自閉症児の母として(34):シドニー・オリンピックの閉会式2016年08月22日


今日は長男の職場も台風のおかげで休業となりました。画面の隅に出る台風情報が気になりながらも、なかよくリオ・オリンピックの閉会式をテレビで見ていました。

息子といると、シドニー・オリンピックがいっそう懐かしく思い出されます。




 

   閉会式

 

最終日。オリンピック・スタジアムに出かけていく。男子マラソンのゴールを見とどけてから、閉会式になる。

この日は、前から二番目の席。周囲には日本人の団体も多い。バックスタンドとはいえ特等席だ。チケットに書かれた値段は、1,382ドル、約10万円なり。いまだかつてこんな高い入場料を払ったことはない。これから数時間の価値だ。ちょっぴり緊張する。

フィールドには、なにやら仕掛けのありそうな白いステージや、スピーカーなどの装置が、すでに並んでいた。

そのステージの向こう側から、マラソンのトップランナーが現れた。エチオピアの選手だ。そして2位にはケニアのワイナイナ。日本で活躍するわれらの選手だ。辺りの日本人がどよめき立つ。

ゴールのあと、喜びのウィニングラン。バックスタンドまでやって来る。「ありがとうございます」と日本語で挨拶しながら、日本人の観客たちと握手を交わす様子を、テレビカメラマンが追っていた。その映像は、衛星放送で世界中に生中継されていた。

帰宅後、録画しておいてもらったテープの中に、私の笑顔と望人の横顔が、ちゃんと映っていたのである!


 


              閉会式の大道具。(マリオは出てきません)


  

3日目にして初めて、スタジアムには冷たい風が吹いた。暗くなって寒さが増す。

閉会式の中でもとりわけ聖火の消えゆく瞬間を、私は神妙な気持ちで待ち受けていた。しかし、選手団入場やサマランチ会長の挨拶など、お決まりのセレモニーの後、期待はあっけなく裏切られてしまった。スタジアムの屋根のすぐ上、飛行機の爆音が聞こえてきたと思ったら、聖火は消し去られていたのだ。なんて物足りない幕切れなの……。


が、そんな感傷をも吹き消すかのように、次の瞬間、スタジアムの空間には、いっせいにクラッカーがはじけて、銀色の紙ふぶきが舞った。スクリーンには、”LETS PARTY!”の文字。耳に馴染んだモダンなミュージック。激しいビート。頭上にはミラーボールが回り、カラフルな照明がスタンドを浮き上がらせて揺れる。スタンドの人々も立ち上がり、リズムに乗り、一体となって揺れ動く。ビッグ・ウェーブも何回となくやって来る。一瞬にして、オリンピック・スタジアムは巨大なディスコと化したのだ。

ステージでは、一流のミュージシャンによるショーが繰り広げられる。トラックでは、次から次へとお祭りのようなパレードが続く。文字どおりのビッグ・パーティーだ。


夢を見ているようだった。いや、夢ではないのだ。今この時を、目の前に広がるこのシーンを、いつまでも覚えておこう、と思った。

この14年間、がんばってがんばって望人を育ててきた。そのご褒美のように、望人の夢に乗って、シドニー・オリンピックへやって来ることができたのだ。


ステージの仕掛けが動き、いつのまにか大きな球体のスクリーンが浮かんでいた。地球だ。大陸や海の映像が見える。

SEE YOU IN ATHENS!(アテネで会いましょう)の文字も読める。

このまま気球のように望人の夢に乗り続けて、世界中を旅することができたら……!

  私はもう一つの夢を見ていた。


       紙製の五輪メガネは、閉会式の観客用のグッズ。








自閉症児の母として(33):「夢シドニー二人旅」より2016年08月21日


今日は午前中、リオ・オリンピックのサッカー決勝がテレビ中継されましたね。ご覧になった方も多かったのではないでしょうか。

ブラジルvs.ドイツの試合は、11の同点のままPK戦へ。最後はネイマールの見事なシュートで、地元ブラジルが金メダルを手にしました。

 

私も、シドニー・オリンピックでは、サッカー決勝を観戦しました。

自著『歌おうか、モト君。』の中に収められた「夢シドニー二人旅」より、オリンピックのエッセイをいくつかご紹介します。

 


