エッセイの書き方のコツ(32):繋げて広げて2018年08月31日




昨日は、海風さわやかな駅に降り立ち、湘南エッセイサロンでした。

メンバーのMさんが、こんな素敵なドイリーを作ってきてくれました。



かぎ針を使うレース編みとは少し違って、タティングレースというそうです。手のひらの中に納まるぐらいの糸巻きを、2本の指に渡した糸にくぐらせながら、さまざまな結び目をこしらえては、模様を大きくしていくのです。

鋭い針を使わないので、テレビを見ながらでもできるし、揺れる車内でも扱える手軽さがおすすめ、とのことでした。

私も手芸は好きでしたから、10年前なら試してみたかもしれません。でも残念ながら、今はボタンを留めるのも痛みが走るほど親指の関節炎がひどいので、諦めました。

 

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そのMさんの昨日のエッセイには、とても印象的なシーンがありました。

テーマは「泊まる」。近所に住んでいた少年がアメリカに移住して8年目、アメリカ人の友人と二人で日本に遊びに来て、わが家に泊まったというお話です。

彼は、アメリカ人と日本人とのハーフで、美少年。そのせいか、いわれのないいじめを受け、辛い子ども時代を送ったのでした。

だから日本には友達もおらず、本当はあまり来たくなかったという彼。そんな彼を説得して一緒に来た友人は、日本のコミックやアニメをすばらしい日本文化だと言う。

日本で何がしたいの、と聞くと、手に持ってする花火だと答えが返ってきました。

 

二人の少年は長いこと飽きもせず、線香花火のチリチリと燃えていく様を見つめていた。

 

このくだりには、二人にそそがれるMさんのやさしいまなざしが感じられます。日本では幸せではなかった少年を案ずる気持ち、いつかはコミックを通してでもいいから、長い歴史のある日本文化にも目覚めてほしいという思い。それらが線香花火というはかなげな情感をともなって、読み手の心に届けられるのですね。

 

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線香花火で、皆さんは何を思い出すでしょうか。

私は、この花に思いを馳せました。


 

その名はフウリンブッソウゲ。2016919日の記事でも、紹介しています。風鈴に似ているから付けられた名前のようですが、私は目にしたとたん、「線香花火みたい!」と思ったのでした。

夫が鉢植えを大事に育てているので、毎年きれいな花をつけます。

今年は、茎が1メートル以上にもなり、庭に置いています。さすがは南の花、猛暑をものともせずに、毎日たくさんのつぼみを付け、1日咲いては落ちるのです。今日は4つの花が咲きました。

 

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ドイリーに始まって、Mさんのエッセイ、庭の花へと、連想は糸のようにつながっていきます。そうやって、文章を広げたり膨らませたりして、一つのエッセイへと整えていくこともできそうですね。

手の中の一すじの糸が美しい模様になり、まるいドイリーに形を変えていくように。



おススメのアニメ映画『未来のミライ』2018年08月15日


わが町で家族と過ごす夏休み第2弾です。

 

夫の第二の職場は、熱帯環境植物館。つまり、生き物相手の仕事なので、職員は一年365日、交代で彼らの世話をします。世間の人々と同じ日に、休暇をとれるとは限りません。

逆に長男は、世間並みに夏休みがあるので、半分だけでも一緒に休めるように、夫が調整します。そして、毎年行くことにしているのは映画。



 

今年は、細田守監督の『未来のミライ』を観ました。

じつは、夫の職場がクレジットされているのです。どうやら、植物館がモデルになっているシーンがあるらしい。そんな興味からみんなで見に行こうということになりました。

細田監督の前作『バケモノの子』がとてもよかったという友人もいたので、それなら、という期待もありました。その程度の予備知識だけで、出かけて行ったのです。

 

主人公のくんちゃん。まだ3歳か4歳ぐらいでしょうか。お母さんが二人目の子を出産して、退院してきます。

留守宅で、くんちゃんの世話をしているのは、若々しいおばあちゃんでした。お母さんの帰宅と同時に、おばあちゃんはひいおばあちゃんの介護もあるらしく、そそくさと帰って行ってしまいます。

