「おふくろ」たちの集い2016年03月01日


 

前回の袋の話の続きです。

女性は、男性に比べたら、実生活の中でいろいろな袋を手にしているので、「袋」というテーマはお手の物だったように思いました。

なんと言っても、「おふくろさん」ですもの。

 

私がエッセイ教室を担当するなかで、唯一女性だけのグループというのが、湘南エッセイサロンです。先週の木曜日に集まりがありました。

「袋」がテーマのエッセイを合評して、その後は、お雛祭りとなりました。まさしく、「おふくろ」たちの集いですね。



 

メンバーのTさん宅の和室には床の間があり、この日のためにと、立派な掛け軸とかわいらしいお雛様が飾られています。



 

掛け軸の絵は、大正・昭和と日本画壇で活躍し、この湘南の地にゆかりのカトリック美術家、長谷川路可画伯の作品です。ご近所のかたが飾ってほしいと持ってこられたとか。戦前に描かれたもののようです。

「なんでも鑑定団に出したら、良い値が付くわ」と、ほんの冗談にしても、みな考えることは同じ……。



 

お雛様は、Tさんのお母さまが大事にされていたもので、100年以上も経っているとか。やはり骨董品といえるでしょう。

手前の五人囃子は、別の揃いのお雛様だったようですが、いずれも表情が愛くるしいこと。



 

そして、いつものようにおしゃべりは多岐にわたり、楽しいひと時はあっという間に流れて、お開きとなりました。


帰り道、梅の枝にウグイスが……!

いえいえ、ウグイスではなく、メジロです。

つがいで飛んできて、暖かい春も遠からじ、と教えてくれました。

 



 




ダイアリーエッセイ:アリとキリギリス2015年05月04日

 

今年のゴールデンウィークは、珍しくどこへも出かけない。

4月から仕事が忙しくて、予定を立てる暇もなかった。

それに、夫が5連休どころか5連出勤! オタク系の息子たちを置いて、私だけ家を空けるのもはばかれるというものだ。

ここはひとつ、点数を稼ごう。去年の暮れ、インフルエンザにかかってできなかった大掃除をやろう、と思い立った。

洗濯機をフル回転させながら、朝から念入りにトイレを磨く。

冬物のジャケットが、5月の強い風にあおられて、あっという間に乾いてしまう。しっかり止めておいたつもりでも、落下してあわてる。

ドライクリーニングのコート類は、両手で抱えて車に放り込み、クリーニング店へ。

街は車も人もガラガラだ。みんな遠出しているんだな……。

息子たちと昼食をすませると、今度はキッチンのレンジフードの掃除を開始。

一昨年の夏にリフォームしてから、初めてふたを外してのお手入れだ。

以前の換気扇は、油がべたべたで閉口したものだけれど、やはり技術の進歩はありがたい。1年半も使っているのに、油はさらりと簡単に落ちる。

ガスコンロもIHヒーターに替えて、つるつるで平らな表面を拭くだけ。掃除のなんと楽ちんなこと!

フェイスブックにもラインにも、好天の行楽地からの写真ばかり。

きれいな花、さわやかな緑の前で、友人たちの笑顔があふれている。

ビール片手に、なんていうのも、楽しそうで。

ああ、アリとキリギリスみたいだ。

今日の私はいつもと違って、珍しくアリのほう。

明日だけは、ディズニー映画が好きな長男を連れて、「シンデレラ」を見にいく。

今の私にぴったりだわ、と流しを磨きながら苦笑した。






東北ドライブ1000キロの旅:裏磐梯へ2014年06月06日

昔から言ったものだ、「かわいい子には旅をさせろ」。

ついでに洗車もさせよう。

愛車ヨッシー、きれいになって、出発!

かわいい子には洗車を……

東松島を出て、東北道を福島まで南下、そこから西に向かって走る。

計画当初は、最後に仙台で1泊したかったのだが、ゴールデンウィークさなか、ホテルの予約が取れず、思い切って裏磐梯まで足を延ばすことにした。

以前にも、五色沼やダリ美術館を訪ねたことがあり、娘にも見せたいと思った。

道路は滞りなく流れ、200キロほどの道のりを3時間で到着。

裏磐梯は、まだ残雪がたくさんあった。

裏磐梯の道路。

陽が傾き始めたころに、ようやく五色沼探勝路の入り口で降車する。

最初の沼が、毘沙門沼。ここから先は、娘たち二人で歩いていく。1時間足らずで歩けるはずだ。私は、車で先回りして、出口付近で待つことにした。

二度目でもあったし、いささかの疲労感もあったし、たまには二人だけにしてあげようと思ったし……というわけで、文字どおりの老婆心(?)