写真のはがきサイズのアルバムは、シドニーのおみやげに買い求めたもの。お金では買えない思い出の写真がたくさん入っています。

当時はデジカメではなく、フィルムを入れた一眼レフでした。



 

オリンピック・スタジアムで

 

自閉症の長男、望人と二人でオリンピックを見るため、2000年9月28日から6日間のツアーに参加した。このオリンピック観戦ツアーは、陸上競技、サッカー決勝戦、閉会式をメーンスタジアムで見ることになっている。ツアーとはいえ、ほとんどが個人行動。スタジアムへも自分で市電を乗り継いで行かねばならなかった。

 

 ヒューイ、ヒューイ、ヒューイ……

 歩行者用の信号が青になると、口笛を吸い込むような音がする。

カタカタカタカタカタ……

青の点滅に合わせて、木製のおもちゃを鳴らすような音に変わり、思わず走り出す。なんともユーモラスな効果音だ。

ホテルから最寄りの駅までは、にぎやかな大通りの歩道を歩いて10分ほど。街路樹のプラタナスが青々と繁ってすがすがしい。行き交う人々は、ラフなスタイルで表情も明るい。のんびりというよりは快活だ。一緒になって小走りに駅へ急ぐ。

渡された大きな観戦チケットを、ホルダーに入れて、首から提げておく。これがあれば、スタジアムのあるオリンピックパークまで市電がフリーパスなのだ。

駅はどこも混雑していた。けっして観光客にわかりやすい駅ではないけれど、カラフルなユニフォームを着たボランティアの係員があちこち立っていて、何でも教えてくれるので、迷うことはなかった。

スタジアムが電車の窓から見えてくると、望人がうれしそうに指さした。



 

ゲートをくぐり、中に入る。スタンドの大きさに思わず「うわあ」と声が出る。高々と燃えさかる聖火。席はバックスタンドだったけれど、前から10番目といういい席だ。

ぎらぎらと西日がまぶしい。日が沈んでからも、気温は下がらず、用意していったダウンジャケットがじゃまになった。こちらでも異常な暑さだという。そのせいか蛾がたくさん飛び交っている。

初日の夜は、陸上競技観戦。まず、女子の円盤投げが始まる。巨大なスクリーンに選手の姿が映し出される。英語とフランス語のアナウンス、電光掲示板などで、競技の進行がわかるようになっている。

暗くなるにつれ、11万人収容のスタンドはどんどん埋まっていき、ほぼ満席の状態。観客の声援もパワフルになってくる。オーストラリアの選手が現れると、怒涛のような歓声がわき上がる。

やがて、フィールドでは、男子棒高跳びが始まる。人間がすごい高さに跳ね上がり、迫力がある。

トラックでは男子、女子のリレーが行われ、速さを競うアスリートたちがすぐ目の前を駆け抜けていく。3000メートル障害の一団が、波のようにハードルを飛び越えて、水しぶきを上げる。さまざまな競技が同時進行でおこなわれているスタジアムの中、アボリジニの民族音楽の響きが満ちていく。

跳ねる人、駆ける人、跳ぶ人、上がる水しぶき、唸りのような声……。そのとき、私は不思議な感覚にとらわれた。遠く太古ギリシャ時代の競技場にいるような気がしたのだ。

それもつかのま、すぐ周囲に鳴り渡る携帯電話の音で、現代に引き戻されるのだった。


         ほほには、日の丸のシールを貼っている。


翌日は、正午からサッカーの決勝戦を観る。

望人は、Jリーグの大ファンだ。こちらに来るまでは、テレビに釘付けになって、予選で戦う日本チームに声援を送ってきた。

にわかフリークの私が、初めて観るサッカーの試合がオリンピックの決勝戦だなんて、ぜいたくな話だ。スペイン対カメルーン、といったって、じつのところ何の知識もない。

 

ところが、これも旅の運というのだろうか。隣の席に日本人の青年が座った。一人でオリンピックを見に来たという。髪を後ろで一つに結んで、いかにもフリーターといった感じだ。スポーツにとても詳しい。