さて、久しぶりに帰ってきたお母さんに甘えたいくんちゃん。でもお母さんは赤ちゃんにつきっきりで、お兄ちゃんのやきもちが始まります。大好きな鉄道のおもちゃを部屋中にぶちまけたり、食べるのにもわがままを言ったりして両親を困らせます。

ここで、お父さんは自分もがんばらなくては、とやさしい。(あら、どこかで聞いたような声。もしかして、星野源さんかな……??)

仕事に復帰するお母さんと、自分の仕事を自宅に持ちこんで、育児や家事をしょい込むお父さん。夫婦それぞれに、うまくいかない部分や気持ちのずれがあって、今どきの家族をリアルに描いているなあ、と思いました。

 

そんなある時、くんちゃんは、高校生になっている未来の妹、ミライちゃんに出会うのです。その場所が、熱帯植物園なのでした。ミントグリーンの色をしたヒスイカズラが、藤の花のように垂れ下がって咲いている美しいシーンです。

アニメお得意の、時空を超えた旅ではありますが、子どもたちにわかるのかなと、一瞬思いました。いえいえどうして、むしろ子どものほうが、柔かな脳みそで理解するのかもしれませんね。

タイムスリップの行き先は、時には過去。子どものころのお母さんや、戦後間もないひいおじいちゃんにも出会います。このひいおじいちゃんは言葉少なで、くんちゃんをバイクや馬に乗せてくれる、何ともかっこいい青年です。

くんちゃんは、彼らの様子を見たり、彼らの言葉をかみしめたりすることで、少しずつ成長していきます。

 

夏休み公開のこのアニメ映画は、家族連れをターゲットに、大人も子どもも楽しめる作品になっています。くんちゃんの年頃の子どもばかりではなく、若いお父さんもお母さんも、おじいちゃんおばあちゃんも、それぞれの視点から、家族のありようや、互いの気持ちを考えるきっかけになるのではないでしょうか。

猛暑の夏休み、涼しい映画館にこもってアニメを観るのも悪くないですね。

 


ところで、あとから映画の公式サイトをのぞいてみたら、やっぱりお父さんの声は、源ちゃんでした。

そして、お母さんは麻生久美子さんで、おばあちゃんは宮崎美子さんで……おやまあ、そう言われてみれば、キャラクターのお顔もよく似ていました。

ひいおじいちゃんの若かりし頃は、なんと!福山雅治さんではないですか。どうりでかっこいいと思いました。私にとって、彼の声は男性の美声ナンバーワン。いつも、カーナビの女性の声が気に入らなくて、「福山君みたいな声ならいいのに……」と独りごちているのです。それなのに、映画を見ながら、彼だとは気が付かなかったなんて。われながら、情けない。声ファン失格でしょうか……。



今日は終戦記念日です。

このひいおじいちゃんは、戦争で負傷したため、足を引きずるようにして歩きます。彼が戦死していたら、くんちゃんもミライちゃんも、この世には存在していなかった。この映画にそれ以上の押しつけがましさはありません。だからこそ、映画を見たら、平和の意味をお子さんと一緒に考えてほしい。くんちゃんのおばあちゃん世代の私は願っています。




▲ヒスイカズラの花。板橋区立熱帯環境植物館Facebookページから写真をお借りしました。

こちらは、花博記念公園のサイトからお借りしました。▼








ダイアリーエッセイ:野菜の収穫2018年08月12日

 

帰省する故郷を持たない私は、この時期、ちょっとさみしい。旅行の予定もないときはなおさら。でも、人の減ったわが町でのんびりするのも悪くないと思えるようになりました。

 

