自閉症児の母として(81):バレンタインデー2024年02月16日

 

「僕はバレンタインデーに、ママからチョコレートをもらうよ」

長男が、1週間ほど前に、電話でこう言いました。

週末しか自宅に帰らないので、水曜日のバレンタインデーに、どこでチョコレートをもらえるのか、心配しているのでしょう。私はそれよりも、彼のセリフに感動しました。

なぜって、間違いのない日本語だったから。

自閉症の息子は、混とんとした世界で生きています。特に、人間関係の把握が苦手なので、コミュニケーションも苦手。まして、もらう、あげる、くれる、など、動作の方向性を表す言葉は、正しく言えたことがありません。

「ママが僕にチョコをもらう」だったり、「僕はママからチョコをくれる」だったり。考えてみれば、日本語は難しい。それが普通に言えるようになることこそ、不思議なことなのでは……と思えてくる。

ところが、彼の今年のチョコ催促は、完ペキ?でした。

今週は特別忙しいのだけれど、感動のあまり、待ち合わせの場所を決め、持って行ってあげることにしてしまいました。

 

バレンタインの前日は、息子の主治医のクリニックに行きました。これまでずっと、本人は行かずに私だけで1ヵ月の様子を伝え、精神安定剤を処方してもらっています。先生はこの地域の障害者福祉についても詳しいので、いろいろと相談に乗ってもらうこともあります。

その日、たまたま待合室で居合わせたのは、若い男性と私よりも少し若そうな女性の二人連れ。おそらく親子なのでしょう。男性は落ち着きがなく、ぶつぶつと独り言を口にしている様子からも、すぐに息子と同じ症状だと思いました。

「明日はバレンタインだ。明日はバレンタインだ」と彼。

「うん、そうだね」とお母さん。

しばらくすると、またその応答の繰り返し。彼もまた、チョコがもらえるかどうか気が気ではないのかな……。息子と同じだと思うと、親近感がわいて、マスクの下で思わず口元がにんまり。

 

ドクターとの面談で、たった今、待合室で見かけた母子の様子を、「息子と同じですよ。214日には、きちんとチョコレートがもらいたいんですよね」と、話しました。

「まさしく、他人の空似ですねぇ。そういうカレンダーどおりの行動がとりたいというこだわりの強い、よく似た人たちが、他人なのに確かにいるんですよね」

「自閉症スペクトラムというくくりに収まる人たち、というわけですね」

おもしろいですね。不思議ですね。二人でうなずき合いました。

 

さてさて、バレンタインデー当日、息子の仕事が終わった後、待ち合せの場所でチョコレートの包みを渡しました。さっそく箱を開けて、ふたりで1粒ずつ食べました。

その日の夜、いつものように夕食後に、グループホームの息子から電話がありました。その晩の夕食のメニューを教えてくれます。それから、

「あ、そうそう、バレンタインデーのチョコレート、いかがでしたか?」

「ちょっとぉ、それは私の言うセリフ。『いかがでしたか』じゃなくて、そこは『ありがとうございました』でしょう!」とつっこみを入れる。

「あ、そうか、チョコありがとう」

はいはい、どういたしまして。

かくして、無事に、年に一度のイベントは終了したのでした。

 

クリニックの男性も、チョコレートをもらったかしら。やっぱりお母さんからだったかな……





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