「カメルーンのエンボマ、10番です、注目してください。ガンバ大阪にいた選手です」

 スタジアムには、テレビの実況中継のような解説はない。審判の笛が鳴っても、プレーが中断されても、よくわからなかったりするのだが、彼に尋ねると親切に教えてくれる。物静かな声で、きちんと敬語を使って話す。いい青年だと思った。

 

 私たちの後方には、スペインの国旗をはためかせた一団がいて、

「エスパーニャア!」と、大声で応援している。

ところが、試合運びがスペインに有利に展開すると、なぜか、どよめくようなブーイングが起こる。スタンド全体としては、どうやらカメルーンびいきに傾いているようだ。

「カメルーンは強い国じゃないのに、ここまで来たからでしょう」

と青年が言う。

 スタンドは、真夏のような西日を浴びて、暑かった。座って観戦しているだけで、シャツの中を汗がたらたらと流れていく。

結果はPK戦のすえ、予期せぬカメルーンの逆転優勝となった。

 

「どうぞお元気で」

 表彰式の後、名前すら聞かないまま、私たちは別れた。一期一会。そんな言葉が浮かぶ旅先での出会いだった。



         聖火をかかげるモト。



自閉症児の母として(32):16年前の「ひととき」欄2016年08月17日

 

今朝の「ひととき」欄のもとになった16年前の投稿記事。これも皆さんに読んでいただきたいと思いました。




 

当時は、小学校の普通学級から養護学校の中学校に入ったばかりで、私の心も揺れていました。思い切って母子二人旅に出かけて、本当によかったです。気持ちを吹っ切ることができました。

そして、何でもやればできる、という自信が生まれたように思います。

若かったんですね……。

 

いずれやってくる「親亡きあと」のために、もう少しがんばりましょう。


 

写真は、シドニーのオリンピック・スタジアムで撮ったツーショット。

写真屋さんでカレンダーにしてもらったものです。

 

 




自閉症児の母として(31):朝日新聞に掲載されました2016年08月17日


 

今朝の朝日新聞生活面、ひととき欄です。

クリックすると拡大します。




新聞の活字になると、改めてこの16年の歳月に感慨深いものがあります。

そして、最後の自分の年齢に、ちょっと涙ぐみました。


 


新聞掲載のお知らせ2016年08月15日



 

リオ・オリンピックもたけなわですね。

開会式をテレビで見て、ショートエッセイをつづり、朝日新聞「ひととき」欄に投稿したところ、あさって817日(水)の朝刊に掲載されることになりました。

 

購読なさっている方、ぜひお忘れなくお読みくださったらうれしいです。

もちろんデジタル版でもお読みいただけます。

それ以外の方も、当日の新聞をスキャンしてブログに載せますので、どうぞお楽しみに。








ダイアリーエッセイ:「山の日」に2016年08月12日

 

写真は、20141月に、富士山をバックに家族そろって撮ったものです。

一日遅れになりましたが、「山の日」の大事なご報告です。

 



娘が「山の日」に入籍しました。

今年から新しく始まる祝日が、新しい夫婦にはふさわしい。

そして、毎年仕事が休みだから、忘れずに祝うことができる。

そんな理由で、入籍の日に決めたそうです。

 

そもそも、初めて娘から彼氏の存在を聞かされたのは、一年前の夏、独り暮らしを始めるという引っ越しのさなかでした。母親の勘で、なんとなくそんな気がしていました。引っ越しのどさくさに紛れるように告白されて、やっぱりね、と思ったものです。

そして、今年になって、彼氏からもきちんと「ご挨拶」の言葉を聞きました。

 

ところが、平成生まれのふたりは、仲人も結納も釣書も、言葉さえ知らないというのですから、びっくり。

結婚という人生の一大イベントの段取りも、昭和の世代とは隔世の感あり。

同棲(これも死語ですね)⇒入籍⇒家族顔合わせ⇒挙式⇒新婚旅行は未定、

というのですから、その「順不同」ぶりに、またまたびっくり。

私がショックを受けたことさえ、娘にはショックだったようですが、ふたりがよく話し合って決めたことに反対はできません。平成生まれには親の世代とは違った新しい常識があって当然です。親の価値観を押し付けたところで、娘たちの将来の幸せは、ふたりで築いていくものです。

 

娘は、すでに高校生のときに、わが家から同じマンションの4軒離れた母の所で寝泊りするようになりました。そして、昨年の独り暮らしへの旅立ち。

思えば、なんと上手に少しずつ親元から離れていってしまったことでしょう。娘のやさしさだったのかもしれません。

「お父さん、お母さん、27年間お世話になりました」と三つ指ついて挨拶することもなく……。あ、これは私でさえしませんでしたけど。

 

私も、27歳のときに、M君と、某月11日に結婚しました。

娘も、同じ27歳で、M君と、11日に結婚したのです。

きっと幸せになれるでしょう!

