ダイアリーエッセイ:ちょっとうれしい偶然2017年10月03日


母のこと、息子のこと、仕事のこと。悩みは尽きない日々、どうも心がざわついて、エッセイが書けない。スランプだ。

時間がないわけでもないのに、ブログにも、エッセイにも、書きたいことはたくさんあるのに、書けない。

 

今朝、思い切って本の話を書き始めたところに、一通の郵便が来た。

通信添削の作品が届いたのだ。差出人は、鎌倉在住のもうすぐ米寿を迎える男性である。

その封筒に貼られた丸い小さな切手を見て、アッと思った。見覚えがある。



 

そして、パソコンに保存してある写真の中から見つけ出したのが、下の写真。2014614日に、鎌倉の坂ノ下で写したものだ。力餅家という和菓子屋の脇に立つ、真っ赤なポストと濃いピンクのアジサイのあでやかなツーショット。梅雨の晴れ間の一日、宮城県東松島の友人たちが遊びに来て、鎌倉を案内したときに、思わず写真に収めたのだった。

今でもお気に入りの一枚だ。見るたびに元気が出る。




 

よく見ると、ポストの丸い顔の横に連なる3つの花房も、お腹の辺りの花房の寄り添い方も、切手と私の写真とはとてもよく似ている。

私のは少し盛りが過ぎた花なので、きっとこの切手は、それより数日前に撮られた写真が使われたのだろう。

だからどうしたの、と言われたらそれまでだけれど、この写真を撮ってからは、アジサイの季節ではなくても、墓参りに鎌倉に行くたび、ポストとアジサイの健在を確認してはホッとする。

だから、ちょっとうれしいのである。ともすれば、暗い気持ちに沈みがちなこのごろ、小さな切手のおかげで、梅雨の晴れ間のように私の心に陽がさした。

 

くだんの男性は、以前はエッセイ仲間だった。男性にしては珍しく、情感豊かなエッセイを書く。リタイアして、現在は鎌倉の老人ホームに愛するご夫人とともに暮らしている。エッセイを書くことを生きがいにしているので、その励みになるようにと、月に一度の通信添削講師を仰せつかった。

彼から届く作品は、日々の暮らしから思い出される過去をいとおしむようなものが多い。私は、添削というよりも、一読者としての忌憚のない感想を真心こめてつづり、送っている。

彼は、私が鎌倉に縁があることをいつも喜んでくれる。季節外れの切手をあえて貼ったのは、そんな彼からのさりげないメッセージだったのだろう。

がしかし、ご本人の思惑以上に、私には楽しいサプライズとなったのだった。




 



四度目がないように2017年09月03日

〈前回の続き〉

 

やはり、大きな病院で受診してきた。

この地に住むようになって30年、何かとお世話になっている病院。次男を出産したのもここ。長男が側弯症で入院し、手術を受けたのもここ。

昨年、母に胃がんが見つかり、入院・手術を受けたのもここ。



 

とはいえ、建て替わって、まるでホテルのようだった。

ロビーでは、グランドピアノが自動演奏している。患者さんたちがソファのような椅子でくつろいでいる。

最上階まで吹き抜けがあり、明るい光が差し込む。空調も、暑からず寒からず、快適に保たれていた。

 

受付をすると、ポケベルを渡された。メロディとともに、メッセージが映る。

「2階内科3番診察室の近くでお待ちください」

「3番診察室にお入りください」

「1階採血室の前でお待ちください」

……最後の診察が終わって、カルテを会計に出すと、しばらくして、

「本日のお会計は、¥×××です。自動支払機でお支払いください」

とまあ、至れり尽くせりで迷うこともなく、待合室に呼び出しの声が流れることもほとんどない。

患者さんであふれていた以前のことを思うと、別世界だ。

 

ところで、診察のほうは、改めて血液検査をして、当日わかる範囲を教えてもらった。すべての検査結果は、1週間後に出る。

自分でもいろいろなサイトで調べ、発熱の原因が何なのか、思い当たることはあるのだが、結果が出るまではなるべく考えないようにしよう。

なんとなくまだ体調が良くないのは、5日間抗生剤を呑んだからだろう。

 

「病は気から」というとおり、気にしてばかりでは、よけい重病人の気分になっていくものだ。

 

ブログにも、もっと明るく楽しいことを書いていかなくては……!

