1000字エッセイ:娘の上海事情2022年05月15日




☆ 娘の上海事情  

            

娘は2021年2月、コロナ禍の真っ最中に、夫を東京に残して上海に単身赴任した。

その頃の中国は、厳しいゼロコロナ政策を取り、感染者数を抑え込んでいた。ところが、今年3月になると、上海市内の感染者数が急上昇し、ついにロックダウン。毎日のPCR検査以外は外出禁止で、娘の勤務はリモートワークとなる。

 

娘とはLINEでやりとりをする。込み入った用事があれば電話をすることもあるが、たいていはメッセージのみ。月に数回、仕事のじゃまにならないように、私にしては控えめな短めのメッセージを送ると、さらに短めの返信が来る。あまりおしゃべりな娘ではない。

 


上海の状況は、日本でも連日のように報道される。静まり返った街区や、PCRに並ぶ人々が映し出されている。

「検査の行列で、グレーのオーバーの女性、あなたにそっくりだったけど」

「残念、はずれ。今日は紺色のダウンでした」

 

ロックダウンは延長され続け、テレビニュースでは、「配給の食糧が届かない。餓死するよ!」と、ビルの窓から住人たちが叫んでいる。暴動まで起きているらしい。

もう子どもではないのだから、と思っても、さすがに心配になる。

「大丈夫なの?」と問えば、配給で届いた青菜やオレンジ、三十個入りの卵の写真などを送ってくる。一人では食べきれないほどの量だ。マンションで一括して取り寄せるという。欧米人の多く住む地域だから、優遇されているのだろうか。

 

五月初め、中国も労働節という五連休がある。久しぶりにのんびりと料理をした、と写真が届いた。

「トマト缶もオリーブ油もなくて、スープみたいだけど、ラタトゥーユです!」

トマト、ナス、マッシュルーム、ズッキーニなどの野菜が、お鍋いっぱいに入っている。買い物ができないので、香辛料もワインもないという。どんな味に仕上がったことやら。一緒に食べるはずの夫とも遠く離れて、それを一人寂しく部屋で食べているのかと思うと、母親としては切なくて涙が出た。

 

かと思うと、

「きのう、小麦粉と砂糖が来たから、今度はお菓子を作るね」

と、楽しそうなメッセージが届いた。

もともと娘は何が起きても動じないところがある。どこへ行ってもたくましくサバイバルするだろう。涙を拭いて応援しよう、と気持ちを切り替えた。

娘よ、がんばれ! 


 



驚きの一冊、『非色』2022年05月11日

 

友人が絶賛して貸してくれた『非色』は、202011月に発行された河出文庫の一冊です。

当時、アメリカで黒人男性が白人警察官の不要な暴力によって命を落とし、BLMBlack Lives Matter)運動のうねりが世界的に高まったのでした。その後、コロナとウクライナ侵攻に報道番組が乗っ取られてしまったかのようですが、まだ記憶に新しく、根の深い問題として、人種差別とその抗議運動は、現在もなお続いています。

 

小説の主人公である日本人女性の笑子(えみこ)は、黒人と結婚してアメリカに渡り、4人の子をもうけます。その暮らしの中で人種差別を体験し、それはなぜなのかと自問し、理由を解き明かそうと苦悩するのです。

彼女と同じ境遇の女性たちが、実にたくましく生き抜こうとする姿には、感動を覚えます。

 

しかし、私の驚きの理由は、そこではありません。

タネを明かすと、この小説は1964年に書かれたもの。故人となった作家の有吉佐和子氏が、アメリカ留学後に執筆した作品だそうです。初めは角川文庫から出版され、すでに絶版となっていました。BLM運動が盛んになった2020年、河出書房新社がタイムリーに再文庫化したというわけです。

小説としても古臭さはほとんどなく、「どうなる? どうする?」と、どんどん読み進めたくなるおもしろさがあります。米国の複雑な差別問題が、令和の世に生きる私たちに問いかけられても、笑子と一緒に考えたくなる謎解きのようなおもしろさ……と言っても大げさではないでしょう。

今から半世紀以上も前に、有吉氏33歳の時に書いたというのですから、作家としての筆力と、先駆的な洞察力には舌を巻きます。

 

