藤井風の不思議2021年06月28日


昨年の10月、車を買い替えた。これまで20年以上も7人乗りを乗り継いできたけれど、これからは自分が高齢になっても楽しめる安全な車がいい。

選んだのはホンダのヴェゼル。発売された時から、次はこれだと決めていたスタイリッシュなSUV。サポート機能も充実、当然ハイブリッド。アメジストパールという渋い大人の色にする。

ようやく運転操作にも慣れてきた。愛車を伊豆の海岸にとめて撮った写真を、スマホの壁紙にしている。

 

 ところが半年もたたないうちに、ヴェゼルのフルモデルチェンジが発表された。ちょっとがっかり。がしかし、CMが放映されるようになると、そのテーマ曲「きらり」に惹かれた。リズミカルでさわやかな疾走感。ファルセットボイスも、日本語だけの歌詞も心地よい。

 作者は藤井風(ふじいかぜ)。彼の名を耳にしたのは1年ほど前、若いママ友からだった。当時は動画を見てもイメージが定まらなくて今一つだったが、その後、カーラジオから流れる彼の歌にもなじんで、悪くないかも、と思えるようになっていた。

 そこへヴェゼルのCM曲。さらに別の友人が彼のライブに埼玉まで行ったと知り、がぜん彼の輝きが増す。彼女から次々とライブ配信やCDなどの情報が送られてくる。

 極めつけは「藤井風アプリ」だった。インストールしたら、彼の顔をしたアイコンが、壁紙のヴェゼルのフロントグラスに、しかもちょうど助手席の辺りに貼りついたではないか。ドキリとした。運命の人だわ!

それから毎晩YouTubeの動画を見ては、取り寄せたCDを聴き、〈風沼〉に突き落とされるのに3日とかからなかった。

 

 彼は、岡山県出身の24歳。父親の影響で幼い頃からピアノを習い始める。中学生の時、YouTubeチャンネルを作り、演奏をアップ。才能の頭角を表した。彼の成長と進歩を追うように、演奏ぶりが次々とアップされていく。ショパンの幻想即興曲から昭和の歌謡曲やフォークソングまで、力強いタッチで弾きこなす。

しかも、才能はピアノだけではない。さまざまなジャンルの洋楽のスタンダードナンバーを、みずからアレンジしたピアノ伴奏とともに、見事に歌いこなしている。

YouTubeで注目され、高校を出ると、順調にプロへの道をたどる。ファーストアルバムは各チャートで1位になり、高い評価を得た。

岡山の田舎から出たことのなかった青年が、インターネットを駆使して世界と繋がり、多くを学び、才能を開花させてしまうなんて、努力家でもあるわけで。

 

多才なうえにルックスも半端ない。「ハイスペック・イケメン」とか、「彼の顔で城田優と福山雅治がシェアハウスしてる」などとコメントされる。

都会的でクールな雰囲気と、ふとこぼれるピュアな微笑み。岡山弁の純朴な語り口と、ネイティブのような英語のトーク。かつてイメージが定まらないと思ったのは、つまりは多面体の魅力だったのだ。

 

それにしても不思議でならない。彼の年齢の3倍近くも生きている私が、その現実に少しの後ろめたさもなく、彼の歌にとろけ、とりとめのない歌詞の深い意味に心打たれている。イケメンの豊かな表情に魅入っている。

そんな時、私の中にひらりゆらりと高揚感が立ち昇るのだ。

これって〈何なんw〉。

 

風沼にハマって3週間。やっと気づいた。

例えば、「きらり」のミュージックビデオ。肌の色も、年齢も、ジェンダーも、さまざまな人たちが現れて、彼を取り巻きながら楽しげに踊っている。そういえば、ほかのMVでも同じような人々が登場する。歌詞にしても、岡山弁だったり、やんちゃな物言いだったり、女言葉だったりする。

つまり、男と女のありきたりな愛だの恋だのとは、ひと味違っている。もっと広くて深い愛、神さまのようなやさしさ。それなのだ。

だから、どんな人でも素直に溺れることができる。ありのままの自分でいいのだと思えてくる。

だから、彼の歌を聴いて湧き上がる高揚感は、自己肯定感にとって代わる。どんなに年をとったって、私は私でいい、やりたいことをやっていこう。そんなふうに思えてくるのだ。

こんな出会いは初めて。そう、やっぱり風は不思議。

 

