自閉症児の母として(15):ジェットコースターに乗せられて① ― 2013年10月21日
3週間ほど前のこと。自閉症の息子モトが言った。
「コカンが腫れてるんだよ」
はぁ? 思わず聞き返した。そんな言葉どこで覚えたの。あ、わかった。夏ごろのCMでしょ、イケメンたちがオクメンもなく歌ってた……。
「どうせ、ニキビでもできたんじゃない?」
彼はときどき変なところに大きなニキビをこしらえて痛がることがある。
お風呂に入るときに、夫に見てもらうと、苦い顔をして言った。
「ニキビじゃない。ヘルニアだ」
翌日には腫れが収まったので、しばらく様子を見ていた。がしかし、また大きくなってきた。連休明けに、近くの病院の外科を受診する。
やはり、そけいヘルニアだと言われた。腸が腹腔の外側に出てくるもので、出たり入ったりを繰り返しているうちはいいが、元に戻らなくなると、壊疽を起こして危ないのだそうだ。
モトは診察台に寝かされて、カーテンが引かれた。その向こうで、やさしそうな看護師に手を握られ、というか(たぶん)押さえつけられて、ベテラン男性医師が二人がかりで、彼の脱腸を腹腔内に押し込むべく格闘している(らしい)。
「おなか痛-い」と、遠慮がちにうめき声をあげるモト。
やがて、「よしっ、治った」と医師の声がして、カーテンが開いた。
「腸が出てくる穴も大きくて、重症ですね。このまま入院してもらいましょうか。明日手術ということで」
おりしも、台風26号が接近して大雨を降らせていた。たしかに、明日また出直すというのも大変かもしれない。
「手術しましょう」という先生の言葉に、モトはすかさず「いや」。
あわてて説得を試みた。
「手術しないと、また、今みたいに痛い思いをするのよ。手術は怖くないでしょ、もう2回もやっているんだし。麻酔で眠っているうちに終わっちゃうから」
モトは10年前、側わん症治療のため、背中にチタン棒を2本埋め込む手術を受けている。8時間もかかる大手術だった。その5年後にも、その棒を除去するために再手術を受けた。手術なら経験豊富。大丈夫だ。
彼には、どんな治療にも真面目に取り組む素直さがある。物が壊れたら修理する。体が病んだら治す。几帳面な自閉症の性格なのだろう、本来の健全な状態が、彼には好ましいのである。そのためには多少の苦痛も我慢できるまでに成長していた。
私の言葉に、本人も自信を取り戻したのか、観念したのか、もう一度「手術しようね」と言うと、今度は首を縦に振ってくれた。
モトの就職先がようやく決まって、ほっとしたのもつかの間、その4日後には緊急入院で手術という一大試練が待ち受けていた。
天にも昇る喜びから一気に不安のどん底へ。まるで、ジェットコースターに乗せられて振り回されているかのよう……。

(続く)

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