今年は、思いがけない楽しみが転がり込んできました。

同じマンションの友人夫妻が、10日間の旅に出るので、彼らが借りている畑の留守を預かることになったのです。

3日前に、下見に連れて行ってもらいました。子どもたちが通った小学校の近くで、「シェア畑」と書かれたのぼりがたくさん立っています。

23日前に収穫したばかりで、まだ赤ちゃんサイズのキュウリやナスがたくさんなっていました。


3日前のオクラ。ミルク色のやさしい花が咲いていました。実はまだまだ短い。


 

そして今日、夫と行ってみると、赤ちゃんたちは、あっという間に大きくなっていて、本当にびっくり。キュウリは3倍ほどの大きさです。



昨晩は雷雨がすごかったから、水やりの必要もありません。曇りがちな空の下、連日の猛暑もなく、収穫だけで作業はおしまい。

赤と緑の二種のオクラも、シシトウのように小さめのピーマンも、亀裂が入ったミニトマトも、スーパーの店先の野菜とは何もかも違う。無農薬と新鮮さが何よりのごちそうです。

バジルは、パチンと切るだけで強烈な香りが立ち上って、食欲もわいてきました。

「今夜はイタリアンね!」と、思わずわが家のシェフ(=夫)にオーダーしました。



 

 


ダイアリーエッセイ:これって、熱中症!?2017年07月29日

 




前回の記事から、3週間以上もたってしまった。その最後を次のように結んでいる。

 

「私は心身ともに疲れ果て、先週、とうとう高熱を出してダウンしました。

……さて、今後どうなりますことやら。」

 

この日は、渋谷で女子会の約束があった。朝から疲れていたので、少し仮眠を取る。起きてからも、まだだるい。栄養ドリンクを飲み、のんびりと家を出た。

渋谷には早めに着いて、ヒカリエをぶらぶらし、美味しそうなお菓子を買い込んだりしてから、約束の店に出向く。

日本酒と和食。駅前の喧騒から少し離れて、落ち着いた店で、気のおけない友人たちと、いつもの楽しいおしゃべりのひと時を過ごす。でも、お酒だけは控えめに飲んだ。

その甲斐あってか、飲んだ後の頭痛もまったくなく、自宅に戻り、快い眠りに落ちたのだったが。

 

夜中、2時半ごろだったろうか。寒くて目が覚めた。

真夏のこと、ベッドサイドにあるものは限られている。それこそ手当たり次第に体に掛けた。タオルケットに、夏の布団に、そばにあったカーディガンまで布団の上から掛け、それでもぶるぶる震えた。歯がガチガチと鳴る。両側の肋骨の痛みもある。

なに、何なの? このまま、どうなっちゃうの……。

 

そういえば、こんな状態を一度経験したことがある。

30年以上前のこと、開腹手術の直後に、寒くてガタガタと震え、看護師さんが手慣れた様子で電気毛布を掛けてくれたのだった。極度の貧血と低血圧に陥っていたらしい。

 

この夜は、震えが止まらないまま、熱が上がってくるのだろう、と予想しながら、朝を待った。朝には、39度近い熱があった。

医者に行く気力はなく、食欲もなく、とりあえず解熱剤を飲んで眠る。薬の効果が薄れてくると、下がった熱がまた上がってくる。喉の痛みはなく、風邪の症状もなく、ひたすら熱だけ。

それでも、3日後には平熱になり、のこのこと電車で出かける元気が戻っていた。

 

その後は、ふたたびいつもの多忙な日々の繰り返し。仕事やもろもろの用事に追い立てられながらも、半年前から予定していた軽井沢の1泊ドライブには出かけた。その合間を縫って、母の病院に通い、母の次の転院先も決めなくてはならなかった。

 

そして、4週間後の726日。ふたたび、夜中の寒けに襲われた。ガタガタ、ぶるぶる。朝にはやはり39度の発熱。

前日は、とても蒸し暑い日だった。仕事先の会場はクーラーがきつかった。あまり気乗りがしなかったが、疲れた体を引きずるようにして、母の病院にも寄った。帰りはラッシュアワーで、しかも電車は事故で遅れて激混みだった。

幸い今度は解熱剤を1回飲んだだけで、熱がぶり返すことはなかったが、食欲が落ち、熟睡できない状態が続いている。

 

これって、熱中症? 自律神経失調症?