有吉氏の著作で思い出すのは、『恍惚の人』。まだ認知症という言葉のなかった時代に、「痴呆老人」の介護問題を投げかけて、ベストセラーになった小説でした。私はまだ高校生でしたが、同居していた祖母も同じような症状が進んでいたので、興味を持って読んだのを覚えています。

今では当たり前になった認知症の常識や社会福祉が、当時はまだ整っていませんでしたから、彼女の先見の明には本当に感服します。

 

改めて、ご紹介します。

有吉佐和子著『非色』河出文庫2020年。

おススメしたい一冊です。



 

 


ダイアリーエッセイ:明日はきっと晴れ2022年05月06日

 

昨年、母を見送った頃の疲れが、今頃になって出てきたのか、ここのところ体調を崩し、体中が悲鳴を上げています。

せっかく友人が誘ってくれて3月に入団したコーラスも、どうしても続けられずに、悩んだあげく断念。がっくりの気分です。

こうなったら、とことん健康回復に努め、アンチエイジングに精を出すことにしよう。転んではただでは起きまい、と決めました。

 

今日も、整形外科のリハビリへ。1時間も待たされましたが、その間にたっぷり読書ができました。

そして、帰りには息をのむようにきれいな夕焼けに出会うことができました。

明日はきっといい天気。私にも明るい未来がきっと来るはず……!

そう思えた夕暮れの一瞬でした。








旅のフォトエッセイ:奇跡を呼ぶ4人の仲間2022年04月30日


コロナ禍の世の中になって、緊急事態宣言の出ていないゴールデンウィークは、3年ぶりだという。そう言われれば、たしかにそのとおり。ようやく解放されたかのように、人出はかなり増えている。もちろん、感染防止には注意を払ってのことだろう。

そこで私も、旅のエッセイを解禁としたい。じつは、感染拡大の大波をかいくぐっては、小さな旅行に出かけてきた。いろいろと忖度もあり、それをブログに書くことだけは自粛してきたのだった。

  

私には、同じマンションで一緒に子育てをしながら家族ぐるみの付き合いをしてきた仲間がいる。今では酒好き旅好きの気の合うオバサン4人グループとなった。

これまでに、北は北海道の雪まつり、南は沖縄まで、ヨーロッパへも遠征して、いったい何回旅行をしたことだろう。

何といっても記憶に残るのは、2008年と2017年の2度の弘前城公園や、2014年の京都・奈良のお花見ツアーだ。いつも晴天に恵まれ、満開の桜が迎えてくれた。

一説によると、日本三大桜の名所とは、吉野山、弘前城、高遠の桜だという。

となれば、残すは長野県の高遠の桜。ぜひともいつものメンバーで見に行きたいと思っていた。そして、ついにこの春、実現したのである。

 

車で出かけることも考えたけれど、バスツアーに参加して、欲張って信州のあちこちの桜名所を回ろうと思った。開花予報によれば、高遠の桜は411日が満開。そこで見つけたのが、13日出発の12日のツアー。忙しいスケジュールの私たちには打ってつけの日程だ。

気になるのは天気予報。初日は晴れるようだが、二日目は雨マークが消えないままだった。

 

出発当日は、予報どおりの快晴、初夏のような気温だ。

小諸の草笛という名物信州そばのお店で昼食をとる。食べるのが遅い私には、ちょっと時間が足りない。慌てて食べ終え、すぐ隣の小諸城址の懐古園を見て歩く。▼

 


その後、須坂市の臥竜公園へ。大きな池の周囲800mに、ぐるりと桜が並ぶ。満開の染井吉野はもちろんのこと、枝垂れ桜や黄緑色の八重桜など、種類も豊富で楽しめた。▼


 



夕方近くなると、長野県を北上し、県境を越えて新潟県へ。高田城址公園の夜桜を見物する。

バスを降りて歩き出すと、小ぬか雨が降ってくる。まあまあ、黄昏時の雨にかすんだ夜桜も風情があっていいのでは……? とプラス思考の私たち。

どんなに強がっても、明日の高遠は雨だろうなあ、と半分諦めの心境だった。

 



翌朝も、雨はやんでいたけれど、今にも泣きそうな空。天気予報は、ずばり雨。それでも私たちは晴れ女を自認しているのだ。雨が降っては沽券に関わるというもの。何とか4人のパワーを結集して、雨を吹き飛ばしたい……。しかし、その願いもむなしく、道中、バスのワイパーは動き続けていた。


伊那市の六道堤の桜という名所も、きれいだった。が、この曇天。▼


ところが、高遠城址公園にもうすぐ到着という頃になると、雨が止んだのである。しかも、園内の桜は、これ以上のつぼみは一輪もないくらいの100%満開! 