 

先月には、5人家族最後の旅行をしてきました。楽しい思い出が残りました。

そして、「山の日」には、娘のいない4人家族で、山ではなく、海へ行っていました。寂しさを紛らわせたかったのかもしれません。

でも、娘がわが家から出ていくのではなく、新しい家族を連れて来てくれるのだ、と思うことにしました。

 

「サエ、結婚おめでとう。末永く幸せになってね」

 

 



おススメの本、荻原 浩著『海の見える理髪店』2016年08月05日


最新の直木賞受賞作、さっそく読んでみました。

6編の小説を収めた短編集で、「海の見える理髪店」は、冒頭の1編のタイトルです。



 

この本に出てくるのは、世の中の隅っこで生きているような、小さな不幸せを背負った人たち。

例えば、両親が離婚して、母親と二人でつれない親戚の家に身を寄せている少女や、知的障害を持ち、父親に虐待されている少年。娘を交通事故で失った両親。殺人の前科がある老人。一人暮らしをする認知症の老婦人……。

どの小説も、それぞれ違った切り口、違った筆致でつづられているのに、共通して感じられるのは、彼らがどこかで不幸を素直に受け入れていること。悲壮感もなく、淡々と暮らしている。ああ、生きることなんて難しく考えなくていいんだ……。そんな気持ちにさせてくれる小説ばかりです。

 

冒頭の「海の見える理髪店」だけ、ちょっとご紹介しておきましょう。

舞台は、さびれた場所に建つ理髪店。

登場するのは、その老いた店主と、わざわざ店を訪ねてやって来た男性客の二人だけ。店主の問わず語りのようなセリフと、客が観察する描写とが、交互につづられて、物語は進行します。

すごいのは、理髪業という仕事の細やかな描写。女性の美容院とはどこか異なる男の世界のようで、新鮮な驚きでした。

そして、話は鳥肌の立つような結末に向かっていくのです。

 

静かな感動が、いつまでも消えません。

おススメの一冊です。






 


自閉症児の母として(30):「津久井やまゆり園」の事件に思う2016年07月31日


 

726日の朝のニュースで、戦慄が走りました。

ドイツのミュンヘンや、フランスのニースで起きた最近のテロ事件が頭をかすめます。今度は日本かと……。

しかも、わが家にとっては身近な、地元神奈川県の〈障害者施設〉での殺傷事件と聞いて、大きなショックでした。

 

それから毎日、報道を目にしない日はありません。この5日間で、事件の詳細や、容疑者のこと、社会の反応など、いろいろとわかってきました。

私の心の中には、あいかわらず最初のショックがもやもやと居座っています。

 

容疑者は、以前はこの施設の従業員であったけれど、精神障害で、しかも薬物反応が見られたという。いったんは措置入院させられても、また野放しになって、経過観察されていなかった。つまり、不幸が重なったような、きわめて特殊な犯罪です。

だからといって、今後はめったに起きることはないだろう、とは言い切れません。模倣犯罪が起きる可能性もあるだろうし、不安はぬぐえません。

ネットでの書き込みなど、容疑者を英雄視する声もあると聞いて、暗澹たる気持ちになります。

 

今朝のNHK「日曜討論」の番組のなかで、映画監督の森達也氏が、

「どんな事件にも特異性と普遍性がある」と述べていました。

今回の事件も、特殊ではあっても、容疑者の偏った思想を助長するような土壌が、社会の中に普遍的にあるのでは、と思うのです。

障害者も一人の人間であり、かけがえのない尊い命を持ち、幸せに暮らす権利を持っている。理屈ではわかっていても、社会にとっての邪魔者だという気持ちが、どこかに潜んでいるのではないでしょうか。

