ダイアリーエッセイ: ワクチン接種2回目2021年07月17日


 

先月、接種1回目のことを書きました。せっかくなので、記録として、2回目も書こうと思います。そして、皆さんのご参考になれば……。

 

2回目接種も自衛隊による東京大規模接種センターで、71412時が接種予約の日時。1回目の接種から4週間と5日目です。

 

前日の夕方になって、母の暮らすホームからの電話を受けました。

母の健康診断の結果がよくないので、明日病院に連れて行ってほしい、という内容でした。今後の治療や入院などに、家族の意思確認が必要となるからです。

さあ大変。息子を送り届ける車中でしたが、その帰りの買い物もやめて、急いで帰宅。まず予約の変更が可能かどうか、調べることにしました。

2回目の接種をあまり先に延ばしてしまうと、効果が薄れるという説も聞いたことがあります。せっかくの接種を無駄にしたくはない。とはいえ、母の容態も気になります。

接種センターの予約票には、「2回目予約の変更は、Web上でキャンセルせず、窓口に連絡を」とあったので、すぐに窓口に電話をしました。

2回目接種は、28日から38日後の間に受ける必要がある」と書いてあって、私の場合は720日までに受けなくてはなりません。

しかし、てきぱきとした女性の声で、「今、空いているのは一番早くて27日以降ですね」と言われてしまいました。

さあ、困った。どうしたものかと迷っていると、「何かご事情がおありですか」と聞かれたので、正直に答えました。

すると、「それでは、予約担当にお電話をお回ししますので、ご希望の日にちや時間帯がありましたら、3つほどお知らせください」と言ってくれたのです。この先、仕事の予定も入っているので、明日の遅い時間帯を第一希望にして、伝えました。

しばらくすると、電話の向こうから「予約係です」と、こんどはおっとりとした男性の声が聞こえました。窓口の女性から私の情報を受け、話はすべて通じていました。

「明日の遅い時間がよろしければ、18時か1830分ではいかがでしょう」

ああ、よかった!

「何時ごろなら来られそうですか」

「病院の診察ですので、まったく見当もつきません。遅い時間のほうが確かだと思います」

「じゃあ、1830分にしましょうね。以前の予約は、こちらでキャンセルしておきます」

「ありがとうございます! 本当に、助かりました」と、お礼を言うと、

「たいへんですねぇ」とねぎらいの言葉までかけてもらったのです。

事務的ではない、温かい言葉でした。


翌日、梅雨明け間近の東京は、18時を過ぎても明るく、さわやかな風が吹いていました。1回目より来場者も少なく、座ったと思うとすぐに移動。どんどん進んでいきます。

いよいよ接種のブースに入ると、待っていた打ち手は、細身の白衣の女医さんでした。口調もやさしく、針をちくりとさして、すーっと液を入れていく感じ。痛みは前回の半分以下です。

打ち終わったところで、思わず「1回目はとても痛かったですけど」と言うと、

「では、腫れたのではありませんか」と申し訳なさそうに聞かれました。まるで、今回は大丈夫ですよ、と言われたかのように思えて、ホッとして帰ってきました。

さすがは自衛隊、危機管理能力が高いのはもちろん、国民への奉仕の気持ちが伝わってきました。私が直接自衛隊のお世話になったのは、このワクチン接種が初めてのことです。この接種センターを選んでよかった、今回もそう思ったのでした。


さてさて、副反応はいかに。身構えていました。

翌朝は、頭痛と気分の悪さに見舞われ、さっさとカロナールを飲み、横になりました。夕方から、37度台の発熱。倦怠感は募りますが、頭痛は消えています。もう一度カロナールを飲むと、熱だけは下がるのですが、薬が切れてくるとまた上がります。

結局、翌々日の朝も熱があって、その日の午後からのエッセイ教室の仕事はキャンセルせざるをえませんでした。ところが、その夜には、薬が切れても熱が上がらず、頭痛も不快感も解消していました。接種からほぼ48時間後で、副反応が収まったというわけです。

もし、最初の予約どおりに、正午にワクチン接種を受けていれば、何とか午後からのエッセイ教室に出向くことができたのかもしれません。リモートではなく、久しぶりの対面の教室だったのに、残念です。お教室の方々にもご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。