ここの桜はコヒガンザクラという濃いピンクでやや小ぶりの花が愛らしい。








さらにさらに、私たちが園内で桜をめでて、そろそろ帰るころになると、今度は風もないのに急に桜が散り始め、紅白のトリの紙吹雪か、宝塚のグランドフィナーレか、というほどの豪華な桜吹雪となったのだ。

明日までひとひらも残さないで、今日の私たちのために、桜の力を振り絞ってもてなしてくれているかのようだった……。

 

この日の桜のことを、私たちは高遠の奇跡と呼ぶことにした。




〈生もの〉エッセイ 「ウクライナの悲劇」2022年04月07日

 

新型コロナのパンデミックのように、日々刻々と変化していくものを題材にエッセイを書くことを、エッセイ仲間では「生もの」を書くという言い方をします。

ある程度、状況が落ち着いたら、また見方も変わってくるかもしれませんが、今しか書けないこと、現在の状況を記しておくことも、必要ではないかと思うのです。

このエッセイもその一つ。報道を知るにつけ、胸の内に膨らむ思いを吐き出さずにはいられません。43日の時点で、ひとまず書いてみました。



     ウクライナの悲劇

                        

2022224日、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、日本のテレビ報道は、この戦い一色になってしまった。それ以前は新型コロナとの闘いだったはずだが、まん延防止措置に緊張感はなく、日本社会にはウィズコロナが穏やかに浸透しつつある。そんな今、現実とは思えない砲撃の様子や、逃げ惑う人々の姿が、報道番組のトップになり、スタジオには医学博士と入れ替わって、軍事や国際関係の専門家が居並ぶ。

 

ウクライナ情勢を知れば知るほど、憤りとともに救いのない絶望的な思いにとらわれる。21世紀の世界に、隣国がでっち上げの理由をかざして攻め入るような暴挙が起きるとは。プーチン大統領がそこまで倫理観を持たない人間だったとは。それを世界の誰にも止めることができないとは……。

 

短期的な戦争だという大方の予想に反して、すでにひと月がたち、事態は泥沼化している。ウクライナも士気高く反撃し、その間にも犠牲者は増えているというのに、ロシアに対抗する西側諸国はウクライナを支持して武器を送り込む。経済制裁がどこまで効果を上げているのだろう。親ロシア派の中国やインドは、ロシアとの友好関係を保つために、制裁にも仲裁にも消極的だ。

 

さらに、現代の戦争は情報戦でもあると言われる。プーチン大統領は化学兵器や核兵器の使用までほのめかす一方で、情報を制御してロシア国民には偽の情報を信じ込ませ、みずからの支持率を上げていく。

西側の大国アメリカの大統領も、負けじとロシアの劣勢を報じる。プーチンが誤情報を受けているとまで伝えるのだが、それもまた情報戦の一端ではないのか。嘘が飛び交う混とんとした報道のなか、いったい何を信用したらいいのだろうか。

 

焼け落ちて障子の桟のようになった団地が続くマリウポリの惨状。凍った地面を掘り起こして遺体を埋める男たち。暖房のない地下室で病気の子どもを抱きしめる母親の涙……。それらの映像に嘘はないはずだ。戦争の理由が何であれ、犠牲になる人々は、かけがえのない人生をすべて壊されてしまうのだ。

ある映像では、爆撃を受けた室内で、逃げる間際の若い女性が、残されていたピアノのほこりを払い、ショパンを弾く。哀しすぎる最後の調べが、荒れ果てた部屋に流れていた。

 

今回のウクライナ情勢は、彼らの悲劇が日本でも現実に起こりうることを示唆している。他人事ではないのだ。

その事実に、恐怖を抱かずにはいられない。




ダイアリーエッセイ:次男の卒業2022年03月29日


 