毘沙門沼

娘たちは、いまやリケジョともてはやされる理系女子。大学時代の同級生だ。

五色沼湖沼群は、青や緑、赤茶色など、さまざまな水の色が魅力的な景勝地で、私など眺めるだけで満足なのだが、この二人にかかると、まずはその成分を考察するところから楽しんでいる様子。

さらには、「湖と沼の違いは?」「では、沼と池の違いは?」

などと、スマホ片手に素早くググりながら、クイズも飛び出す。

出口付近まで走り、探勝路の最後に位置する柳沼を見下ろしながら、二人を待った。

日没間近で、気温も下がってくる。さすがに涼しくて、大好きなソフトクリームも写真に収めるだけに……。

黄昏れゆく五色沼。

青い五色沼ソフトは写真だけ。

やがて、柳沼の向こうから、二人の姿が見えてきた。

柳沼の向こう側、二人が歩いてきた。

 

今夜の宿は、桧原湖畔ホテル。見かけはかなり古いホテルだが、年配のホテルマンたちが愛想よく応対してくれて、一所懸命もてなそうとするその気持ちが伝わってくる。

見かけは古いが……


部屋の窓からは、桧原湖が一望できる。その向こうには磐梯山。

部屋の窓から。


夕食には、こごみやたらのめなど、地元の山菜の天ぷら。

地元の山菜の天ぷら。


郷土料理のこづゆ。

会津地方の郷土料理、「こづゆ」も。

お正月や祝い事などのときに必ず作られるという。

里芋、人参、椎茸、干し貝柱、豆麩などたくさんの具材が入っている。かなり薄い醤油味だ。


 

翌朝には、磐梯山が雲をたなびかせていた。

朝の眺め。

湖畔に出てみる。寒い。


水仙が咲き、チューリップはようやく開き始めたところ。

残雪の傍で、ふきのとうが咲き、つくしが芽を出し……

 ○

フキノトウがたくさん。

 

残雪の傍には、つくしが芽を出して。

裏磐梯はようやく遅い春が始まったところだった。

 

雨にならないうちに、一路東京へ。

ヨッシーは快適に走ってくれた。

最終日は、Red Bullをちびちびと飲みながら、運転席をついぞ誰にも譲らず、帰着。

距離にして1000キロを優に超えるドライブだった。

RedBull もありがとう!

 ○

相棒二人とヨッシー、ありがとう。お疲れさまでした!

(完)


東北ドライブ1000キロの旅、8回に及ぶシリーズにお付き合いくだり、どうもありがとうございました。

 


東北ドライブ1000キロの旅:続・女川へ2014年05月18日

 

前回の補足です。

タカコさんの勤務している「蒲鉾本舗 高政」では、震災からの復興をめざして、

「万石の里」というショップをオープンしました。

そこで、タカコさんのお話を聞いた後、私たちもたくさん買って自宅に送り、家族や近所の友人たちにも食べてもらいました。

ぷりぷりとした触感がたまらない。

少し甘くて、とても美味しい。

ご飯のおかずにはもちろん、お酒のつまみにもいいし、ワインのつまみにもなる。

……と大好評でした。

あまりの美味しさに、写真を撮るのを忘れてしまい、お見せできないのが残念ですが、

高政のホームページをご覧になってください。

オンラインショップでも買うことができますので、皆さんもぜひどうぞ。

やはり翌日は筋肉痛……でした


熊野神社からの眺め。


200段もの階段を上って振り返ると、目の前に広がった景色。入り江の海の穏やかさ。季節が来れば咲くピンク色の桜……。

思わず、涙がこぼれました。


東北ドライブ1000キロの旅:女川へ2014年05月17日

2日目は、宮城県牡鹿郡女川町へ。

女川は、海に突き出た牡鹿半島の付け根の辺りに位置し、東日本大震災では津波によって壊滅的な被害を受けた。

そして、この町には昨年から暮らしている友人がいる。

彼女に会いたくて訪ねてきたのである。

タカコさんは、2012年に銀座で開催された東松島物産展の手伝いをしたときの仲間だ。

被災地のために働きたいという高い志を持ち、たまたま女川町に求人があるのを知り、独身ゆえのフットワークの軽さから、思い切って移り住んでしまった。

彼女が就いた仕事は、女川の蒲鉾製造業「高政」のウェブ業務。

被災地から現地の人々の声を発信したい。町の産業を復興させて、被災地だからというのではなく、都会の消費者を相手に営業をしていくために、ウェブの充実は欠かせない。だから、企業で働く地元の人々の意識も変えていきたい……。

