800字エッセイ:卵焼きを作るとき ― 2014年03月05日

三人の子どもたちのために、十数年にわたって、毎朝せっせとお弁当を作り続けてきた。もちろん、売店や学食にお世話になったことも数多い。それでも、何百個、いえ何千個もの卵で、卵焼きや卵とじを作ったことになる。
割って、溶きほぐして、調味料を入れて混ぜ、フライパンに注ぎ込む。その瞬間、かならず思い出すことがあるのだ。
それは、女優の黒柳徹子さんが、ユニセフ親善大使としてアフリカを訪れたときの話。あるとき食糧不足に苦しむ国で、子どもたちと一緒に食事を作っていた。卵焼きを作るため、彼女が卵を溶いていたら、その中にハエが一匹落ちてしまった。つまんで捨てようとしたとき、そばにいた女の子が、その手を止めて言った。
「ハエについている卵がもったいないから、捨てないで」
黒柳さんは大きなショックを受けた。
もう十年以上も前に聞いた話だが、今でも忘れられずに、卵とともによみがえってくる。だから、溶き卵の最後の一滴がフライパンに落ち切ってもなお、丸いボールの底に残っているわずかな黄色を、ヘラを使って、必死でこそぎ落す習慣ができた。それでも、ボールにくっついて取りきれなかった微量の卵は、水道水を注ぐと、白い水となって排水溝に流れていく。
ああ、もったいない、と思う。
卵焼き一年分でボールに残った量を集めたら、卵の何個分になるだろう。何人の子どもの命をつなげるだろう。その女の子は、今どうしているのだろうか……。
遠い国に思いを馳せるのは、ほんの一瞬だけ。またすぐ、朝の慌ただしさに引き戻されてしまうのだけれど……。