二度あることは三度ある……?

いやいや、三度目の正直ともいうではないか。

もし、もう一度同じような症状が起きたら、そのときこそ医者に行こうと思っている。三度目はないことを祈りつつ。








 

〈軽井沢では、広大なローズガーデンのわきに佇む瀟洒なホテルに泊まり、優雅なひとときを満喫したのでしたが……〉






ダイアリーエッセイ:海の日に2016年07月18日



午前中、ひと休みしようとFacebookの投稿を見て、ああ、今日は休日なんだ、と気がつきました。

夫はいつもの休日出勤、長男は特別に休日出勤、いつもぐうたら引きこもりの次男まで、学習塾の夏期講習のバイトに朝から出かけていきました。

私はというと、いつになく静かなわが家で、原稿の締め切りに迫られて、パソコンに向かっていたのです。


 

今日は、海の日でしたね。

子どもが大きくなってからは、海は入って遊ぶものではなく、遠くから眺めるだけのものになりました。

でも、4年前の7月、若いころからヨットマンだった従兄が、葉山でヨットに乗せてくれたのです。船酔いは大丈夫かと、初体験にひやひやしながらも、娘と出かけていき、最高の海のひと時を過ごしました。

船酔いの心配は杞憂に終わり、まるで波の一つにでもなったような心地よさでした。

2013年1月に、前年を振り返っての記事をアップしています

その時の写真です。



葉山沖

海の男たちが、タコを生け捕った。

潮風に乾杯!



 

昔の写真を眺めていたら、ふっと潮の香りがしたような気がしました。

ええ、ほんとうに。香りの記憶は、失われないものですね。

……素敵です。


 





旅のフォトエッセイ:Vacance en France 13 モネの庭2016年07月14日


2年前のちょうど今ごろ、娘と二人でフランスを訪れていました。

このタイトルは12回で終わってしまっています。続きを書くつもりでいたのが、2年目にしてようやく13回目をアップ。お待たせいたしました。




 

私が油絵を始めたのは、高校生のときだ。

まだ、何の知識もないころで、なんとなくいいなと感じる絵は、光をまとったような風景画。おそらくそれが印象派の作品だったのだろう。

やがて、クロード・モネの睡蓮の絵と出合う。幻想的な紫色に惹かれた。

 

高校の中庭には、小さな池があり、初夏になると、睡蓮が咲いた。

美術の時間、モネを真似て、それを描いてみた。先生は描きたいように描かせるだけ。麻布のキャンバスなどではなく、せいぜい6号ぐらいのボードだった。

混ぜれば色が濁るが、乾いてから上塗りすると、油彩画らしい色の重なりが出てそれらしく見える。試行錯誤で学んでは油絵具の質感を楽しんだ。

 

やがて大学に入るとすぐ、美術部に籍をおいて、油絵を続ける。

ある夏の合宿では、野反湖へ。湖畔にイーゼルを立てて、1本の木の枝の向こうに、湖を描いた。

秋の合評会で、部の大先輩でもある著名な画家先生がやってきて、

「印象派のような構図ですね」と、この絵にお褒めの言葉をいただいた。

しかしながら美術部では、絵の描き方より、お酒の飲み方を教わったような気がする。

 

そのころの仲間の一人と、今も一つ屋根の下で暮らしている。

彼は今でも写実的な植物画を楽しんでいるが、私はもう絵はやらない。

ときどき本物を見に出かけるだけである。

 

そして、憧れていたモネの庭を訪れるために、パリからバスに乗って1時間、ジヴェルニーへと出かけていったのだった。



バスを降りて、静かな通りを歩いて……


       小川に添って進めば……

 

