 

ちなみに、今年のお正月には、富士山の夢を2回も見ました。

初夢のベストスリーは「一富士、二鷹、三なすび」。

いい年になりそうです。さてさて……?


copyright © 2011-2021 hitomi kawasaki