『デトロイト美術館の奇跡』を読んでから観るか、観てから読むか!2016年10月22日

 




この本の著者は、私の好きな原田マハさん。

そして現在、上野の森美術館で開催されているのは、デトロイト美術館展。

そこで、読んでから観るか、観てから読むか、という悩ましい問題が生まれたのです。

 

私が興味を持ったのは、本が先でした。大好きなマハさんの新刊でもあり、著者お得意の美術にまつわる物語のようです。

これは読まないわけにはいきません!

 

さらに、デトロイト美術館展のために書かれた小説だということを友人が教えてくれました。

しかも、表紙のセザンヌの人物画が、この美術展にやってくるというのです。

これは観に行かないわけにはいきません!

 

さらにびっくりなことに、この美術展では、月曜・火曜に限り、写真撮影が許可されるというのです。

ヨーロッパの美術館では当たり前のように写真が撮れます。パリのルーブル美術館では、モナリザや、ミロのビーナスとのツーショットを写して、ミーハー気分も堪能しました。

日本では非常に珍しいのではないでしょうか。

(ただし、ピカソの6点をはじめ、その他数点の作品は、SNSなど不特定多数への公開は禁止とのことです)




 

私は結局、本を読み終わらないうちに、美術展の入り口に来ていました。

今年の5月、終了間近の若冲展を観るため、やはりこの上野公園で、平日でも3時間行列して待たされた記憶がよみがえり、とにかく一日でも早く行かなくては、とスケジュールの空いた日に上野に急いだのです。

開催から4日目でした。

 

若冲展の教訓は見事に生きて、館内は空いていました。

ゆっくりと解説を読み、絵に向き合い、そして、最後に写真を撮る。

なんと優雅な美術鑑賞でしょう。



本の表紙の絵の前でさえ、このとおりです。

ポール・セザンヌ作『画家の夫人』。

彼女の衣服は、表紙の写真より青みが強く、そして淡い。どちらかというと、ブルーグレイという感じでした。

やっぱり本物を見なくては、見たことにはならないのだ、と思いました。



自分で本を持って、絵にかざして、パチリ!

空いていたので、こんなことも簡単にできました。



本展のポスターにも使われているフィンセント・ファン・ゴッホの『自画像』。



クロード・モネの『グラジオラス』。明るい陽光が満ちあふれています。




アンリ・マティスの『窓』。

白いカーテンの帯状の縦線、窓枠の縦と横のライン、椅子の脚、テーブルのふち、カーペットのジグザグ模様……という具合に、目線がたくさんのラインに沿って絵の中を移動していく。いつまでも見飽きない絵ですね。



芸術の秋。 

皆さまもぜひ、デトロイト美術館展に足を運ばれてはいかがですか。

会期は来年の1月21日までですが、なるべくお早めに!


ところで、この本は100ページほどの短編で、すぐに読み終えました。

マハさんの美術にまつわる物語は、月並みな言い方ですが、実在の絵に新たな命を吹き込んでくれるようで、わくわくします。

ほこりをかぶって眠っていた宝物が、磨かれて輝きだすようです。


読んでから観るか、観てから読むか。

どちらでも、楽しめるのは同じかもしれませんが、私のように、本を買ってから観ることをおススメします。

その訳は、本にはさまれているしおりで、入場券が100円割引になりますから。



 



ダイアリーエッセイ:舞台『CRESSIDA(クレシダ)』を観る2016年09月24日

 

世田谷線始発駅の三軒茶屋。その駅舎にくっつくように、小さな劇場がある。その名もシアタートラム。20年ほど前に造られたそうだが、レトロなデザインが、この町の雰囲気に溶け込んでいる。この辺り一帯は、小さな商店街がひしめき合っていて、まだまだ昭和の匂いが立ち込めているようだ。

世田谷線も、以前は玉電と呼ばれ、渋谷からチンチン電車が走る路線だったのである。私の祖父母が、玉電若林駅の近くに住んでいたので、子どもの頃は、よくチンチン電車に乗って出かけたものだ。

 

劇場の客席は200余り。私の席はほぼ中央の前から8列目だった。

いかにも演劇業界人的なお客さんが多い。私の2つ前の席には、フジテレビの笠井アナがいた。




 