              蓮池が現れた。


         日本庭園を真似て、モネは柳の木を植えたという。

そして、竹林も。


 
         よく見ると睡蓮も咲いていた。


印象派の人々は、屋外に出て、自然光を絵筆でとらえようとしたのである。

その名前の由来となった『印象・日の出』を描いたクロード・モネは、光の画家とも呼ばれた。 

ところが、残念ながら、訪れた日はあいにくの曇り空。晴れていれば、水面に光の破片が浮き沈みするのだろうに、池はおとなしく眠っているようだった。



池の周りには、寄り添うように花が咲いている。            




         私の大好きなホクシャ。

こちらでよく見かける濃いピンクのアジサイ。

         淡いピンクのガクアジサイも。


               懐かしい月見草も咲いていた。


       大輪のダリア。

  


       手入れのいきとどいたガーデン。





モネの家へ。


       入り口はこちら。内部は写真撮影禁止でございます。




家の中には、たくさんの浮世絵のコレクションが飾ってあった。

日本庭園に憧れていたモネは、太鼓橋や蓮池のある庭を造った。

彼の描く絵の中には、浮世絵が登場したり、モデルがあでやかな和服を着ていたりする。

そんなモネの住んだ家を、今は日本からの観光客がおおぜい訪れている。

 

またいつの日か、バラの花の香るころ、そしてまた、藤の花房が咲き垂れるころ、光が満ちあふれるお天気の日に、もう一度訪ねてみたい。

願いは叶うだろうか。

 




ダイアリーエッセイ:「水をしっかり飲む」2015年08月08日


今日は、横浜市磯子区民センターで開催の〈磯の綴り会〉というエッセイ教室の日です。

いつものように、車で出かけました。

首都高を降りて、赤信号で停車。すると、あらら、私の前で信号待ちをしていた軽トラックが、赤信号はそのままなのに、するすると走って行ってしまいました。青になったのは歩行者信号だけですよー!

しばらく行くと、また前の乗用車が、信号無視で行ってしまった……。

2回も立て続けに信号無視を目の当たりにするなんて、変な日です。

みんな暑さで頭がぼーっとしているのかな。気をつけてくださいよ。

 

さて、今月のエッセイのテーマは「水」。なくてはならない水だからでしょうか、どのエッセイも、テーマをぴたりと水に合わせて、ぶれない作品に仕上がっています。

 

その中のKさんの作品のタイトルが、「水をしっかり飲む」。

あるドキュメンタリー番組の紹介から始まります。イギリス人の探検家が、さまざまな自然環境の中で、体ひとつで生き抜くための方法を教えてくれるのだそうです。暑さ寒さをしのぎ、天敵から身を守り、食べ物をどうやって確保するか……。

サバイバルのなかでも重要なのは、飲み水です。食べなくても3週間は生きられるけれど、水無しでは3日が限度だとか。脱水症状が進むと、思考能力が鈍り、パニックに陥って生存率がぐっと下がるといいます。

絶対に飲んではいけないのは、海水。意外にも、山に積もった雪や川の水もNG。バクテリアに汚染されている可能性があるそうで……。

彼のエッセイは、まさに立て板に水のごとく、よどみなくすらすらと読める文章で、数々のサバイバル術をフムフムと興味深く読ませてもらいました。

 

近年の日本の猛暑は、熱中症で亡くなる人もいるほど。大自然に放り出されなくても、私たちはコンクリートジャングルでサバイバルを余儀なくされているのかもしれませんね。

 

帰り道、気がつくと、赤信号を突っ切っているではありませんか。おっと、危ない、危ない……。

そして、いつもの首都高の入り口も、なぜか通り過ぎてしまいました。暑さでボーっとしているのは、私も同じかも?!

ぐるりと回って同じ高速入り口に戻ってくる間に、片手でごそごそとバッグを探り、水筒のお水をしっかり飲みました。

 

皆さんも、くれぐれもご用心。まずは、お水をしっかり飲みましょう!