 

今月半ば、出生前診断で胎児に異常が認められた妊婦の94%が中絶を選択したという新聞記事がありました。それぞれに事情があるのはわかります。しかし、おおざっぱな言い方が許されるなら、障害児は不要という選択でもある。残念な結果です。

 

また、今回の事件で特殊な点は、犠牲者の氏名が公表されないことです。

事件後すぐに私は、長男を通して知り合った障害者はいないだろうかと、心配になりました。が、公表されないことを知り、がっかりしました。

もちろん、それは、この施設で生活していた障害者、その家族への配慮だということは納得できます。知られたくない、報道されたくない。そう思う家族もおられるでしょう。でも、その配慮は、健常者が残忍な事件に巻き込まれた場合も同じはず。けれども健常者は公表し、障害者は伏せておく。それこそ偏見につながるような気がして、違和感を覚えます。

 

どんなに重度の障害者であっても、家族にとってはかけがえのない子どもであり、身内であったことでしょう。それは、実名の報道に応じた家族の思いを読んでもわかります。

「〇田〇男さんが、被害に遭いました。ここで穏やかに暮らしていました」

私はそういう報道をしてほしい。被害者の体温が感じられるように、障害者といえども、かけがえのない人生を送っていたことが伝わるように。

 

しかし、理想はそうであっても、まだまだ世間に対して身内が障害者であることを隠さなくてはならない、恥じなくてはならない。それゆえ、障害者はひっそり暮らさねばならないという常識が根強いのも、わからないではありません。

少しずつその偏見が薄れていき、障害者に対する理解が深まることを望んでいます。この津久井やまゆり園では地域の人々との交流があるという記事に、少なからずほっとできました。

 

そもそも社会というものは、必ず障害者が存在するのが当たり前の姿です。その人たちを否定し、排除しようとする思想は、あまりに独善的で、社会人としての意識が低いのでは、と思います。

だからこそ、今回の事件には悲しみとともに、怒りを感じます。

 

亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りします。

障害の二文字は地上に残したまま、空の上では自由に安らかに過ごすことができますように。

残された家族の方がたの悲しみが、少しでも癒される日が来ますように。




 


第155回直木賞、速報!2016年07月19日

 



 以下の候補作品の中から、②が受賞しました。

 

① 伊東 潤著『天下人の茶』

 ② 萩原 浩著『海の見える理髪店』

 ③ 門井 慶喜著『家康、江戸を建てる』

 ④ 原田 マハ著『暗幕のゲルニカ』

 ⑤ 湊 かなえ著『ポイズンドーター・ホーリーマザー』

 ⑥ 米澤 穂信著『真実の10メートル手前』

 

おめでとうございます。

応援してきた湊さんは残念ですが、また次回。

そして、原田マハさんにも今回とは違った作風で、ぜひぜひがんばってほしいと思います。

 

では、受賞作を読んでみましょう。



 



ダイアリーエッセイ:海の日に2016年07月18日



午前中、ひと休みしようとFacebookの投稿を見て、ああ、今日は休日なんだ、と気がつきました。

夫はいつもの休日出勤、長男は特別に休日出勤、いつもぐうたら引きこもりの次男まで、学習塾の夏期講習のバイトに朝から出かけていきました。

私はというと、いつになく静かなわが家で、原稿の締め切りに迫られて、パソコンに向かっていたのです。


 

今日は、海の日でしたね。

子どもが大きくなってからは、海は入って遊ぶものではなく、遠くから眺めるだけのものになりました。

でも、4年前の7月、若いころからヨットマンだった従兄が、葉山でヨットに乗せてくれたのです。船酔いは大丈夫かと、初体験にひやひやしながらも、娘と出かけていき、最高の海のひと時を過ごしました。

船酔いの心配は杞憂に終わり、まるで波の一つにでもなったような心地よさでした。

2013年1月に、前年を振り返っての記事をアップしています

その時の写真です。



葉山沖

海の男たちが、タコを生け捕った。

潮風に乾杯!



 

昔の写真を眺めていたら、ふっと潮の香りがしたような気がしました。

ええ、ほんとうに。香りの記憶は、失われないものですね。

……素敵です。


 





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