舞台は、1600年代ロンドンのとある劇団のお話。かつては名優として活躍した老人シャンクは、今は若手の演劇指導を手掛けている。演じるのは平幹二朗さんだ。平さん自身は、82歳で今なお現役。長いセリフを覚え、ろうろうと発声し、軽やかに動き回る姿は、とてもそのお年には見えない。

 

当時のイギリスの演劇は、日本の歌舞伎界同様、女優は存在しなかった。女性の役は「少年俳優」が務めた。スティーヴンというその複雑な役どころを浅利陽介さんが演じる。現代日本の俳優が、女性役を務めた400年前の少年俳優という役を務めるのである。さぞや難しいことだろう。

彼は、NHK大河ドラマ『真田丸』で、秀吉の甥の小早川秀秋を演じていた。気弱な性格から、関ヶ原の戦いでは豊臣側を裏切ってしまう。スティーヴンもどこか似たような感じの少年で、色白でやさしい目をした彼の持ち味が生かせていると思った。

当時の「少年俳優」には、男色や同性愛のような一面もあったらしいが、明るくコミカルに描かれて、森新太郎氏の演出のうまさなのだろう。

 

スティーヴンは、シャンクの細かな演劇指導を受けて「少年俳優」として磨かれていく。この場面が素晴らしい。声の出し方、高低、強弱から、体の向き、手の上げ下げにいたるまで、シャンクは手本を見せてはスティーヴンにやらせてみる。芝居の中のワンシーンなのか、平さんが浅利さんに演技をつけているのかわからなくなるほど真に迫っていた。いや、文字どおり、スティーヴンの浅利さんは、シャンクを通して平さんから学び取るものが多かったにちがいない。

やがて、シェイクスピア作『トロイラスとクレシダ』のヒロイン役を演じて、拍手喝さいを浴びた。だが、シャンクは気に入らない。キスの場面で顔を赤らめたといってなじる。スティーヴンが、自分が教えた型どおりの「少年俳優」としてではなく、彼自身の内から湧き出るような演技で勝ちえた喝さいだった。そのことに、シャンクは気づいた。自分が教えてきた「少年俳優」の演技など要らなくなる。時代が動いていくのを悟ったのだ。いずれ女性も舞台に上がる日が近いことを予感する。

そして、彼が天に召されていくところで、幕は下りた。

 

名俳優の圧巻の演技は言うまでもない

難しい役どころを見事に演じきった若手俳優の浅利さんにも、拍手!

生の声でセリフが響き、飛び散るつばも汗も見える客席で、ただただ役者の芝居に引き込まれていた3時間。なんと贅沢な楽しみだろうか。





 


旅のフォトエッセイ:Vacance en France 13 モネの庭2016年07月14日


2年前のちょうど今ごろ、娘と二人でフランスを訪れていました。

このタイトルは12回で終わってしまっています。続きを書くつもりでいたのが、2年目にしてようやく13回目をアップ。お待たせいたしました。




 

私が油絵を始めたのは、高校生のときだ。

まだ、何の知識もないころで、なんとなくいいなと感じる絵は、光をまとったような風景画。おそらくそれが印象派の作品だったのだろう。

やがて、クロード・モネの睡蓮の絵と出合う。幻想的な紫色に惹かれた。

 

高校の中庭には、小さな池があり、初夏になると、睡蓮が咲いた。

美術の時間、モネを真似て、それを描いてみた。先生は描きたいように描かせるだけ。麻布のキャンバスなどではなく、せいぜい6号ぐらいのボードだった。

混ぜれば色が濁るが、乾いてから上塗りすると、油彩画らしい色の重なりが出てそれらしく見える。試行錯誤で学んでは油絵具の質感を楽しんだ。

 

やがて大学に入るとすぐ、美術部に籍をおいて、油絵を続ける。

ある夏の合宿では、野反湖へ。湖畔にイーゼルを立てて、1本の木の枝の向こうに、湖を描いた。

秋の合評会で、部の大先輩でもある著名な画家先生がやってきて、

「印象派のような構図ですね」と、この絵にお褒めの言葉をいただいた。

しかしながら美術部では、絵の描き方より、お酒の飲み方を教わったような気がする。

 