昨日は次男の大学の卒業式でした。


 

27歳にもなる息子の個人情報ではありますが、私は母親としての胸の内を吐露します。

彼は2年の頃に、ある挫折を味わい、「大学をやめたい」と言いだした。しかし、ここでそれを許したら、この先どんなことでも嫌になるとすぐに諦めるようなことになりかねない、と思った。休学はいいけれど、とにかく大学だけは卒業しよう。そう説得しました。それが息子のためだと思ったからです。

 

その後、コロナのせいでリモート授業一色になって、彼はまたもつまずいた。当時は、もし卒業までこぎつけたら、合格発表を見に来た日のように、私はうれしくて泣いてしまうだろうと思っていました。

 

最終的に、1年休学し、在籍期限の8年間を過ごし、合計9年かかって卒業が決まりました。

でも本人はとくにうれしそうではない。やっと足かせが取れてせいせいした……ぐらいの気分のようです。

だからか、私もなぜかあまり喜べない。馴染めない場所に通わせ続けて、本当にこれでよかったのかな、と思えてきます。


いや、これでよかった、と思える日が必ず来る。ここで学んだことがきっと生かされる日が来る。そう信じ続けよう。就職もせず、やりたいことをとことんやって、フリーランスで生きていく彼を、これからも見守っていこう、と新たな覚悟をしました。

 

昨日の卒業式は、保護者はコロナのため出席できず、本人は出席もしたくない。私は独りでキャンパスの写真を撮りに行きました。満開の桜の下、晴れやかな卒業生や保護者が大勢いるなか、ちょっと寂しかった……。

今日は、ゼミの食事会があるそうで、スーツを着て大学に行くというので、またとない写真撮影のチャンスとばかり、またキャンパスへついて行きました。

一日遅れですが、ようやく記念の写真が撮れたのでした。

次男にとっては大学卒業、私にとっては子育て卒業の記念すべき一枚です。


 

この大学には、わが子二人、姉と弟が大変お世話になりました。

私は来年もまた、思い出の桜を見に来ましょう。






小説『ドライブ・マイ・カー』と、映画『ドライブ・マイ・カー』2022年03月13日

 

おススメしたい映画ではあるのです。でも、そのわりにはネタバレが多くて、がっかりされるかもしれない。じつは映画を見て、頭の中に「?」がたくさん浮かんだので、整理する意味でエッセイを書いてみようと思ったのです。

まだ見ていない方には先に「ごめんなさい」と言っておきます。

 

5ヵ月ほど前、この映画がカンヌ映画祭の脚本賞を受賞したと知り、まず村上春樹の原作を読んでみようと思った。ハルキストほどではないが、これまでに何冊か読んで、彼の小説には不思議な魅力を感じている。世界が認める作家という先入観もあるだろうが、文学的価値がわからなくても、おもしろいものはおもしろいと思う。特に、実在する具体的な地名が出てくるのに、その場所で平然と繰り広げられるファンタジックな物語。キツネにつままれたような感覚で読み進んでも、最後は謎解きもないままあっけなく終わってしまう。でも、それが不快ではないのだ。迷宮に閉じ込められた余韻に浸って、いつまでも忘れられなくなる。


 

しかし、映画と同名の原作は、『女のいない男たち』という短編集の中の一編で、どの小説もいたってリアルな現代の人間たちを描いている。妻を病気で亡くした舞台俳優の家福が主人公。彼は、年代物の外車サーブの運転手を雇った。現れたのは愛想のない若い女性、みさき。抜群の運転スキルを持っている。ほかにも、妻と不倫関係にあったイケメン俳優の高槻も登場して、二人で亡き妻を偲びながら、お酒を飲んだりする。女のいない男たちというのは、こんなふうにいつまでも女性を思い続け、悲哀に満ちてしまうのか。なんとなく情けない気がした。

 

濱口竜介監督の映画には、主人公に西島秀俊や、私の好きな岡田将生が出演する。いつか、映画も見てみたい、と思っているうちに、次々と海外の賞を獲得して、ついに日本映画史上初めて、アカデミー賞の作品賞にノミネートされたというではないか。 