そうそう、やさしい女医さんの注射は、予想どおり期待どおり、あまり痛みが残らずに、3日目の今日、あるのはかゆみだけでほぼ治っています。


    高齢者 発熱したと 自慢顔(静岡県・鈴木貞子)

  717日付け 朝日新聞 朝日川柳より



 


 

ところで、母の容態は、差し迫ってどうのというわけではありません。また来週の検査結果で、今後の治療を決めることになりました。それよりも、ほとんど口をきかず、反応がないことが心配になりました。コロナ禍で、家族が会いにも行けず、施設のイベントもなく、刺激のない生活を送っているせいかもしれませんが……

ワクチン接種が終わった今、これからは母の心配を抱えることになりそうです。


ダイアリーエッセイ:ワクチン接種、行ってきました。2021年06月13日

 

ご挨拶 私モデルナ 僕ファイザー(福岡県・桑原正彦)

 

11日の朝日川柳に載っていたお作です。

ちなみに、私は、ファイザーからモデルナに鞍替えしました。

 

ワクチン接種は地元川崎市の集団接種で一応予約はできたのですが、朝、パソコンが目を覚ますのに時間がかかり、予約開始から5分後には1ヵ月先まで埋まっていて、取れた予約日は7月初め。

その後、自衛隊による大手町の大規模接種センターが空いていると聞き、ネットで予約をしたら、3週間も早めることができたのです。

 

さすがは危機管理能力の高い自衛隊のこと、地下鉄の改札口から10mおきに方向指示のポスターが貼られ、要所には案内係が立ち、迷いたくても迷えないぐらい誘導が見事で、現地に到着。

 



最初の受付から、4色に色分けされたグループごとに移動、どこもパイプ椅子が整然と並んでいて高齢者にやさしい。大勢のスタッフに案内されるがまま、問診と接種を済ませて15分様子見して、次回の予約をして、出口を出るまで30分とかかりませんでした。

ちなみに、予約の際、ABCDのグループ分けがあり、あまのじゃくの私は、最後のDを選びました。確たる証拠はなく、私の推測ですが、これが色分けのグリーンに相当したのでは。グリーンはなぜか椅子の列も少なく、エレベーターに乗るのも、移動するのも、少人数で迅速だったような気がします。



 注射は、全然痛くない、と聞いていたけれど、痛かった!! インフルエンザの70%ほどの痛み。もっとも、針を刺した一秒間ほどです。

 

「今夜の入浴はかまいませんが、お酒はやめておきましょう」

と言われてがっくり。しかたなく帰りは駅から遠回りして、地元で一番おいしいケーキ屋さんでティラミスを買い、デザートに食べて満足しておきました。

 

夜は頭痛がしました。気圧が降下していたので、いつもの気圧痛か、ワクチンのせいか、よくわからず。大したことはなかったのですが、念のため常備薬のバファリンを服用しました。

今日は、片手だけで重い荷物を持っていたかのように、打った上腕のみ、かなりの筋肉痛。頭痛もあります。今日も気圧が降下中なので、原因は判別できません。

副反応は若い人ほど強いそうですね。私はまあまあ、年相応?

2回目は1回目より重くなるというので、要注意です。

 

帰宅後、「2回目の接種は7月半ば。その2週間後の7月末には効果が出てくるはず」と、次男に告げると、

「そうか。8月までは、何とか逃げ切ってくれよ!」と言われました。

彼は、私の誕生日も母の日もいつだってスルーのくせに、1年に1回ぐらいは、母親がほろりとする言葉を口にする。末っ子の性分は憎めないのでありました。


 



ダイアリーエッセイ: 100歳の誕生日はリモートで2021年03月29日

 


夫の母は、義姉(あね)と二人で、都内の自宅で暮らしています。

本日、義母(はは)はついに100歳の誕生日を迎えました。

 

ここ数年は100歳までのカウントダウンのように、大勢で集まってはお祝いしてきましたが、昨年から新型コロナウイルスの感染拡大で会えなくなりました。

「うつったら死ぬから、だれもうちに来ないでね」と義母みずからロックダウン。だれも寄せ付けず、ドアから一歩も外に出なくなりました。

 