 




ダイアリーエッセイ:二度あることは三度あった2017年08月26日

 

二度あることは三度ある……?

いやいや、三度目の正直ともいうではないか。

もし、もう一度同じような症状が起きたら、そのときこそ医者に行こうと思っている。三度目はないことを祈りつつ。


 

……と書いて、729日の記事をしめくくっている。

この夏、6月末、7月末と二度も、高熱を出したというお話。

 

その三度目が、昨日、起きてしまった。前回はいずれも39度近い熱だったが、今回は38度止まり。とはいえ、さすがに不安になる。心に決めていたとおり、近所の医者へ出向いた。

ドクターは、喉をのぞき、胸に聴診器を当て、風邪の症状のないことを確認。そのうえで、血液検査をしましょうと言われた。

今朝は、解熱剤が効いて熱が下がっていた。楽になった体で、結果を聞きにふたたび医者へ。

パソコンのデータを見ていたドクターは、開口一番、

「細菌感染ですね。白血球が減っていて、炎症反応も出ています」

体のどこが感染しているのか、前の二回もそのせいなのか、それはわからない。今回は原因が分かったので、抗生剤を出しておきましょう、とのこと。

「また熱が出たら、今度は大きな病院で診てもらってください」

 

何だか、ほっとしたような、よけい不安になったような……。

四度目にならないうちに、大きな病院に行ったほうがいいのだろうか。

 

 




ダイアリーエッセイ:母を見舞って2017年08月19日

 

母が大たい骨を骨折して、人工股関節を入れる手術をしてから、ちょうど2ヵ月がたちました。

入院中は、寝たきり状態のまま、リハビリもおざなり。病院からは、「本人にやる気がないので、元どおりになって自宅に戻れる見通しは立たない。施設を探してください」と宣告されました。

冗談じゃない、このまま寝たきりにはさせられません。母の終の棲家は、わが家の4軒隣の、自分のマンションです。

 

結局、つてを頼って、姉の地元のリハビリ専門病院に転院することができました。前向きな医療で高い評価を受けている病院です。

ところが、入院そうそう、ひとりで歩けるつもりになったのか、トイレに行こうとして転倒。腰を痛めてますますやる気も失せ、リハビリは遅々として進みません。

 

病院へは、車を飛ばして2時間。秋川渓谷のそばで、緑の木々に囲まれています。特に夏休みのこの時期は道路も渋滞し、一日がかりになってしまうのですが、スケジュールをやりくりして、週に一度は様子を見に行くことにしています。

でも、毎回、私が顔を見せても、母はにこりともしません。

窓の外の木々を眺めているので、「避暑地みたいね」と言うと、「避暑地だもの」と答える母ですが、表情も乏しく、スタッフの皆さんの声掛けにはあまり応じません。

おとといは、美容師さんにヘアカットをしてもらいました。それでも無言。





 

母はすっかり骨と皮だけの体になってしまい、もう自宅に戻れないのでは、という不安がよぎります。

入院前までは、弱った足腰でも、杖を突いたり手押し車を押したりして、何とか歩けました。また、負のエネルギーを発しては、そばにいる私を何かと悩ませていたのに……。あの母はどこに消えてしまったんでしょう。

 

この病院に移るまでは、一日も欠かさず母と向き合うことが私の日課でした。母にとって、遠慮なく言いたいことが言えるのは私だけ。私は精神的なストレスがたまり、せっせとストレス解消にも励みました。

今、母が離れて、私はそのストレスからは解放されました。それでも、母と向き合わないわけにはいきません。血のつながる母と娘だからです。

 

母のことを、こうして書くのは難しい。

変わってしまった母を見るのは辛い。目をそらせていたいのです。

母のようには老いたくない。でも、いずれはそうなる運命かもしれません。

こんなふうに思うのは、冷たい娘だろうか。いえいえ、できることは精いっぱいやってきた。葛藤は繰り返されるばかりです。

 