彼女の口調には、無理な気負いもなければ、危うさもない。彼女なら、時間がかかっても、少しずつ目標をクリアしていけそうな気がする。頑張ってほしいと思う。


石巻の海岸沿いを走る。



さすがに4連休の初日とあって、郡山からの道は混んでいた。約束の時間を大幅に過ぎて、ようやく女川町に到着。入り江の向こうに、高政の工場が見えてきた。




高政の店頭で、ようやくタカコさんと再会。

笹かまを目の前で焼きながら、震災被害の説明をしてくれた。

写真を見せるタカコさん。


ビデオも見せてくれた。

スクリーンに、女川の街が津波に流されていく凄まじい映像が流れる。


店の一隅にはスクリーンが津波の映像を流している。


工場見学もさせてもらった。

蒲鉾の工場。

その後、町立病院のある高台へ。この建物の1階部分まで津波はやってきたという。

○○

女川町立病院。

 ○○

見下ろす街に、あの日、津波は襲ってきた。

横倒しのままの銀行のビル。

ほとんど片づけられて、今残っているのは、横倒しになった七十七銀行女川支店の建物。緑色のところが屋上だ。当時、建物内にいた人たちが屋上に逃げて、犠牲になった。

銀行社屋ということで、いまだに撤去できない事情があるらしい。

「ビルが倒れている下に、高政の店長の実家があったんですって」

だから店長は、店頭であのビデオを流すのも、本当は嫌なのだという。車は水に浸かると警笛を発し続ける。何台もの車が流されていく、その大音響を店長は聞きたくない。当時の記憶がよみがえるからだろう。

それでも、遠方から訪ねてくる客のために、あえてあの映像を流す。

熊野神社。

さらに病院の裏手から、200段の階段を上ったところに、熊野神社がある。あの日も高いところから津波を見下ろしていたのだ。

ちょうど訪ねた日が例大祭で、神輿や太鼓も出ていた。

境内の八重桜も、女川湾を見下ろすように咲いていた。

境内から見下ろす女川湾。

タカコさんと、二人の旅の仲間。真ん中が娘の友人のチカさんで、右側が娘

被災した地域は5メートルほど嵩上げしてから、ふたたび家を建てるのだという。

そのため、この神社のある丘を一部崩し、その土が使われる。神社はまもなく解体されて一時移転ということになるそうだ。

女川は、まだまだ気の遠くなるような復興の途上だった。




東北ドライブ1000キロの旅:郡山へ2014年05月12日

わが家の車を3代目のオデッセイに替えてから、半年が過ぎた。

ヨッシーと呼んで、今ではすっかり私のかわいいパートナー。毎日毎日、四六時中でも乗っていたい……。

そこで、とことんヨッシーと過ごすために、このゴールデンウィークにドライブの旅に出ることにした。娘とその友人と、女3人、34日の旅だ。

目的地は、宮城県東松島市。ちょうど1年前の5月にもそこを訪ねたのだが、その時は仙台まで新幹線を利用した。今年は、いささか大冒険である。

これまで、私が車で一番遠くまで行ったのは、長野県の白馬あたりだろうか。距離にして270キロほどだ。千葉県の市川市に住んでいたころ、房総半島を一周したら、ちょうど300キロだった。この程度が、1日で走る限度かもしれない。

東松島までは400キロを軽く超えている。

ゴールデンウィークの東北道、渋滞は覚悟の上だ。

連休でなかったら、社会人の娘たちを連れていかれない。

それでも、渋滞回避の策として、私一人で平日のうちに北上し、郡山まで行くことにした。娘たちは勤めを終えてから、夜遅く新幹線で到着。合流して1泊する。

52日、午前9時に出発。

朝から快晴。吹く風もさわやか。絶好のドライブ日和だ。

前日、お気に入りのアーティストの曲を、USBスティックにダウンロードしておいた。いつものサザンや福山くん、懐かしのチャゲアス、ちょっとお試しのコブクロや嵐まで、アルバム15枚ほど。これなら、CDを入れ替える手間もない。便利になったものだ。ひとりハンドルを握りながら、次から次へと、大好きな歌を聴く。