それはぜひとも早く見なくてはと、ひとりで映画館に出かけた。約3時間にも及ぶ大作である。

初めのうちは、原作を思い出しながら見ていた。小説の車は黄色だったが、映画では赤いサーブだ。車が都会を走行するシーンと、さらりとしたベッドシーンが繰り返されるうちに、どんどん映画のストーリーに引き込まれる。妻が寝物語に語り始める女子高生の片思いの話は、短編集の別の小説に出てきた、と思い当たる。

さらに、映画では原作の東京での話が広島に移されており、家福が広島の芸術祭でチエホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』の演出を任されるという設定になっていた。

 

劇中劇であるこの舞台がじつに興味深い。十名足らずの配役は、年齢も国籍も言語さえ問われず、オーディションで決められる。日本語、英語、ベトナム語、韓国語……、中には手話を用いて、役のセリフを言い、演技をするのである。ワーニャが日本語で問いかけると、エレーナが中国語で答える、という具合。いくつもの言語が飛び交うのだ。舞台の役者たちもこの演技方法に戸惑いながらも稽古を重ね、本番を迎える。まるで同一の言語が交わされている錯覚を抱くほど、息の合った芝居が続く。セリフはすべて日本語の字幕で理解できる。意表を突いたこの劇中劇が、映画を見る者をも圧倒していく。

芝居の最後のシーンでは、うなだれるように腰かけた家福扮するワーニャ伯父の背後から、姪のソーニャが両手を回し、彼の顔の前で、手話でやさしく語りかける。

〈仕方ないわ。生きていかなくちゃ……〉

饒舌な手話の、静寂の数分間。美しく感動的だった。

 

もう一つ、印象に残ったシーンがある。岡田将生が演じるのは、ご想像のとおり不倫相手の高槻だ。自分を律することができない弱さがあって、最後はみずから破滅していく役柄。その彼が、車の中で人生について長いセリフをえんえんと語る。緊迫感のある場面だ。大映しの彼の双眸のきらめきに、吸い込まれそうだった。

 

映画の後半で、さらに原作にはないストーリー展開がある。みさきは、母親が災害で死んだのは助け出さなかった自分のせいだと、自責の念を持っている。同様に家福は、妻の死は自分が早く発見しなかったからだと悔恨する。そんな二人が、みさきの郷里である北海道の小さな町まで、サーブを走らせる。その旅の途中で、二人が心を開いていく過程が丁寧に描かれた。過去から解き放たれ、明るい未来を感じさせて終わる。

 

海外でも定評のある村上春樹が原作だから映画の評価も高いのでは……と見ないうちから決めつけていたが、見終わった後はそんな自分を恥じた。

ズシリと重い感動。脚本も演出も研ぎ澄まされている。濱口監督は、村上氏の文学作品を、見事な映像作品へと昇華させた。見る人の心の奥底に響く映像や音声は、文化や言語を超えて、海外の人々の心をも動かすのだろう。映画を見て、改めて納得する。

 

余談ながら、この赤いサーブは、わが地元の区内の自動車整備工場から提供されたものだそうだ。親しみが湧くとともに、ますます応援したいと思った。

今月28日の朝、アカデミー賞授賞式の生中継を見よう。彼らの受賞シーンが見られることを期待して。





ダイアリーエッセイ:娘はふたたび大空へ2022年02月27日


朝から雲一つない真っ青な空が広がる。

娘は、東京勤務の夫に見送られて、ふたたび上海へと向かう。

彼女を乗せた飛行機が飛び立つ時刻、私はひとり空を仰いだ。

 

コロナ禍の収束が見えない今、次に会えるのは何年先だろうか。

今回は日本で1週間、上海で3週間の隔離が必要とされた。重責の仕事に就く身で、そうたびたび許されることではないだろう。

さらに、この一時帰国の間に、彼女の夫のロンドン勤務が決まった。

 

娘が数年後に長期休暇をもらえる時には、帰る先は日本ではない。夫のもとに向かうのだ。二人にとっての〈わが家〉は、もう日本にはなくなるということだ。

いずれはそんな日が来ることぐらいわかっていたはずなのに。

娘と同じ志を持つパートナーと二人、海外に羽ばたいていくことを、応援してきたはずなのに。

 