とにかくバリバリのシャッキシャキの元気。頭も体もしっかりとして、コロナ以前は、歩いてどこへでも出かけていました。耳もよく聞こえます。

「健康には人一倍気を遣っているのよ」と義母。

「私も気を付けていますけど」と言えば、「私はあなたの10倍は気を付けているの!」と返ってきます。

毎朝起きたら、15分間、全身ストレッチと耳つぼマッサージをする。自分でニンジンのスムージーをこしらえて飲む。130品目を食べるのが目標。二人の食事も、いまだに義母が作っているのだとか……。

 

さて、待ちに待った特別おめでたい誕生日です。コロナ禍だからと、お祝い会を中止にはできません。当日よりも2日早く、みんなが揃う土曜日に、ビデオ通話でつながることにしました。いつもはご無沙汰ばかりのダメ嫁の私も、たまにはいいところを見せなくちゃ……と腕まくりのチャンスです。

1週間前から準備開始。まず、デパートの花屋さんに足を運び、花の種類や色を指定したアレンジフラワーを注文して、配送を頼んでおきました。

それから、パソコンを使って、オリジナルなバースデーカードを作成。わが家の全員集合写真に吹き出しを付けて、そこにそれぞれが直筆でメッセージを書き込みます。早めに仕上げて義母のもとへ郵送しました。


一番大事なのはLINEで全員がつながること。わが家の男性陣はLINEのような今どきの交流を好まず、まずは私とつながるところから始めます。操作が不得手な義姉のタブレットとつながるのも四苦八苦。初めはなかなかうまくいかず、それでもすったもんだの挙句、当日午後2時に、ようやく画面が6等分され、中国にいる娘も、グループホームで暮らす長男も、全員の顔が揃いました。

そこでみんなで「ハッピバースデー、トゥーユー♪♪」を大合唱!

義母はたいそう喜んでくれて、孫の顔を一人ずつ大きくして眺めては、お仕事しているの? 学校には行っているの? などと会話を楽しんでいました。

その後、上海に赴任したばかりの娘からの現地リポート。窓からの景色を実況中継してみたり、街で撮った写真を見せたりしてくれました。

気の重くなるようなコロナ禍の今、なごやかな祝いのひとときでした。

かくしてリモート誕生会はつつがなく終了。仕掛人の私もほっとしたのでありました。

 

義母からは、温かいねぎらいの言葉をもらいました。以前はちょっと苦手な姑でしたが、今となっては、敬愛してやまない長寿のお手本です。私もあんなふうに家族をこよなく愛して、明るく元気なおばあちゃんになりたい。


LINEのビデオ通話中の映像です)


義母いわく、

「コロナが収まってみんなで会えるようになったら、どこかでまたお食事会をしましょう。私が全部計画して、手配して、席順まで決めてあげますからね」

いやはや、100歳のゴッドマザーは、まだまだ健在です。

次の目標は、長寿日本一、はたまた、ギネスに挑戦かしら??


(わが家からのお祝いの花とカードは、内閣総理大臣から贈られた銀杯と、小池都知事からの立派な花瓶とともに、飾ってくれました)

 

 

ダイアリーエッセイ:ステキな一日!2021年02月17日

 

日本でも、ついにワクチン接種が始まった。明るい希望のニュースだ。

初めは心配だったが、有効性が高く、副反応のリスクは低いそうだ。特異体質ではないので、ぜひ喜んで受けたいと、今は思っている。

 

午前中から、仲良しグループのラインが入る。

「次の月例会の日時を決めましょう。みんなでおしゃべりして笑い合って、そうやってみんなで年を取っていこうね!」

うれしくて奮い立った。けじめをつけて、緊急事態宣言が解除になったらすぐにでも……。こうして春3月の最初のお楽しみ行事が決まる。

 

関西は冷え込んだらしいけれど、東京地方は青い空が広がり、朝から春の日差しが暖かい。近所の郵便局へ。お気に入りの風見鶏の家の前を通ってみたら、ミモザの花が、もう咲き始めていた。



夕方、ポストに入っていたのは、友人が上梓したエッセイ集。白い地に生き生きとした金木犀の絵が楽しい。誘われるように開くとオレンジ色の装丁がまたオシャレ。彼女の朗らかで闊達なエッセイが、今の季節にふさわしい気がした。