そのころの仲間の一人と、今も一つ屋根の下で暮らしている。

彼は今でも写実的な植物画を楽しんでいるが、私はもう絵はやらない。

ときどき本物を見に出かけるだけである。

 

そして、憧れていたモネの庭を訪れるために、パリからバスに乗って1時間、ジヴェルニーへと出かけていったのだった。



バスを降りて、静かな通りを歩いて……


       小川に添って進めば……

 

              蓮池が現れた。


         日本庭園を真似て、モネは柳の木を植えたという。

そして、竹林も。


 
         よく見ると睡蓮も咲いていた。


印象派の人々は、屋外に出て、自然光を絵筆でとらえようとしたのである。

その名前の由来となった『印象・日の出』を描いたクロード・モネは、光の画家とも呼ばれた。 

ところが、残念ながら、訪れた日はあいにくの曇り空。晴れていれば、水面に光の破片が浮き沈みするのだろうに、池はおとなしく眠っているようだった。



池の周りには、寄り添うように花が咲いている。            




         私の大好きなホクシャ。

こちらでよく見かける濃いピンクのアジサイ。

         淡いピンクのガクアジサイも。


               懐かしい月見草も咲いていた。


       大輪のダリア。

  


       手入れのいきとどいたガーデン。





モネの家へ。


       入り口はこちら。内部は写真撮影禁止でございます。




家の中には、たくさんの浮世絵のコレクションが飾ってあった。

日本庭園に憧れていたモネは、太鼓橋や蓮池のある庭を造った。

彼の描く絵の中には、浮世絵が登場したり、モデルがあでやかな和服を着ていたりする。

そんなモネの住んだ家を、今は日本からの観光客がおおぜい訪れている。

 

またいつの日か、バラの花の香るころ、そしてまた、藤の花房が咲き垂れるころ、光が満ちあふれるお天気の日に、もう一度訪ねてみたい。

願いは叶うだろうか。

 




旅のフォトエッセイ:Vacance en France 12 オンフルールで2014年10月11日



どこが一番よかった?

帰国してから、娘に尋ねたら、「オンフルール」という答えが返ってきた。

ドーヴィルの次に向かったオンフルール。何世紀も前から、セーヌ川の河口に開けてきた港町だ。

パリからモン・サン・ミッシェルを訪ねるツアーはたくさんあったけれど、その帰り道にオンフルールに立ち寄るということが一番の決め手となって、このドライバー付きのミニツアーを選んだのだ。

大好きな印象派とは切っても切れない町で、印象派という名前は、クロード・モネがオンフルールで描いた『印象・日の出』という絵のタイトルに由来している。印象派の画家たちは、この町の海や港町の美しさに魅せられて、たくさんの絵を残した。

日本の安野光雅画伯の描いたこの町の絵も有名だ。 

 

その旧港町の写真。もう少し晴れてくれたら……と、曇天がうらめしかったが、フランス特有のアンニュイなムードは、快晴の空の下では生まれないのかもしれない、と思い直す。

サント・カトリーヌ教会。

15世紀に建てられたもので、当時、石で作る経済的な余裕がなく、船大工たちが知恵を寄せ合ってこしらえた。フランス最大の木造の教会だという。

 

鐘楼ももちろん木造。石の建造物を見慣れてきた目には、木造りの古い建物が、何やら懐かしく親しみを感じる。


町で最古のサン・テティエンヌ教会。

現在は教会ではなく、海洋博物館となっていた。

その教会と狭い路地を挟んで隣のレストランでは、この地方のりんごで作ったシードルという軽いお酒で、のどを潤す。


何とも古めかしい旧総督の館。

街で出合った回転木馬。


娘がじっと見つめていた。

彼女だって20年くらい前には少女だった。でも今はもう、乗りたかった木馬も、あの日の夢も、目の前でくるくると回っているだけ……。

彼女がこの町を気に入ったのは、そんなノスタルジーのせいだったのかもしれない。

 