先日来、まさかのロシアのウクライナ攻撃に、憤りを覚え、胸を痛めている。

一昨日のテレビで、ウクライナ人女性のインタビューを見た。

彼女は日本在住で、彼女の母親はウクライナで暮らしている。母親とはSNSで連絡が取れているという。

「大丈夫、怖くない、と母は言うけれど、その表情には恐怖しかない」

彼女は流ちょうな日本語で語り、涙をぬぐった。

 

明日は我が身などと思いたくはない。

戦争でなくても、災害や、今回のようなパンデミックで、互いに何が起きてどうなるか、未来のことはわからないのだ。

 

娘が、また遠くなった。

その思いが募るばかりで、まだ何の覚悟もできていない。

元気でいるようにと、祈るほかはない。

そして、ウクライナの人々に平和が戻るようにと祈っている。

 


おススメの本、恩田陸著『薔薇のなかの蛇』2022年02月20日


 久しぶりに本の紹介です。

この本は、地元の図書館に予約を入れてから、8ヵ月後にやっと手元に届いたのです。なぜ読んでみようと思ったのか、どんな内容なのかもすっかり忘れていました。人気があることだけは確かです。たぶん私も、恩田さんの本ならおもしろいに違いないと思って、予約して待ち続けたのでしょう。




あえて、情報を持たないままで本を手に取りました。

表紙には、血のような深紅の薔薇、レンガ造りの館と、女性が一人、花の上に載っている。よく見ると、茎には緑色の蛇が……。

いかにもいわくありげな雰囲気で、誘われます。

おもむろに、目次のページを開くと、暗い靄に覆われた木々と館の絵とともに、10章の見出しはすべてカタカナ言葉。各章の扉のページにも同じ作者の絵がモノクロで挟まれている。序章を読み始めて、ようやく物語は異国、イギリスだとわかってきます。しかも、ストーンヘンジからもほど近い、巨石の並ぶ遺跡の中の村。人間のような大きな石がえんえんと続き、そこに暗く重い霧が立ち込めている……。なんとも不気味な、おどろおどろしい事件の起こりそうな……と思ったとたん、さっそく始まりました。

祭壇のような巨岩の上に、まるでいけにえのように置かれていたのは、頭と手足のない胴体。それも上下に切り分けられ……。

 

むごたらしい話は嫌いです。読むのをやめようか、とも思いました。

でも、イギリス人らしい男性二人が会話をするシーンは、文字どおり血なまぐさい話がドライなタッチで描かれて、しかも状況説明がわかりやすい。安心して読み続けました。

章が移ると、またまた興味をそそられるアイテムがたくさん。古めかしい館、落ちぶれた貴族、黒マントの人物、一族に引き継がれる「聖杯」、ハロウィンナイトの誕生会……。とはいえ、現代の話なのですから、時代錯誤を逆手にとって興味をそそります。

アーサー、デイヴ、アリスのきょうだいも、彼らの父親も、叔父たちも、日本人女性のリセも、それぞれに個性的で、魅力的。心理描写も、ウィットに富んだセリフも、イギリス映画を見ているような気分を味わいながら、謎の殺人と、脅迫と、失踪と、これでもかというくらいどんどん出てくる不可解なミステリーの渦に、どっぷりと浸かってしまいました。

終盤になって、ようやく謎解きが始まります。意外な展開の爽快さにも、心が躍りました。

 

ちょうど、ワクチン接種の直後で、副反応に備えて家にこもることにしていました。本は、スローな私でも、ほぼ一日で読了しました。

ああ、おもしろかった!のひとこと。久しぶりに、難しいことは考えずに楽しむだけの読書ができた気がします。

そんな読書がしたい方、おススメです。

 

ちなみに、この本は恩田さんの理瀬シリーズ全8作の最新作だそうです。読んだ後に得た情報で、それを知らなくても、この本だけでも完結していて楽しめます。

これから、前作を順番に読む楽しみもできました。


 