そして、もうひとつ、彼の世界にはたびたび、もがいた後に解放される喜びが描かれる。癒しは希望をもたらす。誰にとっても、コロナ禍の無味乾燥な日々だからこそ、風沼は瑞々しいオアシスなのだろう。

 

今日もまた、助手席に彼を乗せて、ヴェゼルを走らせる。

「どこまでも どこまでも……♪」




文中の「何なんw」は、アルバム『HELP EVER NEVER HURT』の1曲目のタイトル。

同じく「どこまでも どこまでも」は、「きらり」の一節です。



テーマは「思い出の曲」でつづる800字エッセイ2020年10月28日



「アルプス一万尺」

             

20代半ばのころ、ほんの4ヵ月だけロンドンで暮らした。英国人家庭にホームステイして、近くの英語学校に通ったのである。ヨーロッパの各国からやって来る学生たちと交わる生活は、毎日刺激に満ちていた。

ホームステイ先からは、住宅街を30分歩いて通う。学校はそんな地域の一角にある古いお屋敷を利用した小さな所だった。

 

帰り道は、同じ方向の生徒と一緒になる。同じ家庭に住むホームメイトのスイス人女性マリスと、別の家から通うイタリア人のファビオ。マリスはキリンのように背が高く大きな目をした社交家で、1つ年下だけれどお姉さんのように頼もしい。ファビオは黒ぶちメガネに足元は革靴。いかにもイタリアのお坊ちゃんという感じの十代の青年だ。

3人のおしゃべりは尽きることがない。3国共通の食べ物を発見したり、共通だと思っていた習慣が自国特有だと知って驚いたり……。

 

ある日のこと、マリスが、

「同じ歌をそれぞれの言葉で同時に歌ってみない?」

と提案した。それが「アルプス一万尺」だった。

「アルプスいちまんじゃーく、こやりのうーえで、アルペン踊りをさあ踊りましょ!」

ふたりも負けじとドイツ語とイタリア語で声を張り上げる。何を言っているのかわからないけれど、メロディはまったく一緒だ。

「……ラーンラランランララララ、ラララララーン、ヘーイ!

と、最後だけは声がそろった。その歓声はすぐに笑い声に変わる。言葉は違っても、曲は同じ。そんな当たり前のことを実感して、うれしくておかしくて、いつまでも笑い転げた。秋の黄昏の中、若い声が閑静な住宅街に響いていた。

 

マリスとはその後も友情が途切れず、今ではSNSでつながっている。

ファビオはどうしているだろう。今年、新型コロナのパンデミックのニュースに、ふと心配になる。

 


沖仁さんのライブへ♫2018年02月24日

 




大好きなフラメンコギタリスト沖仁さんのライブへ。

それは不思議なコラボでした。

会場からして、能楽堂。日本の伝統芸術文化が公演されるような場所です。

今回は、この舞台で、バイレ(フラメンコの踊り)と長唄とのコラボです。

 


全員が黒ずくめの衣装と地下足袋姿で登場しました。

バイレの女性ダンサーもパーカッションの男性も、靴は履かずに足袋。床を踏み鳴らす音が木の温もりを伝えます。

繊細なギターの音色と、リズミカルに床を打つ音と、一点の曇りもないほどに澄んでなおかつ力強い長唄の声音とが、重なり合っていきます。

黒いスカートのダンサーは、時に素早く、時に緩慢に、豊かなフリルのストールやスカートの裾を揺り動かしては、狭い舞台を無言で動き回ります。


 この舞台に邂逅した洋の東西は、やがて見事に溶け合い、独特の情感を醸し出して会場を包み込み、観客を魅了したのでした。

 


 

中学生か高校生のころだったでしょうか。わが家にギターがありました。

ギターは右手で弦をはじいて奏でる楽器です。左利きの私は、どうもうまく弦がはじけません。試しに、6本の弦を張り替えて左右逆の順番にしてみました。こうすれば、左利き用のギターになるわけです。

あら、左手で弾ける! 