 

入院は、3ヵ月という期限があります。それまでには、少しずつでも母の状態が良くなってくれることを祈って、希望を捨てずに、母の病院にせっせと通うことにしましょう。

 

 



ダイアリーエッセイ:これって、熱中症!?2017年07月29日

 




前回の記事から、3週間以上もたってしまった。その最後を次のように結んでいる。

 

「私は心身ともに疲れ果て、先週、とうとう高熱を出してダウンしました。

……さて、今後どうなりますことやら。」

 

この日は、渋谷で女子会の約束があった。朝から疲れていたので、少し仮眠を取る。起きてからも、まだだるい。栄養ドリンクを飲み、のんびりと家を出た。

渋谷には早めに着いて、ヒカリエをぶらぶらし、美味しそうなお菓子を買い込んだりしてから、約束の店に出向く。

日本酒と和食。駅前の喧騒から少し離れて、落ち着いた店で、気のおけない友人たちと、いつもの楽しいおしゃべりのひと時を過ごす。でも、お酒だけは控えめに飲んだ。

その甲斐あってか、飲んだ後の頭痛もまったくなく、自宅に戻り、快い眠りに落ちたのだったが。

 

夜中、2時半ごろだったろうか。寒くて目が覚めた。

真夏のこと、ベッドサイドにあるものは限られている。それこそ手当たり次第に体に掛けた。タオルケットに、夏の布団に、そばにあったカーディガンまで布団の上から掛け、それでもぶるぶる震えた。歯がガチガチと鳴る。両側の肋骨の痛みもある。

なに、何なの? このまま、どうなっちゃうの……。

 

そういえば、こんな状態を一度経験したことがある。

30年以上前のこと、開腹手術の直後に、寒くてガタガタと震え、看護師さんが手慣れた様子で電気毛布を掛けてくれたのだった。極度の貧血と低血圧に陥っていたらしい。

 

この夜は、震えが止まらないまま、熱が上がってくるのだろう、と予想しながら、朝を待った。朝には、39度近い熱があった。

医者に行く気力はなく、食欲もなく、とりあえず解熱剤を飲んで眠る。薬の効果が薄れてくると、下がった熱がまた上がってくる。喉の痛みはなく、風邪の症状もなく、ひたすら熱だけ。

それでも、3日後には平熱になり、のこのこと電車で出かける元気が戻っていた。

 

その後は、ふたたびいつもの多忙な日々の繰り返し。仕事やもろもろの用事に追い立てられながらも、半年前から予定していた軽井沢の1泊ドライブには出かけた。その合間を縫って、母の病院に通い、母の次の転院先も決めなくてはならなかった。

 

そして、4週間後の726日。ふたたび、夜中の寒けに襲われた。ガタガタ、ぶるぶる。朝にはやはり39度の発熱。

前日は、とても蒸し暑い日だった。仕事先の会場はクーラーがきつかった。あまり気乗りがしなかったが、疲れた体を引きずるようにして、母の病院にも寄った。帰りはラッシュアワーで、しかも電車は事故で遅れて激混みだった。

幸い今度は解熱剤を1回飲んだだけで、熱がぶり返すことはなかったが、食欲が落ち、熟睡できない状態が続いている。

 

これって、熱中症? 自律神経失調症?

二度あることは三度ある……?

いやいや、三度目の正直ともいうではないか。

もし、もう一度同じような症状が起きたら、そのときこそ医者に行こうと思っている。三度目はないことを祈りつつ。








 

〈軽井沢では、広大なローズガーデンのわきに佇む瀟洒なホテルに泊まり、優雅なひとときを満喫したのでしたが……〉






ダイアリーエッセイ:UFOに遭遇!?2017年06月12日

 




何だかわかりますか。

ピーマンのお化けではありません。

そうです、UFOです。私の両手を組み合わせたよりも、少し大きいサイズの。

先週、いつものウォーキングの途中で、遭遇したのです。



 