旧市街で見かけた老夫婦。二人の後ろ姿が印象的だった。


                                                         〈続く〉


旅のフォトエッセイ:Vacance en France 3 モンマルトルの丘であの人と出会う!2014年07月31日

パリで一番高い場所といえば、モンマルトルの丘。ここは外せない名所だ。

ここから見下ろすパリの街を、娘にも見せたい。

新婚旅行で訪ねたかどうかはまったく記憶にないのだが、まだ独身のころ、ここへ来た忘れられない思い出がある。

それは、私が25歳になったばかりの、クリスマスを過ぎたころのことだった。

人通りもまばらになった夜のモンマルトルの街を、スイス人の友達マリスとふたりで歩いていた。

マリスは、ロンドンで同じ家庭にホームステイをして、同じ英語学校に通った仲良しだ。年は一つ下だけれど、何もかもお姉さんのようだった。秋学期が終わり、クリスマスはスイス・ベルン郊外のマリスの実家に招かれ、その後、二人でパリにやって来た。

この日、モンマルトルに住んでいるという彼女の友人に電話をしてみると、今夜はパーティをするから遊びにおいでよと言われた。

高級住宅街にある彼のアパルトマンには、たくさんの友達が集まっていて、パーティが始まっていた。とつぜんの訪問者も歓迎されて、仲間に加えてもらう。

ちょうど、ケーキを切り分けるところだ。ケーキといっても、殺風景な丸い焼き菓子。でも、この中に小さなマリア像が一つだけ入れてあり、それをゲットした人が今晩の主役になれる、という楽しい仕掛けがある。残念ながら、私の食べた中には入っていなかったけれど、それを手に入れた人は紙で作った王冠をかぶり、うれしそうに威張って見せた。

隣の部屋にも、別のグループがいた。

「あちらは、ハッシッシよ」とマリスが小声で教えてくれた。最後まで、こちらの部屋と交わることはなかった。


そして、今、あの日の私と同じ年齢になった娘を連れて訪ねてきた。

まず、メトロをアベス駅で下車。改札を出てから、のぼりの螺旋階段がぐるぐるぐると続く。やれやれ……と思ってふと見ると、この階段の壁が楽しい。次々と絵が変わっていく。

 






いかにもパリだわ……と感心している間に、つらさも感じないで(いやちょっとだけ感じながら)出口に到達できる仕組みになっているのだ。

アベス駅

 


階段を上りきると、アベス広場に出る。

さてどちらに向かうのでしょうねぇ、ときょろきょろしていたら、向こうからやって来る女性に目が留まった。

中山美穂さんだ!

黒髪で長めのボブスタイル。大きなサングラス。特徴のある口もと。細身の体。地味なモノクロファッションだが、一瞬でわかった。

パリに住んでいるという彼女が、最近日本のマスコミでも何かと騒がれている。日本人の観光客なんて、一番関わりたくないのだろう。そそくさとメトロの階段を降りていってしまった。

ミーハーの私がかろうじて撮った1枚。

 

奥の後ろ姿が、ミポリン。

アベス広場の向かいには、「ジュテームの壁」がある。

落書きではなくて、ちゃんとした現代アートだという。250の言語で書かれた、愛の告白の言葉。

ジュテームの壁。

 

サン・ジャン・ド・モンマルトル教会。

エッフェル塔が作られたのと同じ時期に、鉄筋コンクリートで作られた珍しい教会だ。神聖な空間というより、どこか少女趣味的なかわいらしさのある建物。いかにもパリらしいと言えなくもない……?

サン・ジャン・ド・モンマルトル教会。

教会の中に入ると……

 

娘の地図を頼りに、丘の頂上を目指す。

坂道があり、階段があり、おっと、登山電車まであった。その名もフニクレール。

昔、このあたりを歩いたような……

階段の途中のバイオリン弾き。

ケーブルカーのフニクレール。

駅から、15分ぐらいてくてくと登ってきたろうか。

ようやく、サクレクール寺院の前の広場に出た。


なんだかたくさんの人で、にぎわっている。

空に人がいる! 街灯に登って曲芸をやっている。

よく見ると、サッカーボールまで足で動かしているのだ。空中ドリブル!?