「禁じられた遊び」のさわりの部分も、何とか爪弾いてそれなりにメロディーになるではありませんか。

 

小さい頃から左手で字を書いていた私は、矯正され、右手でも書けるようになっていました。そもそも日本語の文字は、右手で書きやすいように書き順が決まっている。つまり、左手だと裏返しの文字が書きやすいということです。右手で普通の文字が書けるようになると、左手で鏡文字がすらすら書けるようになっていたのです。

そんな私ですから、コード表を裏返しで読み取ることなど、さほど難しくもなかったようです。

 

うれしくて、コード進行もいくつか覚えて、ギターを弾きながら、当時流行っていたフォークソングなど歌っては、楽しい時間を過ごしました。

そんな幸せなひと時も、長くは続きませんでした。きょうだいたちからギターの弦を元に戻すようにと言われ、従わざるをえませんでした。

私は左ぎっちょだからギターが弾けない。そう決めつけて、諦めたのです。

 


 

さて、不思議な音楽の世界に酔いしれて2時間、ライブは終了。

その後、アルバムを買って、沖仁さんにサインをもらいました。





彼はなんと、字を書くのは左手。私と同じサウスポーだったのです。でも、ギターを弾くときは右利きの人と同じように弾く。それを知ってますます彼のとりこになりました。

左利きの彼は、どれだけの努力をして、右利きの世界に挑んでいったことでしょう。ハンデをものともせずに、ギターを習得し、スペインで開催されたフラメンコギターのコンテストで優勝するなど、並大抵のことではありません。

 

そんな内に秘めた強さなど感じさせないような、穏やかでやさしい微笑みの沖仁さん。言い訳ばかりの私は、自分をおおいに恥じたのでした。




自閉症児の母として(46):福山くんの「トモエ学園」を聴いて♪2017年12月30日




ちょうど1週間前の金曜日の夜、息子がテレビ朝日の「ミュージックステーション スーパーライブ2017」を見ていました。彼が毎週欠かさず見る番組の一つで、私のお気に入りのアーティストが出てくると、教えてくれるのです。

その夜は、福山くんで呼ばれました。歌うのは、「トモエ学園」という曲。黒柳徹子さんの自伝的ドラマ『トットちゃん!』の主題歌だとか。ドラマはちらりと見たことがありますが、曲は聞いたことがありません。

 

バイオリンのイントロで始まりました。

 

うれしいのに さみしくなる

たのしいのに かなしくなる

 

子どもの頃の学校を懐かしんで、感謝する気持ちが歌われていきます。

そして……

 

わたしたち 違うんだね

顔のかたち 心のかたち

 

歌詞を見ながら聞いているうちに、私は涙が出てきました。

息子たちの歌だ、と思ったのです。

自閉症に限らず、障害者すべての歌だと思えました。

 

  先生 友達 わたしの明日 作ってくれたの

  学び舎の日々 ありがとう

 

黒柳さんは、子どもの頃、今でいう学習障害だったそうです。

そんなトットちゃんを、じょうずに育んだ先生方は、息子がお世話になったすべての先生と重なります。

福山くんは、明るく楽しくというよりも、彼の精いっぱいの誠実さを込めて、バイオリンの演奏とともに、ろうろうと真面目に歌い上げていきます。

彼の歌は、力強くまっすぐに、息子たちを肯定しているように感じられました。

彼はミュージシャンとして、これまでより、ひとまわり大きくなったのではないでしょうか。

 

今年も、私の中にたくさんの歌を取り込んでは、人生の彩を感じてきました。

音楽は、心のビタミン。それがなかったら、心は干からびて体まで栄養失調になってしまいそう。

今年最後に、思いがけず、すばらしい歌と出会いました。

 

大晦日の紅白でも、彼はこの歌を歌ってくれます。

皆さまも、ぜひぜひお聴きくださいね。

そして、自閉症児の母の心にシンクロしてくださったら、うれしいかぎりです。


 

この一年、なかなか時間がとれず、気持ちの余裕もなく、思うように書けませんでした。書きたいことをずいぶん置き去りにしてきました。

そんな私のブログに、わざわざ読みに来てくださって、本当にどうもありがとうございました。

どうぞよいお年をお迎えください。




行ってきました、桑田くんのライブ「がらくた」in東京ドーム♪2017年11月16日

 



これ以上ないぐらいの青空がまぶしい秋の一日、行ってきました東京ドーム。

座席はスタンド1階の中ごろ。何と言っても広い広い野球場だから、遠くは霧にかすんでいるけれど、ま、しょうがない。



 

1曲目のイントロが始まった瞬間から、5万人のファンの歓声と拍手とリズムに乗った動きが炸裂する。少し懐かしい曲から、アルバムの新曲まで、期待どおりの演奏が、がんがん続いていく。

