帰国の翌日から2019年10月25日

 

103日の夜に成田から飛び立って、58日。クロアチアの旅を終えて、10日の夜、無事に帰国しました。

 

ところが、帰る前から「史上最強の台風が関東に接近している」という恐ろしい情報が入っており、半信半疑でしたが、予報どおりの現実となりました。

帰国翌日には、スーツケースの荷解きと並行して、夫と次男と3人で台風対策におおわらわ。買い出しに行く人、ガラス窓に段ボールを貼り付ける人、懐中電灯の明かりを確認する人、カセットコンロをチェックする人、ベランダの竿を外す人、それを室内で受け取る人……。

いつもは週末の朝に帰宅する長男も、金曜の仕事が終わったら帰宅させました。

 

翌12日、夕方になると、雨も風も激しくなってきて、不安と緊張が高まります。わが家は高台にあるので、水の心配はなさそう。怖いのは風。生垣に囲まれた1階とはいえ、何が飛んできてガラスを割ってしまうかわかりません。

家族4人一緒だし、備えも万全、きっと大丈夫……と思いながら、夕食をとっていると、ぐらりと揺れるではありませんか。

「おいおい台風と地震のコラボか。冗談じゃないぜ」と息子たち。

NHKテレビの画面は、台風情報と地震情報、青い額縁が二重になっていました。


 

食事もさっさと片付けて、鍋という鍋に水を入れました。浴槽もきれいに洗って水を張りました。わが家はオール電化なので、いったん停電すると、水道もトイレもガスも使えません。

9時を過ぎたころ、ふっと明かりが消えました。停電です。さっそく準備しておいた懐中電灯やスマホの照明が役に立ちます。でも、23分であっけなく復旧しました。……と思いきや、また停電。また復旧。3回繰り返した後は、長い停電が続きます。

 

することがない、と夫はさっさと寝てしまいましたが、息子二人と私は、寝るにはまだ早い。次男が珍しく部屋からギターを持ってきて、ポロンポロンとつま弾きます。3人でたわいのない話をしながら、いつもとは違う暗闇の中で、まったりとした時間が流れていきました。

家中の明かりがぱっとついてテレビの音が響いたのは、寝入った明け方3時半ごろでした。風はぴたりと止んでいました。

 

翌朝からは、各地の被害状況が刻々と伝わってきて、台風19号の豪雨災害の恐ろしさを知ることとなるのです。

神奈川県と東京都の境界を流れる多摩川も例外ではありません。慣れ親しんでいる地域が浸水し、同じ区内でも犠牲者が出ました。ご冥福をお祈りします。

その方はわが家と同じ「マンションの1階に住む60代の男性」ということで、たくさんの方に「あなたのご主人では?」とご心配をいただきました。


 

今なお、災害の傷痕深く、行方不明の方もいて、胸が痛みます。今日もまた大雨。報道から目が離せません。

そのかたわら、にわかファンとして、ラグビー日本代表チームの快進撃に大興奮。被災者のためにがんばる。勝って元気をあげたい。そんな彼らに、私もテレビの前で声援を送り続けました。

また、22日の天皇陛下ご即位の儀式にも、そのお言葉にも、大変感慨深いものがありました。

この半月ほどは、日本人だれもが、次々と心をつかまれるような出来事が続く日々ではなかったでしょうか。

 

長い前置きになってしまいました。どうしても書いておきたかったのです。

では、次回から始めます。

旅のフォトエッセイCroatia2019

どうぞお楽しみに!



 

 

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