 

 




朝日新聞「継ぐ記憶 私たちに戦争を教えてください」2015年08月06日


「継ぐ記憶 私たちに戦争を教えてください」という5回にわたる特集記事が、730日から85日まで朝日新聞夕刊の第1面に掲載されました。若い世代の俳優5人が、戦争体験者に話を聞くものです。これは、来週815日にはフジテレビのドキュメンタリー番組としても放送になるそうです。

私は息子に読ませようと思い、この新聞記事を切り抜いておきました。

今年から選挙権も手にした息子たちの世代に、今こそ自分たち自身のこととして、戦争と平和についてもっともっと考えてほしい。これから先もずっと、戦争をしない平和な日本に生き続けることができるよう、歴史の教科書の中のことではなく、自分たち自身の現実問題としてとらえてほしい。

そう思ったからです。

おそらく記事の趣旨も、若い世代に読んでもらう狙いがあったのではないでしょうか。

 



それは、毎年のことながら、夏休みをのほほんと過ごしているわが家の大学生に、母親からのささやかな宿題です。

これを読んで、何を感じたか、自分の言葉で話してみて。

さて、回答はいかに……?

 

シリーズ4回目では、福士蒼太さんが初めて原爆ドームを訪れます。

そして、当時、出征してしまった男性社員に代わって路面電車の運転をしていた女性二人から話を聞きました。

 

  継ぐ記憶 私たちに戦争を教えてください:4
  福士蒼汰さんは見つめる
   被爆した広島の街で 助け合う少女の強さ

(クリックすると、朝日新聞デジタルにリンクします)

 

今日は、広島に原爆が投下されてから70年目の「原爆の日」。






ダイアリーエッセイ:黒い蝶が舞う朝2015年08月03日

 

朝、リビングのカーテンを開けると、黒い蝶がベランダにいた。

アゲハチョウの一種だろうけれど、ほとんど模様もなく真っ黒だ。

ひらひらというより、ゆらゆらという感じの弱々しさで、ガラス戸の向こうを着かず離れず飛んでいる。まるで、部屋の中に入れて、と訴えているかのように見える。

 

……誰かの化身だったりして。

起きたばかりのぼうっとした頭で、ふと思った。

死んだ人が蝶になって帰ってくる、という話をどこかで読んだような気がする。

それを信じるような趣味は持ち合わせないが、貴婦人が葬儀に身につけるドレスをまとったようで、その力ない飛翔も、不吉な想像をかき立てるに十分ではあった。

 

このところ、毎晩寝る前に、先日直木賞を受賞した東山彰良著『流』を読んでいる。幽霊と昆虫が出てくるくだりがあるのだ。しかも、かなりショッキングだった。

私の思考回路がその影響を受けてしまっているのかもしれない。

 

蝶は、鮮やかなマリーゴールドやサフィニアにも、美味しそうな香りのゴーヤの花にも近寄ろうとはせず、ただふわふわと、庭の上を漂うように舞っていた。15分もいただろうか。やがて、姿は見えなくなった。

 

それにしても、黒い蝶の出現はなぜ……?

「虫が知らせる」という言い方も、古くからあるではないか。

……やっぱり、何かの〈知らせ〉だったりして。

 

そうだ、ブログに書いておこう。みんなに喋ってしまおう。

黒い妄想が、ただの杞憂に終わるように。

 




2000字エッセイ:「娘が巣立つとき」2015年08月02日


娘が巣立つとき

 

社会人4年目になる娘が、職場に近いマンションを借りて独り暮らしを始める、と言いだした。

メガバンクの総合職として就職した娘は、とにかくハードな勤務を続けている。早朝、ご飯も食べずに出かけ、夜遅く帰宅する。テレビを見ながら一人で夕食をすませると、そのままリビングのソファで爆睡。朝5時に携帯電話のアラームが鳴り響き、あわててシャワーを浴びて出勤する。

 とくに最初の2年間は、都内でも1、2を争う超多忙な支店勤務によく耐えた。現在は、大手町の本部に移り、乗り換えなしの片道50分の通勤だが、それでもハードな生活であることに変わりはない。