丘の上の曲芸師。


 

サクレ・クール寺院。


パリを見下ろす階段にも、サクレクール寺院にも、観光客がいっぱい。もちろん、お祈りのために来た人も。

内部のモザイクは20世紀に入って完成したという。

新しいキリスト像は、ちょっとハンサム過ぎ……。

 

中は……

パリの街を見下ろしたけれど……

 

学生のころ、ここを訪れてパリの街を見下ろした覚えが、確かにある。そのときの記憶の眺望には、エッフェル塔があった。

が、それはどこからも見えなかった。

かすんだ記憶は、夢の中の景色だったのか、絵の中の景色だったのか……。

「わあ、すごい!」

と喜ぶ娘の横で、自分の記憶の不確かさに、茫然としていた。

 

   〈続く〉




旅のフォトエッセイ:Vacance en France 1 オペラ座2014年07月21日

78日から1週間、娘とフランス旅行に出かけた。以前から、モンサンミッシェルに行きたいね、と二人で話していたのである。

私は大学で西洋美術史が専門だったので、4年生の夏に、ヨーロッパを1ヵ月かけて回る学生向けのツアーに参加した。それ以来、ヨーロッパ旅行のとりことなり、旅行資金を貯めては出かけていた。

いつも貧乏旅行で、ロンドンからパリへは、ドーバー海峡をホバークラフトで渡ったこともある。

ユーレイルパスで鉄道の一人旅もした。事前にミシュランの時刻表と首っぴきで旅行計画を立て、日暮れ前には目的地の駅に着くようにする。駅前の旅行案内所でその晩のホテルを紹介してもらって泊まるのだ。

それでも、治安の悪い国は避けたから、怖い思いも危ない経験も、とくになかった。

親切な人たちとのふれあいや一期一会の思い出だけが、懐かしく残っている。

そして、前回フランスを訪ねたのは、新婚旅行が最後というのだから、なんと32年ぶりのパリ! フランスはパリしか訪ねたことがないのだが、すっかり忘れてしまっている。あれほど試験前に勉強させられたフランス語も、すっかり錆びついた。

娘は、今年社会人3年目。ちょうど、私が一人旅を楽しんでいた年頃だ。

ヨーロッパはまだ2度旅行しただけで、フランスは初めて。

それでも、6年前にロンドン・バルセロナ旅行に連れて行ったときに比べれば、大人になっていることだろう。体力的にも、記憶力にも、自信がなくなっているのは母親のほう。

さてさて、「引率者」逆転となるのだろうか。

フランスとは時差が7時間。

直行便で東京-パリ間は約12時間半かかるので、羽田を朝7時半にたつと、13時にはパリ到着となる。まだまだ昼日中である。

あいにく、出迎えてくれたのは土砂降りの雨。シャルル・ド・ゴール空港からリムジンバスで向かったパリの街角では、傘を持つ人さえ軒先で雨宿りをするような降り方だった。

が、旅の神様はほほ笑む。オペラ座の横にバスが着いて、私たちが降り立ったとたん、雨は止んだ。

オペラ広場

その代わり、方向音痴の二人は、バス停から近くのホテルまで5分の道のりを、スーツケースを転がしながら15分以上もさまよい歩いた。親切なパリジェンヌから声をかけられて、ようやくたどり着くことができた。

Hotel France d’Antin。便利な所だから、狭くても三ツ星ホテル。

インテリアのセンスは、さすがパリ。


元気のあるうちに、すぐにパリの街へ繰り出した。

今回の旅はツアーではないので、お決まりの市内観光などはない。どこも地図を片手に自分の足で歩く。私はともかく、娘のためにはパリの名所と呼ばれるところは押さえておきたい。

手始めに、最寄りのオペラ座から。

19世紀にシャルル・ガルニエという人が設計したので、ガルニエ宮とも呼ばれている。今でも、オペラやバレエが上演され、東京ならさしずめ歌舞伎座のような場所。2007年には海老蔵さんたちが歌舞伎の公演をしたとか。

娘も私もオペラにはあまり関心がなく、建物の見学だけにとどめた。

オペラ座へ向かう。

 

オペラ座と、雨上がりの空。

まあ、それにしても、豪華絢爛!

床も、柱も、天井も、シャンデリアも……。

当時の富裕層の社交場だったというから、うなずける。

中に入ると……





私がたった一つ興味があるのは、劇場内の天井。その絵はマルク・シャガールが手がけているのだ。

見学では、観客席には入れてもらえなかったが、客席の裏部屋の窓から、覗きみることができた。青や黄色の地の上に、浮かぶような人物が描かれている。紛れもなくシャガールの絵だ。

シャガールの天井画!