 

郵便局へ出向いたわけは、年賀はがきのお年玉が当たっていたので、交換に。

3等賞の切手シートだけれど、85枚のうちの5枚。確率は悪くない。今年はツイているかもね。

おまけに、なぜか郵便局で、ミツカンのお酢を配っていた。


 

酢テキな一日でした!(お粗末)

 



ダイアリーエッセイ:重なる日2020年11月24日

 

今日は、午前中に長男の主治医のクリニックに行く予定だった。

 

ところが昨日の夕方、母のホームから連絡が入った。

「右手の腫れがひどくなって、痛くてご飯の時も使えないご様子です。整形外科にお連れいただけますか」

前日に、手が腫れているが、痛くはないとのことなので様子を見たい、という電話があったのだった。どうやらそれが悪化しているらしい。骨折かもしれない。

原則、通院は家族が付き添うことになっている。もちろん、ホームから車いす専用車で送迎はしてくれる。

「わかりました。午前中に行きます」と返事をした。息子のクリニックへは、朝一で予約の変更をしてもらえばすむ。

 

その電話から、1時間もしないうちに、今度は息子のグループホームから電話が来る。

「モトさんが、食欲がないと言って、夕飯を召し上がらないのですが」

世話人さんの言葉にびっくりした。腹痛もなければ熱もないし、風邪気味でもないという。それなのにご飯を食べないなんて、あの子に限ってありえない。どうしたんだろう。

もしかして、コロナ……? 最悪の事態が脳裏をよぎる。

とりあえず、夜中にお腹がすくかもしれないので、おにぎりを作っておいていただけますか、と丁重にお願いをして、明日まで様子を見てもらうことにした。

 

もし、明日の朝、熱が出ていたら? どこの医者に、どうやって連れていく?もし、コロナだったら? どこで隔離する? どこに入院する? 

息子は独りでは無理だ。私が防護服を身に着けて看病する???

たくさんの疑問の湧き上がるなか、はっきりしているのは、明日、息子の体調が悪化していたら、母はホームにお任せして、いち早く息子のもとに駆け付けるということ。母を世話してくれる人はたくさんいても、病気の息子にはこの私が必要だ。いずれ母亡き後は、福祉にお世話になるけれど、今はまだ私しかいない。

 

緊張して朝を迎えた私に、電話の息子の声は明るく元気だった。

「朝ごはんは全部食べました。お腹も痛くない。大丈夫です!」

世話人さんの話では、換気のため窓を開けたままで、ゲームに熱中していたので、体が冷えたのではないか、ということだった。

とにかくほっとした。

 

安心して、母を連れて外科へ。

レントゲンの結果、骨折はなく、細菌が入って腫れたのでしょうとのこと。念のため、採血して検査をし、明日もう一度、私一人で結果を聞きに行く。こちらも、ひとまずほっとした。

通院のおかげで、9か月ぶりに生の母に会えた。文字どおり怪我の功名に感謝する。

 

長引くコロナ禍でも、感染対策をしながら、何とか楽しみや生きがいを見つけて日常生活を送れるようになってきた。とはいえ、いつどこでコロナを拾ってしまうかわからない。そのリスクは誰もが持っているのだ。

私にはまだ、家族を守る役割がある。

改めて、そんなことを考えた一日だった。

 

それにしても、私の〈GoTo旅行〉の日と重ならなくてよかった、と三たび胸をなでおろしたのでありました。




 



さよなら、オデッセイ2020年10月07日

 

7年間の全走行距離25000㎞。

赤信号で停止すると、メーターが狙っていた数をぴたりと示したので、急いでハンドル越しに写しました。20日前の写真です。

 

愛車の3代目オデッセイと、明日お別れをします。4代目はありません。

24年前から乗り継いできたホンダ・オデッセイと、永遠にさよならです。

わが家のひとつの時代が終わったような気がしてちょっぴり寂しい。

 

そもそも2代目からこの3代目に買い替えたのは、母の乗り降りがしやすいように、という思いがありました。

(その時のことは、2013127日の記事に詳しく書きましたので、よかったらそちらもお読みくださいね)