これは彼らの秘密基地。道路沿いに、畑を背にしてたたずむコインロッカー式の野菜直売所です。


その名も、「UFOズッキーニ」。

野菜だったのです。そもそも、カボチャの仲間だそうで、白いのや黄色いのもありました。

 

その日の朝、NHKテレビの「あさイチ」で、パプリカの肉詰めを紹介していました。さっそくパプリカを買ってこようと思ったのに、スーパーのパプリカではなくて、畑のUFOズッキーニの肉詰めを作ることにしました。

ただし、ピーマンのように中が空洞ではないので、スプーンでくりぬいて、玉ねぎと一緒にみじん切りにして、ひき肉に混ぜます。

チーズを載せ、オーブンでじっくり焼くこと30分。

それはそれは、美味しかったです。




 

今日は、縞模様がいました。

100円玉を入れて、取りだそうとしたら、「痛い!!」

彼らの機体を食べてしまった私は、宇宙人に逆襲されたのでした。

2ミリほどの長さの、産毛のような細いとげがびっしりと生えていて、刺さるのです。

皆さんも畑で見かけても、気軽に手を出さないように、ご注意くださいね。宇宙のおきてです。







 

そういえば、以前、私のブログには料理の話がいっさい出てこない、というコメントを頂戴したことを思い出しました。

たまには、いいですね、気軽な料理の話を料理するのも。

写真とともに、味わってみてください。

 


ダイアリーエッセイ:オリエンタルリリーが咲いて2017年05月31日



母の日に、息子たちがプレゼントしてくれた鉢植えのオリエンタルリリー。10日ほどして、ようやく咲きそろってきた。

花は小ぶりだが、八重になっていて、思わず目を引く。ユリの中でも珍しい。



 

私は、子どものときから、体が小さかった。背丈はいつも、クラスで前から3番目以内。チビと言われるのが嫌で、背の高い人がうらやましかった。

そんな私を慰めるつもりか、母はよく、

「山椒は小粒でピリリと辛い」と言った。

だから何なの、と反発を抱くこともあった。私は山椒ではない。辛いことが人を褒める言葉とは思えなかった。

 

なぜ小さいことがコンプレックスだったかと言えば、小さいと年下に見られる。自分の年相応にふるまっても、生意気に見られてしまう。

中学の部活動で、私の話したことに対して、先輩の男子生徒から言われた言葉を、今でも忘れない。

「おまえは、こまっしゃくれてるな」

思わず、どういう意味ですか、と聞き返した。つまり、小生意気だということらしかった。同じことを背の高い生徒が言ったら、印象は違うのだろう。神さまは不公平。なぜ私はチビなの。そんな気持ちがあった。

それでも、コンプレックスをエネルギーに換えて、小さくても中身で勝負、人の良し悪しは背の高さとは関係なし、とチビを跳ね返すように、がんばっていた。

小生意気に見えたのは、なにも、すべて背が小さいせいではなかっただろう。子どもっぽい顔つきだったこともあるかもしれない。

チビだと言われて反発するのも、生来の性格や、4人きょうだいの中でもまれ育った環境なども一因だったかもしれない。

 

でも、やがてコンプレックスは薄らいでいった。ある大事なことに気づいたのだ。どうやら男の子たちは、小さい女の子が嫌いではないということ。

そして、オバサンと呼ばれるようになると、さらに大事なことに気づく。小さいと年下に見られる。……うれしいことではないか! ようやくチビが報われる時が来たのだ。

 

とはいえ、チビに生まれたことは、その後の私の人格形成に少なからず影響を与えているらしい。チビへの反発心や負けん気が、ピリリとした辛さになった。やはり私は山椒だったのである




 

小ぶりのユリは、花びらを重ねて、見る人を魅了する。

小柄な女性は、幻の若さをまとって、見る人の目をくらますのかも。

 




映画『美女と野獣』を観る2017年05月06日

 