それにしてもオペラ座のゴシック様式の外観と、赤いじゅうたんのきらびやかな客席と、そしてロシアからやって来た画家の「夢の花束」という幻想的な天井画。その取り合わせは、現代の私の目から見ると、どうしても不釣り合いな気がする。あえて言えば、歌舞伎座の天井に草間弥生さんの絵……といったところ。

しかし、そのミスマッチに新しさを見出して、歓迎した当時のフランス人の心意気こそ、パリが芸術の都であるゆえんなのかもしれない、と結論付けてみた。

目の保養をした後は、今度は舌の保養。

日本でもチョコレートで有名なピエール・エルメのお店。

ピエール・エルメのマカロンを二つ買って、チュイルリー公園へ。池の周りのベンチで一休みしてマカロンを食べてから、公園内にあるオランジュリー美術館へ。

ここはぜひとも娘に見せたい。クロード・モネが描いた「睡蓮」の部屋がある。

 

公園の八角形の池と、マカロン。向こうに見えるのが、オランジュリー美術館。


チュイルリー公園を通って……

ところが、ぐるりと回っても入り口が見つからない。それもそのはず、火曜定休ということを失念していたのだ。早くもうっかり第一弾。

でも、こんなことでは、へこたれない。

エッフェル塔がそびえるパリの空を眺めているだけで、あの雲のように、モクモクと元気が湧いてくる。

○○

                                  〈続く〉



おススメの本『楽園のカンヴァス』2013年01月25日


原田マハ著『楽園のカンヴァス』
本が好きな人に、
推理小説が好きな人に、
面白い本が読みたいと思っている人に、

絵が好きな人に、
美術史が好きな人に、
特に、近代絵画に興味がある人に、
アンリ・ルソーが好きな人に、
ピカソが好きな人に、
パリが好きな人に、
感動したい人に、

読書も美術も好きな人に、
本が苦手な人にも、
絵がよくわからない人にも、
絶対におススメの本です。

書評で知り、以前から「読みたいリスト」に書いてあったのが、この本でした。
著者は原田マハさん。作家になる前は美術関係のお仕事をしていた専門家です。
私も、大学で学んだのが西洋美術史でしたから、大いに興味があったのです。

昨年は、いろいろな悪条件が重なって、半年ほど小説を読まない日が続きました。
けっして活字中毒ではありませんが、あるとき急に時間が空いて、無性に本が読みたくなり、本屋に飛び込んで、見つけました。
乾ききった心に、この小説の魅力が、慈雨のように沁みました。

あなたも、上記のおススメしたい人のいずれかに当てはまったら、ぜひ読んでみてください。新潮社刊です。

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丸の内の別世界へ2012年08月03日


三菱一号館


さすような真夏の日差しの中、東京・丸の内の三菱一号館美術館へ、バーン・ジョーンズ展を観に行きました。

バーン・ジョーンズ展のポスター


エドワード・バーン・ジョーンズは、神話や聖書の物語を描き続けた
19世紀末の英国の巨匠です。
英雄と美女、女神や天使や妖精、百合や薔薇の花々……。写実的で精緻でありながら、現実逃避のロマンティックな世界。そんな画風に私が惹かれるのも、どこか少女マンガに通ずる美意識が感じられるからかもしれません。

印象に残った作品のひとつ、「ねむり姫」。
子どものころ、ディズニー映画に「眠れる森の美女」という作品がありましたが、原作は同じ童話です。悪い妖精に呪いの魔法をかけられて、宮廷中が深い眠りに落ちてしまう。可憐な野ばらの咲く中で、深い緑色の布に包まれるようにして眠る姫と女性たち。

横長の大きな絵で、数人が前に立っても、まだ十分見ることができるほど。
絵と同じ静寂が満ちているような、暗い部屋の一隅で、ほんの一瞬、だれも動こうとしない。まるで深い眠りの魔法が、見る者にもかけられたかのように……。

三菱一号館
 
 