 

7年前の納車時の写真です。 


ナンバーは44-55。その名も「ヨシコ号」、ヨッシーと呼んでいました。

ヨシコは母の名前です。

デイサービスの送迎にも、病院通いにも、ずいぶん活躍してくれました。

でも、今の母には車いすごと乗り込める専用車が必要で、もうヨシコ号の出番はなくなりました。


 

今年の春には、想定外の任務が待ち受けていました。息子の通勤の足となったのです。



グループホームから障害者の職場に通う長男は、コロナ禍のおかげで、電車通勤の自粛を求められました。そこで、出勤を週に3日だけに減らして、私が車で送迎することとなりました。小雪舞う季節から次々と花が咲いていく初夏の頃まで、移ろう季節の3ヵ月間、思いがけず楽しいドライブでした。息子の様子を見守ることができて、母親としては安心のおまけつきでした。


 

いろいろな機会に、ヨッシーの助手席に乗ってくれた友人も数え切れません。

仲良しグループで、にぎやかに旅行もしました。

一番の思い出は、娘とその友達を乗せて、宮城、福島と1000キロの旅をしたことでしょうか。

家族旅行もたくさんしました。最後の家族旅行は、先月GoToキャンペーンを利用して箱根へ。高原のススキの穂が揺れて、ヨッシーの引退に手を振っているようでした。


 

そして、なによりヨッシーとふたりきりのデートは、至福の時間でした。

好きな音楽を流し、車窓越しの空を眺めながら、海岸線を走り、高速道路を飛ばす時、一緒にストレスも吹き飛んでいく気がしました。

ヨッシー君、ほんとにありがとね♡ 

 

もう7人乗りは必要ありません。

これからの私に必要なのは、ドライブサポート機能が充実していること。もちろんエコなハイブリッドも。

今度は5人乗りの車に乗り換えて、まだまだハンドルを握り続け、走り続けます。たとえ、もみじマークを付けるようになっても……(たぶん)。

 

 



ダイアリーエッセイ:図書館の新兵器?!2020年09月09日

 

私の人生、あまり図書館を利用してこなかった。

10年ぐらい前だったろうか。たまには覗いてみようかと、近くの図書館に行ってみた。その空気の悪さ、湿気とカビ臭さにぞっとした。手に取った本も汚れていて、気持ちがしぼんで、やっぱり足は遠のいた。

 

でも、最近になって、図書館を上手に利用している友人を見習い、お世話になろうと思い立った。高い本代もばかにならなくなってきたし……。

昨年の秋、市の図書館に登録すませ、新聞の書評欄で目に留まった本を借りようと、初めてネット予約を入れた。奥田英朗著『罪の轍』。およそ300人待ちだ。すぐに読みたいというわけでもないので、気長に待つことにした。

 

そして、その本をようやく手にしたのが、今日の午後。なんと11ヵ月もかかったのだ。さぞや手垢で汚れているのではないだろうかと、特にコロナ禍の今は、心配になる。

が、しかし。

カウンターから出口に向かう途中、思わず足を止めた。

「除菌BOX」!!

大型の電子レンジのような機械で、中の棚に本を置き、扉を閉めて待つこと45秒。紫外線が照射されて、本が除菌される、らしい。

懐疑的な私も、ちょっとだけ安心して、本を抱いて帰宅した。



 


このマシン、以前からあったのですか。 

私は図書館の浦島太郎だったのでしょうか。

マシンの扉を開けたら、煙が出て、真っ白い髭が生えたりして……

 



終戦記念日によせて2020年08月15日

 

75年前のこと。86日に広島、9日には長崎に原爆が落とされ、日本は15日に敗戦を迎えました。

8月は、戦争と平和について考え、のちの世代に平和の尊さをしっかりとつないでいく時期でもあります。

 

現在の日本も新型コロナウィルスと戦っているとはいえ、まったく異質の、人為的な長い戦争のなかで、300万人以上の犠牲者を出したという事実だけをみても、比べようもない愚かな戦いだったのです。

 

私は戦争を知らない世代ですが、先輩がたから多くのことを学びました。

辛い思い出を書き留めたエッセイも、たくさん読んできました。

「戦争体験を書いてください」とお願いもしてきました。


 