盛り上がったころ、入場のときに受け取った腕時計式のライトが、曲の始まりと同時に一斉に点灯。曲調によって色も変わり、カラフルに点滅したりもする。ドームの中は、5万個のライトのうねりが美しい。一人ひとりのハートがきらめいているかのようだ。気分は最高潮……。

桑田くんは、相変わらずおちゃらけたMCやギャグやコントで、時に爆笑、時に失笑を買う。彼のサービス精神旺盛な温かいキャラと、それに応えるファンのやさしさとがコラボする空間に、ああ、今夜ここに来られてよかった、としみじみ思う。

 

そして、彼の歌に酔いしれ、一緒に歌いながらも、心の中では、また別の思いが広がる曲がいくつもあった。

2曲だけ、ここに記しておきたい。(ネタバレごめんなさい)

 

MY LITTLE HOMETOWN

今、上映中の『茅ヶ崎物語』の副題にもなっていて、彼が少年期を過ごした茅ヶ崎の歌だ。私も8歳までこの町にいた。

野球少年だったという歌なのだが、神輿の掛け声がバックに入る。映像にも祭りのシーンが出てくる。7月の浜降り祭だ。

私も子どもの頃には、この日だけは朝早く起きて、浜へ出かけていった。学校もお休みだった。若者たちが神輿を担いだまま威勢よく海に入っていくのを、遠くから見ていた。

 

あの日いた場所は

More, more, more 何処でしょう?

 

スローテンポになって最後の歌詞がせつなく問いかけてくると、

「もうどこにもないね……」と胸の中で答えながら、ちょっぴり泣けてくる。

 

 

「オアシスと果樹園」


恋はブルーの便箋ひとつ

言葉言葉に愛をしたためて

こんな男が今も君を想う

 

そういえば、その昔、エアメールといえば青くて薄い紙の便箋だった。

大学生のとき、ヨーロッパの旅の途中で知り合った日本人の男性がいた。私よりも九つ年上で、とても大人に見え、頼もしく感じた。私が帰国した後も、彼は仕事で旅を続けていた。その旅先から青い便箋が届く。

 

「浜辺では、波が寄せては返す奇跡を描いています」

 

今なら、違うダロー!と突っ込みを入れて笑い飛ばしていただろうか。

若かりし頃の私は、たったひと文字のミスが気に障り、「何が大人の魅力だか……」と、急に白けて、青い便箋も色あせて見えたのだった。

もうとっくに時効の、40年も昔の思い出でした。



 

ちなみに、おみやげにもらって帰ったのは三ツ矢サイダー。WOWOWの特番のCMでも流れましたが、来年はサザンオールスターズでの活動があるようですね。



See you in 2018!

ぜひ、来年もまた来たいです。



 

ぜひ、来年もまた着たいです。

 




「がらくた」を聴いて♪2017年11月01日

 

10月は、公私にわたり、忙しくて目が回った。

そういう月は、たいてい月末に熱を出す。10月もそうだった。

夏には原因不明の発熱で不安だったけれど、今度は風邪の症状もあって、ちょっと安心。

ようやく治って、さて11月だ! しょぼくれてなんかいられない。

もうすぐ東京ドームが待っているのだ。



 

桑田佳祐とは、因縁のファンだと勝手に思っている。ブログにもさんざん書いてきたので、今日は割愛。

彼のソロ活動30年目を期して作られた渾身のアルバム、『がらくた』の話。すでに、このアルバムを引っさげて、全国ツアーが始まっている。

 

私はこの夏、リハビリ病院に入院する母のもとへ、週に一度は通った。往復4時間近く、中央高速と圏央道のドライブで、このアルバムを聴き続けた。ざっと計算しても、リピート30回は優に超えている。

その15曲の中で、初めて聴いた瞬間から、気に入った曲はいくつかある。でも、何度か聴いているうちに、最初の感動は薄れる。しかし、何度聴いても、そのたびに斬新な曲想に魂を揺さぶられる曲が、一つだけあった。

「簪/かんざし」である。

イントロからしてどうだ。ピアノのメロディラインは予想をかわしてくる。

あっという間に引きずり込まれてみれば、そこに広がっているのは、大正ロマンのような、昭和モダンのような、セピア色の男と女の危うい世界。

かと思うと、ジャズだとかブルースだとか、曲調も少しずつ変化して、アンニュイなムードに酔わされる。

そして、彼の表情豊かな声音(こわね)のなかでも、私の一番好きな色の声がおおいに突き刺さる。

さらに、脱帽なのは、その歌詞。

 

鉛色の空の下 うんざり晴れた世の中

 