ダイアリーエッセイ: お帰り!2022年02月17日


今月の初め、上海に単身赴任していた娘が、1年ぶりに帰国した。もちろん、一時帰国。まだ数年は今の職場に勤務する。

コロナの隔離期間が国内でも短縮されたばかりで、帰国者の娘も、自宅で8日間だけ隔離となった。不要不急の外出さえしなければ、食品の買い出しなどは自由だという。会社からもその間はリモートワーク中として認められ、同様にリモートワークの夫と、久しぶりの「共働き」という水入らずを楽しんでいたことだろう。

 

そんなわけで、娘と会えたのは、帰国して10日目のことだった。

都内の地上40階のレストランで、あいにくの雨の夜景を眺めながら、ちょっと豪勢なディナーを楽しんだ。上海では、住まいは21階、職場も40階だそうで、わが娘ながら、高層ビルが似合っているような気がしてくる。

本来なら、まずは実家に帰ってきてもらって、わが家の手料理をご馳走したいところなのだが、あいにく次男が卒論と格闘中。提出期限を目前にしてナーバスになっているので、やむなく外食にしたのだった。

娘が帰宅したらみんなで飲もうと、大事にとっておいた美味しいお酒を手みやげにして行ったのに、なんと上海みやげを東京の自宅に忘れてきたというのだから、相変わらずの娘だ。かえってちょっとホッとする。

 

思えばこの1年、娘の不在の間に、母を見送ることになった。その時にも娘がいなくて寂しいと感じることはなかったのに、ほかの人から「娘がそばにいない」ということを指摘されて初めて、孤独を意識して辛くなったものだ。

この晩の食事の席は、どちらも夫婦連れだったので、母娘の親密な会話ができず、心残りではあった。

 

さて、昨日のこと、もう一人帰ってきた。長男である。

グループホームの利用者の一人が、通所先に陽性者が出て、濃厚接触者になってしまった。抗体検査では陰性だったけれど、5日間は隔離の必要があり、グループホームに滞在することになるという。

連絡を受け、その間、長男は自宅に戻ることにした。何の準備もないまま、職場から急きょ自宅に帰ってきたのである。

よりによって、次男の卒論提出日に、にぎやかな長男のご帰還とは……。次男はあと数時間で締め切りだというのに、まだ最後の詰めに取り組んでいる最中だ。

長男は、今回の帰宅の事情をきちんと理解できているようで、次男のことも「大事な勉強中だから」と言うと、いつもの大きな声を出さないように努力してくれた。

弟のほうも、急な帰宅の兄に、いやな顔ひとつしない。それどころか、長男がゲーム機の充電器がなくて困っていると、卒論執筆を中断して、自分の充電器をきれいに拭いて貸してくれた。やさしい弟だ。

いつもはめったに会話もしないような兄弟でも、やっぱり血のつながった家族なのだ、と思うと、つかの間のほっこり気分を味わった。ナーバスになっているのは、この私だけかも。

 

さてさて、そんなふうに誰からも大事にされてきた次男は、大学8年目にようやく卒論に手が届いた。幼い頃から、なんでも時間のかかる子ではあった。

コロナ感染が広まると、大学はリモート授業になり、朝寝坊、宵っ張りが当たり前になる。コロナ禍の弊害で、そういうケースが多いとは聞くが、息子もご多分に漏れず、すっかり昼夜逆転していた。

しかし、この1週間ほどは、提出締め切り時刻が文字どおり秒読みになってくると、数時間の仮眠をとるだけで、パソコンに向かい続けた。彼の得意とするラストスパートだ。

提出当日。締め切り時刻の17時が過ぎてしまうと、気が気でない私は、息子の部屋の前でただおろおろ。ついに、30分も過ぎた頃、ようやく卒論のアップロードが終わった、と知らされる。それでも私は、大丈夫だろうか、ちゃんと受け入れてもらえるのだろうかと、安心できないまま今日を迎えた。

 

本日、リモートでの発表も無事に終え、及第点をもらったという。

やれやれ……。親としても感無量だ。長い長い8年間の忍耐が、ようやく報われようとしている。ひとまず大きな節目を迎えられそうだ。

もっとも、次男の社会人としての人生は、これから始まるのだ。手放しで喜ぶわけにはいかない。

この子も、いつか「お帰り!」と出迎える日が来るまで、もうしばらく親の心配は続きそうである。



 


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