さて、先日89日の朝日新聞に掲載されたエッセイをご紹介します。

(クリックすると拡大します)



 

ご記憶の方もおいででしょう。私のエッセイ仲間、河崎啓一さんの投稿です。「感謝離」のエッセイが大反響を呼び、本まで出版してしまったという90歳の男性です。

 

掲載の翌日、彼から届いたメールは、こんなつぶやきで締めくくられていました。


「あの日を振り返ってみれば、私は中学2年生。叔父の出征を大喜びする軍国少年でした」


90歳の彼が今、かみしめている万感の思い……。深く静かに、私の胸にもしみてくるようでした。




 


本日の直木賞のゆくえは?2020年07月15日

 

本日は、静岡県浜松市のカルチャースクールでエッセイ講座の日でした。

ご多分に漏れず、新型コロナウイルスの感染防止のため、3月から休講になって4か月、ようやく再開する予定だったのですが、昨日になって急きょ延期となりました。ここ1週間ほど東京圏の感染者数増大が懸念され、関東からの方は、講師も受講者もご遠慮ください……というわけです。いたし方ありません。

 

まる一日の暇ができて、ふと思い立ったのが、私の好きな直木賞のこと。今日が今年上半期の直木賞作品選考の日。すでに午後2時から選考が始まっているそうです。

そこで勝手に予想してみました。

残念ながら、私がすでに読んだ候補作は1編だけ。遠田潤子著『銀花の蔵』。初ノミネートとはいっても、受賞しても不思議ではないすばらしい作品でした。

順当にいけば、ノミネート回数最多の馳星周著『少年と犬』でしょうか。

でも、私は犬が得意ではないので、それよりも今熱中している戦国時代が舞台の今村翔吾著『じんかん』を読んでみたい。

というわけで、この3作のうちのいずれかが、数時間の後、受賞の栄誉に輝くのではないだろうか。私の希望的推測に過ぎませんので、あしからず。





 

 

ダイアリーエッセイ:自粛の日々が明けて2020年06月17日


 (スマホの方は、こちらでお読みください)

 東京アラートも消え、新しい生活様式で経済を回そうという時期に入った。

 昨日、3ヵ月ぶりに、電車に乗って買い物に出かけた。友人へのプレゼントの品を探して、大型ショッピングセンターに足を踏み入れる。平日の昼間とはいえ、客足はまだ半分程度。どの店頭にも消毒液が置いてあって、店を替えるたびに利用する。

美しく並んだ商品、それらを照らし出すきらびやかな照明。還暦祝いの赤い色を求めて歩いていると、心が弾んでくる。

小ぶりの花柄のバッグを手に取り、赤かピンクかと迷っていると、若い店員が精いっぱいの笑顔で寄ってきた。彼女も久しぶりの出勤を喜んでいるにちがいない。

「作家ものの手作りなんですよ」 

「どの柄も素敵ね」

売るほうも買うほうもマスク越しだけれど、ショッピングの楽しさを分かち合う。

その後、地下売り場の一角にあるお目当てのケーキ屋さんのコーヒーショップへ。このショッピングセンターに来ると、よくここで一息入れたものだ。やっとお預けだった楽しみが返ってきたのだ。

店内をのぞくと、明らかにテーブルの数が減っている。スタッフの数も少ない。入ろうとすると、止められた。

「手を消毒なさって、こちらにかけてお待ちください」

 マスクの上にフェイスシールドをつけ、青い手袋をはめたウェイトレスが、前の客の食器を片付け、丁寧にテーブルや椅子を消毒液で拭いてから、私を案内してくれた。

 香り高い熱いコーヒーと、さわやかな甘さのレモンタルト。ああ、おいしい……!

 透明のカーテン越しのレジで、レシートを受け取ると、思わず声をかけた。

「しばらくは大変でしょうけど、頑張ってくださいね。またいただきに来ますから」

「ありがとうございます。またぜひお越しくださいね」

泣きそうな笑顔が返ってきた。

 自粛の日々は明けた。感染を防ぎながらも、生の声をかけ合えることが何よりうれしいと思った。



▲客の出入りのたびに、てきぱきと消毒作業を繰り返すスタッフの人たち。

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