このフレーズには、参ったなあ、と思った。

私も、こういう感覚のエッセイが書きたい。書いたら、うん、わかるわ、と言われてみたい。

ちなみにこの曲は、「真夏の果実」に勝るとも劣らない名曲だと私は持っているのだが、いかがなものであろうか。

 

他の曲だって、つまらない曲は一つもない。上質ながらくたたちだ。

けっして目新しくはないけれど、「大河の一滴」

私も若いころは、よく渋谷の駅のホームで待ち合わせをしたっけ。山手線だとか、ラケルだとか、歌詞のひと言ひと言で、瞬時にしてあのころの思い出が立ち上がる。その懐かしさを、アコーディオンの音色が逆なでしていく。

 

もう一曲、やはりアップテンポの「オアシスと果樹園」

JTBCMのために作られたそうだが、じつに旅ごころを刺激してくる。JTBさんもいい曲を作ってもらったものだ。

これも大好きで、聴きすぎたせいか、思わず国際航路を利用する旅の予定まで立ててしまった! 曲の効果絶大。でも、JTBは使わずに……。JTBさん、ゴメンナサイ。

 

以上は、音楽評論でも何でもない、私個人の感想。

さて、予習はこれでばっちり。12日の東京ドームに、がらくたたちに会いに行く。「オアシスと果樹園」のビデオの中で、彼が来ていたシャツと同じデザインのTシャツも用意してある。

あとは、風邪で痛めた喉をきちんと治しておこう。


 



 



ダイアリーエッセイ:神奈川県立音楽堂へ2016年01月30日


じつは1週間前の話で恐縮です。

 



123日、神奈川県立音楽堂で行われた「沖仁con渡辺香津美」のライブに行ってきました。

フラメンコとジャズ、それぞれのトップギタリストのデュオです。一人だけだってすばらしいのに、それが二人でセッションするのですから、なんと贅沢なパフォーマンスでしょうか。112ではなく、3にも4にも、無限に膨らむかのような演奏でした。


渡辺さんは、私と一つちがいのお年。だから、MCにも、演奏の中にも、昭和の香り懐かしい言葉や曲が飛び交うのです。トワイライトゾーンのテーマ、007のテーマ、スモーク・オン・ザ・ウォーター……。懐かしすぎて、ハートが引きつりそうでした!

 

そしてもうひとつ、大感激だったのは、この開館60年になる神奈川県立音楽堂は、私も50年近く前にステージに立ったことがあるのです。

当時中学生の3年間、吹奏楽部に所属して、フルートとピッコロを吹いていました。市内中学校の合同音楽会が、毎年このホールで開催されていたのでした。(現在も、このホールで開催されているそうです)

その頃、私はトランペットの先輩に片思いをして……。それは私の「公認」の初恋だったのです♡

まさか音楽堂が当時のままだとは思わなかった。びっくりポンです。

沖仁さんのMCによれば、このホールの音響は東洋一だとか。ちょっとうれしくなりました。

 

最後は二人がギターを弾きながら、客席まで降りてくるという大サービス!

ギターの音色って、とてもSEXYです。ハートがぴっかぴかになりました。今思い出しても、ドキドキ……。



 

    明日はこのCDが届く予定です。楽しみで、ドキドキ……。







サザンオールスターズの東京ドーム公演へ!2015年05月28日

忙しいとかなんとか言いながら、いやいや、忙しいからこそ、走りつづけるためには目の前にぶら下げておく人参が必要なんです。とかなんとか言い訳しながら、サザンのライブの切符をゲットし、おとといの夜、行ってきました。

半年前の年越しライブには、長男モトを連れていけなかったけれど、今回は一緒です。

サザンフリークになったのも、彼が歌った〈TSUNAMI〉がご縁だったのですから。

事前に送られてくるチケットに座席番号はなく、ゲートで初めて照合してもらうのですが……

な、な、なんと、広いドームの広いアリーナ席の前から15番目の席!!

ライブにはこれまで10回近く足を運んでいるけれど、こんなにステージ大接近はもちろん初めて。うれしくて気絶しそうでした。

が、一抹の不安は的中。ちびの私は、前の人たちが立てば、ほとんど見えなくなってしまう。結局はほとんど大きなスクリーンを見ていました。

それでも、爆音とともに炎が上がれば熱さを感じるし、頭上からは金銀のテープが舞い降りてくる。ほんのわずかな間でも、皆が着席すれば、ステージの人物も肉眼で見ることができます。やはり、迫力が違います。

まだ、ライブツアーは続くので、ネタバレはできないけど、一つだけ。

今回の「葡萄」という新しいアルバムには、〈Missing Persons〉という曲があります。

必ず最後は逆転勝利へ

……

Megumi, Come back home to me.