三菱一号館は、明治時代の建築が復元されたものです。
足元は木の床。ヒールの音が立たないように静かに歩きます。
芸術品を守るために、美術館内の照明は暗く、室温も
20度。猛暑の外界とは別世界です。別の意味で、現実逃避ができました。

三菱一号館のカフェで

芸術鑑賞の後は、1階にあるカフェで、よく冷えた上品な白い泡のビールで一休み。
ここは、元は銀行だったところ。窓口の枠や、高い天井はそのまま生かされています。


「ねむり姫」の一部が表紙になっている解説書を買いました。
今夜はオリンピック中継のテレビを消して、この本を夢の入り口まで連れていきましょうか。

バーン・ジョーンズ展の解説書

夏のオフィス街の一角で、ねむり姫に出会う。
それもまた、日常を忘れる小さな旅なのかもしれません。

モダンアート展にて2012年04月17日


従姉から招待状が来て、上野の東京都美術館まで出かけました。彼女はモダンアート協会の会員で、作品が出展されているそうです。

上野の桜は、もう葉桜になりかけて、風もないのに、はらはらと散り続けていました。
それでも、シートを広げて昼間から宴を楽しんでいる人たちがいっぱい。それをまた楽しそうに見物している外人観光客もいて……。
暖かくてのどかな昼下がりです。

都美術館の展示場に一歩足を踏み入れたとたん、そこはもう別世界でした。
いくつもの広い部屋があり、明るい照明に照らされた室内には、びっしりと絵が並んでいます。それも、ほとんどが抽象画で、100号以上の大作。畳1枚は優に超えるようなサイズです。
絵を見るのは好きですが、これほどの数の抽象画を集めた展覧会にはめったに来たことがありません。

鑑賞する人もあまりなく、室内は静まり返っている。その静寂の中で、作品たちのなんとにぎやかなこと! 
あるとあらゆる色の叫び、線の唸り、形の笑い、マチエールのさざめき……。
おおぜいの作家の、ひとつひとつの作品が、訪れた私に饒舌に声をかけてくるのです。
どの作品も、ものすごいエネルギーを放っている。そして、その大きさ、その数……。
目に見えるすべてに揺さぶられ、圧倒され、引き裂かれるかのような感覚を味わっていました。

ふと立ち止まって、ある思いに捕らわれました。
ここにある抽象画が表出しようとするものは、受け手によって何通りにも変容する可能性を持っている。けれども、言葉を用いたエッセイには、それがない。広がりがない。なんてつまらない弱いものだろうか……。
そんなふうにさえ思えてきました。
たくさんの絵を前にして、疲れていたせいでしょう。

そのとき、友人から聞いた話を思い出しました。彼女は60歳を過ぎてから抽象画を習い始めたそうで、その先生が、
「本物だけをたくさん見なさい。展覧会に行ったら、1等賞の絵だけ見ればいいんですよ」と言われたとか。
そこで私も、賞を取っている作品だけを見ていくことにしました。
すると、受賞作品には共通点があることに気がついた。
それは、独創性。オリジナリティ。
たとえば、こんな絵があります。まるでボールペンの試し書きのように、グルグルグルと黒いコイルを描いただけの絵。しかもその黒いコイルが、キャンバスの隅から隅まで万遍なく描かれている。ばかばかしいと言えばそれまでだけれど、芸術とはその斬新さが評価されるのだろう、と思えてきます。
受賞していない作品のなかには、たしかにきれいで魅力的だけど、流行りのように同じような絵があったりするのです。

ようやくそこで、あたりまえのことに気がつきました。
エッセイはモダンアートにあらず。
独創性も斬新さも必要ない。言葉には言葉の力と役割があるはずです。
大事なのは、だれにでも理解してもらえる、きちんと伝わる文章を書くこと。
そして、読む人の共感を得たり、その心をちょっとでも動かしたりできれば、そこにエッセイの価値が生まれるのではないでしょうか。

帰り際にやっと出会えた従姉のオブジェは、織物を用いたタペストリーのような作品でした。
着物の帯のように、2色の布で結び目を作り、それを数個並べてある。素朴な素材のぬくもり、結びというイメージのやさしさ。
ほっと気持ちの和む作品でした。

