モトのエッセイ:大砂嵐のように ― 2014年03月23日
大乃国という横綱がいた。もう四半世紀以上も前の話である。
私が初めての子を宿し、臨月間近のころだった。体型がそっくりだと言われてから、妙に親近感がわき、ひいきにしていたものだ。
それが影響したのかどうか、そのときにお腹の中にいた長男モトは、長じて大相撲ファンになった。今では「歩く相撲事典」と呼んでいるほどで、関取の出身地など、すべて暗記している。それを知る方がたから、なかなか手に入らない番付表やお相撲グッズを頂戴することもある。
当然、NHKの大相撲中継は欠かさずに見る。15日間、新聞の星取表に勝敗を書き込みながら、賜杯の行方を楽しみにする。
今日は、春場所の千秋楽で、鶴竜が初優勝。横綱昇進は確かなものになったようで、大相撲ファンが湧いている。モトも興奮の15日間だった。
今、注目されている大砂嵐は、初のエジプト出身の力士だ。
ある日、解説者がこんな話をしていた。
「エジプトでは、頭を下げて挨拶をする習慣はないそうなんです。だから最初はなかなか慣れなかったけれども、少しずつ慣れてくるのと同時に、力士としても少しずつ成長してきましたね」
人は、その社会に適応するところから、成長が始まるのだろう。
モトは、昨年11月に障害者雇用の新しい仕事に就いた。
彼はここ数年、有名人の真似なのか、挨拶の時に握手をする習慣がある。モト流のスキンシップなのだろうから、まあいいだろう、と放任していた。
ところが、新しい職場でも、握手をしていたらしい。
「日本の会社では、握手をしません」
と言って禁じられてしまったのである。
たしかに、日本人社員同士がなれなれしく握手はしないだろう。障害者といえども、就労して社会で生きていくためには、ごく常識的な習慣を身に着けなければならない。
さらに、障害者の中には、他人とのスキンシップを好まない人もいる。同僚のストレスになってしまってもいけない。
もし、握手がモトの強いこだわりによるものだとすると、急に禁止されたら戸惑うだろうか、とちょっと心配したが、それも杞憂に終わった。
職場のリーダーの報告では、握手を止められても、さほどこだわる様子も見せずに、素直に注意に従っているそうだ。仕事の面でも、新しい作業を次々と覚えて、生き生きと働いている、とのことだった。
遠くエジプトからやって来て、異国の相撲部屋でがんばる大砂嵐金太郎、22歳。
自閉症という宇宙からやって来て、社会人としてがんばるモト、27歳。
どちらも、まだまだ成長を見せてくれることだろう。