拉致被害者が早く帰国できるようにと、外交にはっぱをかけるロックです。

もちろん、このステージでも、パワフルに歌い上げていました。

いいぞ、桑田くん!

そして、最後には、ステージの向こう側から、全員で記念撮影。

私は写真の右側、鉄塔のそばに写っているはずです。

さてと、次の人参は何にしようかな……!





ダイアリーエッセイ:「花は咲く」を歌う2015年04月07日

次男は高校を卒業して2年になるのだが、母親の私は、今でも保護者会のコーラスグループに所属している。

週に一度、お腹の底から声を出すことが、私の唯一の健康法なので、そう簡単にはやめられない。

今日は、冷たい雨の降るなか、中学・高校の入学式が行われた。
生徒たちが退出した後、新入生の保護者に向けて、コーラスを披露する。

歌ったのは、東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」。

  真っ白な 雪道に 春風香る

  わたしは なつかしい

  あの街を 思い出す

  

     …………

    花は 花は 花は咲く

    いつか生まれる君に

    花は 花は 花は咲く

    わたしは何を残しただろう

私の大好きな歌だ。心を込めて歌うと、かならず涙が出る。

震災後に訪ねた東松島の変わり果てた姿や、被災地の人々の笑顔が浮かんでくるのだ。

だから、ステージの上では、まず音に集中する。

昨日までの暖かさで、この辺りの桜は散り急いでしまったのに、正門のそばの1本の木だけは、新入生を待ちわびていたかのように、まだきれいなままの枝を広げていた。

 




桑田くんは、やんちゃ坊主な弟みたいで2015年01月16日



サザンオールスターズの年越しライブで、桑田くん、紫綬褒章受章の報告態度が悪かった、などとさんざんやり玉に挙がったようですね。もっとも、賛否両論あって、あちこち物議を醸しているようです。

私はそのライブを客席で楽しみながら、きっと何かやってくれるだろうとは思っていました。でも、そこまでやっちゃっていいの、言っちゃっていいの、と心配になったのも事実です。

今日、謝罪のコメントを発表したのですから、とりあえずは一件落着。私も静観していようかと思ったけれど、やはり、悪ふざけの過ぎた弟をかばう姉のような気持ちになって、ひとこと言いたくなりました。

たしかに、せっかくいただいた紫綬褒章に対して、お行儀の悪いジョークだったかもしれません。

しかし、今回の受章は、彼のこれまでの音楽活動に対してのものです。ということは、彼の創りだす音楽のみならず、その生き方も人柄も、それを支持する多くのファンも、すべてひっくるめてご理解なさったうえでの人選ではなかったのでしょうか。

サザンが37年前、ランニングシャツにランニングパンツという姿で、唾を飛ばすように「勝手にシンドバッド」を歌ってデビューして以来、今日までずーっと、彼はエッチな歌を歌いつづけ、目を背けたくなるようなふざけたいでたちでステージに立ち、ときには美しいメロディーで観客を魅了し、ときには世の中を斜に見据えた反骨精神の歌詞を投げつけ、並外れた歌唱力でロックをさく裂させてきました。今回のライブでは首相本人を前にして衆議院解散を批判した替え歌を披露しました。

そしてなお、どんなときにも愛を歌い、やさしさを忘れないアーティストです。だからこそ、日本のトップミュージシャンとして走り続けていられるのでしょう。

ライブでの悪ふざけは、照れる気持ちを隠すための彼特有のやりかたです。

それらすべてが、彼にしか表現しえない大衆芸能的ミュージックの桑田ワールドだと思うのです。そのすべてが授章の対象となったのではありませんか。

立派な褒章をいただいたのだから、悪ふざけはやめて優等生になりなさい、というのでは、アーティスト桑田をやめなさい、というのと同じです。

おりしも今、世界中で「表現の自由」が叫ばれています。

子どものころから落ち着きのないやんちゃ坊主だった桑田くん、これからも変わらずにやんちゃなままでいていいですよ。

エリー姉さんが空の上から見守っていることでしょう。

下界のお姉さんたちだって、ずっとあなたの味方ですからね。

 



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