青い空、沿道の木々の若葉がまぶしい。水をたたえた水田も春の陽を受けて光っている。

予定どおり、佐野と那須高原のサービスエリアで休憩をとった。

佐野サービスエリア


那須高原サービスエリア


那須高原サービスエリア

那須高原特産のおいしそうなチーズがたくさん並んでいる。今夜の一人きりの夕食で、ワインのおともにしようと、一つ買っておいた。


那須高原の特産のチーズ

午後3時、大した渋滞もなく、無事、郡山に到着。

ハナミズキがきれいに咲き誇っていた。

郡山




石畳のおしゃれな街並み

近くを散歩してみた。不思議な街だ。

駅前の広場に、なぜかどこでもドアが……。



壁にはスパイダーマンが張り付いていて……。


今夜の宿は、駅前のビジネスホテル。

窓からは、駅前の広場と、新幹線のホームが見下ろせる。そこで一人の晩餐。

クリームパンのように見えるのは、じつは餃子パン。那須高原SAで仕入れた。中にはごろんと大きな餃子が入っている。ピリ辛でなかなか美味しかった。



○○○                        (続く)



春の京都へ(6):最後に長谷寺へ2014年04月27日

このシリーズもようやく最終回。

吉野を去って、長谷寺を訪れました。


長い登廊。

高校の修学旅行で来たはずですが、記憶に残っているのは、長い登廊の石段だけ。

花の寺といわれるだけあって、古い寺院の建物が木々の花に埋もれるように点在するさまは、日常を忘れるほどの美しさでした。





本堂の舞台からの景色。





山あいに抱かれた静かな寺で、人の賑わいもない。

ただ、揺れる枝垂れ桜の愛らしさ、音もなく舞い散る桜の花びらに、俗世を離れたひとときの安らぎを感じました。

とはいえ、これまでに私が一番美しいと思ったのは、弘前城の桜でしょうか。

まさに満開のときに訪れ、城を取り囲む染井吉野も、公園に植えられた枝垂れ桜も、花としてこれ以上はありえないと思えるくらいに見事な美しさでした。

今もその思いは変わりません。

でも、京都や奈良では、見る側の歴史への思いが、桜の魅力をより深めるような気がします。古都ならではの桜の美しさを、この旅で再発見できたのだ、と思います。

桜の余韻に浸りながら、新幹線で東の都会に戻りました。       

                                                                            (完)

旅への長いお付き合い、ありがとうございました。     

                       


春の京都へ(5):そして奈良の吉野へ2014年04月26日

いつかは吉野の桜を見にいきたい。ずっとそう思っていました。

昨年亡くなった連城三紀彦氏の小説『花堕ちる』の中に、吉野山で心中するくだりがあり、妖しい桜の魅力を感じたのです。



ところが、いざ訪ねてみると、とうていここで死にたくはなりそうにない、明るく賑やかな場所でした。

それでも、平安時代から植え続けられている何万本もの桜は、じつに圧巻。かつて、修行者たちが桜材で仏像などを彫ったことから、桜の木が神聖化されるようになり、信仰の対象として、桜の植樹がなされるようになったとか。

理由はどうであれ、これだけの桜が1000年以上の長きにわたって、大事にされているなんて、やはり桜には特別な魔力が秘められているような気がします。

あの豊臣秀吉も、ここでお花見大会を催したそうで、同じ場所で21世紀の私たちが平和なお花見を楽しんでいるのですから、不思議といえば不思議。日本人がどんな花よりも桜を愛してやまないのも、ご先祖様からのDNAの仕業でしょうか。

まあ、よきかな、よきかな……。


関東の私たちにとってお花見といえばたいてい染井吉野ですが、この山では白山桜が多いのだそうです。その赤茶色の若葉が、遠目にはオレンジ色にかすんで、ピンクの濃淡の中にあって、山の綾なす色に温かみを添えています。