従姉の作品


旅のエッセイ№1「名画との出逢いは……」2011年12月02日


ヨーロッパに行ってきました。
某旅行会社のツアーで、8日間という短い旅ですが、ブダペスト、プラハ、ウィーンなどを巡ってきました。
「旅の一番の目的は、大学時代にほれ込んだグスタフ・クリムトの絵に逢ってくること」
そう書き残して旅立ったのでしたが……。
まずは、その出逢いについてつづりましょう。


   名画との出逢いは……
 
門の前のツアー御一行様

 クリムトの代表作「接吻」は、この写真の門の向こう、ウィーンのベルベデーレ宮殿に展示されています。私たちは総勢34名もの団体ですが、開場の1時間前に特別に入場できるのです。このツアーを選んだのも、そのおいしい特典を味わいたいと思ったからでした。旅行会社がどんな手段を用いたのかは当然明かされませんでしたが。
 宮殿は、小雨模様の空の下、両手を広げて迎え入れてくれるようなやさしい姿をしていました。

ベルベデーレ宮殿 遠景


 案内をしてくれるのは、リツコさんという現地のガイドさん。一見ハーフのようですが、早口でネイティブの日本語を話します。足取りも早く、まるで生徒を束ねて連れ歩く学校の先生のよう。でもちょっと上から目線の物言いが気にならなくもありません。
 ツアーメンバーの一人が、ショルダーバッグ代わりに小ぶりのリュックを背負って入場し、彼女に叱られてしまいました。
「貴重な美術品が並んでいるのに、背中のリュックで傷つけたらどうするんです。フロントで預けるのは常識ですよ!」
 たしかに彼女の弁は正しい。それにしても、みんなの前で非常識呼ばわりするまえに、もっと言いようがあるでしょうに。
 せっかくの名画ご対面だというのに、不愉快な気持ちになりました。
 それでも、ひとたび絵画の並ぶ部屋に入ると、彼女の講義に引き込まれます。クリムトの絵の構図について、あるいは描かれている内容について、実に博識で無駄のない語りがとうとうと続きます。彼女が携帯マイクに向かってしゃべり、私たちはイヤホンでその声を聞くので、どこにいても話だけは聞き取れる。でも、きょろきょろと脇見をしながら最後尾からついて行く私には、肝心の絵は見えない。「じゃ、次に行きましょう」という声を合図にようやくその絵の前に立てるのです。
 リツコ先生が見えない絵の説明をしているとき、私は思いがけずセガンティーニの代表作を見つけました。象徴主義と呼ばれる世紀末芸術の一つです。雪原と枯れ木と半裸の母子像。興奮を抑えながらも、「意外に粗いマチエールね」などと小声で同行の友人に話しかけたそのとき、
「ビビビビーッ!」
 警報が鳴り響いたのです。
「芸術品に近づくと、すぐ鳴るんですよ」
と言われて、犯人は私の手だと悟りました。普段から身振り手振りがにぎやかな私は、独り占めできた絵の前で、ざらついた表面をなでる仕草をしたのです。もちろん触れるつもりはなく、絵から10センチは離れていました。
 ただの警告だったのでしょうが、私は動揺したまま、いよいよ「接吻」の部屋に入らねばなりませんでした。
 畳2枚ほどの正方形のその絵は、深紅の衝立にかけられて部屋の中央にたたずんでいました。やっと逢えた……。それなのに、私の心の中は雑念だらけでした。
 さっそくリツコ先生の解説が始まります。絵の前にはたくさんのツアーメンバー。あとでじっくり観ようと、後ろに立つことしばし。流ちょうな解説を終えるとリツコさんは「じゃ、次の部屋へ」と、一同を連れて歩き始めます。まるで教科書の1ページを繰るように。芸術を味わうひまも感動もありません。しかも、時間外の特別鑑賞なのだからと、その場に戻ることすら許されませんでした。
 リツコさんを責めるつもりはありません。彼女は彼女自身の仕事に忠実でした。このツアーを選択した私がいけないのです。じっくりと絵と向き合いたければ、欲張ってあちこち回る駆け足旅行などせずに、一人で旅をすればいいのです。

 苦い思いで宮殿を出ると、朝の小雨もきれいに上がり、真っ青な空に飛行機雲が走っていました。
宮殿の庭と青空と飛行機雲と


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