2000字のエッセイ:「私がネコだった頃」2020年12月18日

 



◆◆ 私がネコだった頃 ◆◆


 

空前の猫ブームだという。

でも、私の猫ブームは、50年も前のことだ。

 

小学校高学年のころ、「ねこ目の少女」という楳図かずおのホラーマンガが少女雑誌に連載されていて、絶大な人気があった。


――その昔、加賀家のお殿様が大の猫嫌いで、ことごとく猫を殺していたそうな。猫のたたりは、何代か後の加賀家に生まれた女の子にとりついた。愛らしい少女が、時として目がつり上がり、口元は裂け、恐ろしい化け猫になっていくのだ。少女の名はひとみといった――


というわけで、中学生になると、新しいクラスでさっそく「ネコ」と呼ばれるようになる。猫は大好きだし、マンガのひとみ嬢はふだんはかわいい女の子だし、悪い気はしなかった。

 

部活動は、吹奏楽部に入った。パートはフルート。親に買ってもらったフルートの先端には、「ネコ」と書きこんだ小さなシールを貼った。当時、全盛だったグループサウンズのアイドルに書いてもらったものだ。

横浜の公立中学で、全生徒数2000人近いマンモス校。吹奏楽部にも50名以上の部員がいた。当時はまだ木造平屋建ての古い校舎が何棟も並んでいた。音楽室は一般教室から離れた場所にあり、大切な楽器の倉庫は職員室のそばにあった。部活が終わると、長い木の廊下をギイコギイコときしませながら、音楽室から楽器を運んできて、倉庫にしまってカギをかける。

その廊下の突き当たりが、用務員室だった。一段下がって土間になっており、中庭への出入り口が付いている。奥には宿直室がある。そこには毎日夕方になると若い男性が現れて泊まっていた。大学生のアルバイトだったらしい。生徒たちとも気さくに話をするお兄さんのような存在だった。

 

ある日のこと、部活が終わって楽器を片付けると、廊下の先がにぎやかだ。用務員室に猫が捨てられていたのだ。まだ目も開かない白黒の子猫。ミイミイと鳴いている。手のひらで包むようにして抱くと、とたんに欲しくなった。

これまでにも、わが家は捨て猫を拾って飼ったことがある。すべての決定権は母にあったが、子どもたちは餌やりもトイレもそれなりに手伝った。きっとこの猫も、しようがないわね、と言いながら、飼ってくれるだろう。

しかし、予想は見事に外れた。今回に限って、母は首をタテに振らない。

「どこかに捨てていらっしゃい」。きっぱりと言われ、逆らう余地もなかった。

秋も終わりの頃だったか、すでに辺りは真っ暗で寒かった。制服の上に、紺色のコートを羽織って、その胸の辺りの内側に子猫を入れて抱いた。さて、捨てろと言われても、どこに捨てたらいいんだろう。うろうろと、近所の住宅街を歩いた。子猫は鳴きながら震えている。こんなにかわいい猫を捨てて帰るなんて、私にはできない。困ったな……。涙が出そうだった。

 

結局、たどり着いたのは家から5分とかからない中学校。中庭から入っていくと、宿直のお兄さんひとりだった。

「母がダメって……」と、猫を差し出した。

「そうかそうか、残念だったね」

相変わらずやさしいお兄さんと、いつものように、たわいないおしゃべりをしていた。

すると、外から戸が開いて、入ってきたのは母だった。

「ちっとも帰ってこないから、心配したわ」

そんなこと言ったって、どこかに捨てて来いと言ったのはママでしょ。捨てる場所なんか見つからないし……と、心の中で、ちょっとだけ口をとがらせたが、聞き分けのいい私は、猫とお兄さんに別れを告げて、母と家に戻った。

 

その後、猫がどうなったのか記憶にない。やがて卒業して、お兄さんのことも忘れた。ただ、その時の帰り道、母に言われたことだけは、今も忘れずにいる。

「男の人がひとりでいる所に、女の子がひとりで行くものではないのよ」

母は、猫よりもオオカミが気がかりだったのである。





 

ちなみに、小さなシールに「ネコ」と書いてくれたのは、ワイルドワンズのチャッピーこと渡辺茂樹さん。わが家から電車で3つ目の駅に住んでいたので、何度か友達と押しかけたりしました。

うっとりするほどの甘いマスクと、舌足らずの口調で歌った「バラの恋人」は、今でもよく覚えています。

最近まで、若手の歌手に楽曲を提供するなど、音楽活動を続けていましたが、残念ながら数年前に亡くなりました。美人薄命、いえ美男薄命なのでした。ご冥福をお祈りします。


 



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