毎日青い空が広がり、花々が咲き乱れ、気持ち良いお天気に恵まれたゴールデンウィークですね。どのようにお過ごしでしょうか。

わが家は息子たちが連日在宅。その父親はほぼ連日出勤。私は洗濯おばさん兼おさんどんおばさんとして明け暮れています。

とは言いながらも、意外と面白いことにも出会って、ウフフ……と悦に入っています。

まずは今日のことから。

 

 

いつの間にかわが家には、大型連休には息子を連れて映画を観に行く、という習慣ができました。今回の映画はディズニーの『美女と野獣』。



1991年にアニメ映画として制作されましたが、新作はミュージカル仕立ての実写版です。

ヒロインはエマ・ワトソン。あの『ハリー・ポッター』でちょっと生意気そうなハーマイオニー役を務めた女の子です。すっかり「美女」になりましたね。

 

ディズニーの映画は、大人が観ても楽しめます。実写の歌や踊りも、CGをふんだんに用いた魔法の世界も、魅力にあふれています。

魔法で野獣にされてしまった王子と、心優しいヒロインとの純粋な愛は、素直に感動できました。

「人を外見だけで判断してはいけない」

「他人から変わり者と言われても自分の夢をあきらめない」

などのメッセージは、観ている子どもたちの心に染み込んでいくことでしょう。もちろん大人の私も、「変わり者」の息子たちを持つ親として、勇気づけられた気がします。

 

最後に、二人の愛の力で、魔女の呪いが解けて、野獣は美しい王子に戻ります。

なんとそのキャストは、世界的大ヒットドラマ『ダウントン・アビー』のなかでは長女の夫で、幸せの絶頂期に自動車事故で即死したマシュー役を演じたイケメン俳優、ダン・スティーブンスでした♡

あの野獣の姿で演技をするのは、さぞや肉体労働だったのではないでしょうか。なんでも20キロの筋肉スーツを着て、竹馬に乗っての熱演だったそうです。

 

そういえば、2年前の5月5日にも、ディズニー映画の『シンデレラ』を息子と観ました。そのときのブログには、子どもの頃、夢中になったディズニーのテレビ番組のことを回想しています。よかったらお読みください。


ダイアリーエッセイ:映画「シンデレラ」

まだご覧になっていない方、おススメの映画です。

お子さまたちと一緒にいかがですか。





ダイアリーエッセイ:再会2017年05月01日


去年の夏のこと、多摩川の花火大会を近所の高台で見物しようと、住宅街を歩いていたら、自宅から5分の所に新しいお店を見つけた。

Café Lotus。夜だから明るい照明の店内がよく見える。カウンターの中で働くエプロン姿の男性に、見覚えがあった。いつか訪ねてみよう、と思った。

 

それから半年が過ぎた。

最近、ウォーキングを始めて、この店の前をよく通るようになった。通りすがりに見る彼は、いつもかいがいしく働いている。ほぼ間違いない。今度長男と二人で食べに来よう。

 

ゴールデンウィークの2日目。夫は連休というと出勤が多く、今日も長男とふたりで留守番だ。お昼にあの店に行ってみることにした。

真っ青な空の下、日差しが惜しげもなく降り注ぐ。新緑が風に揺れ、家々の生垣には花々が咲き誇っている。

 


そして、カフェ・ロータス。緑色の屋根がさわやかだ。




店内は天井のない造りで、テラスにもテーブルがあり、広々とした空間だ。カウンターの向こうに彼がいた。




メニューを持ってきてくれた時に、思い切って聞いてみた。

「失礼ですけど、新作小学校の卒業生ですよね……?」

すかさず答えが返る。

「そうです。石渡さんですよね」

まあ、よく覚えていてくださって!