下千本から先始め、中千本、上千本、奥千本へと、開花が上っていきます。

吉野山にはお寺や神社も点在し、山の尾根に沿って参道が続いています。

参道は、参拝客というよりお花見の観光客でたいそうな賑わい。この時期だけの出店も多く、楽しませてくれました。









名物の「柿の葉すし」の店。

帰りに買って帰りましょう、と目星をつけておいたのに、帰りには長蛇の列で、諦めました。



下千本

中千本

中腹にある吉水神社の境内からの眺めは、「綺麗!」のひとこと。

ため息まで、ピンク色に染まりました。



春の京都へ(4):40年前の思い出の街2014年04月23日

夜桜見物は、円山公園の枝垂れ桜。大きな1本の桜の木が、ライトアップされていました。

でも、ずいぶんお年を召した桜のようで……。上から枝をつるしてもらって、やっとのこと立っているといった風情です。

そろそろ引退させてあげたいような気持になりました。

 

円山公園から、八坂神社へと歩きます。

八坂神社の舞殿


ここは、とても懐かしい場所。

高校の修学旅行で京都へ来たとき、この近くの祇園のホテルに2泊しました。

夜には自由行動の時間があり、仲間と連れだってにぎやかな夜の街を散策します。

カップルは申し合わせたように、静かな八坂神社の境内へと入っていきました。

私も背の高いボーイフレンドに誘われて、つかの間のデート。神社を歩いたあと、四条通の喫茶店で、フレッシュジュースを飲んだ覚えがあります。

さて次の晩には、神社の境内のベンチで、別の女の子と楽しげに語らう彼の姿がありました。そして、私の隣にも別の長身のお相手が……。

もう40年以上も昔のこと。ちまたでは、渚ゆう子の歌う「京都の恋」が流行っていました。

 

数年前の同窓会で、そのフレッシュジュースの喫茶店が話題になりました。店に立ち寄ったカップルは少なくなかったようです。

京都在住の同級生の話では、「まる捨」という名前だそうで、当時のたたずまいのまま、いまだに健在とのことでした。

けれどもその後、今から2年ほど前にとうとう閉店になったことを、風の便りに聞きました。

いにしえの都にも、時は流れました。

 

八坂神社の西楼門。

ここから四条通がまっすぐに伸びています。

この通りの右側に、「まる捨」はありました。

境内の「恋みくじ」。

八坂神社は、縁結びのパワースポットだとか。神さまは、いつからお得意になったのでしょう。

写真を撮っただけて、通り過ぎました。

 

遠い昔の恋心が、しばし思い出された京都の夜でした。




春の京都へ(3):哲学の道を南禅寺へ2014年04月21日


哲学の道を銀閣寺の方から歩きました。

この道も初めて。さほど川幅も広くない琵琶湖疏水に沿って、そぞろ歩きをしたくなるような小道が続いています。

両側には桜の木々。

大正時代、日本画家の橋本関雪が桜を寄贈したことから、「関雪桜」と呼ばれるそうですが、染井吉野が盛りを過ぎて、しきりと桜吹雪を降らせていました。

桜のみならず、雪やなぎは真っ白に咲き誇り、れんぎょうはあでやかな黄色、川べりの若草とともに、色のシンフォニーを奏でているようです。

川面には花筏がゆっくりと流れていました。




道沿いのお店で、桜色をしたシルクのスカーフを見つけました。お店の人が上手に巻いてくれたので、そのまま付けていきました。気分も桜色……! 

(写真はまた後日)

若王子神社の境内、緋毛氈の上で桜と抹茶のアイスクリームをいただいて、ひと休みしてから、南禅寺へと向かいました。

南禅寺には、201111月にも訪れています。紅葉には少し早過ぎるころでした。

でも、こんなにたくさんの桜があることには気がつきませんでした。

 

三門の五鳳楼へ。

上るにはこの急な階段を這うようにして登らなければなりません。

(じつはこの写真、3年前に撮ったものですが)

ここからの眺めは、あの石川五右衛門の「絶景かな絶景かな……」という名セリフで有名になったところ。確かにどちらを向いても気持ちの良い景色が広がっていました。

境内を横切る水路閣。

明治時代に作られたそうで、レトロなたたずまいが、禅寺とよく似合っています。

水路閣の上を、今も疏水が流れています。

南禅寺の名物といえば、湯豆腐。

「順正」というお店で夕食をいただきました。

顎関節炎で固い物が噛めない今の私には、じつにありがたい名物でした。


松の枝の間に、京都の夕日が沈んでいき、夜になりました。

さて、夜桜は……

                      (続く)

 




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