ところが、さぞ疲れているだろうと思いきや、休日はほとんど家にいない。旅行に登山、競馬にゴルフ、そして飲み会……。娘なりのストレス発散なのだろう。たまに在宅のときは、夕方まで寝ていて、家事手伝いはおろか、自分の部屋さえ散らかったままだ。

「とてもとてもこのままでは、独り暮らしは無理ね。まして、二人暮らしをや……」

私は冗談半分でため息をついたものだ。いくらタフな娘とはいえ、体を壊しはしないかと、はらはらするばかりだった。

1時間でも睡眠時間を増やしたいという彼女の理由に、異を唱える気持ちはない。地方に転勤の可能性も十分にあったので、いずれは、と心づもりもしていた。

しかも、娘は高校生のうちから、マンションの4軒隣に住む母のところで寝泊りをしてきた。お風呂は母のところで入り、食事はわが家で食べていたが、最近では朝食も夕食も外ですませるから、週に12度しか顔を合わせないこともある。片足は家を出ているような感じだったのである。

 

次の週末に、「清澄白河のマンション、仮押さえしたから」と娘が言ってからは速かった。いい物件はすぐに押さえて契約も早くしないと、ほかにも希望者が何人も待っているらしい。それも不動産業者の手なのかもしれない。父親はのんきに母親に一任のかまえだ。とにかく、娘と一緒に出かけていった。

「清澄白河」と聞いても、以前、田園都市線の終点だったから知っているだけで、降りたのは初めて。大手町からは3つ目の駅だ。歩いてみると、街のあちこちで巨大なスカイツリーが顔をのぞかせる。清澄庭園に近く、東京現代美術館の最寄り駅でもある。すし屋、和菓子屋、豆腐屋などが並ぶ商店街があり、お寺の屋根もあちこちに見え、いかにも下町らしい風情が漂うなかに、新しい感覚のショップが入り混じって、魅力的な街に変貌しつつあるようだ。

めざすマンションは、駅から住宅街を歩いて5分ほど。築2年で、新しい設備が整い、快適に住めそうだ。買い物に不便はないし、治安もいいという。私はGOサインを出した。私まで、新しく別荘ができるような浮き立つ気分になっていた。

そして、7月の3連休、猛暑のなか、引っ越しを敢行した。初日は自宅から小さな荷物を送りだし、翌日向こうで受け取る。それまでに買っておいた電化製品や家具なども、3日間のうちに配送される予定だ。街を歩き回って買い物をしたり、収納を手伝ったり、私は娘とともに肉体労働に明け暮れた。娘も、自宅に戻ってきて後片付けやごみ処理など、夜中までがんばっていた。

一人でやらせておこうかとも思ったが、あえて私は口を出し、手を出した。娘はこれからもなにかと母親の世話になる必要が出てくるだろう。そんなときには遠慮せず頼ってほしい。だからこそ、まだまだいける、と印象付けておきたかったのである。

最終日には、自宅で最後の荷物を車に積み込み、首都高を飛ばした。そして、日が暮れかかる頃には、娘と手を振って別れた。

「ありがとうございました」

「気をつけるのよ」

行きは助手席に娘がいた。帰りは一人だ。渋谷辺りで渋滞する。右側には真っ赤な夕日がまぶしい。やがて、ピンク色の夕焼け空がひろがっていく。正面にはシルエットの富士山が見える。BGMは、娘の好きな嵐の、それも別れの歌が……。

不覚にも涙があふれて、視界がぼやけた。

 

後日談がある。母から聞いた話だ。

「あの子、前の晩にお風呂をピッカピカに磨いていったのよ。今までお風呂掃除なんてしたこともなかったのに。まさしく、立つ鳥跡を濁さず、だったわ」

 母は、日頃から娘の暮らしぶりがだらしなく見えて小言が多かったが、今回ばかりは驚いたという。要領のいい娘らしい、と思った。





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