私は彼の名が思い出せなかったのだが、岡本です、と名乗ってくれた。

岡本君は、長男の小学校の同級生だったのである。同じクラスには一度もならなかった、と彼は言うのだが、それでも学年2クラスしかなかったから、ほぼ同級生のようなものだろう。

自閉症の息子は、入学のときに特殊学級(現在は特別支援学級と呼ぶ)に入るよう勧められた。それでも、ぜひ1年でも2年でも健常児のなかで過ごさせたいという親の思いから、普通学級に受け入れてもらった。学年の誰もが知る「変わった子、特別扱いの子」だったのである。

 

私が彼のことをよく覚えているのは、忘れられない小さな思い出があるからだ。

まだ、低学年の頃だった。私は、息子の送り迎えをしたり、保護者会の係をしたりと、何かと学校に出向くことが多かった。息子が学校で問題を起こしていないだろうかと、いつも心配な日々だった。

そんなある時、彼が私のそばに来て言った。

「あの、おばさん、モト君お大事に……」

息子の障害を、病気と同じように解釈していたのだろう。

思いがけない彼の言葉が、胸に沁みた。子どもはなんと純粋でやさしい心を持っているのだろう、そう思った。ふっと緊張がほぐれた。

岡本君、あの時は本当にありがとう。おばさんはとてもうれしかったです。

 

息子は就学猶予で1年遅れて入学した。だから、1つ年下の岡本君は、今年30歳になるはずだ。この土地に店を構えて2年が過ぎたという。若くても、りっぱなマスターである。

今でも、笑うと白い歯がきれいで、あの頃と同じやさしい笑顔だった。



小学校卒業から18年ぶりの再会だった。

地元に根を下ろして生きる若者を、これからも応援していきたい。

また、家族や友達をたくさん連れて来るからね。




新しい春が来た!2017年04月09日



かつての私にも、春にはたくさんの人生の節目があった。卒業や入学、転勤など、自分自身のことばかりではなく、結婚後は夫や子どものことで、春はいつも忙しかった。

それがなくなってきたのはいつごろからだろう。気がつくと、年度末の忙しさも、別れの切なさも、4月の新しさも、感じることが少なくなっていた。

 

今年の春は、変化の春にしよう。新しくしよう。願いを込めてそう思った。

 

1週間ほど前、胃カメラの検査を受けた。あまりに胃の不調が続き、いよいよ心配になってきたのである。

胃カメラは初めてではない。大人になり、いらいら、くよくよすることの多い私が、ストレスを胃で受け止めるようになってからは、何回もお世話になっている。

しかし、今回の医師は、鼻から挿入することを勧めた。これは初体験。痛いのでは……と怖気づいた。

 

言うまでもないのだが、胃はストレスでダメージを受けやすい。

1年前の母の入院、手術、その後の介護……。毎日、毎日、毎日、そばに住む私には大きなストレスとなってのしかかってきた。

親の介護は、物理的、時間的な負担だけではなく、精神的な負担があまりにも大きい。実の娘だからこそ、遠慮なく言いたいことを言う母。母のわがままを聞き入れてあげないのは、冷たい娘だからだろうか。残り少ない時間を、なぜ安らかに過ごさせてあげられないのか。ことあるごとに、自分を責めてしまう。

でも、私にも家族があり、仕事があり、自分の人生がある。

そのせめぎ合いに苦しむのだ。かくして、胃の痛む日が増えていく。

 

内視鏡には、胃の表層に櫛でひっかいたような赤い筋が何本も写っていた。

「気苦労が多いもので……」と言うと、

「まさにその痕ですね」と医師。

しかし、重篤な病気ではなさそうで、いくぶんほっとした。

胃痛が完全に消えたわけではないが、気にしないで大丈夫だ、と医師は薬を処方するでもなく、つれなかった。

 

介護がいつまで続くのか、見通しを立てることはできない。それはタブーだ。

ならば、他のストレスを少しでも軽くするほかはないだろう。

 

そこで、思い切って仕事の断捨離をした。

一時期は5つも抱えていたエッセイ教室を3つに減らす。そして、NHK学園の通信エッセイ講座の専任講師も、職を離れることにした。

これで、仕事は半分になったといえる。

 

自由な時間が増えた。少なくとも、月に7日はフリーになる。

さて、何をしようか。新しく何かを始めようか。

まずは、のんびり、ゆったり、考えることからだ。自分のための時間の使い道に、楽な気持ちで思いを巡らす。

胃に優しく、そしてなんと贅沢なひとときだろうか。

  

  

 


copyright © 2011-2015 hitomi kawasaki