藤井風の不思議2021年06月28日


昨年の10月、車を買い替えた。これまで20年以上も7人乗りを乗り継いできたけれど、これからは自分が高齢になっても楽しめる安全な車がいい。

選んだのはホンダのヴェゼル。発売された時から、次はこれだと決めていたスタイリッシュなSUV。サポート機能も充実、当然ハイブリッド。アメジストパールという渋い大人の色にする。

ようやく運転操作にも慣れてきた。愛車を伊豆の海岸にとめて撮った写真を、スマホの壁紙にしている。

 

 ところが半年もたたないうちに、ヴェゼルのフルモデルチェンジが発表された。ちょっとがっかり。がしかし、CMが放映されるようになると、そのテーマ曲「きらり」に惹かれた。リズミカルでさわやかな疾走感。ファルセットボイスも、日本語だけの歌詞も心地よい。

 作者は藤井風(ふじいかぜ)。彼の名を耳にしたのは1年ほど前、若いママ友からだった。当時は動画を見てもイメージが定まらなくて今一つだったが、その後、カーラジオから流れる彼の歌にもなじんで、悪くないかも、と思えるようになっていた。

 そこへヴェゼルのCM曲。さらに別の友人が彼のライブに埼玉まで行ったと知り、がぜん彼の輝きが増す。彼女から次々とライブ配信やCDなどの情報が送られてくる。

 極めつけは「藤井風アプリ」だった。インストールしたら、彼の顔をしたアイコンが、壁紙のヴェゼルのフロントグラスに、しかもちょうど助手席の辺りに貼りついたではないか。ドキリとした。運命の人だわ!

それから毎晩YouTubeの動画を見ては、取り寄せたCDを聴き、〈風沼〉に突き落とされるのに3日とかからなかった。

 

 彼は、岡山県出身の24歳。父親の影響で幼い頃からピアノを習い始める。中学生の時、YouTubeチャンネルを作り、演奏をアップ。才能の頭角を表した。彼の成長と進歩を追うように、演奏ぶりが次々とアップされていく。ショパンの幻想即興曲から昭和の歌謡曲やフォークソングまで、力強いタッチで弾きこなす。

しかも、才能はピアノだけではない。さまざまなジャンルの洋楽のスタンダードナンバーを、みずからアレンジしたピアノ伴奏とともに、見事に歌いこなしている。

YouTubeで注目され、高校を出ると、順調にプロへの道をたどる。ファーストアルバムは各チャートで1位になり、高い評価を得た。

岡山の田舎から出たことのなかった青年が、インターネットを駆使して世界と繋がり、多くを学び、才能を開花させてしまうなんて、努力家でもあるわけで。

 

多才なうえにルックスも半端ない。「ハイスペック・イケメン」とか、「彼の顔で城田優と福山雅治がシェアハウスしてる」などとコメントされる。

都会的でクールな雰囲気と、ふとこぼれるピュアな微笑み。岡山弁の純朴な語り口と、ネイティブのような英語のトーク。かつてイメージが定まらないと思ったのは、つまりは多面体の魅力だったのだ。

 

それにしても不思議でならない。彼の年齢の3倍近くも生きている私が、その現実に少しの後ろめたさもなく、彼の歌にとろけ、とりとめのない歌詞の深い意味に心打たれている。イケメンの豊かな表情に魅入っている。

そんな時、私の中にひらりゆらりと高揚感が立ち昇るのだ。

これって〈何なんw〉。

 

風沼にハマって3週間。やっと気づいた。

例えば、「きらり」のミュージックビデオ。肌の色も、年齢も、ジェンダーも、さまざまな人たちが現れて、彼を取り巻きながら楽しげに踊っている。そういえば、ほかのMVでも同じような人々が登場する。歌詞にしても、岡山弁だったり、やんちゃな物言いだったり、女言葉だったりする。

つまり、男と女のありきたりな愛だの恋だのとは、ひと味違っている。もっと広くて深い愛、神さまのようなやさしさ。それなのだ。

だから、どんな人でも素直に溺れることができる。ありのままの自分でいいのだと思えてくる。

だから、彼の歌を聴いて湧き上がる高揚感は、自己肯定感にとって代わる。どんなに年をとったって、私は私でいい、やりたいことをやっていこう。そんなふうに思えてくるのだ。

こんな出会いは初めて。そう、やっぱり風は不思議。

 

そして、もうひとつ、彼の世界にはたびたび、もがいた後に解放される喜びが描かれる。癒しは希望をもたらす。誰にとっても、コロナ禍の無味乾燥な日々だからこそ、風沼は瑞々しいオアシスなのだろう。

 

今日もまた、助手席に彼を乗せて、ヴェゼルを走らせる。

「どこまでも どこまでも……♪」




文中の「何なんw」は、アルバム『HELP EVER HURT NEVER』の1曲目のタイトル。

同じく「どこまでも どこまでも」は、「きらり」の一節です。



コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://hitomis-essay.asablo.jp/blog/2021/06/28/9392431/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。

copyright © 2011-2021 hitomi kawasaki